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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
厨二病怪盗vs 暗殺組織『血まみれの指』
56/302

え、待って。なんでお前その服着てるの?

 元メイド長、ユルは頷く。


「はい。久しぶりですね、ヘルズ」


 丁寧に頭を下げるユルに、弐夜は苦笑する。


「久しぶり。相変わらず堅苦しい奴だな。―――ところで、どうしてこんな所に居るんだ?」


 弐夜の問いに、ユルが微笑む。


「実はつい先日、務めて居たお屋敷が火事に遭ってしまいまして。仕事場と寝床を同時に失ってしまい、途方に暮れていた所を、幸一に救ってもらったんですよ」


 その、どこか皮肉めいた台詞に、弐夜の肩がビクッと震える。


 確かユルが働いていたのは、イギリスの王宮。そう、つい先日、弐夜が盗みに入った場所である。


 その際、影未と一戦やらかして、うっかり王宮を燃やしてしまった。別に王宮を燃やしたのは弐夜ではないし、そもそもヘルズが盗みに入らなくても王宮は燃えていたのだが、やはり罪悪感を感じる。


「そ、そうか。それで、ニセ教師からお使いでも頼まれたのか?」


「はい。『オレの顔を潰したヘルズを殺して来い』と頼まれましたので。それと、『それが無理ならヘルズの秘密を入手して来い。なんなら既成事実を作って来てもいいぞ』だそうです。まあ、両方お断りですけどね」


「ふざけんなあの駄教師!」


 ―――今度、あの駄教師の秘密を盗もう


 弐夜はそう心に決めた。


「それで、そんな事の為だけに来たのか? 悪いが、俺はもうお前に負ける気はねえぞ」


 弐夜が手をグッ、と握りしめると、ユルは口元に手を当てた。


「確かに、初めて会った頃の貴方は、とても弱かったですものね」


「そ、それを言うなよ!」


 赤面する弐夜を、ユルは微笑ましく見ている。


「昔は楽しかったですね。新しく来た訓練生が厳しい訓練に耐え、日に日に強くなっていく様を見るのは。見ていてとても心地よい物でした」


「ま、師匠の訓練は厳しい分、無駄が無いからな」


 地獄のような訓練時代を思い出し、弐夜が頭を掻く。


「実は、ワタシは貴方が上達していくのを見るのが、一番好きだったんですよ?」


「そうかよ。そりゃどうも」


 可愛らしく唇に指を当てるユルに、弐夜は素っ気ない態度で返す。


「つれないですね、ワタシのお気に入りだったと言うのに」


「他に良さそうな奴が居なかっただけだろ」


「おかしいですね、一体ヘルズはどこでこんなに捻くれてしまったというのでしょう?」


 ユルが頬に人差し指を当てながら、小首を傾げる。その顔を見ていると、真面目に反発する気を失う。


「性格なんて、数年もすれば変わるだろ。現にお前だって、初めて会った時には感情という感情が欠如し

てたじゃねえか」


「そうでしたっけ?」


 ユルの質問に、弐夜は黙って肩をすくめた。


 当時、彼女のその性格に弐夜は救われていたからだ。


 弐夜がまだ『師匠』の元に弟子入りしたばかりの頃、弐夜の訓練の手助けをしてくれたのが彼女だ。人を攻撃する事にわずかに躊躇いを感じていた弐夜の背中を押したのは、ユルだ。


『無感情であるが故に、人に教えられる事がある』


 弐夜がその事実を知る事が出来たのは、ひとえにユルのおかげだ。


「しかし、こうして弐夜に出会えたんですもの。幸一には、感謝の言葉を述べなければなりませんね」


「いや、別にいいだろ。あの教師がそこまで考えてやってるとは思えないし」


 降谷の基本的な行動原理は、『それが自分にとって得をするか』と、『それが自分にとって面白いか』である。おそらくユルをけしかけたのも、ユルと弐夜を絡める事で何か娯楽を得られるとでも思ったのだろう。


「ったく、あのニセ教師は・・・・」


 その時、背後から殺気を感じた。


 危険を察知した弐夜が床を蹴って回避するのと、ユルがナイフを投げるのが同時だった。


 ユルが放ったナイフはしかし、相手が振り回した剣によって弾かれる。


「今度は何だ⁉ いつからこの学校は戦闘領域になったんだよ!」


 半ギレになりながら、弐夜がポケットからベレッタ拳銃を抜く。ここが学校だという事も考慮して、消音器(サイレンサ―)を銃口に装着する。だが振り返った瞬間、その腕を下ろす。


「・・・・オイ、何でお前がここにいるんだ?」


 呆れたような声で呟く。


 栗色の髪に、あどけない顔立ち。細く白い指先には剣が握られており、全身からは殺意を迸らせてい

る。


 よく言えば、『コスプレ少女』悪く言えば、『社会生活不適合者』。


 師匠である『最強の犯罪者』に、「怪盗じゃなくて、強盗やった方がいいんじゃないか?」と冷や汗を

流して言われる程の素晴らしい感性を持った、いちおう怪盗。


「なあ、ユル。コイツは一体何の冗談だ? イギリスでは、こういうお茶目なジョークが流行っているのか?」


「まさか。そんな怪しげなジョークはありませんよ。というより、そんな危険なジョークは地球にはあり

ませんよ」


 ユルも、冷や汗を浮かべている。


「久しぶり、主席」


 二人の視線を浴びて、剣を持った少女、チャルカは右手を上げた。


 その服装は――――――制服。


 この学校の生徒である事を示す服装だった。


「なあ、ユル。お前アイツの噂知ってるよな?」


「ええ、もちろん。『日常に溶け込む訓練』を行うためにふもとの中学校に転校した初日に、クラスの男子を全員病院送りにした話は有名です」


「他にも、喧嘩を売って来た他校の生徒を、校門に縄で縛りつけて、一晩放っておいた話も有名だぞ」


「さらには、授業が嫌だから教室を丸ごと破壊したそうですよ。一体誰がやったのでしょうね?」


 目の前に居る少女の武勇伝をひそひそと話しながら、二人は顔を見合わせる。


「なあ、どうしてそんな素晴らしい過去を持つ奴が、この学校に入って来れたんだ?」


「分かりません。師匠の差し金でしょうか」


 二人して作戦会議、もとい疑問の解消に浸っていると、チャルカが近づいて来た。


「師匠が言ってた。私はもう少し常識について知った方がいいって。そのためにこの学校に行くよう

に、って」


「よし、一回死ねあのクソジジイ!」


 ―――――どうして、よりによって自分の学校なのだろうか。


 弐夜は心の中で涙しながらも、チャルカの方に向き直った。


「それじゃあチャルカ、とりあえず今日は帰れ――――」


「へ、ヘルズさん・・・・」


 背後から聞きなれた声が聞こえ、弐夜の身体が硬直する。同時に、鍛え上げられた感覚が、今の状況を再認識させる。


 傍から見れば、これは随分と異様な光景だ。


 イケメンな男子とメイドが顔を近づけて何かを話しあっており、その目と鼻の先には剣を持った少女が立っている。更にイケメンな男子はおもちゃとは思えない拳銃を所持しており、床にはナイフが落ちている。


 この状況、説明出来る者が居れば連れて来て欲しい。

 

 そう皮肉げに願いながらも、弐夜は後ろを振り返った。姫香は、恐怖と驚きが入り混じった表情をしていた。


「一体、何が・・・さっきの音は―――――。その方達は――――――」


 明らかに動揺している。姫香はふらふらとこちらに向けて2、3歩歩いたかと思うと、その身体が倒れた。一度に多くの疑問が脳に負荷を掛けた事により、失神してしまったのだ。


「あ、オイ!」


 弐夜は慌てて足の筋肉をフルに活用し、姫香の身体が床に激突する直前に抱き留める。姫香の身体を横薙ぎに抱いたまま振り返り、ユルとチャルカに命じる。


「ユル、悪いがニセ教師の奴に俺の家に移動する旨を伝えておいてくれ。俺の家の住所はニセ教師にでも聞け。チャルカ、今日の学校体験は終わりだ。今から俺の家に移動するぞ」


「分かった。主席がそう言うなら」


「ちょっと、どうしたんですか急に⁉ その子がどうしたというのですか?」


 聞いて来るユルに、弐夜は真剣な面持ちで答える。


「こいつは、俺の仲間だ。にも関わらず俺は、コイツに何も話していない。自分の生い立ちも、自分が何者であるのかも。二ノ宮とニセ教師が知ってる事を、コイツはまだ何も知らない。同じ仲間なのに、だ。だから、こんな俺達にとっては当たり前のような状況でも、失神するくらい驚いたんだ」


「じゃあ主席、この子に話すっていうの? 自分の生い立ちも、それから・・・・・・」


 チャルカはしばらく口ごもり、やがて口を開いた。


「・・・・・クルシアの事も」


 その言葉に、弐夜は首を振った。


「いや、クルシアの事はまだ話さない。コイツにそれを話すのは、まだ早すぎる。話すのは、現段階で言ってもいい事と、お前らとの関係についてだけだ」


 姫香を握る手に、グッと力を込める。


「今まで何も話さなかったツケを、今払わされるみたいだな」





 次回の更新日は、6月28日です。

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