激情のままに
「なあ、どうして1+1の答えが2になるか、知ってるか?」
唐突に、ヘルズは影未に聞いた。
「答えは簡単だ。皆がそう思ってるから。ただそれだけだ。ひょっとすると5かもしれないし、3かもしれない。大勢の人間がそれが正しいと言うだけで、その答えは正しくなっちまうんだ。どんなに異常だろうと、大勢の人間が『正しい』と言えば、それは正しくなる。それがこの世界だ」
そこまで言うと、ヘルズは自嘲気味に笑った。
「ハッ、下らねえだろ? だけどそれが現実なんだよ。大勢の意見ってだけで、正しくなっちまうのがこの世界なんだよ」
影未の頭を掴む力が強くなる。
「俺は訓練時代、罰として数週間中学校に通った事があるんだが、あそこはクズの溜まり場だ。誰もがヘラヘラ笑って周りの意見に合わせて、立場が悪くなるとすぐに誰かに押し付ける。自分の尻も拭けねえようなゴミクズの集まりだったよ」
ギリ、とヘルズが歯を噛み締める。彼の身体から出る殺気が、一段と高くなる。
「その事に気づけたのは、ひとえに俺が厨二病だったからだ。周りと違う事をしようと客観的に人間観察を行ったら、分かっちまったんだよ。人間なんてどいつもこいつも自分の意見を持たないで、他人に合わせて生きる奴らばっかなんだってな!」
「あ、うあっ・・・・」
ヘルズの力が更に強くなり、影未は思わずうめき声を上げる。
「武士道の一節に、こんな言葉がある。『士の重んずることは節義なり。節義はたとへていはば人の体に骨ある如し。骨なければ首も正しく上に在ることを得ず。手も物を取ることを得ず。足も立つことを得ず。されば人は才能ありても学問ありても、節義なければ世に立つことを得ず。節義あれば不骨不調法にても士たるだけのことには事かかぬなり』とな。節義ってのは、今で言う信念みたいな物だ。お前、この言葉の意味わかるか?」
影未が答えないでいると、ヘルズは叫んだ。
「意訳すると、『信念も持たずにヘラヘラしてるだけの奴は、どんなに優れた才能があっても、人間じゃない』って事だよ!」
ヘルズの叫び声が、大広間中に木霊する。
「だから俺は自分が厨二病である事を誇りに思う。周りに合わせてヘラヘラ笑わなくちゃ生きていけない世界に全力で抗って、自分の意思を信じて生きる。それこそが真の人間って者じゃねえか」
ヘルズがだんだんヒートアップしていく。影未は抵抗しようとしたが、やめた。影未よりも数歳年下のこの少年が今までの人生で何を学んだのか。先程から話を聞いていて、少し興味を持ったのである。
「お前はどうだ? 自分の信念持って生きてるか? 自分の中に、己持ってんのかよ⁉」
ヘルズが腕を振り、影未を近くの壁に投げつける。影未は受け身も取れずに壁に激突した。
「ケホッ!」
「厨二病を舐めんじゃねえ、雑魚女」
ヘルズの凍てつくような声が聞こえ、影未は震え上がる。
だが、ここで負けてはいけない。ヘルズの話はあくまでも聞くと決めた訳であって、論破される気は更々ない。
「ふ、ふふふ」
影未の口から、不思議な笑いが漏れる。それを聞いたヘルズが、眉をひそめる。
「どうした、遂にイカれちまったか?」
「大丈夫よ、気にしないで。ただ、犯罪者が随分とご大層な事語ってるな、と思って」
影未の言葉に、ヘルズは溜め息を吐いた。
「まあ確かに、どんな理屈ほざこうが俺が犯罪者である事に変わりはねえ。だがな、志は高く持ってるつもりだぞ」
「そうね。犯罪者にしては高い志だったわね」
でもね、と影未は呟き、
「貴方、今自分が何したか分かってる?」
ヘルズに質問した。
「? お前に向かって激情のままに叫んだだけだが」
「そう。貴方は気づいていないのね、目の前の女の価値に」
そう言うと影未はバッ、と両手を広げ、高らかに叫んだ。
「そう。貴方が今喧嘩を売った人物は何を隠そう、6か国のテロ組織の参謀を努めている策士、薄頼影未! 私が一度命令すれば、この国含む6か国のテロリストが動き出すわ! さあ、さっきの発言を撤回しなさい!」
黙って聞いていれば、ヘルズの意見は影未にとってお粗末な物だった。自分の意見を語って自己満足に浸っているだけのただの偽善者。そう思っていた。
だから、先程のヘルズの言葉に、少なからず苛立ちを覚えた。
「さあ、わかったらさっさと発言を撤回しなさい。さもないと、テロリストに撃たれて死ぬ事になるわよ」
途中にあった武士道の一文、自分が一番好きな言葉です。




