ひさしぶりのお仕事
今回はかなりインパクトあります!
「悪い、邪魔が入った」
「別にいいさ。ほらな、学校に来てよかっただろ?」
降谷がタバコに火を点けながら、ニヤリと笑った。弐夜が苦い顔になる。
「家でネトゲやってた方が遥かにマシだな」
「そうかよ。で、報酬の件、本当に4:5でいいんだな」
「ああ。その代わり、条件がある」
降谷が眉をひそめた。
「何だ?情報なら全部落としてるぞ。それとも、新しい玩具か?だったら二ノ宮の奴に直接言えよ。オレに言われても困る」
「新しい玩具は既に頼んである。欲しいのは花桐の情報だ」
弐夜の言葉に、降谷は首を捻る。
「花桐って、さっきお前と握手した奴の一人か?何で急に」
「お前には関係ないだろ。それに、どうせ知っても面白くない」
弐夜がぶっきらぼうに言った時、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
「じゃあ俺は帰る。出席って事にしといてくれ」
弐夜は柵から身を乗り出すと、校庭に向かって飛び降りた。
『―予告状―
今宵、東京にある癒柚木美術館に展示されている『喜劇のティアラ』を戴きに参上する。
―怪盗ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニング―』
この予告状が警察やマスコミに届いたのは、それから一時間後の事だった。
「怪盗ヘルズから予告状が届いたらしいよ」
帰宅中、真理亜がスマホを見ながら告げた。
「なんでも、癒柚木美術館にある『喜劇のティアラ』を盗むんだって。ねえ、今から癒柚木美術館に行ってティアラの最後の姿を見に行こうよ」
癒柚木美術館は、約十年前に建てられた美術館だ。大きさは東京ドームのおよそ1.5倍、展示品の数は六千にも渡ると言われている、かなりの規模の美術館である。さらに展示品の中でも値打ちのある物は、建設当時の鎌倉の大仏に匹敵するとまで言われているほどだ。
そんな美術館だ、当然普段から警備は厳重なのだろう。ヘルズはどうやって侵入すると言うのか。
真理亜の意見に、沙織が便乗する。
「それいいね!ね、どうせなら美術館のどこかに隠れてヘルズの素顔を見ちゃおうよ!」
「いいねそれ! 姫香も一緒に行こう!」
「わ、私は別に・・・」
姫香が断ろうとすると、沙織がグイッと顔を近づけてきた。
「えー、姫ちゃんはヘルズの素顔を見たくないのー?」
「み、見たくないわけではないけど・・・」
姫香が言いよどむと、沙織はニコッと笑った。
「じゃあ決定ね!今から行こっか!」
「おー!」
結局、姫香は二人に両脇を抱えられて無理矢理連行された。この二人、意外に冒険家なのだ。
日がすっかり沈み、寒い風が吹き始めてきた。
癒柚木美術館から二百メートル離れたビルの屋上に、弐夜は立っていた。きちんと盗みに行くときの服装に着替えている。
「ったく、あのニセ教師が居ないと誰が指示を出すんだよ」
『あら、私じゃ不満?』
インカムから女の声が聞こえて来る。
「いや別に。というか俺が言えたことじゃないけど、お前ちょっとは外に出たらどうだ?」
『嫌よ。現実は敵だもの』
「その点に関しては同感だな。頼んでた物は?」
『ちゃんとセットしてあるわよ』
弐夜は満足そうに頷く。
「サンキュ」
『どういたしまして。じゃあ、そろそろ行くわよ』
女の言葉に、弐夜はあくびを一つして言う。
「はいはい。早く帰ってアニメ見よう」
『・・・君って本当に、怪盗らしくないよね』
女のその言葉を合図に、弐夜が駆ける。ビルからビルへと飛び移り、癒柚木美術館への距離を狭めていく。
『下は警備が万全だけど、上ががら空きね。非常用階段で行くのがベストだと思うわ。上から入れる?』
「超余裕だよ」
弐夜が癒柚木美術館の屋上に飛び移りながら言う。途端、複数の懐中電灯の光を当てられる。
「何者だ!」
「お前が怪盗ヘルズか。おい、怪盗ヘルズが居たぞ!」
懐中電灯の光から目を庇いながら、弐夜が聞く。
「屋上には誰も居ないんじゃ無かったのかよ⁉」
すると、キョトンとした答えが帰って来た。
『地上に比べればがら空きなだけで、誰も居ないとは言っていないわよ』
「チッ、これだから美少女は!」
弐夜は毒づくと、警備員の一人に突進した。
「《絶滅迅雷》!」
突進に驚いて一瞬動きを止めた警備員のこめかみに回し蹴りを放つ。一人目が昏倒すると同時、その手に握られていた懐中電灯をもう一人の警備員に投げつける。
「《死角残樹》!」
飛んできた懐中電灯から顔を庇った警備員の顎に掌底を叩きこむ。懐中電灯から顔を庇っていた警備員は弐夜の掌底に気が付かず脆に喰らう。ドサッ、という音がして警備員が仰向けに倒れる。全員が気絶したのを確認すると、弐夜は警備員の腰から無線機を抜き取った。通路を慎重に歩きながら、インカム越しに愚痴る。
「ホント、お前二次元並みの美少女だからな。俺みたいに騙される男も大勢いるんだろうよ」
『あら、私は君の事が異性としてはとても好きよ? あと次元が一つ下ならば結婚していたわ』
「それはどうも」
あまり嬉しくないプロポーズに返答しながら、階段を慎重に降りる。階段にも警備員が数人いたが、応援を呼ばれる前に気絶させた。
五分ほど階段を降り、ようやく目的のフロアにたどり着いた。鍵穴に針金を差し込み、鍵を解除する。
「じゃあ、行くぞ。スイッチ・オン」
弐夜は懐からスイッチを出すと、ボタンを押した。次の瞬間、天井の蛍光灯が一斉に消える。
『私の自信作“白熱球停止装置”。蛍光灯の中のコードを特殊な電波で切断し、辺りを真っ暗にする道具よ。あっ、ちなみに蛍光灯以外には通用しないから安心してね』
女の言葉が終わるか終わらないかの内に、エレベーターの開閉音が聞こえてきた。先ほど、屋上で弐夜が呼んでおいた物だ。屋上からエレベーターが来たら、警察はどう思うだろうか。
『ヘルズは屋上だ! 全員、出動!』
どこか聞きなれた刑事の声が響き、数秒後、静寂が訪れた。
どうやら、見張り含めた全員を屋上に向かわせたようだ。見張りも一緒に連れていくとは、一体どんな思考回路をしているのだろう。まあ指揮官が馬鹿なので仕方がない。
「まあ、その分仕事がしやすくていいんだけどな」
フロアへの扉を開け、目的の『喜劇のティアラ』まで辿り付く。偽物の可能性も想定し、ガラスケースの中を覗き込む。ガラス越しに見ても綺麗な一品だ。ルビーやエメラルドなどと言った煌びやかな宝石が月明りを受けて淡く輝いている。内側に張られているのは銀だろうか。美しくはあるが、実際に装着すると結構重いだろうな、とつい考えてしまう。
そこまで考えて弐夜は我に返る。今は盗みに専念しなければ。
ポケットから円盤を取りだし、ガラスケースの上に置く。瞬間、円盤の下から刃が出てガラスケースに丸い切断面を開ける。弐夜は円盤をポケットにしまうと、『喜劇のティアラ』を掴み取る。
「ミッションクリアだな」
(ヘルズが、現れた)
隠れ場所から顔だけを出しながら、姫香は思う。姫香が隠れているのは、ティアラの近くにあるテーブルの下だ。テーブルクロスが敷いてあったためか、奇跡的に見つからずに済んだのだ。
(あれが、ヘルズ)
緊張で手のひらを汗が伝う。不思議な格好に気をとられ、誰もその素顔を見た事が無いと呼ばれる大怪盗、ヘルズ。その素顔を、見られるかもしれないのだ。
(ヘルズなら、私を・・・)
そこまで考えて、首を振る。今は目の前の事に集中しなければ。今は亡き真理亜のためにも(警察に見つかって追い出された)、ヘルズの素顔を拝まなければ。
姫香の隠れ場所はヘルズのちょうど真後ろなため、上手くいけば気付かれない。隠れ場所からそろそろと出る。ヘルズはまだティアラを見ていて気が付かない。一歩、一歩慎重に近づく。また一歩踏み出そうとした時、ヘルズが独り言のように呟いた。
「ところで、さっきから俺の後ろに居る奴、俺に何の用だ?」
ヘルズの突然の言葉に驚き、足がもつれた。バランスを崩し、絨毯の上に倒れこむ――寸前で、誰かに抱き留められた。
「おいおい、大丈夫か?」
見ると、ヘルズが倒れそうだった姫香を抱き留めていた。姫香は慌ててヘルズから離れる。
「だ、大丈夫です。あ、ありがとう、ご、ございます」
緊張しすぎて舌がもつれる。心臓がバクバクと高鳴り、頭の中が真っ白になる。
「おいおい、大丈夫か。顔が真っ赤だぞ」
ヘルズが心配そうに聞いて来る。姫香は返事をしようとしてヘルズの顔を見た。
――と。その顔を見て姫香は驚愕した。
ヘルズは黒いニット帽を被っており、片目には眼帯、首にはマフラーといった面妖な格好をしていた。眼帯をしていない方の目は赤く、まるでコスプレの衣装だった。だが、その顔には見覚えがあった。
―そう。昼間あった弐夜先輩に、そっくりだったのである。
他人の空似の可能性も十分にある。弐夜先輩はこんな厨二病の衣装なんて着ないと思うし、そもそもただのイケメン高校生が美術館などに侵入できるはずがない。だが、他人の空似では片づけられないほど、ヘルズは弐夜先輩に似ていた。
「に、弐夜先輩・・・」
自分でも驚くほどか細い声が、自分の口から発せられた。弐夜先輩、いやヘルズは、姫香の言葉を聞くとニヤリと笑った。
「正解。よくわかったな」
膝から力が抜ける。――嗚呼、なんて事だ。まさかあの学校一のイケメンが、まさか世間を騒がせる怪盗だったなんて。
その時、ドタドタと大勢の人の足音が非常階段から聞こえてきた。慌てて隠れようにも膝に力が入らない。ヘルズは近づいて来る足音を聞くと、姫香を突き飛ばし、慌てて懐からスプレーを出した。そして、壁に汚い字で『怪盗〝ヘルズ〟参上!』と書く。ヘルズが書き終わると同時、ドアが開いた。外から大量の警官がなだれ込んでくる。
「見つけたぞ、ヘルズ!今日と言う今日は逃がさないぞ!」
よれよれのトレンチコートを着た若い男が、荒い息を吐きながらヘルズに向かって叫んだ。この人はヘルズ担当の刑事松林尚人。テレビにも何回か出てきている、ベテランの刑事だ。ヘルズは松林の姿を見ると、旧友に会ったかのように手を振った。
「おう、尚っちじゃん。久しぶり。元気にしてた?」
その旧友に会うかのような言葉に、松林はカチンと来たらしい。腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、ヘルズに突き付けた。一瞬遅れて警官達も拳銃を構える。
「怪盗ヘルズ、今日こそ貴様を逮捕する」
しかし拳銃を突き付けられてもヘルズは態度を変えなかった。
「そういや、どうだった?俺からのプレゼント、屋上への片道切符は?」
「ああ、最高だったよ・・・」
拳銃を突き付けたままヘルズを円状に取り囲む。皆経験が豊富だからだろうか、動作が非常に滑らかだ。あっという間にヘルズは壁に追い込まれてしまった。
「怪盗ヘルズ、確――」
「させるかよ!」
松林が言いきる前にヘルズが叫ぶと、持っていたスプレーを床に叩きつけた。スプレーが破裂し、中に入っていた液体が四方八方に飛び散った。
「うわ!」
「な、何だ⁉」
液体に視界を奪われ、刑事達が一瞬怯む。
「ははは、なんてザマだ!」
ヘルズは心底楽しそうに笑うと、驚いている警官達の包囲網をスライディングで抜ける。そのまま走り出し窓枠に足をかけた。
――もしこれが怪盗ヘルズでなければ、捕まりそうになった犯人が、飛び降り自殺を図ろうとしているように見えただろう。
ヘルズは首からマフラーを外すと、その先端を持ち、振った。マフラーがロープのように伸び、隣の屋上の柵に絡まる。
「それでは皆さん、ごきげんよう!」
ヘルズが窓枠を蹴る。瞬間、ヘルズの身体が消えた。松林が窓枠に駆け寄るが、姿が見えなくなったのだろう、拳銃を足元に叩きつけて悔しそうに怒っていた。
姫香は呆然と、その光景を見ていた。時間にしてわずか一分。たったの一分で、警察とヘルズの激戦は終わってしまったのだ。だが、それ以上に驚いた事があった。
――まさか、弐夜先輩が、怪盗ヘルズだったなんて。
今回までで結構、近未来の道具出しました。これからもどんどん出していこうと思います。