情報戦VS『残影は影と共に眠る』
今回は少し短いです。
「クソッ!」
降谷は身の危険を察知すると、腰のベルトからガスを噴射した。ガスが辺り一面を包み込み、視界が遮られる。
「無駄な抵抗は、やめたらどうですか?」
メイド長が冷ややかに言い放ち、ナイフを振り上げる。その瞬間、数秒だが身体が動くようになる。おそらく、彼女が纏っていた殺気が弱まったのだろう。オーラってのは思ったより馬鹿にならないなと思いながら降谷は床を転がると、メイド長の足首を蹴った。突然の奇襲に、メイド長の身体が揺らぐ。
「ッ!」
「お前の特技は、敵の攻撃が来る寸前に身代わりと入れ替わり、敵の不意を突く事。なら敵の攻撃が見えない状況下では使えないだろ?」
降谷は勝ち誇ったように言うと、バックステップでガスの中から抜け出した。既に少量だがガスを吸っている。このままガスを吸い続ければ、命に関わる。
「・・・・確かに、この状況ではワタシの『残影は影と共に眠る(イマジネート・コレクション)』は使えません」
ガスの中から、メイド長が出て来る。彼女も、ガスを吸えば行動が制限される上に、下手をすれば命に関わる事を察したのだろう。さすがは第三期暗殺者次席、命のやり取りに関しては降谷より数枚上手だ。
だが、一つ気になる点があった。
「さっきから気になってたんだが、その必殺技名、誰が付けたんだ?」
降谷が聞くと、メイド長はキョトンとした。
「ワタシですけど、何か?」
「・・・ようこそ。厨二病の世界へ」
「何か言いましたか?」
「・・・・別に」
―――――どうして自分の周りにはろくでもない人間ばかりが集まるんだろう。
降谷は心の中で嘆きながら、ポケットに手を入れた。
それを見たメイド長が、素早く反応する。
「フッ――――」
反応と同時に放ったメイド長のナイフが、降谷の右手を的確に狙う。ナイフは一直線に跳び、降谷がポケットから何かを出した直後、降谷の手に深々と突き刺さる。降谷の右手から血華が咲き、持っていた物が空中に舞う。
「う、あっ・・・・」
「もうこれ以上、道具は使わせませんよ」
―――勝った。
メイド長は素直にそう思った。
あのナイフには、トリカブトという植物毒を液状にして塗ってある。トリカブトの毒は速攻性があり、摂取した人間を数十秒で死に至らしめる。
つまりあの男は、あと一分もしないうちに死ぬ。
「終わりですよ、幸一」
メイド長は勝ち誇った笑みを浮かべた。そして次の瞬間、それが驚愕に変わった。
降谷の放った道具、それは―――
「燃え尽きろよ、ナーバス」
火の付いたマッチが、空中を舞う。その火は降谷が噴出させたガスと融合して――――
ドォォォォォォォォォォン! という爆発音とともに、辺り一面が爆発する。
「何故今回オレがこの装備を使ったんだと思う?」
降谷は事前に数歩下がっていたから助かったものの、爆発の中心に居たメイド長はただでは済まない。爆炎と煙が彼女を襲い、容赦なく吹き飛ばす。
「うわっ!」
全範囲無差別攻撃に対して、身代わりは使えない。その事を痛感しながら、メイド長の意識はフェードアウトしていった。気絶する間際に、降谷が何かを言っているのが見えた。そして、
「お前は確かに強い。肉弾戦じゃオレはお前に歯が立たない」
だがな、と降谷は呟き、
「情報戦で、オレはお前を上回った。だから勝てた。その事を覚えておけ」
捨て台詞のように吐くと、降谷は手からナイフを引き抜いた。血がドバドバと流れるが、降谷は気にしない。懐から注射器を取り出すと、それをすぐさま自分の手に刺した。ーー中身はおそらく毒に対する抗生物質。降谷は痛そうに手を振ると、ニヤリと笑った。
「あばよ、ナーバス」
そして、その場を立ち去った。
「まず、はっきりと言っておこうか。お前は王女である事が嫌になって、逃げだしたかった。
理由は・・・・まあ色々あるか。だが王女という立場のせいか、逃げる事が出来ない。お前
は逃げたくてたまらないのに、周りの人間がそれを良しとしない。ハハッ、昔の花桐の境遇
に似てるな、お前」
ヘルズが壁に寄りかかりながら、キルファを嘲笑する。
「そんなある日、反国家勢力が自分を狙っている事が発覚した。まあ確かに、これからの
この国の未来を背負う人間だ。そりゃ狙われるのも当たり前だろうな。その時、お前は思
った。自分は自由になりたい。そのためなら、反国家勢力であろうと利用しようとな。だか
ら怖くないんだろ、テロリストが? 誘拐されても、自分が自由になれればそれでいいんだ
ろ?」
ヘルズの言葉は、一本一本が槍のように鋭くキルファの胸に突き刺さる。
「だが、お前は自分の価値を知っていた。もし自分が捕まるような事になれば、国家のバラ
ンスを崩すだけではなく、身代金と引き換えにまた王女という座に戻ってきてしまう。つま
り骨折り損のくたびれ儲けって訳だ。そんな時、お前は新聞で俺の事を知った。虐待を受け
ていた平民を救った、この俺をな」
ヘルズの口調の端々に、苛立ちが混ざり始めた。
「そこでお前はある勘違いをした。この俺、ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・
クリムゾン・ライトニングは、窮地に瀕している人間なら誰でも助けてくれるんじゃないかと。だからお前は急きょ俺を計画に取り入れた。ヘルズが平民を救ったのなら、王族である自分は確実に救ってもらえるだろうと勝手に勘違いしてな。万が一、俺が王女誘拐に乗ってこなくても、反国家勢力がお前を攫ってくれる。その時は民衆が多少犠牲になるだろうが、それは自分が自由になるために仕方のない事だと割り切った。自分の欲望のために、民を生贄にした」
いつの間にかヘルズの目には、凄まじい怒気がこもっていた。




