降谷VSメイド長(冒頭で数人のモブキャラがお役御免になります)
今回は、可哀想な目に遭う人達が複数人います。
「お疲れさま、姫香ちゃん」
「うう、恥ずかしかったです・・・」
「そんな事ないよ? 姫香ちゃん、元がいいから男装もアリなんじゃない?」
「嫌です!」
ホテルの一室で、姫香は顔を真っ赤にしていた。
理由は、その恰好にある。
目には眼帯を付け、腕には包帯、背中にマントを羽織り、髪を特殊な方法で束ねている。知らない人間が一目見れば、痛い厨二病男子、と認識されるレベルだ。
「でも、なかなか使えるでしょ? この『ホログラム作成機』は」
二ノ宮が考えた、打開策と言うのがこれだった。
まず、姫香がヘルズの姿に扮して『ホログラム作成機』でICPOの前に姿を現す。そして、防犯用の落とし穴が設置されている場所まで誘導し、一網打尽にする、といった作戦だ。ICPOの警察はヘルズの姿を写真でしか見た事がないので騙しやすいし、ホログラムは落とし穴の干渉を受けないため、後は敵が載ってくれるかどうか、という懸念だけだったが――――
「まさか、こんなに単純にかかってしまうなんてね・・・」
二ノ宮が額に手を当てる。策を考えた二ノ宮自身も、ここまで上手くいくとは思っていなかったのだろう。
「まあ、何はともあれこれでICPOは抑えられたわね。あの穴の深さは三十メートル。ヘルズや降谷先生ですら、登るのは困難を究める」
つまり、一言で言うと――――
「彼らの出番は、もうないわね」
二ノ宮の現実的な一言に、姫香は苦笑した。
「でも、そう考えるとちょっと可哀想ですね・・・・」
「何言ってるのよ、姫香ちゃん。彼らは敵よ? それに、モブキャラが数人消えたところで何も問題はないわ」
二ノ宮がそう締めくくると、室内に沈黙が流れた。
「シンキングタイム終了。じゃあ、答え合わせだ」
ヘルズは壁から身を起こし、キルファの目を見た。
「お前は、王女である事から逃げたかった。違うか?」
ヘルズの確信を持った問いに、キルファはしばらくの間答えなかった。やがて意を決したように口を開く。
「どうして、そう思ったんですか?」
「答え合わせをする前に、一つ聞かせてくれ。お前は、どこで俺達の事を知ったんだ?」
ヘルズの素朴な疑問に、キルファは新聞を指さして答える。
「日本の新聞です。常に他国の情報を集めておくのも、王女の務めですから」
「そうかい。そりゃご苦労な事だな。けど俺に依頼するくらいだ、俺の新聞は最低でも一枚は保存してるのか?」
「は、はい。勿論です」
「そうか。偉いな」
ヘルズは適当にねぎらいの言葉を掛ける。だがその顔は険しい。
「じゃあ聞くが、何でその新聞しかないんだ?」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、キルファがヘルズを見る。
「それはお世辞にもいい盗みとは言えないものだ。怪盗の割にはボディーガードをボコボコにするし、何をほざこうが人を盗めばそれは窃盗ではなく誘拐だ。つまり、それは華麗な犯罪とは言えない事件だ。正直、取っておくなら昔の新聞の方がよっぽどいいぞ?」
「そ、それは・・・・ヘルズの新聞は、最新版の物が一枚あればいいかなと思って・・・」
キルファの苦しい言い訳を、ヘルズは鼻で笑った。
「おいおい、俺の盗みの最新記録は、テロ組織への侵入だぜ?」
そう。シェルマンジェ宮殿に行く二日前、ヘルズはネトゲの課金代を稼ぐためにテロ組織に侵入し、現金二億円を盗んでいる。その事件は確か新聞の一面記事にも乗ったはずだ。もっとも、ヘルズは『読むだけ無駄だ」と言い、読む事を途中で放棄したが。
「『常に他国の情報を集めている』んだろ? にしては、俺の盗みの最新情報を知らないなんて、おかしな奴だな」
ヘルズの言動に、キルファは自分の失態を悟った。
まずい。このままでは、この男に揚げ足を取られてどんどん不利になっていく。だがそれが分かっていても、打開策がない。
「つまり、お前が言っていた『他国の情報云々』は嘘という事になるな。じゃあ何故この新聞のみが残されているか」
ヘルズはキルファの元まで歩み寄ると、足元にある新聞を手に取った。
そして、キルファの顎をクイッ、と持ち上げると、言った。
「答えは簡単だ。お前、花桐に憧れてたんだろ。自分と同じ、苦難を受けていたら怪盗に助けてもらったっていう花桐にな」
その言葉に、キルファの双眸が大きく見開かれた。
――――図星だ。
「まあお前の場合、苦難っていうのは王女としての仕事だろうな。逃げたくなる気持ちは分からないでもないがな」
つまり、とヘルズは続ける。
「お前は、自由になりたかったんだろ」
それを聞いた瞬間、キルファの全身から力が抜けた。床に倒れ込み、激しくせき込む。
「おい、大丈夫か?」
ヘルズに抱き起こされ、キルファはベッドに戻される。
「ったく、こんな状況下で悪いけどな」
ヘルズは溜息を吐きながら眼帯の付いていない方の目を閉じ――――
「厨二病として、ちょっと説教してやる。心して聞け、自己中王女」
威圧感がこもった目を見開いた。
右頬をナイフがかすめるのを感じながら、降谷は拳銃を乱射した。
「遅いですよ」
メイド長が弾丸をことごとく弾きながら、たしなめるように言う。降谷は舌打ちすると、拳銃を腰のホルスターにしまい、一歩踏み出した。
瞬間、降谷が腰に着けていたベルトからガスが噴き出し、降谷の身体を前に押し出す。降谷が軽くジャンプした直後、ガスが勢いよく噴出し、降谷は爆発的に前に飛び出る。
「ふんっ!」
見た目に反して重い一撃を、側頭部に叩きこむ。だがメイド長はそれを最小限の動きだけで回避すると、鳩尾に掌打を見舞った。
「くはっ」
うずくまりたくなる衝動を無理矢理に抑えつけ、今度は体格に任せたタックルをくらわせる。メイド長が顔色を変え、慌てて跳び退いた。その隙を逃さず、降谷は拳銃を腰のホルスターから抜き、狙いを定め
て発砲する。メイド長は飛んできた三発の弾丸のうち二発を躱すが、残る一発を避けきれず、腰に着弾した。
「かあっ!」
メイド長が悲鳴を上げ、地面に落下する。その姿を見て、降谷は違和感を覚えた。
彼女は、ここまで弱かっただろうか。
メイド長『ナーバス』は、何人も殺してきた凄腕の犯罪者だ。その実力は、暗殺者次席という彼女の立場が物語っている通り、かなり強い。降谷が全力を出しても、五回に一回勝てればいい方だ。それなのに、彼女は今降谷に負けかけている。
何かが、おかしい。
「何を企んでいるのか知らないが・・・」
拳銃を持った手が、地面に倒れ伏したメイド長に向けられる。躊躇いもなく引き金を引き絞り、メイド長に連射する。メイド長の身体に数発の弾丸が突き刺さると同時、拳銃の弾倉が空になる。
「これで終わりだ」
メイド長の身体が動かない事を目で確認すると、降谷は彼女の身体に背を向けた。
―――――それが、降谷の失態だった。
「残念です。まさか、こんな手に引っかかってしまうなんて」
降谷の背後で、殺気が爆発する。振り返る間もなく背中を蹴られ、降谷は大きく吹き飛ばされた。床にうつ伏せに倒れ、派手に額を打つ。
「『残影は影と共に眠る(イマジネート・コレクション)』」
頭上からメイド長の声が聞こえて来る。降谷は起き上がろうとしたが、身体が動かない。まるで身体が動く事を拒絶しているかのように、ピクリとも動いてくれない。
「ワタシの得意技ですよ。催眠術と特殊メイクで自分そっくりの身代わりを作り出し、戦闘時に自分の背後に待機させておく。そして自分が倒されそうになった時に身代わりを盾にして攻撃をしのぎ、敵が油断した所を狩る。暗殺者だからこそ出来る、姑息な手段ですよ。今回はこの宮殿で働いているメイドの内の一人を利用させてもらいました」
「く、そ。卑怯だな・・・」
息も絶え絶えに糾弾する降谷に、メイド長は溜息を吐いた。
「ええ、卑怯ですよ。でもワタシは暗殺者です。どんな手段を使ってでも敵を殺すのが仕事です」
メイド長が降谷の近くにかがみこむ。その右手には、光るナイフが握られている。
「ではさようなら、幸一」
メイド長はナイフを構えると、無防備な降谷の背中に突き刺した。




