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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
厨二病怪盗と『名も無き調査団』
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迫り来る魔の手

「・・・ルズさん、ヘルズさん、起きてください!」


 誰かに体を揺さぶられ、ヘルズは目を覚ました。


「・・・何だよ。今五日間の徹夜を終えて、つい二時間前に眠りに着いた所なんだよ。まだ七時だろ? 寝かせろよ」


「それどころじゃありませんよ! テレビ見て下さい!」


 姫香の高い音程の叫びに、ヘルズは渋々体を起こす。すると部屋には二ノ宮が床に座り、深刻な顔でテレビを眺めていた。


「おう。二ノ宮じゃねえか。どうした? 宝くじの当選番号の確認でもしに来たか?」


「やっと起きたのね、ヘルズ。大変なことになってるわよ」


 二ノ宮は珍しくヘルズの方を向くことなく、食い入るようにテレビを見つめている。そんな彼女の仕草に疑問を抱いたヘルズは、二ノ宮の後ろから画面を覗き込んだ。するとそこにはーーー


『速報です! 怪盗ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニングのアジトがたった今判明しました。繰り返します! 怪盗ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニングのアジトが、たった今判明しました!』


 司会のお姉さんが、やや興奮気味に喋っている。続いて画面が切り替わる。そこには、ヘルズの住むアパートの入り口が映し出されていた。アパートの周りは警察が包囲している。数は相当の物であることが、カメラ越しにも窺える。


『怪盗ヘルズのアジト判明の報告を受けて、「ヘルズ対策係」の松林央人さんを筆頭として百人前後の警察がヘルズの家の周りを包囲しています! 果たして、ヘルズは本当に居るのでしょうか⁉』


 現場のキャスターが喋ると同時、カメラの端に映っていた警察が動いた。階段を登っていくのがカメラに捉えられる。


「おい、こっちに来るぞ。まさかここの部屋番号を知ってるのか?」


「でしょうね。音が迷いなくこの部屋に近付いてきてるわ」


 二ノ宮は淡々と返事をすると、何やら喚き立てているテレビを切った。そして、ヘルズを見る。


「それで。どうするの? このままじゃ捕まってゲームオーバーよ、大将」


「ちょ、ちょっと待て。何が何だかさっぱりだ。一から説明してくれないか?」


 五徹で頭がほとんど働いていない。そんなヘルズの頭を、二ノ宮は丸めた教科書でぶっ叩く。脳天に微弱な衝撃が走り、虚ろだった意識が僅かに我を取り戻した。


「いいから、大事な物だけ持って逃げるわよ。こんな所で話していて捕まるなんて馬鹿げたことしたくないし。ここの他のアジトは持ってる?」


「あ、ああ。税金対策に買ったマンションの一室がある。名義人は別だから大丈夫ーーー」


「なら問題ないわね。行くわよ、私が囮になるから今のうちに逃げて。大丈夫、後で追い付くから」


 二ノ宮は言うが早いか、玄関の扉を開けて出ていってしまった。ヘルズはその後を追おうと一歩踏み出すが、二ノ宮の行動を無駄にしてしまうと思い踏み留まる。


「姫香、悪いんだがそこにあるスポーツバッグを取ってくれ。その中にはいざと言う時の道具が一式入ってる」


「は、はい!」


 姫香がスポーツバッグを投げ渡してくる。ヘルズはそれをキャッチすると、中の荷物を確認した。こういう事態に備えて、最低限の準備はしてあるのだ。


「後はノートパソコンと『ネバー・ファンタスティック・ストーリー』のゲーム、そして犯行に使ったスプレー・・・」


 外からパパパパパパ! という火花が弾けるような音が聞こえてくる。宣言通り、二ノ宮が囮の役を買って出てくれているようだ。音からして使用しているのは最近作った『爆竹花火』だろうか。ヘルズはそんな事を思いながら窓を開ける。その時、玄関から野太い声が聞こえてきた。


「怪盗ヘルズ! お前は包囲されている。大人しく出てこい!」


「チッ!」


 ヘルズは舌打ちすると、荷物を担いだまま窓の縁を蹴った。不安定な体勢からの大跳躍を繰り出し、数十メートル先にあった大木の頂点に飛び移ることに成功する。


「よし。・・・って姫香は?」


 姫香が心配で振り返ると、姫香は窓から飛び降り、真っ直ぐこちらに向かってきていた。その体には傷一つない。

 

「アイツ・・・あんな事も出来るようになったのか」


 ヘルズの部屋から地上まで、軽く十メートル以上はある。一般人が飛び降りれば足を骨折する恐れがあるのだが、姫香はそれを克服して見せた。


 彼女が積み上げてきた特訓の成果が、目に見えるようだった。


「成長したな、アイツも」


 ヘルズは感慨深く呟くと、隣の木に飛び移った。ヘルズの部屋から拳銃の発砲音が聞こえる。大方ドアの鍵を破壊し、中に入るつもりだろう。もちろん、ヘルズとしての道具を全て取っ払ったあの部屋は、ただの一学生の部屋にしか見えないのだが。


「しっかし、一体何があったんだ・・・」


 アジトへ急ぎながら、ヘルズは顎に手を当てる。ヘルズのアジトの場所を知っていてかつ、裏切りそうなのは降谷幸一ただ一人。


 だが、降谷はまだヘルズをいい金づるだと認識して居るため、彼が裏切るのはあり得ない。金で繋がっている関係というのは脆いようで意外としっかりしている一面もあるのだ。


「じゃあ誰が・・・」


 そもそもヘルズの知る限り彼のアジトを知っているのは姫香、チャルカ、北見方、降谷、綾峰、二ノ宮、そして死んだユルの七人だけだ。だが誰も裏切る理由など思い付かない。


 ヘルズが悩んでいると、答えが出る前にマンションに着いてしまった。ヘルズは誰にも見られていないことを確認すると、地面を最大限の力で蹴る。彼の体が膨大な脚力から打ち出されたエネルギーに押され、重力に逆らうかの如く大きく跳び上がる。


 一瞬で目当ての階の策に飛び移ったヘルズは、ニヤリと笑いながら柵の内側に飛び込み自室の前に立った。そして周りに見られていないことを確認しながら鍵を開けて中に入る。


 室内は、長い間人が住んでいない空気に晒されていた。ヘルズは呼吸を浅くし、慎重に移動する。敵は、ヘルズのアジトを明確に把握していた。つまり、ここが見つかっている可能性だって充分にある。敵が待ち伏せている可能性は充分にあり得るのだ。


 リビングまで来たヘルズは、そこで何者かの気配を感じた。咄嗟に隣接されたダイニングに飛び込み、背中を預ける。


 気配を発した何者かはスッ、と音もなく移動すると、こちらに真っ直ぐ向かってきた。ヘルズは念のため、腰のホルスターからベレッタを抜いておいた。肉弾戦でやりあった方が早いのだが、いくらヘルズでも肉体攻撃で遠距離への攻撃は出来ない。離れた相手を攻撃する際には、文明の利器を使うのが一番だ。


 スッ、と謎の人物はこちらに向かって来たかと思うと、唐突にその姿を消した。まるで幽霊のように、フッと気配が消えてしまったのだ。


(何だ・・・?)


 ヘルズが訝しんでいると、それはやって来た。ダン! という何かを強く踏みつけるような大きな音と共に、何者かがダイニングに飛び込んできた。ヘルズは素早くベレッタの銃口を向ける。


「来たか!」


 ベレッタの引き金を引き絞る。だが次の瞬間腹を殴られ、ヘルズの体が壁に叩きつけられた。引き金を引きかけたベレッタが、埃だらけの床を滑っていく。


「ゲホッ、ガハッ・・・」


「・・・・・・」


 人影は無言で床に落ちたベレッタを拾い上げると、ヘルズに向けた。そこには一切の殺意などない。まるで目の前の虫を叩き殺すかのように簡単に、その人影は引き金を引こうとする。


「チィッ!」


 ヘルズは反射的に全身に力を入れながら、吸血鬼の力を解放。左目が血の色に染まり、全身に常人では手に入り得ない力が流れ込んでくる。ヘルズは拳を引き絞った。


「舐めるなよ、ストーリーの流れに殺られるモブキャラがーーー」


 拳を硬く握りしめる。今の拳の硬さは、吸血鬼の力も相まって鉄筋コンクリートを余裕で砕けるだろう。裏社会の人間であっても、腹以外に打ち込めば大変な事になる。


 そんな、絶望にも近い拳を振り上げた。


 ーーーそこで、ヘルズは瞠目する。


 そこに居た人物が、よく知った人物だからだ。


 いや、知っているどころの騒ぎではない。人影がフードらしき物を脱ぐ。すると、白い髪がこぼれ落ちた。


「お前はーーー」


 ヘルズの吸血鬼の目は、光のない暗闇の中でも真昼のように見ることが出来る。よってこの目は暗闇の中における絶対的信頼の一つである。


 しかし、今回だけはその目を疑った。


 自分は何か幻覚でも見せられているのではないだろうか。そんな無理のある理論が、ヘルズの頭を過る。それとも、視覚からの情報を認識する自分の脳に異常が発生したか。


 驚いているヘルズの眼前で、その人影はベレッタの引き金を引く。パァン! という銃声がして、ヘルズの頬を弾丸が浅く切った。吸血鬼の力が傷を癒すためすぐに痛みが止むが、精神面で受けた衝撃は大きい。


「・・・・・・」


 人影は無言で銃口の先を修正し、ヘルズの眉間に突き付ける。ヘルズは突き付けられた銃口を首の動きだけでかわすと、左足を大きく蹴り上げて人影の手首の関節を狙った。人影はそれをかわし、再びベレッタを照射する。


 パァン! パァン! パァン!


 ご近所に聞かれたらかなり面倒な事になりそうな音が、三発も鳴る。二発をかわして一発を肩に貰うが即座に回復し、ヘルズは真っ直ぐにベレッタを奪おうと手を伸ばした。人影はそれを見ると、ヘルズの伸ばした手を強く叩く。


 目にも止まらぬ速度で一歩距離を詰めると、ヘルズの眉間に銃口を突きつけた。冷たい感触が、額から伝わってくる。


「ッ・・・!」


 先程とは違い、ゼロ距離からの狙い。避けようと思えば出来るのだろうが、どう避けても一瞬の油断が出来てしまう。そうなれば、先程の腹パンと同等かそれ以上の攻撃をくらってしまうだろう。鍛え上げた腹筋ですら耐えきれなかったあの攻撃を、弱点部位にでも打ち込まれようものならその瞬間に敗北が決定する。


「・・・」


 ヘルズの目の前で、その人物は引き金を絞る。それを悔しそうに見ながら、ヘルズは呟いた。


「・・・何で」


 目の前の敵を見据え、呟く。


「何でお前がまた敵に回ってるんだよ、沙織・・・」




 


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