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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
引きこもり怪盗と体育祭
242/302

弐夜の悟り

 雪寒が、服部にバトンを渡すべく走った居た頃ーーー


 服部と弐夜は、並んでバトンを待っていた。


「いやー、しかしまさか君と戦うことになるとは。面白い巡り合わせもあったものですねえ」


「・・・・・・」


 楽しむように何故か敬語を使う服部に、弐夜は何も答えない。


 やがて、その口を重々しく開いた。


「罠を仕掛けた上、うちのメンバーのチャルカを抱き込むとはよくやるじゃねえか。一体どんな手を使った?」


「別に何もしてませんよ、ただ君と戦えることを話したら、『主席と戦えるならやる』と息巻いてましたよ。勉強の主席って言うのはそんなに偉いんですかねえ」


 呑気に言う服部は、気が付かないのだろう。弐夜が第六期『怪盗』における主席だと言う事実に。


「その他にも色々とやりやがって。おかげでこっちは大迷惑だよ」


「仕方がありませんよ。これも全て北見方生徒会長を倒すためなんですから。あの人は異常です。幾重にも罠を張り巡らせておくのは大事ですよ?」


「そうかよ」


 弐夜は吐き捨てるように言うと、正面を見た。元々、話し合ってどうにかなるとは思っていない。たった一人を倒すために裏社会をけしかけて来るような奴が、言葉一つで動けるとは思えないからだ。だから、この対話はただの暇潰し。


「しかし・・・北見方生徒会長もなかなかの化け物具合ですが、君もなかなかですね。俺の戦略を卑怯な方法で破り、仲間を掌の上でコントロールし、自らも凄まじい身体能力を秘めている」


「・・・何が言いたい?」


 視線を外さず聞いた弐夜に、服部は同じく正面を向いたまま手を差し出してきた。


「黒明弐夜君。俺が生徒会長になった暁には、副会長をやってみませんか? 君が居ればこの学校も少しは面白い方向へと変わると思いますからね。俺と共に来ませんか? 方法は簡単ですよ。手を抜いて走る。それで交渉成立です」


 つまり、仲間の勝つ可能性を捨てろと言うことか。少しでも印象をよくするために敬語を用いた、という弐夜の憶測は正しいらしい。弐夜は服部の手をジロリと見て、それから言った。


「お断りだ。俺は残念ながら生徒会に興味がないからな。むしろやるなら、生徒会をぶっ壊す役割だ。その方が性に合ってていい」


「そうですか。残念ですね、君と共にこの学校を支配できると思うと胸が踊ったと言うのに」


 服部は残念そうに、しかしそれでいてどこか楽しそうに言う。


「まあ、それはそれで楽しいからいいんですけどね。君を叩き潰す楽しみが出来ました」


「そうかよ。良かったじゃねえか」


 その時、雪寒の姿が見えた。恐るべき速度で走る雪寒を見て、服部が受け渡し体勢に入る。


「それじゃあ黒明弐夜君。買収の話、考えておいて下さいね」


 服部は言うが速いか、力強く走り出した。そのスピードは北見方にはやや劣るが、それでも学年の中ではトップクラスであろう速さ。服部の背中が、みるみる内に遠ざかっていく。


「まずいな、こりゃ。追い付けるのかね俺は」


 弐夜は雪寒の背中を必死に追い、どうにか一周を走り終えてきた第三走者を見ながら呟く。二周走る関係上、本気を出せば例え一周差を付けられていようが余裕で逆転できるがここは手を抜いて走った方がいいだろう。別に本気を出す義理はない。


 負けることは悔しい。だが、だからと言って弐夜が本気を出す理由にはならない。あくまでも、力をほとんど使わずに勝つ。


「まあ、そこそこでも姫香が本気でやれば勝てるだろ」


 どこまでも他力本願な精神で、弐夜は走る準備をする。バトンを受けとるためにいざ走り出そうとしたその時、人混みの中に白い髪が見えた。


「ん?」


 目を凝らして見ると、そこに白い髪をした人物が立っていた。顔や輪郭など、髪以外の全てはぼやけてよく見えない。


 ーーーだが。


「ッ・・・⁉」


 弐夜は僅かに息を呑んだ。白い髪をした人物はしばらくその場に立つと、人混みに飲まれて姿が見えなくなった。 


「今のはーーー」


 弐夜は少しの間、驚いた顔をしていた。だがその次の瞬間、口許を歪め安堵の笑みを浮かべた。


 ーーーそうか。


「そう、だったのか」


 何かを悟ったように、弐夜は繰り返す。天才的頭脳を用いても分からなかった、至極簡単で当たり前の答えがついに分かってしまった。


「黒明!」


 前の走者が、バトンを受け渡してくる。弐夜は素早く、しかし確実にバトンを受け取った。


「ああ、任せとけ」


 分かってしまった。気づいてしまった。だから。


 服部と北見方の戦いも、裏社会がちょっかいを掛けてきた事も、チャルカが寝返ったことも、北見方からの脅迫も、そんな物は最早どうでもいい。


 ただ、己の全力を出し切るだけだ。


 弐夜は自身の力の出力を操作。残像が辛うじて人間に視認できる速度になるまで力の出力を落とし切ると、地面を蹴ってフルスロットルで走り出した。速すぎて周りの景色が歪んで見える。


 どこからか、誰かの悲鳴に似た声を聞いた。


「何だと⁉」


 第三走者がしくじったせいで、順位は現在最下位。それ故に油断もあったのだろう、しかし弐夜の速度はそんな彼のミスを帳消しどころかお釣りが来るレベルの物だった。


「な⁉」


 半周の差を僅か二秒で詰め、服部を追い抜く弐夜に服部が驚愕の声を上げる。だがそれも一瞬の事、次の瞬間には弐夜は一周を難なく通り抜けていた。続けざまに二周目。


「ここにも居たのか、化け物が!」


 そう言ったのは、誰の台詞だろうか。弐夜は己の力に身を任せ、ただひたすらに加速した。卑怯な手も、小細工も一切使わない純粋な速度。


 気が付けば、もう二周目の最後に差し掛かっていた。ここまでの体感時間は約三十秒。しかし実際に流れている時間は大方十秒かそこらだろう。


「姫香!」


 腹から声を出し、手を伸ばす。ラストスパート、減速しながらも姫香にバトンを渡した。


「思いっきりやって来い、今を憂う若者よ!」


 言いながら、弐夜はバトンを手渡す。姫香がバトンを取り、駆け出したのを見て、弐夜は安堵の息を吐いた。


「後は任せたぜ、若造」

 

 どこか悟ったような笑みを口に浮かべて、弐夜はコースから出た。



 こちらに恐るべき速度で走ってくる弐夜を見た時、姫香は目を疑った。


 ーーー滅茶苦茶速い。だが、弐夜にしては遅い。


 弐夜が頑張っているのも驚きだが、それよりも弐夜にしては遅いのが異常だ。姫香はかつて弐夜と北見方の戦いを見たことがある。その時の彼らのスピードは、()()()()()()()()速度だったはずだ。


「・・・あ」


 そこで姫香は気付いた。目で視認できない速度であれば、『見えなかった』事で向こうから因縁をつけられる可能性がある。だからあえてあのスピードにする事で、一切の不正の余地もないようにしているのだ。


 小細工でもなく、自分の実力を見せつけるでもない正々堂々とした、勝つための一撃。弐夜にしては珍しすぎる正攻法に、姫香は素直に驚いた。


 弐夜の残像がカーブを曲がり、最後の直線へ。そこで姫香は、彼の口元に笑みが浮かんでいるのを見た。


「え・・・」


 あの弐夜が、あの捻くれて唯我独尊で自己中心的で社会不適合者である彼が、楽しそうに笑っている。


 弐夜に何の変化があったのだろうか。一つだけ分かるのは、彼がこのリレーに本気で取り組んでいるという事だけだ。


 弐夜が迫ってくる。姫香は軽く走りながら、バトンを受け取る態勢を整えた。


「思いっきりやって来い! 今を憂う若者よ!」


 弐夜の厨二発言と共に、姫香はフルスピードで走り出していた。アンカーとして任された、彼女の役目。


 ーーーこの座を死守して、一位のままゴールする。


 もう片方の味方チームは沙織、北見方と続いている。一番の友達である姫香ですら気が付かなかったのだが、沙織はとても足が速かったらしい。それに続いて完璧超人の北見方なら、二位は固いだろう。


 問題は、ライラだ。


 彼女だけはかなりの脅威だ。100m走では辛うじて姫香が勝ったが、あれは距離が短かっただけの話。長距離になれば勝負は分からなくなる。


 弐夜が開いてくれた距離は、概算700m。このコースが一周辺り1200mである事を考えると十分すぎる距離だ。


 姫香は足に力を込め、懸命に走っていく。ゴールに着くまで油断は出来ない。姿勢を屈め、前方を見据えながら走り続ける。


 半周行った頃だろうか、姫香は陽気な声を聞いた。


「それじゃあ、いっくよー!」


 ライラだ。振り向くと、ライラが短距離走のフォームを取りながら、爆発的に駆け出した。みるみる内に姫香とライラの距離が詰まる。


(・・・まずい!)


 慌てて首を戻し、手を強く振る。姫香の体がゴールテープに近付いていった。


(もう少しーーー)


「はいはい、お遊びはそこまでだよー」


 突然の声に横を向くと、ライラが楽しそうに笑いながら走っていた。半周を物ともしないスピード。やはり彼女も、常人ではない。


「せっかく参加したんだから、一位を狙わないとね。と言うわけでレッツゴー」


「・・・ッ、させません!」


 二人並んで、コースを走る。ゴールテープが目と鼻の先まで迫ってくるが、二人の距離は変わらない。ライラは姫香が思っていたより、ずっと速かった。


(このままじゃーーー)


 姫香の脳裏に焦りが浮かぶ。その時、視界の端に一人の人物が見えた。手に牛乳のパックを持っている。


(あれはーーー)


 確か棒倒しに出ていた、物凄く危険な人だ。姫香は傍観していただけなので具体的にどこの誰だかは分からないが、あの人の影響で競技に支障が出たのはよく知っている。


「あの自販機、牛乳しか売ってないとかどういう事だよ。ふざけてんのか?」


 距離は十分に離れているはずなのに、姫香にはその人物が言っている言葉がよく聞こえた。牛乳のパックをグシャリ、と握りつぶす。それを見て悪寒がした姫香は、疲れてきている身体に鞭打って走った。ミシミシ、と筋肉が悲鳴を上げるが気にしない。とにかくよく分からない恐怖から逃れるように、姫香は死に物狂いで走る。


 結果として、それが勝敗を分ける事となった。


「ふざけんじゃねえよ」


 そんな言葉が聞こえると同時、その人物が牛乳のパックを地面に叩き付けた。瞬間、牛乳のパックが叩き付けられた位置を中心として爆風が巻き起こった。


「ちょっ、え⁉」


 爆風は姫香の真後ろを横一文字に通過する。姫香のすぐ後ろを走っていたライラはもろに爆風に呑まれ、もんどりうってコースの内側に吹っ飛んだ。数センチの差で直撃を免れた姫香は、信じられないといった表情をしながらもゴールテープを切る。


「今のは・・・」


 姫香は一位になった感動も忘れ、例の人物を見た。たった今牛乳のパックで爆風を巻き起こした人物は「クソッ、関係者を皆殺しにしてやる」と物騒な事を呟きながら踵を返して去って行った。姫香がその後ろ姿を呆然と見つめていると、北見方が走りこんできた。


「花桐さん! 僕たちが優勝だ! 僕達の勝ちだ!」


 やけに興奮した様子で、北見方が姫香の手を握った。姫香は初め呆然としていたが、やがて現実を把握する。


「私たちが・・・優勝?」


「そうだよ! 僕達の勝ちだ!」


 北見方が興奮気味に叫ぶと同時、会場がワッと沸いた。人外の者達が見せた戦いの末の、逆転劇。誰が見ても鮮やかな勝利だった。


 この体育祭、姫香達の勝利だ。

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