破壊の悪魔vs数の暴力②
その人物は、ゆっくりとこちらに向かってくる。まるで、獲物は逃げないから安心と言うばかりに。
「ひいッ・・・」
棒を支えていた生徒の一人が、あまりの怖さに地面に座り込んでしまう。それに続いて、二、三人と生徒が座り込んでいく。しかし、服部はそれを咎めない。咎められない。
彼も座れるものなら座りたいからだ。
本能、どころか細胞の一粒一粒が訴えている。あれは駄目だと。相対してはいけない類いの人間だと。
(これが、隠し玉・・・)
さすが、策士黒明弐夜。服部はそう思って弐夜を見るが、弐夜も病気かと思うほどに青ざめた顔をしていた。
それはさながらーーー封印されていた魔王を呼び出してしまったかのように。
その人物ーーーいや魔王は、ゆっくりとこちらに向かってくる。その威圧感に小競り合いを続けていた生徒たちは皆、恐怖の表情で魔王を見た後、その場に倒れ伏した。
魔王はそれを詰まらなそうに一瞥するだけで、こちらに対する歩みを止めようとはしない。ただ真っ直ぐに、服部チームの棒目掛けて歩いてくる。
その口から、言葉が紡がれる。
「弐夜と北見方の奴がしつこく頼む物だからこうして最終兵器になってやったがーーーこれもなかなかいいもんだな。勝ちを確信した奴らの顔が一瞬で絶望に染まる様は、いつ見ても滑稽だ」
魔王はその恐怖を持って、生徒達を倒していく。恐らく彼らも、なぜ自分が倒れたのか理解できないだろう。理解できるのは、己の中にある危機感だけだ。
「なる、ほど・・・確かにこれは最終兵器だ。俺、達では、勝ち目が、ない・・・」
先程北見方を瞬殺したはずの青年が、魔王の力に耐えきれず膝をつく。その額から冷や汗が流れ落ちた。弐夜も膝こそ突いていないものの、荒い息を吐いて魔王を見ている。
(な、何なんだよこれは⁉)
服部がそう思った刹那、魔王の姿が目の前にあった。鼻と鼻が触れ合うかのような距離。特攻隊にこびり付いた血がよく見える。
「ヒィ!」
思わず口から悲鳴が漏れ、服部は尻餅を着く。手が自然に地面を掻き、魔王から遠ざかろうと必死になる。
おかしい。さっきまで魔王は、数メートル離れていたはずだ。なのに、何故ここまで⁉
「お前がこっちの大将か。叩き潰してもいいがーーー面倒だな。さっさと棒を破壊しに行くか」
魔王はそんな無様な服部を侮蔑に満ちた目で見ると、顔を前に戻し、一瞬で棒に肉薄した。そして恐怖で座り込む生徒達の頭上を通り抜けるように、力強い前蹴りを放った。ブン、という風切り音が耳に鮮烈に響き渡る。
バキッ!
嫌な音がして、棒倒しに使われていた木の棒が魔王の蹴った箇所を中心として折れた。折れた木の棒は魔王目掛けて落ちてくるが、魔王はそれを難なく避ける。
「この棒、脆いな。一蹴りで折れやがって」
愚痴を言いながらも、魔王は勝利宣言をするかの如く棒を踏みつける。その音に審判がようやく気が付いたのか、試合終了のピストルを鳴らした。
「ぼ、棒倒し終了。勝者ーーー北見方チーム」
しかし、誰からも感動の歓声は上がらない。殺意の波動に目覚めた生徒も、服部チームの人間も全て、突如現れてゲームを破壊する勢いでクリアしていった魔王に釘付けになっていた。
そんな生徒達の視線も気にせず、魔王は天を仰いだ。
「せっかく日本に来たんだし、志穂に会いに行くか」
独り言のように呟く。そこでようやく皆、全身を蝕むようなオーラが消えたことに気が付いた。つい今しがたまで全身を縛っていた、恐怖心からの解放。それが押し寄せた事でドッと疲れが襲い掛かり、弐夜含め全男子生徒はその場に倒れ込んだ。
「おい、起きんか弐夜よ」
「ん・・・」
女の声を聞き、弐夜は目を覚ます。するとそこには自分を見下ろす綾峰、二ノ宮、姫香、降谷の顔があった。
「・・・何で一人野郎が入ってるんだよ。ここは全員女だろ」
「何だお前。この変人たち相手にハーレムでも組みたかったのか?」
「アホか。遠回しに『目覚めにお前の顔は不快だ』って言ってるんだよ。気づけニセ教師」
「馬鹿な事を言うくらい余裕なら大丈夫じゃな」
綾峰はそう結論付けると、膝立ちの状態から立ち上がった。手でパンパンと砂を払う。
「お主、二十秒ほど心臓が停止しておったぞ。妾が助けなければどうなっていた事か」
「そうか。ありがとな綾峰、助かった」
弐夜が綾峰に礼を言うと、綾峰は手を振った。
「気にするでない。生徒を助けるのは教師の仕事じゃからな。それにお主も一応、心配蘇生の術を心得ているじゃろ? だから早めに起こして、他の生徒達を救ってもらおうと思ってな」
「は?」
疑問符を浮かべる弐夜に、姫香が指で弐夜の後ろを指し示す。振り向くと、校庭に死屍累々の山が築かれていた。
「・・・何これ」
「峰岸さんの力の片鱗じゃ。あの人が出した闘気で、ほとんどの人間が倒れおった。心肺停止した時間が時間からか、中には本気でまずい奴もおるのう。ちょっと手伝ってくれ」
「やってくれたなあの人・・・」
弐夜は顔を上げ、観客席に戻る峰岸を見る。峰岸の顔に変化はない。棒倒しは峰岸にとって、毒にも薬にもならなかったようだ。
・・・もっとも、台風のような峰岸に出会ってこちらは大損害を負ったのだが。
「なあ、何であの人はこんなチャチな大会のチャチな競技に参加しようと思ったんだ?」
「純粋な興味じゃないのか? 棒倒しは危ないからって理由で中学だと結構禁止されてるらしいし。やった事が無いものをやりたがるって言うのは、あの人も俺ら人間も変わらないだろうよ」
「そのせいでこっちは後始末が大変なんだが・・・やれやれ」
弐夜と綾峰、降谷の三人は、恐怖で心臓が停止してしまった生徒達を次々に起こしていく。他の部位に影響が出ていそうな生徒は医師免許を持つ綾峰を筆頭に、適切な応急処置を施した後保健室に運んだ。二ノ宮と姫香も愚痴一つ言わずに、選手の介護を行った。
観客と応援していた女子生徒達はその間、彼らの作業を呆然と見つめていただけだ。まるで示し合わせたかのように、誰も手伝いには来ない。
思わず不満を言いたくなるような傍観者ぶりだが、急に人が倒れたかと思えば急ピッチで介護が行われているのだ。高速で移動する彼らの手伝いは出来ないと判断したのだろう、これ以上『烏合の衆』に失望したくない弐夜は、勝手にそう思い込むことにする。
五分ほどして、弐夜達は全ての男子生徒の治療を終えた。中には息を吹き返した者もおり、「何があったんだ?」と困惑した表情を覗かせる者も居る。
「綾峰、これで終わりか?」
「そうじゃな。協力感謝するぞえ、弐夜。ところで、治療の過程で人工呼吸などはーーー」
「するわけないだろ。他の方法で気道を確保したよ」
弐夜の言葉に、綾峰はホッとしたような表情を見せた。どうやら弐夜がキスする事に抵抗を感じるような物言いだ。どう言う風の吹き回しだ、と弐夜は首を傾げる。
「まあ良い。とりあえずこれは治療の報酬じゃ。これで何か飲み物でも買って来るといいぞえ」
そう言って綾峰が、何かを二つこちらに放り投げてくる。キャッチすると、それは百円玉が二枚。
「人の命は二百円以下なのかよ」
「仕方ないじゃろ? 今妾の財布にある小銭はそれだけなのじゃから。後は諭吉先生しかないわ」
「そっちを寄越せヤブ医者が」
とにかく後の事は教師に任せるとして、弐夜は校庭から立ち去った。ただの高校生が応急処置を施す様をあまり見せたくはなかったが、無関係ではない以上見殺しにするのは目覚めが悪い。
聞こえてくるアナウンスで競技の再開が十五分後である事を確認し、弐夜は校舎裏の自販機に向かう。せっかく二百円貰ったのだから、使わない手はない。
だが、
「・・・何で牛乳とコーラ以外全滅してるんだよ」
何故か牛乳とコーラを除いて、全てが売り切れていた。しかも、コーラを買った瞬間売り切れの表示が。
「ってか、いくら中で冷やしてるとは言っても牛乳はねえだろ。何で売ってるんだよ」
愚痴りながら、弐夜はコーラを開けようとする。しかし手が滑ったのか、コーラはキャップを捻る前に地面に落下してしまう。
「マジかよ。疲れてんだな、俺も」
自分が落とすなんて、と残念に思いながら弐夜はキャップを捻る。その時、沙織が一人の女子を気遣いながらこちらに向かってくる。
「痛たたた・・・」
「大丈夫だよ、桜ちゃん。ちょっと擦り剥いただけだからね」
どうやら、一人の女子が膝を擦り剥いてしまい、それを沙織が看護しているようだ。女子の膝には、鮮やかな血が浮かんでいる。
「これ、消毒とかした方がいいよね・・・」
「それはあんまり効果が無いみたいだよ。消毒は一見すると効果があるように見えるけど、実際にそういう殺菌をしちゃうと傷口に集まってたリンパ球や白血球も一緒に死んじゃうから駄目なんだって。だからやるなら水道水とかで洗い流した方がいいんだってさ」
女子が驚いた顔をする。
「沙織ちゃん、物知りだね・・・」
「このくらい普通だよ。さ、水で流して保健室行こ」
沙織は表向きな明るい笑みを浮かべると、女子を率いて水道まで向かった。弐夜はその後ろ姿を何気なく目で追う。沙織は女子と明るく話し、昔からの親友のように打ち解けて話していた。
「すげえな、アイツ・・・」
普段、沙織は弐夜に対して冷たい態度しか取らないため分からなかったが、彼女のプライベートはもはやリア充だ。あれだけ表と裏を完全に切り分けられる人間を、他に見たことがない。
やがて、沙織が一人で戻ってきた。どうやら女子を保健室に置き、先に戻ってきたようだ。
そんな彼女に、弐夜は声を掛ける。
「よう」
「うわ・・・」
弐夜が手を上げ挨拶すると、沙織は露骨に嫌そうな顔をした。さりげなく、弐夜に気付かれないように摺り足で逃げようとしている。
「待て待て待て! 何故お前は俺から逃げようとするんだよ!」
「貴方に出会った日は厄日になると決まっているからよ。あと貴方に会うと孕まされそうだし人間としての尊厳が落ちるし変な男に絡まれそうだし友達との絆が壊れそうだし帰り道に爆弾魔に襲われそうだし怪しげな宗教団体に出逢いそうだしーーー」
「どんだけあるんだよ⁉ 俺は疫病神か何かなのか⁉」
「あら、よく分かってるじゃない」
沙織はクールな表情のまま、平然と言い切った。
何か感想等ございましたら、気軽に書き込んでください。




