午後の競技①
姫香がライラとの昼食を終え、弐夜も外食を終えて、いよいよ午後の競技となった。
最初の種目は借り物競走。出場者は弐夜と一般人だけだ。
「お、向こうからは大将のお出ましか」
対する服部チームは、大将である服部、護衛のメンバーの内二人、それに金髪の女と、眠そうにゲーム機を弄る青年が来ている。弐夜は青年を見るなり、眉をひそめた。
「アイツ・・・強いな」
見るだけで分かる、あの眠そうな青年は強い。服を着ているため断言は出来ないが、服の下は人間離れした筋肉が並んでいることだろう。
「一体何人化け物を仕込めばいいんだか・・・まあいい。やる事は変わらねえ」
気を引き締め直すと、弐夜は列に並んだ。弐夜の前の走順の生徒達が、次々に走っていく。弐夜は一般生徒の走りを無視して、一部の人間のレースにのみ注目する。
敵チームの総大将である服部荘司、姫香との競走を制しかけた金髪の女、そして強そうな青年の三人に、弐夜は焦点を絞った。後は速かろうが遅かろうがどうでもいい。
弐夜が注目した中で一番最初に走ったのは金髪の女だった。彼女は応援席に居る何者かに手を振ると、開始のピストルとともにかなりの速度で走り出した。結果、借り物を決める箱までは彼女はぶっちぎりで一位だった。金髪の女が箱から紙を出しーーーー小首を傾げる。
「一体何が書いてあったんだ・・・?」
午前中の競技すべてに卑怯な策を仕込むような服部の事だ、この借り物競走に何かをしていてもおかしくない。最悪、借りる物が到底入手困難な物だったり、暗号で書かれていたりしても、弐夜は不思議には思わないだろう。
それにしても、今年の体育祭は例年より盛り上がっているのは異常な光景だ。
確かに例年とは違う、生徒会長の座を掛けての勝負となってはいるものの、それでも北見方が犯罪者という宣告を受けたり、落とし穴など危ない罠が設置されていたりなど、一般人からすれば看過できない状況が続いている。
にも関わらず、生徒はおろか観客さえ何も言わない。普通ならモンスターペアレントの一人や二人が教師に掴みかかっていそうな物だろうに、観客はただ歓声を上げるだけ。酷い例えかもしれないが、これでは主人公がチート能力で無双しているのをワーキャー言って盛り上げる引き立て役でしかない。
(まるで、この舞台そのものが何者かに作られたかのようなーーーーー)
ズキリ、と。
そこまで考えた時、弐夜の頭が痛んだ。頭が割れるのではと錯覚させるような頭痛に、弐夜は思わず頭を押さえる。
「が、あッ・・・」
あたかも考えさせまいとするかのような頭痛は弐夜の脳内を駆け巡る。たまらず弐夜が膝を突くと、痛みはスッと引いて行った。
「今のはーーー」
体調不良、ではまずないだろう。弐夜の新陳代謝は常人のそれを遥かに凌駕する。更に吸血鬼の力が加わっている以上、放射能を浴びても負傷するか定かではない。
間違いなく、踏み入れてはいけない領域に踏み入れてしまった者に対する迎撃だ。
「考えたら都合の悪いことが起こる、か。て事は、俺の予想が正しかったって事でいいんだな?」
頭から手を離し、弐夜は不敵に笑う。その目は、楽しそうに輝いていた。
(迎撃システムは一見すると完全なように見えて、『そこに知られてはいけない物がある』って事を露呈してるんだよな。これを作った奴はそれが分かってねえ)
こんな露骨な迎撃などせずに、全てを弐夜の『妄想』で片付けてしまえば問題など無かったのだ。変に頭痛など与えてしまったせいで、無駄な根拠を持たせる事になってしまった。
(暴いてやるよ、必ずな)
そう思った矢先、肩を叩かれた。振り向くと、そこには一年の一般生徒が困惑した表情をしていた。
「あの、次は先輩の番ですけど並ばないんですか?」
言われて前を見ると、既に前のレースが走り終え、弐夜の番になっていた。既に他の面々は指定の場所に着き、『どうして並ばないんだろう』と言う目で弐夜を不思議そうに見ている。
「あ、ああ。すぐに行く」
どうやら思考の波に呑まれていたせいで、周りが見えていなかったようだ。弐夜は指定の位置に並ぶ。すると観客席から、怒号の歓声が上がった。
「それでは位置に着いて、用意」
審判が火薬銃を上に構える。そして撃った。
パァン!
弐夜はランニング程度の速度で駆け出す。わざわざ危険そうな青年の見ている場所で本気を出すわけには行かない。ランニング程度でもそこらの陸上選手よりもずっと速い弐夜は、ぶっちぎりで箱まではたどり着く。
「さて、何が出るかな」
何が出ても驚かない覚悟を持って、弐夜は箱から紙を取り出す。そして、諦めた表情になった。
『彼女』
無理だった。どう頑張っても、無理だった。
もしもこれが『好きな人』なら、『人間的に』好きな人として選びようはあっただろう。だが、彼女は無理だ。弐夜に彼女は居ないし、今後作るつもりも無い。金髪の女が何故首を傾げたのか、分かったような気がした。
「交換するしか無いな」
だが、紙の下部分にはこう書いてあった。
『この借り物競走は入手不可能な物は書いてありません。よって交換は受け付けていません』
「ふざけんなあッ!」
弐夜は大衆の前だと言うのも忘れ、紙を地面に叩き付けた。実にふざけたルールだ。これはあれだろうか、どんな奴にでも彼女が出来る可能性はあるだろうと言う、服部チームの哀れみだろうか。
何にせよ、弐夜に彼女は居ない。弐夜は諦めて両手をあげた。最下位確定だ。
周りの動揺がひしひしと伝わって来る。まあそれもそうだろう、ここまでチームを率いて戦い、身体能力の高い北見方チームの副大将が、まさか借り物の内容如きで降参宣言。驚くのも無理も無い。
後から駆けてきた選手達も弐夜の動作に驚いたようだが、すぐに箱に手を突っ込んでお題の紙を取り出す。そして各々血相を変えて、対象となる物を探しに行った。
「はぁ・・・」
弐夜は天を仰ぎ、溜め息を吐いた。どうしてよりにもよってこんな物が現れるのか。他の物なら何だかんだこじつけてどうにかなるが、こればかりはどうしようもない。弐夜はもう一度大きな溜め息を吐いてーーー
「何してるのよ、こんな所で」
後ろから突然声を掛けられた。
「オイオイ、誰だよこんな時に。俺は今諦めてーーーーー」
振り向くと、そこには白いワンピースを着た二ノ宮が立っていた。
「二ノ宮・・・」
「ごめんなさいね、遅れちゃって。ちょっと新しいおもちゃを作ってて遅れてしまったわ。それで? 借り物競走という無駄な競技中にこんな吸血鬼が一瞬で炭化しそうな太陽の照り付ける校庭のど真ん中で何をしているのかしら?」
無駄に長い言葉で、二ノ宮は楽しそうに笑う。そのまま流れるような仕種で、弐夜の手から紙を引ったくった。
「借り物は『彼女』・・・ふうん、確かにこれは難しいわね」
「ああ。だからもう諦めてる」
「だったらさ、私が彼女のフリをしようか?」
二ノ宮は周りを見回しながら言う。まだ誰もゴールしていないため、ここで二ノ宮が彼女のフリをして弐夜と一緒にゴールテープを切れば、一位になれる。
しかし、二ノ宮の言葉に弐夜は首を振った。
「いや、いいよ。アイツ以外の人間が彼女ーーーそれも偽物とか、アイツに対して後ろめたい気持ちが残る」
酷く惨めったらしい事は承知の上だが、弐夜はクルシアが死んだ今でも彼女のことが好きだ。そんな彼女を差し置いて誰かと付き合うなど、例えクルシア本人が許しても弐夜自信が許さない。
「ふうん。難儀なことね」
二ノ宮もそれを知っているからか、特に深くは言ってこない。
「でもさ、これって別に三次元とは限らないわよね?」
かと思ったら、とんでもないことを言いだした。
「え?」
困惑する弐夜に、二ノ宮は続ける。
「だって、『彼女』って書いてあるだけじゃない、これ。だから別にどの次元の彼女でもいいのよね。それなら問題ないんじゃない? 私は君の彼女をよく知らないけど、二次元の女の子を彼女と見なすことを浮気とは呼ばないと思うけど?」
「ま、まあ確かにな・・・」
そんな抜け穴があったとは。確かに弐夜も、二次元に彼女を作る事は良しとしている。何故なら画面から出てこないから。あくまでも、駄目なのは質感や熱量を伴う三次元だけだ。
動揺している弐夜に、二ノ宮は顔を近付ける。
「そもそも、何正攻法で戦いを勝とうとしてるのよ。君らしくも無い。彼女って言葉にそんなに動揺した?」
「い、いや別に・・・」
「そもそもね、正攻法を使う人間は抜け穴が思い浮かばないから使ってるだけで、本当は正攻法なんて物に意味なんて無いのよ。高校を中退した学力の無い馬鹿でも会社を立ち上げて成功すれば、阿保みたいに机にかじりついて勉強ばっかりやってきたガリ勉を凌駕するのよ」
「若干こじつけっぽいが・・・その通りだな」
ここで使う表現か微妙なのはともかく、二ノ宮の言っているる言葉に間違いはない。ルールさえ破らなければ、裏工作などいくらでもするべきだ。むしろ、まともな方法を使う方がどうかしている。
そんな事は今の日本社会が証明している。誰でも習うようなありふれた知識より、その知識を飛躍させた知恵を持った人間の方が成功するのだ。
「君の彼女がどれだけの人間だったのかは会ったことないから知らないけどさ、別に卑怯な方法を使っても問題ないと思うわよ? もし私がその彼女さんなら、相変わらず君らしいなって笑うけどな」
その時、服部チームの人間が物を見つけたのか、嬉々とした表情でゴールに向かう。それを見ながら、二ノ宮は服のポケットからカードを取り出した。
「今が最後のチャンスよ。これを逃したら一位は狙えないわよ。さあ、選びなさい。いつまでも『アイツが~』とか惨めったらしい事を言って敗北するか、このカードを取って優勝を狙うか」
弐夜は手渡されたカードを見て、目を見張る。
「それはーーーーー俺がハマってる『俺の姉がインサイダー取引をしたら国家問題になった件』の藤森京香の特典プロマイド・・・」
「今回だけ特別に貸してあげる。だから、勝ってきなさい」
弐夜はカードを受け取る。もう服部チームの生徒はゴールに向かっている。行くなら今しかない。
「悪いな二ノ宮。貸し一だ」
「問題ないわ。前回の件と言い、君には結構借りがあったし」
二ノ宮の言葉を置き去りに、弐夜は地を蹴ってゴールまで勢い良く走る。そして寸分の差で、敵の生徒よりもいち早くゴールテープを切った。息を切らすことなく審判にお題の紙と、手に持ったカードを見せる。
「俺の彼女は二次元に居るこの子だ。問題ないだろ?」
「え? えっと・・・」
審判と近くに居た生徒が引くのが見て取れる。どう考えても危ない人を見る目だ。流石の弐夜も恥ずかしさに死にたくなったが、勝つために強行する。
「別にいいだろ? 『彼女』とは書いてあっても、別に三次元とは書いてないんだ。そもそも、最近では動物や物と結婚した人だっているんだぜ? 何の問題もないじゃねえか」
「ソ、ソウデスネ・・・」
弐夜の力説に思いっきり引きながらも、審判は弐夜を一位として認めてくれた。弐夜は内面恥ずかしさで一杯だが、それでも勝てたことに対する喜びを感じる。
(流石にこんな大勢の前で自分の趣味を、しかも体育祭で力説するのは俺でも恥ずかしいな。だが、まあ勝てたから良しとするか)
弐夜はプロマイドを貸し、自分を激励してくれた二ノ宮に礼を言おうと後ろを振り返る。この勝負の勝利を諦めかけていた自分を激励し、迷いを振り払ってくれた二ノ宮には、感謝の言葉を述べなくては。
「おい二ノ宮、さっきはありがーーー」
そこで弐夜は。
携帯のカメラをこちらに向け、腹を抱えて大爆笑していた二ノ宮の姿を捉えた。
「堂々と皆の前で二次元のプロマイドを突き出し、『これが俺の彼女』と言い切るイケメン、録画完了♪」
「謀ったなお前⁉」
どうやら、弐夜はまんまと二ノ宮のおふざけに付き合わされてしまったらしい。これからあの動画をネタに揺すられる事を想定し、弐夜は溜め息を吐いた。
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・・・最近雑ですみません。




