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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
引きこもり怪盗と体育祭
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競技、開始③

「さて、生徒会長はどう出てくるんだろうね」


 応援席から障害物競走の様子を余裕そうに眺めながら、服部は呟いた。


 彼の両サイドには、筋肉質な運動部員が腕組みして構えている。服部が手懐けた護衛役だ。もしも向こうの殺意に目覚めた選手が殴り込んできても、護衛達が居れば問題ない。


 服部は余裕そうに構えて、しかし注意深く敵陣を視察する。今、敵チームの副大将である黒明弐夜がチーム全員に何かを話している。何を言っているのかはここからでは聞こえないが、皆彼の言葉を一言一句聞き逃すまいと懸命に聞いているのが見て取れた、


「やっぱり、敵チームのメンバーを洗脳したのは北見方生徒会長じゃなくて黒明弐夜の方か。あの男、一体何者だろう?」


 服部は弐夜のクラスメイト数人から入手した情報リストを取り出す。2040年8月24日生まれ、住所は不明。成績は全教科満点を叩き出すような秀才だが、滅多に学校に来ない奇人。


 ・・・また、提供してくれた女子からは『とにかく格好いい。超イケメン!』との文字が、男子からは『いけすかない不登校児ですよ』との文字が踊っている。一体、どちらの情報を信じればいいのか分からない。


 閑話休題。


 服部は情報リストを見ながら目を細めた。彼は体育祭の準備期間中に驚異になりそうな人物をピックアップし、自分のチームに居る柄の悪い連中を言葉巧みに誘導して襲わせた。無論、その中には副大将となった弐夜も居る。


 その結果、多くの驚異が取り払われた。弐夜が殺意の波動に目覚めさせなければ、今頃向こうは序盤にして窮地に追いやられていただろう。


 柄の悪い連中をけしかけて特別なアクションがあったのは二人。花桐姫香と黒明弐夜の二人だ。


 しかも驚くべき事に、花桐姫香の方は不良達を返り討ちにしたと言うのだ。弐夜の方は何度も下校中を狙ったが、いつの間にか視界から消えているらしい。まるで瞬間移動でもしたかのように。


「・・・黒明弐夜。彼は一体何者なんだ」


 少なくとも、一般人ではないだろう。服部はその攻撃的な性格上、化け物染みた人間を何人も知っているが、弐夜はそれらを遥かに凌駕する別格だ。


 学校に来ないのも妙だ。あれだけ類い稀なる力を持っていながら、不登校とは違和感しかない。きっと、山より高く海より深い理由があるに違いない。


 服部がそんな事を考えていると、パァン! と発砲音が聞こえてきた。顔を上げると、今まさに障害物競走が始まった所だった。


「黒明弐夜、並びに北見方生徒会長。彼らはどうやってこの状況を切り抜けるのかね」


 障害物競走の罠は北見方には内密に、こちらでこっそりと作った。そのため罠の位置から攻略方法まで全て把握済みだ。既にチームの皆には攻略方法を話してある。もちろん、イカサマをした事は伏せながら。


 このまま順当に行けば、全てのレースで確実に服部チームが勝つ。そうなればポイントは一気に上昇、100m走の負け分などあってないようなものだ。


 こちらの第一走者は足の遅い生徒だった。万が一、落とし穴に引っ掛かってしまう可能性に備えて、こちらは足の遅い人間を先に置いているのだ。


 それでも勝てる。向こうが罠に手間取る以上、こちらは足の遅い生徒を出しても勝てるのだ。服部は北見方チームの走者を見る。殺意の炎を宿らせた、やや筋肉質な生徒。


雨井蒼太(あまいそうた)。特筆することのないモブです」


 服部の近くに待機していた参謀が、生徒の名前を告げる。彼女は全校生徒の名前を覚えているという逸材で、走る生徒を教えてくれる。


「どうやら俺達の勝ちみたいだ・・・ッ⁉」


 服部が勝利を宣言しようとして、言葉を止める。そこには、信じがたい光景があった。


 走り出した雨井は、さっそく落とし穴に引っ掛かった。落とし穴は意外と深めに掘ってあり、簡単には抜け出せないようになっている。現に雨井は30秒近く掛けてようやく抜け出していた。


 その間に、既にこちらの生徒達は次の障害物に挑んでいる。明らかにこちらが有利だ。


 だがそこで雨井は、とんでもない行動に出た。


 落とし穴のあった場所を中心に、グルグルと周りだしたのだ。当然、近くの落とし穴に落ちる。だが構わず脱出し、また周り出す。


「何をしているんだ・・・?」


 既にこちらの生徒は三つ目の仕掛けをクリアしている。例え仕掛けを一つ十秒で突破しても、まだ届かない距離まで来ているのだ。


 だと言うのに、雨井は焦らずに落とし穴に掛かり続ける。仕掛けられた落とし穴が次々にその姿を現していく。


「まさか・・・仲間を犠牲にして、落とし穴を無効化しようとしているのか⁉」


 当たり前の話だが、落とし穴は一度発動してしまえばただの穴である。場所を見抜かれないからこそ意味があるのだ。こんな事をされてしまえば、罠が意味を為さなくなる。


 その時、パァン! という音が鳴った。見ると、服部チームの生徒がゴールしている。


「よし、これで・・・」


 だが、雨井は構わずに落とし穴を破壊し続ける。やがて落とし穴が無くなったことを察すると、雨井は次の競技に向かって走り出した。


 次の障害物は平均台。一部分にのみオイルを塗っているため、そこに足を着いてしまえば最後、滑って転ぶ。


 そんな平均台を、何を思ったのか雨井は持ち上げるとーーー


「ウルァァァァァァ!」


 派手にひっくり返した。平均台が逆さになる。


「なッーー⁉」


 訳が分からない、だが確実に不利になるであろう奇行に、服部は慌てて審判の元まで走った。黒いレースを来た、妙齢の美人。しかし弐夜同様ほとんど学校に来ない古典の教師、藤方綾峰だ。


「し、審判。いえ、藤方先生。もう一位は決まりました。このレースは終わりです! 雨井くんを退場させてください」


 すると、後ろから声が掛けられた。


「おいおい、まだうちのチームの雨井が一生懸命走ってるじゃねえか。人の頑張りを否定して結果だけを重視するなんて、とても生徒会長を目指している男の言葉じゃないな」


 振り返ると、そこには両手をポケットに突っ込んで佇んでいる件の弐夜が居た。服部は弐夜に食って掛かる。


「あれのどこが一生懸命だと言うんだ。落とし穴に自分から引っ掛かりに行き、更には平均台をひっくり返す。どう考えても遊んでいるようにしか見えないだろ」


 すると、弐夜は馬鹿にしたような表情で手を広げる。


「言い掛かりを付けるのはよせよ。落とし穴に掛かったのは偶然だよ。それに平均台をひっくり返しちゃいけないなんてルールはどこにも書いてないぜ? このルールブックは、お前達生徒会が作った物なんだろ?」


 そう言って、弐夜は生徒会発行のプログラムを突き出してくる。確かにそこに書かれているルールの中に『平均台をひっくり返してはならない』などと言う文言はどこにもない。


「いいじゃねえか、平均台をひっくり返したって。ちょっと表面が油っぽかったんだよ。それとも何だ、平均台をひっくり返しちゃまずい理由でもあったのか?」


 そうこうしている内にも、雨井は障害物に掛かったフリをしながら、極力破壊していく。観客はそんな彼を哀れみのような目で見ながら、それでも頑張れと叫ぶ。


 これはもう、リレーの一番遅かった人と同じ空気だ。衆人環視の中頑張る姿に皆、応援したくなったのだろう。


 応援している彼らは皆、夢にも思わないだろう。まさか頑張って走っているように見える雨井が、実は障害物を破壊するためにわざと障害物に引っ掛かり続けているのだと言うことを。


 やがて、雨井が全て障害物を滅茶苦茶にした後、ゴールする。それを見た綾峰は火薬銃を撃ち、第一レースの終了を知らせた。


「これで障害物は全滅だな。後は純粋な速さのみが決める勝負になるなあ?」


 校庭の無惨な姿となった障害物達を眺めながら、弐夜は楽しそうに呟く。服部は歯噛みすると、弐夜を恨めしげに見た。


 雨井の取った行動は奇行のように見えても、一つ一つ考えていくと、全て繋がってくる。


 落とし穴は場所が判明し、平均台はひっくり返した際に付着した砂で油が意味を成さなくなっている。他の罠も同様で、どれも一見すると使い物になるように見えて、実は罠として機能しなくなっていた。


 罠を一つ一つ丁寧に直していく事は、体育祭そのものの進行に影響を与えてしまう。つまり時間的要因により直せない。この時点で、こちらのアドバンテージはほぼ無くなったと言えよう。


「くっ・・・」


「悪いな。姑息な戦術は俺の方が上手なんだ」


 ニヤリと笑う弐夜に、服部は顔を歪める。


 北見方は善良な人間だ。少なくとも()()()()()()()()()、彼は仲間を犠牲にする戦略は取れない。お人好しかつ責任感の強い北見方という男は全てを自分が抱え込んで解決する性質たちなのは、同じ生徒会として見てきた服部なら断言できる。


 ーーーだからこそ、来ないだろうと思い込んでいた一手。


 服部はさりげなく視線を動かし、ゴールした雨井を捉える。雨井はあちこちを負傷したのか、教師に連れられて保健室に向かっていた。ここから見ても分かるくらい右腕が大きく腫れ上がっており、それは彼がもう競技に参加出来ない事を意味していた。


「個を犠牲にしてでも、集団が勝つ為だから仕方ないのか。御大層な信念だな」


 服部の侮蔑するような呟きに、弐夜は眉を吊り上げる。


「俺だってやりたくはなかったさ。だが、これが今打てる最善の一手だ。後二つは方法を思い付いてたが、どっちももっと酷い犠牲になるからな。

 お前、なかなか凄いと思うぜ。この俺をここまで追い込むなんて。カタギにしては上手い作戦だ。まあでも、今回は相手が悪かったな」


 弐夜が賞賛するように告げてくる。服部は腸が煮えくり返るかのような苦しみを味わった。


 繰り返しになるが、服部は好戦的な人間だ。言論、暴力を問わず、相手と戦い、叩き潰すことに愉悦を感じる。叩き潰す為に手段は選ばないし、勝つために十数個の策を練ることだってする。


 卑怯な手を使ってでも、彼は争い事に勝ってきた。真っ向勝負で北見方との生徒会選挙に負けたのは無念だが、裏工作をすれば負けることはなかったと自負していた。


 その彼が。裏工作を用いれば全戦全勝の服部荘司が。


 目の前の男に、負けているーーー。


「・・・面白い」


 服部の口から、呟きが漏れる。彼は煮えくり返る気持ちを抑えつけ、楽しそうに弐夜を見た。


「必ず、俺の元へ跪かせてやるよ。黒明弐夜」


 挑戦的な瞳。そんな彼の目を、弐夜は受け止める。


「いい目じゃねえか。掛かってこいよ一般人。お前の持つ力の全てを尽くして、俺にぶつかってきてみな」


 


 


 


 

 


 

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