追い詰められる北見方⑧
その後それぞれの出場競技を決め、最終下校時刻になったため一斉に下校する。
姫香も真理亜、沙織と並んで校門を出る。
「あーあー、いいなー姫香と沙織は一緒で。私だって奔騰は北見方先輩に付きたかったよ? でもここで北見方先輩に付いたら何か負けな気がしたから乗らなかっただけだしー、今からでも変えていいなら絶対北見方先輩の所へ行くもんね」
真理亜の愚痴は未だ留まるところを知らない。せっかくの体育祭に姫香や沙織と同じチームになれなかったのがさぞ悔しかったのだろう。
「まぁまぁ真理亜。でも私たちだって楽じゃないのよ? 一人何種目も出させられるし。私は一種目で良かったんだけどなあ」
「でも副団長兼二年生の指揮を取るのってあの黒明先輩なんでしょ⁉ しかも一年の指揮は真面目で有名な姫香! そして北見方先輩と来れば、もう鉄壁の布陣じゃな~い」
真理亜が不満げに言うが、姫香からすればどこが鉄壁なのかさっぱり分からない。人望を半分近く失った北見方、駄目人間の弐夜、そして自分だ。鉄壁どころかペラペラの紙にも劣る。三人で力を会わせて一人分になればいい方だ。
「そ、そんな事ないよ。真理亜のチームもきっと凄い人が指揮を取ってくれるよ」
「そんな訳ないじゃない。ウチのチームなんて服部先輩が指揮を取るのかと思ったら彼の取り巻き数人が指示出してるし、しかも服部先輩は服部先輩で何かガラの悪そうな人達に親しげに話し掛けてたし、指揮官の一人はハゲだし!」
最後の一つはどうでもいいように思える。姫香は踏んだり蹴ったりな真理亜を宥めながら、別れ道まで来た。
「いいもん・・・姫香たちを体育祭でギタギタにしてストレス発散するから」
「そ、それじゃあ、私こっちだから」
逃げるようにして、姫香はそそくさと帰路に着く。沙織はひとつ前の道で既に帰っていた。何でも新しいケーキ屋さんが出来たらしい。だがその目が早く逃げたいと言うような目だったのを、姫香は見逃さなかった。
「じゃあね、真理亜」
「うう~、バイバイ姫香」
姫香は急ぎ足で帰路を駆ける。そして数十秒ほど走った後
ーーーピタリと立ち止まった。
「私に、何か御用でしょうか?」
前を向いたまま、姫香は誰とも無しに言った。辺りに人は居ない。当然、反応はない。
「貴女方に言ってるんですよ。先程から私の事をつけ回して、何をしようというのでしょう?」
姫香はそこまで言うと後方を振り返った。そこにも誰も居ない。
「出てきなさい。そこに居るのは把握済みです。そちらから出てこないのならこちらから仕掛けるまでです」
すると、塀の陰や電柱の陰から、いかにもチンピラと言った男達が複数人現れた。皆ニヤニヤと笑ってこちらを見ている。
数は三人、察知通りだ。姫香は己の気配探知能力の腕に我ながら感動する。
「おうおう姉ちゃん、何だって? 『こちらから仕掛ける』ゥ? ハハッ、笑わせてくれんじゃねえの」
チンピラの中の一人ーーー髪の左右を刈り上げた男が、ポケットに手を突っ込んだまま姫香に近付いてくる。その顔には見覚えがあった。
「三年の丸山先輩、ですね」
「お、知ってんのか? 嬉しいねぇ、俺ってそんなに有名人だったんだ」
「先輩の名前は有名ですから。良くも悪くも」
三年の丸山と言えば、『災厄の黒明』の噂には及ばないものの、それなりに有名な名前だ。
高二の頃に暴力沙汰を立て続けに起こし、停学処分に。謹慎が解けて帰ってきたと思ったらまた後輩を使ってカツアゲをすると言う、要するにただの外道だ。
ちなみに昔『俺達はあの峰岸さんの知り合いなんだぜ。俺達に手を出すとあの人が~~』とか言っていた時期があるらしいが、『あの峰岸事件を起こした峰岸さんがテメェらみたいなチンピラを相手にするわけねぇだろォォォォォォォ!』という弐夜の渇によってしばらく病院送りになって以来、それは名乗っていないらしい。・・・『峰岸事件』ってなんだ。
何にせよ、姫香はそんな危ない人と対峙しているわけだ。
「私に何の御用でしょうか。それに三年の熊谷先輩と野々板先輩も」
姫香は残った二人の名前を呼ぶ。どちらも校内じゃそこそこ名の知れた不良だ。
「『何の御用』? おいおい、せっかく先輩が遊びに来てやったのにつれない奴だねぇ。後輩ってのはいつからこんなに先輩に対して冷たくなったんだか」
丸山は笑うと、姫香に肉薄した。そして、その胸ぐらを掴み上げた。
「北見方のチームから降りろ。拒否権はねぇぞ」
低い声の、誰がどう見ても明らかな恫喝。弐夜と出会う前の姫香なら、震え上がって大人しく従っていただろう。そしてこうも思っていただろう。どうして自分なのか、と。
だが、今の姫香は違う。姫香はうっすらと笑顔を浮かべると、きっぱりと言い切った。そこには迷いなど微塵も感じられない。
「嫌です」
「あァ⁉」
それでも尚も脅してくる丸山の手首を、姫香は掴んだ。そして、万力の力で締め上げる。
「あ、えっ、ちょっ、あががががっ⁉」
丸山の表情がみるみる内に変わっていき、苦悶へと変わる。それでも姫香が手首を離さずにいると、丸山は膝から崩れ落ちた。
「丸山くん!」「大丈夫でゲスか⁉」
熊谷と野々坂が心配そうな声を発する。そんな彼らに、姫香は変わらぬ笑顔を向けた。敵意も殺意もない、至って普通の微笑みだ。もしもこれを日常生活の中でやられても、相手は不快には思わないだろう。
しかし、この状況なら話は別だ。こんな小娘が仲間を軽々倒し、挙げ句同じような笑みを浮かべたらどうなるだろうか。
答えは二種類。恐怖を押さえつけて飛びかかってくるか、無様に逃げるか。
「や、ヤバイぞ野々坂。こいつサイコパスだ!」
「冗談じゃねえぞ。サイコパスの相手なんて出来るかよ!」
彼らの選択は後者だった。二人はあたふたと姫香に背を向けると、足取りもおぼつかないまま逃げ出した。
「情けない人達ですね・・・」
逃げてくれれば余計な戦いを強いずに済むのでいいのだが、仲間を見捨てて逃げるというのはどうなのだろう、と思う決断だった。
「な、何なんだよ、お前・・・」
丸山は右の手首を押さえて震えている。姫香はそんな彼の肩に手を置いた。丸山がビクゥ! と面白いように飛び跳ねる。
そんな彼に、姫香は赤ん坊に諭すように言い聞かせる。
「そんなに驚かないで下さいよ、先輩。大丈夫です、過ちは誰にでもある事ですから」
姫香は聖母のように微笑んだ。丸山の顔に、希望が浮かぶ。助かると思っているのだろう。姫香は丸山の肩から手を離し、救われた顔をしている丸山を見下ろした。
ーーー次の瞬間、姫香の開脚蹴りが丸山のこめかみに炸裂した。
「うごっ・・・」
丸山が白目を剥いて卒倒する。姫香は静かに息を整えると、気を失っている丸山に告げた。
「本番はこんな汚い手なんか使わないで、正々堂々挑んでくださいね。私、楽しみにしていますから」
それだけ言うと、姫香はポケットから携帯電話を取り出した。そして、とある番号に電話を掛ける。相手はもちろん、姫香にこの事件が起こるだろうと分かっていた人物だ。
「あ、もしもし弐夜先輩ですか? 私いま、不良の先輩三人に襲われたんですけどーーーー」
しばらく、少女の怒った声と青年の怠そうな声が聞こえる。これだけ見ると、とても平和そうな光景だった。
固定電話の鳴る音に、その人物は目を擦りながらも布団から這い出た。
「・・・誰だよ起こしたのは。大事な要件でなければぶっ殺してやる」
悪態を吐きながら、受話器を取る。すると、ホテルのスタッフが流暢な日本語で伝えてきた。
『ライラ=イーデアリスという方から、電話が掛かってきております』
「繋いでくれ」
スタッフが了解と返事をした直後、ブツッという音と共に電話が切り換わる。
『やっほー峰岸さん。ライラだよ。アタシの事覚えてるかな?』
「ああ覚えてるとも。今日一番最初にオレに殺される哀れな雑魚だろ」
人物ーーー峰岸は、受話器に向かって脅すように答えた。睡眠を妨げた者は万死に値する。例えそれが宇宙人であってもだ。必要とあらば、峰岸は本気で戦争をする気でいた。
『い、嫌だなぁ峰岸さん。冗談がキツいよ』
ライラの声が裏返る程に震えている。裏社会の深い位置に居る彼女ですら、峰岸を敵に回すのは怖いのだ。
「冗談だと思うか?」
『よ、要件に入るね。もうすぐ行われる高校の体育祭、峰岸さんも来ない?』
これ以上弁明しても無駄だと判明したのか、ライラが本題に入る。峰岸はライラの処刑をひとまず頭から排除すると、ライラに質問する。
「馬鹿なのか? オレが体育祭に出ようものなら、戦力バランスが崩壊しちまうだろうが。それにオレは加減が苦手でな。体育祭を血の海に変えてもいいってんなら、参加してもいいが?」
別に過大評価をした訳でも、格好つけた訳でもない。本当に、峰岸が体育祭に参加すればそうなってしまうのだ。
峰岸は、『最強の犯罪者』程の戦闘力はない。だが何かをぶっ壊す事にかけては、峰岸は『最強の犯罪者』を凌駕する自信があった。そんな峰岸がたかが一高校の体育祭に参加しようものなら、どうなるか分かったものではない。
『じゃあさ、一種目でもいいから参加してよ。峰岸さんが仲のいい、購買のオバチャンも会いたがってたしさ。日本に来られる機会ある?』
「そう言えば、日本でやらなくちゃいけない予定を思い出した。ちょうどいいから一緒に済ませるか」
『・・・ちなみに、その内容は?』
「睡眠妨害をしたテメェの殺害に決まってるだろ。逃げられると思うなよ」
峰岸のドスの効いた声に、ライラが焦る。
『ちょっ、ちょっと待って。言い訳の時間を頂戴――――』
ライラの命乞いを無視して、峰岸は受話器を床に叩き付けた。受話器が粉々に砕け散り、通話が不可能な状態となる。後で弁償しなければならないだろうが、これでしばらくは安眠していられるだろう。その為なら受話器の修理費くらい安いものだ。峰岸は携帯の電源が切られている事を確認すると、布団を被った。
「これで、しばらくは静かになるな」
時計を見ると、まだ朝の五時だ。峰岸はもう一度眠る事にした。
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