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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
引きこもり怪盗と体育祭
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追い詰められた北見方②

「どこでその名を知った?」


 ヘルズは胸ぐらを掴んでいた姫香の手首を右手で弾くと、逆に姫香に詰め寄った。急に怖くなったヘルズに、姫香はしどろもどろになる。


「え、いや、そのーーー」


「速く言え!」


 ヘルズが恫喝するように叫んだ。その、普段の彼とは違ったベクトルの殺気に姫香の体が強張る。


「チャ、チャルカさんがポロッ、と名前だけ・・・」


「アイツか。ふざけた事しやがって」

  

 ヘルズは吐き捨てるように言うと、床に座り直した。そして怒りを抑えた声で


「今日のところはもう帰れ。今日お前と話すことは何もない」


 と言うと、ネトゲに意識を没頭させてしまった。


「・・・・・・」


 姫香はそんなヘルズに怯えの目を一瞬向けると、無言で部屋を出た。


 もうこれ以上ここに居ても、彼の逆鱗に触れるだけだろう。クルシアと言う人物は、ヘルズにとって余程大切な人だったのだろう。珍しく普通の人らしい感情を見せたヘルズの顔を思い出し、姫香は何とも言えない気持ちになった。


 



 そんな姫香を、公園のベンチから眺めている者がいた。


 ーーーいや、眺めていたとは少し違う。ただ、公園の前を通る人物を無作為に眺めていただけだ。


「はあ・・・」


 姫香から視線を外し、黒髪の美少女ーーー麻耶は溜め息を吐いた。どことなく浮いた視線をアパートに移す。


「はあ・・・」


 もう一度、大きな溜め息を吐く。どうしてもあのアパートに行く踏ん切りがつかない。


 組織が潰れた後の事は、目まぐるしいの一言で事足りる。


 まず、計画の失敗に伴い組織は壊滅、残党も『名も無き調査団』と言う組織が回収していった。


 幸い、麻耶は組織に名前を連ねていた訳では無かったため警察にも『名も無き調査団』にも捕まることはなく、麻耶は日常に戻ることが出来た。



 その後、組織から事前に受け取っていた報酬の一部を使用し、大手調査会社に『黒明弐夜』の調査を依頼した。例の組織からヘルズの本名を聞いておいて良かった、と素直に思う。


 麻耶は手元にある調査会社からの資料を見る。大手だけあって、調査会社はなかなか良く調べてくれた。流石に黒明弐夜=ヘルズという事は探れなかったらしいが、弐夜があのアパートに住んでいること、そして高校の出席日数が危ないことなどが分かった。


「兄様・・・」


 手の中の資料が、グシャッと握りつぶされる。今すぐにでも会いに行きたい。だが、こんな今の自分が出向いて何を思われるかが怖い。


 麻耶がそんな葛藤を胸に抱いていると、「よっこらせ」と言う声と共に誰かが距離を置いて同じベンチに座ってきた。


「・・・・・・」


 直視すると失礼なので横目でチラリと座った相手を見る。すると、男は視線に気が付いたのかこちらに首を向けてくる。


「何か用か?」


 麻耶はビクッ! と体を震わせる。彼女はこれでも武術を積んできたものであり、視線や気配を悟らせないようにするのには人一倍定評があった。少なくとも、今までで勝てなかった相手は指折り数えられる程しか居ない。


 そんな彼女が、いとも簡単にチラ見していた事を察知された。


 麻耶はチラ見していた人物を直視する。眼鏡を掛けた、冴えない若者だ。手に教員名簿を持っているところからすると、教員だろうか。何にせよ、あまり印象に残らなそうな顔立ちをしている。


「どうした? オレの顔に何か付いてるか?」


 麻耶が凝視していると、男は不思議そうに首を傾げて来た。麻耶は「い、いえ・・・」と言葉を濁しながら視線を逸らす――――と、男の右足の形がどこか変な事に気が付いた。


「あ、あの・・・」

「ん?」

「右足・・・」


 指摘すると、男は「ああ」と納得したように頷いた。


「これか。つい最近事故に遭ってな。右足をぶった切られたんだ。くっ付けようと思ったが、切られた足が爆発に巻き込まれちまってな。仕方ないから機械の足に変えたんだ。・・・それにしてもお前、人工皮膚が貼り付けてあるのによく分かったな」


「あはは・・・」


 組織に居た頃は普段から機械化した身体の人間と接触して来たため、機械化手術を受けた人間とそうでない人間の見分けは大まかだが付くようになっていた。だがそんな事を言えるはずもなく、麻耶は笑って曖昧に誤魔化す。


「でも、まだよく慣れないな。ちょくちょく休みを入れないときつい」


「そう、なんですか」


 ズボンを捲って右足を見せてくれる男に、麻耶は相槌を打つ。確かに男の言う通り、人工皮膚のおかげで一見すると義足だとは分からない。麻耶が気づけたのはほぼ直感だという事だろう。


「で、年頃の女子がこんな所で何してるんだ?」


 男に聞かれ、麻耶は返答に困る。嘘を吐こうとしたが性分に合わないためか良い嘘を考えられず、結局本当の事を話す事にした。


「実は・・・数年離れ離れで暮らしていた兄に会いに行きたいのですが、やはり緊張してしまって」


「成る程な。ま、分からなくもないな」


 男は懐からタバコを取り出して火を点けると、平然と吸い始めた。・・・ここら一帯は禁煙エリアなのだが、あまりにも自然な動作過ぎて何も言えなかった。


「で、会いに行く踏ん切りは付いたのか?」


「それが、まだ・・・」


「ま、それもそうか」


 男はタバコの煙をフー、と吐き出すと、おもむろに話し始めた。


「これはオレの知り合いが言っていたんだがな。大事な人に会いに行くなら一秒でも速い方がいいらしい」


「え?」


 麻耶は男の顔を見た。男はタバコを口に咥えながら続ける。


「その方が一秒でも長く大事な人と一緒に居られるだろ。例え拒絶される事が分かっていたとしても、何を言われるか怖かったとしても、まずは会いに行くのが大事だって。むしろ、くよくよ悩んでた方が時間の無駄だってよ」


「それは――――」


「人間、いつ死ぬか分からないんだ。現にその知り合いだって、心から愛していた彼女を可哀想な事故で失った。もっと長く、一秒でもいいからもっと長く居たかったってしょっちゅう寝言で言うくらいにな」


「そのくらい・・・好きだったんですか」


 麻耶の質問に、煙を吐き出すことで男は無言の肯定を示す。


「ま、その知り合いは今でも家に引きこもってネトゲ三昧、しかも何を言ってるか分からない重度の厨二病なんだがな。話半分に聞くのがちょうどいいだろ」


「まるで―――――」


 麻耶はそこで一瞬躊躇ったが、意を決して続ける。


「まるで兄様のような人ですね、その人」


「え? 厨二病でネトゲ廃人で引きこもりなのがか?」


「あ、いえそうではなくて」


 麻耶は即座に否定した。さすがにそこは否定しなくてはならない。親愛なる自分の兄が風評被害に遭っては困る。


「そうではなくて、考え方が似ているなって思って」

「考え方?」

「はい。私の兄様も、昔似たような事を言っていましたので」


 麻耶はかつての兄を思い出す。兄は十歳にして既に世界を否定し、自分なりの信念を築き上げていた。


「兄様は私の自慢なんです。ですから、こんな私では釣り合うかどうか分からなくて」


「ま、大丈夫なんじゃないか? 無関係のオレがこんな事を言うのも何だが、兄弟っていうのは元来もっと自由なもんだ。オレの兄なんか、毎日のように恥も外聞も無くオレや親の家に金をたかりに来てた時期があったくらいだしな」


「貴方にも、兄がいらしたのですか。その方は今?」


 麻耶が聞くと、男は次のタバコを取り出しながら答える。


「死んだよ。薬物中毒でな。オレや親から毟り取った金で、暴力団からクスリを買ってたらしい。最後に会った時はすっかり廃人になってた。その生き様があまりにも無様だったから、オレは奴の記憶を完全に消去して、普段は一人っ子だった事にしてるんだがな。たまにフッ、と浮かんでくるんだ。あのゴミクズの顔がな。畜生あの野郎、オレから三千円も摘まみやがって・・・」


 まだ社会に出た事がない麻耶が言うのも何だが、兄弟ならよほど仲でも悪くない限り三千円くらいは貸してもいいのではないか。・・・・・・というかそもそも、三千円で麻薬が買えるのだろうか。


 自分の兄の死を笑い話のように語る男に、麻耶は若干引く。


「まあとにかく、オレみたいな例もあるんだ。兄妹の在り方なんて人それぞれだ。そこに決まった形があるわけじゃない。気負うことなく出向けや」


 気が付くと、男は二本目のタバコを咥えていた。いつの間にか一本目のタバコは地面に落ちている。


「そう、ですね。分かりました、行ってみます」


 立ち上がる麻耶に、男は気怠げに手を振る。


「おう、頑張れや」


「・・・貴方が」

「ん?」


 こちらに顔を向けてくる男に、麻耶は告げる。


「貴方のような人が、兄様の近くで支えてくれればいいのに。きっと私の自慢の兄様が、もっと素晴らしい人になっただろうに」


「ハハ、どうだかな。ひょっとするともう会ってるかもしれないぞ?」


「そうかもしれませんね。運命は時として分からない物ですから」


 麻耶は軽く笑うと、アパートに向けて歩いた。そこにはもう迷いなどない。アパートの階段を、凛とした姿勢で一段一段踏みしめていく。


「・・・兄様」


 自分たちの未来を救ってくれた上、再開してすぐに刃を向けた自分を許してくれた、自慢の兄。


「私は――――」


 話したい事がたくさんある。それこそ何時間でも。最悪泊まり込みで話してもいい。自分達を救ってくれたと知ったあの日から少しずつ溜め込んでいた言葉の数々を、ようやく本人にぶつけられる。


 麻耶は部屋の前に着くと、深呼吸をして呼吸を整えた。そして、呼び鈴をそっと押し込む。


 ピン、ポーンという警戒な音が、麻耶の耳に届いた。


『・・・はい』


 それから数分経って、気だるげな男の声が聞こえてくる。麻耶は緊張しないように手を開閉させながら、慎重に言葉を紡ぐ。


「は、早船麻耶です。にいさ・・・黒明弐夜さんのお宅で間違いないですか?」


『・・・そうだが』


「は、入ってもよろしいですか?」


『・・・ちょっと待ってろ』


 それから十分ほどしただろうか、内側からガチャリ、と鍵の開く音がした。


「入っていいぞ」


「は、はい。ではお邪魔します」


 麻耶は扉を開けると、部屋の中に足を踏み入れた。







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