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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
堕天怪盗と天才技師
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絶体絶命のヘルズ

 姫香が気絶してから数分後。


 廊下を超速で走っていたヘルズは、廊下に倒れている姫香を見つけた。


「ん?」


 靴底でブレーキをかけ、床に真っ黒な擦過痕を残しながらヘルズは停止する。そして床に倒れた姫香に近寄ると、容体を窺う。


「・・・呼吸を停止させて確実に気絶させられてる。只者じゃねえな、これは」


 一目で分かる、的確過ぎる首絞め。一瞬沙織の仕業かと思ったが、それなら何も気絶させることはないだろうと思い直す。ヘルズ以上の手数と実力を持つ彼女の事だ、自分の正体を悟らせないまま姫香を安全圏まで誘導する事くらいはするだろう。


「じゃあ、これをやったのは一体誰だ?」


 他に考えられるとしたら綾峰か? いや、綾峰なら気絶させる必要などない。どんな状況であろうと、共に戦う仲間を気絶させるのは悪手だ。素人ならともかく、熟練の殺し屋である綾峰がそれを知らないはずはない。


「だったら残り考えられるのは、敵による気絶――――ん? 何だこりゃ」


 ヘルズは辺りを見回す。すると、姫香のすぐ傍にポッカリと大きな穴が空いているのに気が付いた。直径にして三メートルくらいはあるだろうか。ヘルズはさりげなく穴から外を覗き込み――――驚愕した。


「オイオイ、マジかよ・・・」


 穴の外は校庭に繋がっており、校庭の様子があらかた見えた。そこに見えるのは数人のいかにもヤンキーもしくはチンピラという呼称が正しそうな不良集団と、白衣を着た男、そして十字架に磔にされた二ノ宮だった。


「構図的には二ノ宮が磔の刑に処されてヤンキー共が強姦しようとしていてそれを白衣の奴がニヤニヤしながら眺めてるって言う認識でいいのか?」


 ――――いや、だとしたら良くないが。


 ヘルズはセルフツッコミを入れながら、もう少し観察を続ける。すると、地面に倒れているのが二人ほど見つかる。


「金髪のいかにもロックやってそうな奴と、リーゼントが倒れてるな。まさかコレ姫香の奴がやったのか? だとしたらすげえな。後で褒美としてカロリーメイト一箱進呈してやろう」


 引きこもりの価値基準で考えるため、プレゼントのセンスが絶望的なヘルズ。と、ふとヘルズは何かを思い出し瞠目する。


「―――――待てよ。あのリーゼント、確か『峰岸事件』の時に警察に一斉検挙された中の一人じゃなかったか? 確か名前は厄介平三郎やっかいへいざぶろう


 名前が特徴的だったので、すぐに思い出せた。


「よく見たら他にも居るぞ。あそこに立ってる緑髪の女は田中早智子たなかさちこ、あそこに居るガタイのいい外国人はヘンリー・モンドランドだ。どっちもかつて『峰岸事件』に関わった極悪人だ」


 確か二人はかの有名な『峰岸事件』にて、一小隊をまとめ上げていた中ボス的な立ち位置だったはずだ。当時から相当喧嘩の腕が立っていて、地元の暴力団からもスカウトが入ったほどだ。


「あれから数年・・・喧嘩の腕が上がってなきゃいいけどな」


 何せかの伝説の『峰岸事件』の中ボスだった奴らだ。これ以上実力が上がっていれば、ヘルズでは手に負えないかもしれない。いや、邪眼を覚醒させれば最悪二人までなら何とかなる。だが、三人以上は無理だ。


「でも、やるしかないか」


 何にせよ、戦うより他に道はないのだ。これ以上仲間を危険な目に遭わせるわけにはいかない。それに、速く仕掛けないと峰岸馨が外国からこちらに来てしまう。ヘルズは裏社会でも上位に位置する戦闘能力を有しているが、峰岸に勝てるはずがない。


「チッ、やるしかねえな!」


 ヘルズは姫香の身体を抱えると、保健室の扉を蹴破る。そして埃まみれのベッドに姫香を放り込み、近くの台の埃を念入りに払い、マフラーを置いた。


「今回の戦いは恐らく沙織の時以上の激戦になるからな。マフラーは置いておくべきだろ」


 ―――さあ、準備は整った。


 ヘルズは保健室を後にすると、空いた穴から外に出た。身体に吹く風が心地よい。ヘルズは空を見上げ――――満月である事を知ると「カカッ」と笑った。


「今日満月だったのか、全然気づかなかったぜ」


 毎月、いつ満月が来るか確認し、その日の夜には必ず盗みを行う事を決めているヘルズだが、最近急な戦いばかりですっかり忘れていた。思いがけない幸運にヘルズは満月に満足そうな笑みを浮かべると、チンピラ集団に近づいていった。黒のフードを被った大男が初めにそれに気が付き、仲間に伝えようとする。その寸前に、ヘルズは声を張り上げた。


「よう、チンピラ集団。こんな所で月見か? 風流な奴らだな」


 ヘルズの言葉で全員がヘルズの存在に気が付き、振り返る。やがて、チンピラの内の一人が呟く。


「・・・ヘルズ」


「おう、俺がヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニングだ。覚えておけ愚民ども」


 不敵に笑いながら、ヘルズは「ククッ」と笑う。既に戦う準備は万端だ。


「お前か。最近世間を騒がせている、厨二病とやらは」


「オイオイ、『怪盗』が抜けてるぜ。確かに俺は厨二病だがな、ただの厨二病じゃねえんだ。『厨二病怪盗』なんだよ。そこの所履き違えるな木偶の坊」


 大男に向かって、ヘルズは開口早々毒を吐く。大男はそれに動じることなく、ヘルズの方に二、三歩進み出た。


「こんな奴がそちらの大将とはな。先程の女に同情する」


「お、姫香と戦ったのか? どうだったよ、アイツの動きは?」


 大男は黙ってその電柱のように太い腕を振り上げ、左拳を突き出した。


「ククッ」


 ヘルズは嗤いながら左の掌を突き出し、大男の拳を受け止める。ジン、と一瞬肩口まで痺れるような痛みが走るが、それだけだ。日本人にしては異質な大きさの拳を握りしめ、ヘルズは力を込める。


「ッ・・・」


 大男が苦悶の声を上げる。ヘルズは更に握力を強めた。大男の拳がミシリ、という音を立て始める。もう少し強めれば、手の骨が陥没するだろう。ヘルズがそう思った時、横合いから鎖鎌が飛んできた。


「鎌か。コイツはまた非効率な武器を持ちだして来たな!」


 大男の拳から一旦手を離し、鎖鎌の側面を蹴って軌道を変える。それと同時に背後から金属バットが投擲されたが、頭を下げて回避する。


「どうした、こんな物かよ?」


 殴り掛かって来る田中にカウンターの蹴りをくらわせ、ヘルズは挑発気味に吠える。ただしこれは相手への明確な挑発と言うより、自身への鼓舞という意味合いが強い。


 ヘルズは知っている。『峰岸事件』に関わった極悪人たちが、この程度ではない事を。


 にも関わらず、敵はヘルズにやられるがままになっている。それが異常で、異質で、怖い。


 故に、ヘルズは自身を元気付けるかのように声を張り上げる。


「さあ、来いよチンピラ共! 伝説の怪盗と戦える機会なんてそうはねえぞ!」


 ヘンリーの筋肉の塊のような足が、ヘルズのがら空きになった胴体を狙う。ヘルズは咄嗟に攻撃中だった右腕を引き戻し、防御。右腕が僅かに押し戻され、ヘルズは数歩後退する。右腕が痛い。


「ただの痛みほど面倒な物はねえな・・・」


 吸血鬼の力を解放すれば怪我は回復できるが、身体に負った疲労までは回復できない。先ほどから受けているようなダメージは痛みこそあれど、怪我自体はまるでしていない。厄介な負担を感じたと思いながら、ヘルズは猛攻を掻い潜る。


「っぶねぇ!」


 ヘンリーの上段蹴りが危うく決まりかけ、ヘルズは左腕を立てたまま姿勢を屈める。するとその動作が来ることを読んでいたかのように、大男の剛腕が背後からヘルズの頭に直撃した。脳を激しく揺さぶられ、ヘルズはたたらを踏む。


「グウッ!」


 ヘルズは歯を食い縛ると、吸血鬼の力を解放。勢いもそのままに地面をダン! と踏みつける。校庭という小規模範囲に地震が発生し、その場に立っていた全員の動きを一瞬奪った。ヘルズはそんな敵の隙を突き、地面を蹴って安全圏まで移動する。


「危ねぇな、ったく。・・・ってうわ⁉」


 危うく赤い池の中に落ち欠け、ヘルズは驚く。よく見ると池は血のような色をしていて、しかも数メートルほどの深さがあった。


「何なんだ、こりゃ」


 池の周りは爪で引っ掻いたのか、土の上に細い線が何本も書かれている。ヘルズが首を傾げていると、鎖鎌に付いた鎖がヘルズの腕に絡み付いてきた。


「何ッ⁉」


 ヘルズは慌てて腕を振るが、鎖は何重にも絡み付いて外れない。ヘルズが鎖を破壊しようともがいていると、ヘンリーと大男がゆっくりと歩いてきた。


「まずいな・・・このままじゃやられる!」


 ヘルズは鎖を外そうとするが、鎖を引っ張られる事で腕を引かれ、バランスを崩してしまいそれどころではない。持ち手の人間を攻撃しようにも、十メートル近く離れているので不可能だ。


 絶体絶命。まさにそんな言葉がピッタリだ。


「クソッ!」


 焦ったヘルズは眼帯を外す。邪眼の力を使って持ち手の目を見れば何とかなるかもしれない。そう思った矢先、後頭部に激しい痛みが走る。


「グッ!」


 意識を飛ばされそうな痛み。吸血鬼の持つ人外の力がなければ、本当に意識を飛ばされていただろう。


「ヒャッハー! ヘルズ、撃ち取ったりぃ!」


「クソッ、マジで『ヒャッハー』とか言う奴が居るとは・・・」


 チラリと後ろを振り返ると、倒れていたはずの金髪逆立てのチンピラが居た。気絶していたようだが甦ったようである。ヘルズがフラフラしていると、チンピラは再び金属バットを振り下ろしてきた。金属バットはヘルズの背中に当たり、確かな痛みを残す。


「ヴアッ!」


 ヘルズは地面にうつ伏せに倒れる。超回復が内出血、及び骨への損傷を消していくが、受けた疲労までは消しきれない。


 既にヘルズの体には、無数のダメージが蓄積していた。


「ヘルズ!」


 二ノ宮の悲鳴に近い叫びが聞こえてくる。ヘルズは懸命に立ち上がろうとするが、どうにも上手く体が動かない。


「ヒャッハー! ヘルズの命、もらったぜぇ!」


 ーーー強い。


 金属バットで身体中の至るところを蹂躙されながら、ヘルズはふとそんな事を思った。それは純粋な強さと言う意味ではない、戦略の話だ。


 ーー外傷を与えないことでヘルズの回復力を使用させず、多人数の同時攻撃。しかも一人一人の強さは相当の物。


 まるでヘルズを倒す為だけに組まれたチームのようだ。


「ホラ、ホラ、ホラ、ホラ、ホラ! 何か言えよヘルズゥ!」


 手や肩の骨が折れては、人外の力で再生する。だが攻撃を受ける度に溜まるダメージにはどうしようもない。


「痛いか、辛いか、苦しいか⁉ それとも全部かぁ? 答えろよ、伝説の怪盗!」


 あまりの痛みに脳が耐えきれなくなり、ついにヘルズの意識が揺らぎ始める。ヘルズは血を吐き出した。


「ゲボッ!」


「もう辞めておけ。ここまで追い込めば、もう何もして来ることはないだろう」


 大男の言葉が頭上から聞こえると同時、力強く脇腹を蹴られた。ヘルズの体が鞠のように飛び、ゴロゴロと転がる。


「ヘルズ!」

 

 再び二ノ宮の悲鳴。だが今度は少し聞こえが悪い。ヘルズが無様に仰向けで倒れていると、大男がヘルズの顔を掴み上げた。万力の力が、ヘルズの顔面を潰さんとばかりに締め上げる。


「さて、このまま殺してもいいんだがな。それでは目的であるあの女を絶望に至らせる事は出来ない」


「二ノ宮の事か・・・アイツに手ぇ出してみろ。お前を殺す」


「この状況でもまだそんな事が言えるとはな」


 ゴッ! という音と共に、ヘルズは胸を殴られる。たまらずヘルズが噎せると、チンピラが続けた。


「どうせならそこに沈めようぜぇ。そこの『血の泉』によぉ」


(血の、泉・・・)


「駄目だ。まだ何かを仕込んでいるかもしれないからな」


「いいじゃねぇか。もう何も出来やしねぇよ。それに愛しの彼氏が目の前のチンピラ共に窒息死させられそうになった方が、あの女も言うこと聞くんじゃねぇか? ほら、便器に顔突っ込ませる虐めを想像させるし?」


「それもそうかもな」


 どうやら向こうは、ヘルズの持つ吸血鬼の力を知らないらしい。確かに考えてみればその事はヘルズと師匠と降谷、そして独自に調べ上げた沙織しか知らないわけだし無理もないのだが。


 まあ、いくら回復したところでもうヘルズに勝ち目はない。敵はヘルズの弱点を突いてきている。  


 どう転んでも、ヘルズは負ける。

 




 

 


 



 

 

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