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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
堕天怪盗と天才技師
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別人格・制御

 姫香は、真っ直ぐに遠くにいる二ノ宮を見据えた。二ノ宮は十字架に磔にされ、両手両足を縛られている。まさに中世の魔女狩りのようだ。そんなどうでもいいことを考えながら、姫香は歩く。


 ーーーもう、覚悟は決まった。


 数分前、何気なく壊れかけた校庭を覗き込んだところ、二ノ宮が捕まっているのが見えた。そこで姫香は助けに行こうとしたのだが、その際に例の『声』が聞いてきた。


『ねえ、勝てるの?』と。


(分かりません。でもーーー)


『私なら確実に勝てるわ。ねえ、私に力を預けてみない?』


 『声』の言う事は多分、本当だ。姫香がこの力を解放すれば、本当に勝てるかもしれない。だが、姫香は首を振った。


(遠慮しておきます。また暴走されると困るので)


『しないわよ。それに、もしそうなったら自我で支配して抑え込みなさい』


(そんな事が可能なんですか?)


 姫香は驚くと共に、『声』に対して不満も持った。そんな事が出来るならもっと早く教えてくれればよかったのに。


『精神世界では基本、何でも出来るわよ。でも、それには練習が必要。練習をするためには、何度も私を解放するしかない。ここまで言えば分かるわよね?』


(貴方を制御するために、あえて何度も解放するって事ですか)


 要は爆弾の威力の検証実験と同じだ。使いこなせるようになるには、リスクを伴う賭けを幾度となく行わなくてはならない。


『守る力が欲しいんでしょ? なら、リスクを背負ってでも挑戦するべきだと私は思うけど』


(でも・・・)


 確かにその通りだと思い、姫香は曖昧に答える。自分でも『声』が正しいのは分かっている。ただし、『自分が暴れた結果、何かを壊してしまうかもしれない』という怯えがあり、踏み出せないだけだ。


『ねえ、もう一人の私』


 そんな姫香に、『声』は囁くように言う。


『ヘルズさんも、降谷先生も、綾峰先生も、ユルさんも、チャルカさんも、みんな覚悟を持ったから強くなった。他の人達が乗り越えるのを躊躇していた壁を、死に物狂いで昇って強くなった』


 訴えかけるわけでもなく、かと言って媚びるようでもなく。


 淡々としたもう一人の自分の声が、心に溶け込んでいく。


『貴女はどうなの? 他の凡人どもと同じように、壁を見上げるだけで満足してしまうの? それとも彼らと同じように覚悟を持って壁を乗り越える?』


『声』の言葉に、姫香はしばし逡巡する。だが、それも数秒だった。


「壁を、乗り越えます」


『言い切ったわね』


「もう、守られるだけなのは嫌ですから。私はヘルズさんに助けられた。その恩を返すためにもーーーそして、私の大切な人を守るためにも、私は貴女を制御してみせます」


 真っ直ぐな、揺るぎない瞳で心の中の自分を見る。もう迷いはない。もう逃げたりしない。もう、雑魚だなんて思わせたりしない。


「姫香、誰に言ってるの?」


 ・・・チャルカのその一言さえなければ、今の姫香は相当格好よかったかもしれない。









 ーーーそして今、姫香は力を数パーセントとはいえ操っていた。


(約2%って所ですかね。出てないも同然です)


 先程、チンピラを鍛えた格闘技術で倒したが、別にあれはこの力を解放したわけではない。純粋な技術だ。 


(制御・・・聞こえはいいけど、要は相手を抑え込むって事ですよね)


 自分の体内で力が暴走しないようにしながら、姫香は慎重に力を解放していく。体に僅かに残留していた疲れと怠さが取れていくのが感覚で分かる。


(約5%・・・これは厳しい)


 上手く制御しているようだが、流石に操るのは初めてなためかなり難しい。現に今だって、一瞬でも敵の方に意識が逸れて己の敵を蔑ろにすると、すぐにでも乗っ取られそうな気がする。


 それでもかろうじて自我を保っていられるのは、単に姫香が全身全霊を持ってもう一つの自我を封じ込めているからだろう。


「よくもやったな、テメェ!」


 先程姫香が倒したチンピラが、起き上がって金属バットを振りかぶってきた。真っ直ぐに下ろしてくる金属バットに向かって、姫香はすれすれでかわしながら喉元に手刀を繰り出す。


「グッ!」


 慌てて喉を押さえたチンピラの足を払い、地面に倒す。念のため追撃として鳩尾に一発叩き込み、姫香は息を吐いた。


「まずは一人目」


「よくもやってくれたな、野郎!」


 姫香が全身の力を抜きかけていると、リーゼントの男が襲ってきた。その後ろを、残ったチンピラ達が追う。


「野郎・・・私は男じゃないんですけど」


 しかし姫香は焦ることなくリーゼントのダッシュパンチを避けると、地面を蹴った。威力よし、角度よし、フォームよしの三拍子揃った飛び膝蹴りがリーゼントの顔面を潰す。


「ぐげげげげ!」


 リーゼントが鼻を押さえた瞬間、姫香はリーゼントの腹を蹴った。リーゼントが後ろに吹き飛びながら尻餅を着き、後続の敵の視界を遮る。


「これで二人目」


 別人格解放率・およそ10%。この時点でもう体の感覚が半分失せ、姫香の痛覚や疲労と言ったものを激減させていた。


(一体、私が暴走したときにはどれ程の力がーーー)


「なかなかやるな。だがマグレが二度も続くと思うなよ」


 姫香が考えていると、残ったチンピラ中の代表格らしき男が一歩歩み寄ってきた。姫香は足元の砂を掴むと、男に向けて投げつけた。砂が動いた事で砂埃が舞い、二人の視界が不鮮明になる。


「マグレじゃありません、ヘルズさんの指導の賜物です」


 第二の人格はヘルズのおかげではないが、他はヘルズが全て整えてくれた。姫香はヘルズの一見意味の無さそうで意味のあった訓練に感謝する。


「自分から腰巾着である事を名乗るとはな。笑止千万」


 男の後ろにいた、黒いフードを被った大男が呟き、姫香にタックルをくらわせる。姫香がそれを避けると、今度は大鎌が首を刈らんとばかりに飛んでくる。


「ッ!」


 このままではまずいと思い、姫香は第二の人格の解放率を爆発的に上昇ーーー30%まで上げる。敵の攻撃が少しだけ遅くなり、姫香自身の身体能力もグンと上がる。たが、姫香は呻き声をあげた。


「うッ!」


 三割解放した人格が、早く出せと喚いているのだ。ここから出して、自分を自由にしろと。姫香はそんな自身の内部を押さえ込みつつ、体を捻って靴の裏で大鎌の側面を蹴り、弾く。


 姫香が空中で見せたアクロバティックな動きに、二ノ宮が息を呑む。


「あれはーーー」


 恐らく、姫香が何か特殊な技を使っている事は分かったのだろう。いや、既に姫香の二重人格の事もバレているのかもしれない。二ノ宮はヘルズの頭が吹き飛んだ際、あの場に居た。ならば気が付いてもおかしくはない。


 姫香が弾いた大鎌は鎖が付いていたのか、根元に付いていた鎖によって引き戻される。これでは鎖鎌だな、と思いながらも姫香は敵に向かって踏み出そうとしーーー


 心臓を握りつぶされるような痛みを感じた。



「う、あッ・・・」


 ボタボタ、と開いた口から唾液が零れる。だが、それを拭く余力は今、姫香にはない。


 苦しい。自身の内部で、自分ではない何かが叫んでいる。解放しろと。早くここから出せと。


(こうなったらやむを得ませんか)


 姫香は仕方なく、人格の解放率を50%まで引き上げる。心が少し楽になると共に、視界が少しずつ色を失っていく。


「はぁ、はぁ・・・」


 姫香は荒い息を吐きながら、地面を両足で勢いよく蹴る。姫香の体が異常な速度で動き、黒いフードを被った大男の眼前に迫る。


「見事な動き。まるで別人だな」


 姫香の跳躍を見ても、黒いフードを被った大男はたじろがない。そんな彼の顔面に、姫香は握った拳を叩きつけた。大男がよろける。その足を刈って倒し、姫香は馬乗りになって大男の顔面を殴る。


 殴る、殴る、殴る。


 両手から放たれる無数の連打が、大男の顔のあちこちにヒットする。まだ十五秒しか立っていないが、回数にして三十発は入っただろうか。やがて、大男が口から血を吐いた。


「ゲホッ! 見事だな」


 その時、姫香の首筋をビリッとした物が走った。姫香は一時的に頭の中を空にすると、本能に従って横に飛ぶ。すると、大男の鼻先すれすれを鎖鎌が擦過した。


「危なかった・・・」


 姫香が安堵の息を吐いていると、大男が起き上がった。そして、姫香の真横からタックルを再度くらわせてくる。


「ヌンッ!」


「キャアァ!」


 姫香はタックルをかわすが、たった今避けたばかりでしっかりと体幹を保てていない。結果回避に失敗し、タックルを半分まともに受けてしまう。


 姫香の体が病葉同然に吹き飛ばされ、校舎の壁に激突する。校舎の外壁を突き破って尚も進み、保健室の壁に叩きつけられてようやく停止した。


「ハァ、ハァァ・・・」


 姫香は壁から慎重に体を起こす。別人格の力か痛みこそないが、何本か骨が折れているのが分かる。姫香は大きく息を吐き、ひとまず作戦を練る。


(校舎の外で待機させているチャルカさんは役に立たない・・・けど、私もそろそろ限界ですね)


 疲れこそないが、全身が重い。これ以上やれば、命に関わるのは嫌でも理解していた。


(でも、仕方ない。私か戦わなくちゃ。ヘルズさん達が居ない今、戦えるのは私しか居ないんだから・・・)


 姫香は立ち上がると、別人格に全てを委ねる決意をする。守る物のためにも、その身を捨てて特攻する。そんな覚悟を持って、姫香はーーー


「それは違う」


 不意に、後ろから声が聞こえた。姫香は振り返ろうとするが、後ろから抱きしめられて体を固定される。


「覚悟と無謀は違う。お前のやっている事は無謀だ。捨て身の特攻はいいが、その結果お前が死んだら意味がない」


 聞いたことのあるような、無いような声。芯の通ったその声は、第二の人格の『声』とはまた違った形で、姫香の心の中に浸透していく。


「俺はもう二度と、仲間を失ったりしない。少なくとも俺の目の届く範囲内で、仲間を死なせたりはしないと決めた」


「あ、貴方はーーー」


「殺させてたまるか。お前は常に一生懸命に、真剣に物事に取り組んできた。そんな真面目な奴が死んでいくのはもう耐えられない」


 姫香の心に染み込んだ言葉は姫香の中を駆け巡り、姫香の心を浄化していく。心に巣くった別人格の邪悪な力が弱まり、姫香本体の意識が蘇る。


「だから、お前はゆっくりと休んでろ。後は俺が何とかしてやるから」


 その時、姫香は視界がブレるのを感じた。何事かと思っていると、戻ってきた痛覚が苦しいと訴えてくる。


(苦しい・・・ッ!)


 どうやら、抱きしめられた時に首を絞められていたようだ。痛覚の消えていた姫香はそれに気付かず、みすみす抱きしめながらの首締めをくらってしまったのだ。


「安心しな。俺は負けたりしない。だから安心して待ってろ」


(ヘルズさんーーー)


 姫香は薄れ行く意識の中で、フッとそんな事を思う。


 その様子を、たった今姫香の首を絞めた男は冷酷な目で見つめていた。

 




 

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