磔にされた少女②
二ノ宮は言葉に詰まる。そんな彼女を見て白衣の男は確信を持ったようだ。
「君の体に埋め込まれた遠隔装置を使えば、この日本を地下から崩壊させることが出来る。だが、何故だかは分からないがこの遠隔装置は君にしか動かせないらしい。だから君をこうして誘拐したんだよ」
「私にしか動かせない・・・」
「そうだよ。というか、君の力を借りる必要がないのなら君はとっくに心身共に壊れるまで蹂躙され、従順になる薬を打たれて廃人になっていただろうね。でもそれをすると目的を達成できないから、君は正常を保っているに過ぎない」
一切表情を崩すことなく、白衣の男は告げる。それは起こるはずであった事実を、淡々と言っているだけのようにも見えた。
「でも、私が従うとも限らないわよ。貴方達は私を傷付けることは出来ないんでしょう? だったら、私がいくら首を横に振っても貴方達にはなす術もないんじゃないかしら」
その通りだ。何故かは知らないが、遠隔装置は二ノ宮にしか操れないらしい。ならば、その決定権は二ノ宮にあると言って間違いない。故に敵は二ノ宮を傷付ける事が出来ない。
「いったいどうやって私の遠隔装置を起動させようって言うのかしらね。言っておくけど、私はそんな物を起動させる気はないわよ?」
「安心しろ。君は必ず従う」
白衣の男はそう言うと、白衣のポケットに入っていた書類を取り出し、二ノ宮に見せてきた。そこには、ヘルズの予告状が書かれている。
「どうやらお前の救出のために、全員が動き出したみたいだぞ。実に愛されているな」
「え・・・」
二ノ宮は文面を見て驚く。いつもふざけたような予告状を送るヘルズにしては珍しく、文面から怒りが滲み出ている。
「今回の盗む品は君と言うわけだ。いやはや、流石『本当に価値のある物しか盗まない』と唄うヘルズだ。今度は『仲間』という価値のある物を盗みに来たか」
「嘘でしょ・・・ヘルズ」
白衣の男が楽しそうに言うが、二ノ宮は聞いていない。顔を真っ青にして、文面を何度も読み返している。
「『決して許しはしない』か。随分と強く啖呵を切ったものだな。もしや予告でも自慢の厨ニ病を出してきたのか?」
二ノ宮は予告上の文面を吟味しーーーー聞き捨てならない事を聞き、顔を上げる。
「待って、どうしてヘルズが厨ニ病な事を知ってるの⁉」
ヘルズは仕事中は基本的に厨ニ病を出さず、確実に仕事をこなす。もちろん途中で厨ニ病が入るときもあるが、それだって監視カメラの類いはすべて壊してあるため、証拠は残らないはずだ。
すると、白衣の男は予告状を払い、下の紙を見せてきた。
「厨ニ病だけじゃないぞ。我々は君達全員の情報を持っている。ふむ、例えばもう少しヘルズの事に踏み込んでみようか。
黒明弐夜、本名は早船弐夜。2040年8月26日生まれ。10歳の頃に両親と大喧嘩をして家を飛び出し、以降『最強の犯罪者』の元で修行した模様。その後は最愛の人クルシアを亡くしたことで自暴自棄になり、一年間は自殺を繰り返す。
そして降谷幸一・・・当時の音新波昴と出会い、更正。その後は君と花桐姫香含む他数人を仲間に加え、元気に盗みを繰り返している。ーーー違うかい?」
「どこでそんな情報をーーー」
何故だかは知らないが、敵は二ノ宮が知っている以上の情報を知っている。例えば二ノ宮はヘルズの旧姓が『早船』である事を知らなかったし、降谷の前の偽名も知らなかった。
目の前に居る訳の分からない男よりも、二ノ宮は何も知らない。
「裏社会の人間は、情報を徹底的に隠す。だが、完全に隠しきれる訳じゃない。残された細い細い糸を年月を掛けて手繰り寄せれば、どんな情報でもある程度は手に入る物さ。後は憶測で埋めていけばいい」
絶望に打ちひしがれている二ノ宮の耳に、白衣の男の声がよく響く。
「ちなみに今回襲撃をしてきた全員の情報を、我々は既に持っている。これが何を示しているのか、頭のいい君ならば分かるだろう」
白衣の男は大して得意気になる事もなく、二ノ宮に聞く。二ノ宮は答えようとしたが、声が出ない。それを見て白衣の男は鼻を鳴らす。
「情報を持っていると言う事は、相手の攻略法を掴んだも同然。つまり、ヘルズ陣営は我々に歯向かった瞬間に負けが確定する」
全員の戦闘能力、攻撃手段、弱点・・・etc.
それらが分かってしまえば、どんな敵でも基本的には終わりだ。向こうはいくらでも対策を立ててくるのに対して、こちらは知らないのだ。勝てるわけがない。
そもそも弱点が存在しない『最強の犯罪者』や峰岸は別だが、ヘルズや降谷、綾峰にも当然弱点は存在する。もちろん彼らもそれを分かっている以上ある程度の対策はするが、それもいつか限界が来る。
情報とは、毒にも薬にもなる代物だ。『暴力』が許されない大人の世界で多大な情報戦が繰り広げられているのが、何よりの証拠である。
「確かに、ヘルズは強い。だが無敵ではない。二重、三重と罠を張り巡らせれば、必ず倒れ伏す。そして他の仲間も然りだ。あの学校には、ヘルズ一行を潰すための用意が為されている。もし仮に突破したとしても、今度は我々の精鋭部隊が居る。この精鋭部隊は一人一人が『峰岸馨に擦り傷を負わせられる個体』で構成されている。これには奴も勝てまい」
白衣の男がパチン、と指を鳴らす。するとどこから現れたのか、複数の人間が現れた。その中の大半は髪を赤や金、果ては銀色に染めており、皆荒々しい目をしている。
「精鋭部隊に所属するチンピラたちだ。見かけはこれでも戦闘能力は君達の所の降谷幸一くらいはある」
二ノ宮は彼らをよく観察した。確かに彼らは皆、尋常ではない雰囲気を醸し出している。仲間で言えば降谷が一番近いだろうか。大方、修羅場を潜ってきた者特有の出せるオーラに違いない。
「もしも君が我々の命令に従わないと言うのなら、彼らに君の仲間を蹂躙させよう。徹底的に壊して、感情のないロボットのようになった彼らがここに並ぶ様を、じっくりと眺めるがいい」
白衣の男の物言いに、二ノ宮の全身を怖気が走った。二ノ宮は咄嗟に『従う』と言いかけたが、寸前のところで思わず留まる。
----まだ、ヘルズの勝利を諦めてはならない。
ヘルズは負けていない。なのに彼を信じている二ノ宮が彼の可能性を捨ててしまっては、彼を信用していないことになってしまう。二ノ宮は開きかけていた口を閉じる。
「だが、こうして待つのも面倒だね」
二ノ宮が再び絶対拒否の覚悟を決めていると、白衣の男は退屈そうに言い放つ。そしてポケットからタブレット端末を取り出して画面を見るとーーーーニヤリと笑った。
「どうやら、運命は読者に一切の休憩を与えてはくれないようだ。また次の戦いが始まるよ」
「え?」
半分意味不明なその言葉に二ノ宮が聞き返していると、校舎の中から複数の人間が飛び出してきた。共通して右手に大砲のような物を装着しており、全員同じ服装をしている。彼らは校舎の壁を突き破って吹っ飛ぶと、バラバラと地面に倒れていった。
「あれはーーーー」
機械人間。それも、かなりの手練れの。
となれば、あれを倒したのは。
二ノ宮はもしやと思い校舎の壁を見る。するとーーーー
「疲れた。ちょっと休みたい」
「駄目ですよチャルカさん。ここからが本番なんですから」
機械人間の彼らを吹き飛ばしたであろう本人、ヘルズ----ではなくチャルカと姫香が出てくる。それを見て、白衣の男は微笑を浮かべた。
「ハハハ、誰かと思えばロボットとヘルズに救われた腰巾着じゃないか。まさかヘルズよりも早くあの校舎から脱出できるとは。感心感心」
すると、姫香は白衣の男を見た。校舎から二ノ宮が捕らえられている場所まで数十メートル離れているはずなのだが、二ノ宮には姫香が白衣の男を睨み付けているのがはっきりと見て取れた。これも遠隔装置とかいう物の力だろうか、それともただの勧だろうか。
「二ノ宮さんを、返してください」
声を張り上げ、姫香は白衣の男に言う。白衣の男がそれに答える前に、白衣の男と姫香の間にいたチンピラの一人がそれを鼻で笑った。髪を金髪にして逆立て、金属バットを肩から担いだどの層に向けての者か分からないような外見だ。
「ハハ、何を言うかと思えば馬鹿なのかぁ? そんな言葉でこっちが人質を解放するわけねぇだろう?」
心底馬鹿にしたような口調で言うと、そのチンピラは姫香に近づいた。姫香もそれに気が付いたのか、自分自身もチンピラに向かって歩いていく。二人の距離が、みるみる内に縮まっていった。
やがて二人の距離が数十センチになった時、チンピラが金属バットで肩をトントンと叩きながら姫香に中指を立てる。
「アタシはさぁ、ここら一帯じゃ割と有名な組織『グロッグス』の三番手なんだわ。テメェみたいな優等生ぶった処女が勝てる敵じゃねぇんだよ。だからさっさとアタシにぶちのめされて男どもに輪姦されてくれや」
「・・・・・・」
チンピラの言葉に対して、姫香は黙っていた。その反応に多少の苛立ちを見せたのか、チンピラが姫香に詰め寄る。
「おい、何ガン飛ばしたまま見てんだよ。テメェは何か? 実は清楚系ビッチでしたってオチかぁ? だったら壊れるまでやってやるよ。いや、壊れてもまだーーーーー」
「・・・もう、いいですよ」
「あァ?」
姫香の小さな呟きに、チンピラは顔を歪めた。
「何言ってっか分かんねェんだよ優等生ちゃん。ってか頭痛くなってきたからもういいや。とっとと消えてくれ」
肩に担いでいた金属バットを両手に持ち変えたかと思うと、チンピラは姫香の頭目がけてバットをフルスイングしていた。その時間、僅か二秒。普通の人間なら対処に追い付かず頭をかち割られるか、腕で防御して間に合ったとしても腕の骨を粉砕されているだろう。
「姫香ちゃんーーーー」
二ノ宮は悲鳴にも近い声を漏らす。今の攻撃、いかに姫香が戦闘訓練を積んでいたとしても避けられたものではない。大体、姫香は不意打ちの類は得意ではなかったはずだ。となれば間違いなく、今の攻撃は当たっている。
チンピラの背中でよく見えないが、今頃痛みにうめく姫香の姿がーーーーー
「甘いですね」
見えることはなく、代わりに下から元気に掌底を繰り出す姫香の姿が確認された。
「何っ⁉」
チンピラは驚きながらも、金属バットで姫香の掌底をガード。金属バットが姫香の掌底を受け止め、ビリビリと震える。流石は降谷に匹敵するとも呼ばれるチンピラだ。咄嗟の攻撃にも対処できる。
「それでも、まだまだ甘いです」
だが、姫香はそれも見越していたかのように左腕を振りかぶると、左手の甲でチンピラの左頬を打ち抜いた。チンピラの体幹がわずかに崩れる。その隙を逃さず、姫香は大振りの回し蹴りを腰目掛けて放った。
「ぶぎゃっ⁉」
奇妙な声を上げ、チンピラが地面に倒れる。姫香は静かにそれを一瞥すると、こちらに向けて再び歩みを進めた。何が面白いのか、それを見ていた白衣の男が笑う。
「面白いな、まさかマグレとはいえ我々の精鋭部隊の一人が倒されるとは」
「マグレなんかじゃないですよ」
姫香は歩幅を一切乱すことなく、確実にこちらに近づいてくる。感情にブレがない証拠だ。
「もう、覚悟を決めましたから。自分の中にあるこの力と、向き合っていく覚悟を。何かを守るために、この振り切れた力を発揮します」
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