花桐姫香の日常
今回は一人目のヒロインの登場です。
スズメの泣き声で、花桐姫香は目を覚ました。
起き上がろうとすると、頭に鈍痛が走った。昨日の傷がまだ癒えていないようだ。ゆっくりとベッドから起き上がる。起き上がると同時、腹が空腹を訴えてくる。そう言えば、昨日から何も食べていない。
机の上のバスケットから黒いパンを取り出し、軽くかじる。何とも言えない味が口の中に広がり、思わず吐きそうになる。それでも、一五分かけてどうにか食べ終わる。
パンを食べ終わると、学校に行く支度を始める。折れてしまったシャーペンを捨て、新しいシャーペンを筆箱に入れる。今の時間は八時五分。登校するには少し早いが、まあいいだろう。
音を立てて親を起こさないように、玄関まで移動する。姫香の親はこの時間はまだ寝ているのだ。
学校に着くと、友人の真理亜と沙織が姫香の傍に寄って来た。
「おはよう、姫香」
「今日も可愛いねー、姫ちゃん」
「おはよう、真理亜、沙織。沙織、いつも言っているけれどその姫ちゃんというの辞めて。恥ずかしい」
「お、恥ずかしがってる姫ちゃんも可愛い」
「姫香、自分の可愛さ分かってないでしょ? 私達が入学してから半年経った今でも、休み時間の度に他クラスから姫香を見に来る男子が絶えないんだから」
そう言われる辺り、姫香は可愛いらしい。ただし姫香本人に自覚はない。化粧もしておらず、時々髪をとかし忘れている程見た目に気を使っていないのに、みんな変わらず可愛いと言ってくれる。
沙織と真理亜が姫香をからかっていると、クラスの男子である賢一が近づいて来た。
「今日の新聞、見たか? 怪盗ヘルズが現れたぞ!」
そう言って手に持っていた新聞を机の上に広げた。日付は今日。一面記事は、
『怪盗ヘルズ・振り込め詐欺グループのアジトに襲来!』と書いてあった。そこには怪盗ヘルズの犯行予告とその侵入ルート、及び振り込め詐欺グループの実態が書かれていた。
怪盗ヘルズとは、一年前からたびたび予告状を出し、犯罪組織や美術館などに侵入し、現金や宝石を盗んでいく盗賊の事だ。
―いわく、ヘルズは複数人居る。
―いわく、ヘルズは自己顕示欲が高い。
―いわく、ヘルズは隻眼である。
などと言った、根拠のない憶測の飛び交う謎の怪盗でもある。どんなに警備が厳重な所からでも盗み出す華麗さと予告状を出してから盗むと言う大胆さ故に根強いファンも多く、賢一もその一人だ。
「俺は将来、ヘルズさんのような怪盗になるんだ!」と豪語しているが、嘘がつけない性格なので、諦めた方がいいというのが皆の意見だった。
「あ、それ私も見た。凄いよね、ヘルズって。ここのセキュリティって、結構頑丈なんでしょ?」
「そうそう。それに、警備員に拳銃を向けられても表情を変えなかったんでしょ?私だったら絶対怖くなって両手を上げちゃうよ」
真理亜と沙織が感動したように言う。賢一も「凄いよな」と頷く。
「俺の目標は、ヘルズさんの弟子になる事なんだ」
「それは賢一の自由だけど、賢一は嘘がつけないから無理じゃない?」
「うんうん。それに、賢一は運動神経あんまりよくないから、警察に見つかった時に逃げきれないんじゃない?」
二人の言うことは少し辛辣だが、事実だ。何しろ賢一は体育の成績は下から数えた方が早く、授業中に教師に当てられた際に「すみません、寝てました!」と馬鹿正直に言ってしまうほどである。
「二人とも酷いな。な、姫はどう思う?」
目標を否定された賢一は、姫香の方を向いた。突然質問の対象となってしまった姫香は、慌てて答える。
「えっと、私は賢一君が本気でヘルズさんの弟子になりたいなら応援するけど・・・」
「姫香あざとーい」
「でも、そういう姫ちゃんも可愛いよー」
姫香が言った瞬間、横の二人がニヤニヤしながら姫香に言った。一方賢一は、呆然と立ち尽くしている。
が、やがて我に返ると、力強い顔で言った。
「お、俺は本気でヘルズさんの弟子になるために頑張るから、そ、その、応援してくれ!」
「う、うん」
賢一に気迫に若干引きながら、姫香は答えた。姫香の答えに、「ひゃっほう!」と言いながら賢一が戻って行った。応援される事がそんなに嬉しいのだろうか。
その時、始業五分前のチャイムが鳴った。
「あ、そろそろホームルーム始まる」
「じゃあ姫ちゃん、私達そろそろ席に戻るね」
二人が席に戻って行く。姫香も席に着く。
(怪盗ヘルズかあ・・・)
誰もその正体を知らず、狙った獲物は逃がさない、神出鬼没の大怪盗。
(その人なら、私の事を・・・)
思いかけて、首を振る。
(駄目、これは私の問題だから、私が解決しないと・・・)
始業のチャイムが鳴り響いた。
実はここまでに、既に伏線を敷いています。興味のある人は探して見てください。