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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
堕天怪盗と天才技師
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ある意味で一番の強敵との闘い

 麻耶が刀を振りかぶり、ヘルズに斬りかかってくる。その動きは先程同様、無駄がない。ヘルズはバク転で距離を取った。だが着地した瞬間、いつの間にか背後に回っていた紗綾に背中を切り裂かれる。


「グッ!」


「・・・にぃ、動かないで。死んだら困る」


 ヘルズは呻きながらヨロヨロと紗綾から離れる。ーーー瞬間、遅れて振り下ろされた刀がヘルズの体を捉えた。


「せいッ!」


 裂帛の気合いと共に振り下ろされた刀が、ヘルズの肩を浅く裂く。ヘルズは左腕を大きく振って刀を弾くと、後ろに跳んだ。


「チッ、戦いづらいな」


 舌打ちと共に、気配を消して飛び掛かってきた紗綾の爪を腕に巻いた包帯で受け止める。ザク、と包帯に僅かな傷が付くが、しっかりと攻撃を受け止める。


(普通なら相手の武器を破壊して終わり、何だけどな)


 麻耶たちにダメージを与えずに戦いに勝つ方法としてまずヘルズが考えたのは、武器を破壊する方法だ。


 武器さえ破壊してしまえば、向こうは徒手空拳になる。そうなればヘルズは圧倒的優位に立つ。何故なら、いかに強い打撃が来ても負うのは内出血だからである。


 内出血と外出血は、血を回復媒体として戦うヘルズからすれば大きく異なってくる。内出血は血が体内に留まるが、外出血は血が体外に出てしまう。そうなれば、その分の回復量も変動する。


 故に、ヘルズは二人の武器を狙った。だがーーー


「予想はしていたが、な」


 紗綾の構えられた爪を見ながら、ヘルズは苦笑する。


 そう、紗綾の武器は『爪』。猫を象徴する武器の一つを、彼女は扱っていた。


(人体の一部である以上、破壊はできねえな。クソッ、取り敢えず麻耶の武器だけでも先に破壊しておくべきか?)


「遅いですよ兄様」


 麻耶が横薙ぎに刀を一閃してくる。ヘルズはそれを無造作に防御しつつ、考える。


(クソッ、邪眼さえ見せられれば!)


 麻耶の刀を左腕で押さえたまま、右手で刀をぶん殴る。刀は切っ先こそかなりの強度だが、存外腹は脆い。刀の腹を、ヘルズは渾身の力で殴る。


 だが、それは真横から来た紗綾のドロップキックによって遮られる。


「ふごっ⁉」


「・・・よっ、と」


 紗綾はヘルズを蹴った態勢から二、三回空中で身を捻ると、優雅に床に着地した。対してヘルズは脳を激しく揺さぶられたたらを踏む。


「これが、猫の力かよ」


 ヘルズは床を蹴って後方に飛び退きながら、脅し用のベレッタを抜いておく。邪眼が使用できない今、使える物でも使えない物でも最大限活用していくしかない。


 ーーー先程からヘルズは邪眼を『使えない』と称しているが、別に物理的に発動できない訳ではない。ただ、紗綾の事を思うと使えないのだ。


(ホント、どうしろって言うんだよ⁉)


 生まれもって病気のせいで心臓が弱い紗綾は、猫の力を得ることで辛うじてその命を保っている、と麻耶は言っていた。


 となればもしもヘルズが邪眼を見せれば、彼女の心臓を圧迫し、中の『猫』にも恐怖を与えるだろう。そうなれば紗綾の容体が急変するかもしれない。絶対にそんな事は出来ない。


(だがだからってどうする? 邪眼による疑似反射は不可能、当て身も駄目と来た。もう手はねぇぞ!)


 ヘルズは脳が擦り切れるほど考える。その時、麻耶と紗綾が前後から同時に襲いかかって来るのが見えた。


「ッ!」


 刀を包帯で弾き飛ばしながら上空に飛び、難を逃れる。ふと下を見ると、爪を構えて麻耶に突進する紗綾が見えた。


「オイオイ、狙う相手が違うんじゃねえか?」


 ヘルズが首をかしげた瞬間、麻耶が刀を下段に構えた。そして紗綾が華麗に宙返りをしながら、麻耶の刀の上に両手で着地する。


「は・・・?」


 あまりの出来事に、ヘルズはつい呟いてしまう。


 10センチもないであろう細い刀の腹に、宙返りを決めながら両手で着地する。もはや、人間の芸当ではない。


 しかし、彼女らの連携はこれだけではなかった。紗綾が腕を大きく曲げたかと思うと、腕の力だけで大きく飛び上がったのだ。


「⁉」


 ヘルズが驚いた時には既に、紗綾が肉薄していた。


「・・・にぃ、受けてみて」


 紗綾の爪撃を、ヘルズは防御しようとした。だが、それよりも一秒早く紗綾の爪がヘルズの胸を走った。


 ガリガリガリ! とヘルズの胸を三本の線が走る。ヘルズの胸から血が吹き出し、ワイシャツを汚した。


「あ、グッ・・・」


 ヘルズは床に頭から落下する。紗綾はそこに追撃を仕掛けるような事はせず、ストンと地面に降り立つと爪に付いた血を舐め出した。


「グ・・・」


 ヘルズは壁に手を着いて立ち上がる。胸に受けた傷が大きい。邪眼解放による回復を行いたいところだが、紗綾に目を見られた際のリスクを考えると、下手に発動できない。


(しっかし・・・何なんだアレ)


 ヘルズは先程の連携プレーを思い出す。麻耶が刀を一旦下ろし、紗綾が飛ぶ。かなり難しい大技だが、それだけではない。


 二人とも、お互いの事を分かっているのだ。


 もしも麻耶が刀をわずかにでも傾けていたら、手を着いた紗綾の指は怪我をしていただろう。また、『猫』の力を利用した柔軟性と身体能力を見誤れば、たちまちこの技は破綻する。


 麻耶と紗綾。二人の妹がお互いの特性を活かして放った、不意を突く技だった。


(『吸血鬼』とは違って『猫』は、二段ジャンプが出来ない。だがその大前提を覆す技だったな)


 様々なゲームに登場し、現実的には物理的に不可能とされた格闘技の一つ、二段ジャンプ。


 しかし想像上の存在である『吸血鬼』の力をその身に秘めたヘルズなら、そんな無茶ぶりが可能となる。だが、人工的に作られた『猫』には、不可能な芸当だ。


 故に、ヘルズは油断していた。紗綾が宙返りをした瞬間に、『これで空中には来ないだろう』と思ってしまったのだ。『敵戦力能力リスト』それが、大きな失敗とも知らずに。


「フォーメーション1、成功。続いてフォーメーション2行きますよ、紗綾」


「・・・ん。分かった」


(一体いくつあるんだよ⁉)


 あの動きを見る限り、油断しなければいいという話でもない。そもそもこちらから攻撃できない以上、向こうの体力が尽きるまで何撃でも来るわけだ。


 ヘルズは懐から煙玉を取り出す。こうなったら、一か八かで視界を塞いで逃走をするしかない。さっきは沙綾によって遮られたが、今度は沙綾に注意すれば行けるかもしれない。


「フォーメーション2、開始」


 ヘルズが作戦を練っていると、沙綾が背後から爪で斬りかかって来た。ヘルズが紙一重でそれを躱すと、沙綾の姿が見えなくなった。


「チッ! またかよ!」


 沙綾は常時気配を消している上に瞬発力が高いため、目を離すとすぐに場所が分からなくなってしまう。先ほどから沙綾の攻撃だけをやたらとくらっているのはそのためだ。


「沙綾、どこにいるんだ?」


「・・・ここ」


 声のした方を見ると、そこには壁に張り付いた沙綾が居た。どうやら、『人口猫コード・キャット』の力は壁や天井に張り付くことも出来るらしい。


「・・・にぃ、行くよ」


 沙綾が壁を蹴り、ヘルズに跳びかかって来る。ヘルズは避けようとしたが、胸の傷がズキリと痛んだせいで回避を逃してしまう。


「・・・えいやっ」


「ヤベッ!」


 ヘルズは咄嗟に両腕を交差させ、紗綾の爪撃を防御する態勢を取る。だが、紗綾のねらいは違った。


「・・・にぃ、じっとしてて」


 壁を蹴って、紗綾がダイビングハグをかましてきた。かなりの速度で来たタックルにヘルズは耐え切れず、紗綾に押し倒される形になる。


「お、おい紗綾!」


 ヘルズは最小限の力で抵抗するが、紗綾は離れない。それどころか顔を近づけ、ヘルズの首に頬ずりをしてきた。


「お、おい紗綾。どいてくれないか?」


「・・・ニャー」


 ヘルズが説得しようとするも、紗綾は蕩けた顔をして頬擦りを続けるだけでヘルズの上からどこうとしない。それでもヘルズが退かそうと模索していると、呆れた表情の麻耶が近づいてきた。


「爪を首に突き付けて、降参を認めさせる手筈でしたのにーーーーー何やってるんですか?」


「・・・にぃの肌、思ったより気持ちいい。もうちょっとこうしてたい」 


 紗綾は抱き枕でも抱くようにヘルズの体をギュッと抱きしめ、頬擦りを続けながら答えた。


「何を言っているのですか。早く兄様を捕らえて大将に引き渡さなければーーー」


「・・・その命令を受けてるのは麻耶でしょ? 私には関係ない」

 

 どうやら、紗綾が数秒前まで持っていた任務に対するやる気は、ヘルズに頬擦りをした事で解消されたらしい。妹の責任感の無さに怒ればいいのか、それとも妹と闘わなくて良くなったことに喜ぶべきなのか。ヘルズは複雑な気持ちになった。


「ですが紗綾、今こうして貴方が生きていられるのも大将のおかげなんですよ」


「・・・知ってる。でも、私はもう少しこうしていたい」


「今も昔も変わってねえな、お前ら」


 ヘルズは唐突に思い出す。昔もそうだった。


 真面目で何事にも熱心に取り組んで責任感も強い麻耶と、常にマイペースな紗綾。


 昔もよく、紗綾の自由奔放さに麻耶が怒りながら説得をしている光景が見られた。どうやらそれは7年経っても変わらないらしい。


(・・・って、待てよ)


 今、二人は対立している。このまま一対一の口喧嘩にでもなってくれれば、その隙にヘルズは逃げられるのではないだろうか。


(紗綾が俺に追いつけるのは、俺が走り出してから一秒後まで。つまり、一瞬だけでも隙が出来れば!)


 これ以外に『妹達にダメージを与えないままここから立ち去る』という方法を、ヘルズは思いつかない。


(やるしかねえ。二ノ宮を助け出すために!)


 ヘルズは覚悟を決めると、体をモゾモゾと動かした。縄抜けの応用である。こうする事で数分後には、上に居る人間に悟られる事なく抜け出す事が出来るのだ。沙織や綾峰などといった、この技術を知っている人間にはほとんど通用しないが、紗綾がこの技を知っているはずがない。


 ヘルズが脱出の試みをしている間にも、二人の口論は続いている。


「・・・麻耶、やっぱりこんな依頼断るべき。にぃを連れて行っても、誰も喜ばない」


「それでは筋が通りません。私は自分の大切な妹を救われた恩義として、大将に仕えているのです。恩を仇で返すような真似は出来ません」


 自由な紗綾と、恩に報いる麻耶。根本が違う二人の意見に、折衷案など存在しない。


「・・・にぃは、渡さない」


「そうですか。では」


 麻耶はそう言うと、刀の切っ先を紗綾に向けた。


「兄様と同じくらいの怪我を負って、しばらく眠っていてください。大丈夫ですよ、きちんと死なない部位を狙いますから」


 どうやら、どんな犠牲を払おうが大将の命令を果たすつもりのようだ。まるで侍だ。


「右わき腹に突き、行きます!」


 言うが早いか、麻耶は『突き』の構えのまま、紗綾に突っ込んだ。その動きはヘルズですら残像でしかとらえられない。だが、確実に一つ、確かな事があった。それはーーーー


(紗綾が危ない!)


 麻耶の宣言が本当なら、このままでは麻耶の刀は紗綾の右わき腹を貫いてしまう。目の前で紗綾が怪我するのを見るのは嫌だ。


「辞めろ!」


 叫びながら、ヘルズは強引に紗綾の下から這い出す。そして、突然の出来事に付いていけていない様子の紗綾の前に体を晒した。


 ーーー瞬間。


 麻耶の刀が、ヘルズの心臓を貫いた。 


 


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