ボス、判明
よく『君のしている事は自己満足だ』というアホな輩が居るが、それは大きな間違いだ。
人間の行動理念は、全て自己満足にある。
金を、権力を、女を手に入れたとしても、それによって自分が満足できなければ意味がない。
よく正義の主人公が「アイツをもう一度笑わせてやる」などと言うが、それも結局のところ「アイツの笑った顔を自分が見たい」という自分の欲望に他ならない。
つまり、人間の行動は全て自己満足に帰結するのだ。それを理解していないのは愚者に他ならない。
by嵳峩村しずく
姫香達が体育館付近の廊下を制圧、そして降谷がユルと戦闘をしていた頃――――
ヘルズもまた、校内で戦っていた。
『バズーカ用意。これより禁止兵器「アシカガ」発射します』
「ああもう!」
敵の腕から聞こえて来る自動音声を聞きながら、ヘルズは横に跳んだ。直後、ヘルズの耳元を熱光線が走る。額に浮かんだ汗を拭い、ヘルズは苦笑する。
「摂氏800度超の熱を相手にぶつける、裏社会でも全面的に禁止された兵器『アシカガ』・・・こんな所に眠ってたのかよ」
『人口吸血鬼』の力のおかげか身体が溶けるような事は無いが、流石に直撃すれば終わりだ。全身の血が一瞬で沸騰して、再生するまでもなく死ぬだろう。
「確か噴火とかで出る火砕流が1000度近くだったな。で、人間は体中の血が沸騰してショック死するとか何とか。よく死んでねえな、俺」
例え1000度でも直撃しなけりゃ死なないのかねこの身体、とヘルズは呟きながら、天井すれすれまで飛び上がる。―――瞬間、次の熱光線がヘルズの居た場所を穿つ。
「危ねえな。一秒遅けりゃ死んでたぜ。ってか、ニセ教師とユルは何してるんだよ」
本来であればこんな危ない奴らを引き付けているはずの降谷とユルの不在に文句を垂れるヘルズ。その時、熱光線を撃った敵が後ろに下がり、代わりの敵が前に進み出て来た。ヘルズはそれを見て盛大に舌打ちをした。
「織田信長の作戦をパクりやがって。本当に鬱陶しいな」
廊下に来たヘルズを待っていたのは、大きな柵だった。そしてその柵の後ろに禁止兵器『アシカガ』を右腕に搭載した敵がずらりと並んで待ち構えていたのだ。
『アシカガ』は撃つ光線の温度上、一発撃つたびに膨大な時間を使って砲台を冷やさなければならないため、連射は出来ない。どころか、手数の面では使い物にならない事この上ない。だから一発目を躱して倒そうかと思ったのだが――――
敵は三段、いや二十段構えを取って来たのだ。
かつての武将、織田信長が武田勝頼を破った戦略の、威力も精度も上位互換の技だ。更に威力が威力だけに、突破出来る者などまずいない。まさしく完璧な布陣だった。
「さて、どうやって突破すればいい物やら・・・」
先ほど敵の交代の隙を縫って柵に蹴りを入れて見たのだが、柵は僅かにミシリと音を立てるだけでそれ以外変化は無かった。もう一撃くらわせようと思ったが、敵の砲撃準備が整ったため、やむなく撤退。
「こうしている内にも二ノ宮がヤバい目に遭ってるかも知れねえのにな。さて、どうした物かね」
『アシカガ』はその温度故に数十メートル飛ぶと熱光線が溶けてしまうという今の科学でも証明できない意味不明な事が起こる。だからこの廊下の入り口辺りまで逃げれば安全なのだが――――
「目の前の敵から背を向けて逃げるなんて、怪盗らしくねえよな」
かつて松林尚人相手に背を向けて逃げた事など覚えていないかのように、ヘルズは盛大に言い放つ。この場に沙織が居たら嘆くだろう。
そうしている内に、次の熱光線が放たれた。ヘルズは壁を蹴って光線を回避すると、次の砲撃が来るまで思考する。
(敵の交代の隙は約1秒。そして構えてから次弾装填までに掛かる時間が平均2秒間。そして俺が今いる場所から柵までの移動に掛かるのが1.5秒。つまり1.5秒で柵を壊して、敵を全員倒さなくちゃならねえって事だよな。出来るかな?)
ヘルズはこれでも第六期怪盗主席であり、厨二病だ。大抵の事は出来ないわけないと思っている。だがこれは、そんな彼ですら悩む戦闘だ。
「純粋に強さで勝てないならともかく、時間的な面で勝てないのか・・・ムムム、あまりいい気持じゃねえな」
沙織や松林には『負けた』と思わせるような強さがあったから納得できたが、この戦いは別だ。もしこれで負けても、言葉では表せないような妙な気持ちが残る。
「道具は・・・あんまりいい物がないな」
道具はほとんどを降谷が持って行ってしまった上、チャルカと姫香、そして綾峰に優先して渡してしまったため、ヘルズは道具を持っていないのだ。せめてあるとすれば、クルシアのくれた伸縮式のマフラーと煙玉、沙織に返し損ねていたコルトガバメント二丁だけだった。
コルトガバメントは作戦開始前に弾丸の補充はしたものの、校門前で待ち構えていた敵に全て撃ってしまったため、もう弾丸は一発も残っていない。
「ここで弾の一つか、手榴弾でもあれば話は別なんだけどな・・・どっちも無いとなると難しい」
煙玉を投げてかく乱する作戦も考えたが、『アシカガ』発射時の風圧で煙が払われるので却下。またコルトガバメントを突き付けて脅しを掛けようかとも思ったが、敵の目が死を覚悟した様子だったので不可能。
「どうした物かね、本当に!」
放たれた熱光線を転がって回避し、ヘルズはコルトガバメントを突き付ける。だが予想通り敵はコルトガバメントをチラリと一瞥しただけで、特に怖がることも無く砲撃準備に移った。
「こうなったら一旦撤退して、道具を取りに行くか・・・?」
姫香達が死に物狂いで頑張ってもらっている所を悪いが、それが最も効率的かもしれない。銃弾一発。そう、銃弾一発でもあればいいのだ。それだけあれば、ヘルズはこの関門を突破できる確信があった。
「よし、一旦引いて――――」
ヘルズがそう呟いた時、ポケットの中の携帯電話が鳴った。同時、熱光線が迸る。
「誰だよ、こんな時に!」
熱光線を最小限の動きで回避しながら、ヘルズは愚痴る。着信ボタンを押しながら、次弾装填中の敵を見据える。
「誰だよこんな時に!」
『もしもしヘルズ? 沙織だけど』
携帯から、銃声と沙織の平然とした声が聞こえて来た。
「沙織か。悪いが今忙しいんだ。後にしてくれねえか?」
『私だって忙しいわよ。主に敵の排除で』
沙織の言葉と共に、ダダダダダダ、という銃声が鳴り響く。
『貴女の指示通り作戦場所に着いたら、機械人間たちが襲って来たのよ。だから今、携帯片手に殲滅してる所。・・・ていうか、機械人間の担当は降谷先生とユルとかいうメイドでしょ? どうなってるのよ』
「ニセ教師とユルの行方は俺にも分からねえ。けど、大丈夫なのか?」
『大丈夫って何がよ』
「いや・・・携帯片手に持って戦ってて。怪我とかしてないか?」
敵は禁止兵器すら使って来るような、得体の知れない奴らだ。他にもどんな武器を使ってくるか検討も付かない。そんな紛争地帯のような場所で、かつ片手だけなど心配でならない。いくら沙織でも少し無理があるのではないだろうか?
「・・・・・・」
すると数秒の沈黙があり、次に銃声が聞こえた。その数秒後、ようやく沙織の声が聞こえて来る。
『辞めて。貴方の気づかいを聞くと妊娠しそうだわ』
「するか!」
逆に、したら困る。
『まあでも、問題ないわ。一人一人はそんなに強くないし。それに若干の怪我はあるけど、どれも軽傷だから数秒で回復してるわよ』
「でもな・・・」
『そんな事より、今は自分の敵を倒す事を優先させなさい。そして倒しながらでいいから私の仕入れた情報を聞いて』
「情報?」
飛んできた熱光線を、上に跳び上がって躱す。もう既に感覚を掴んだため当たる事はないとは言え、3秒に一度回避しなければいけないのは正直鬱陶しい。
『今回の事件の黒幕よ。機械人間の一人を拷問したらあっさりと吐いたわ』
「で、誰なんだ? そいつは」
すると沙織は数秒間押し黙った。その間も、敵による熱光線と電話越しの沙織のワンサイドゲームは続く。
「沙織?」
『・・・峰岸馨』
ヘルズが熱光線を避けながら沙織に聞くと、沙織は静かにその名前を告げた。
峰岸馨。
かつてかの伝説の『峰岸事件』を起こした張本人であり、ヘルズですら町中であったら頭を下げるような人間だ。またこの事件のせいで外国に逃亡しているが、外国でも色々やらかしたヤバい人だ。
余談だが、2057年現在、40年前と戦闘面以外での文明があまり進歩していない理由は『最強の犯罪者』が全世界相手に戦争を仕掛けた事と、この峰岸が起こした『峰岸事件』が直接的な原因である。
そんな峰岸が、今回の事件のラスボス。
『―――のお父さん』
「お父さんかよ⁉」
ヘルズはつい声を荒げてしまう。
『お父さんは峰岸さんの権威を利用して、組織を顎で使っているみたいね。他の奴らは峰岸さんが後ろ盾になっている以上逆らえず、仕方なく言う事を聞いてるみたい』
「典型的なクズ野郎だな。でも、峰岸の親自身には何の力も無いんだろ?」
子供が偉大だからと言って、親も偉大だという事は無い。現にヘルズは一般的な家庭から世間を騒がせる怪盗になったし、沙織だってクズな父親から生まれて来たが『歴代最強の暗殺者』と呼ばれる力を独力で得ている。
『そうね。峰岸のお父さん自体には何の力もない。けどこの戦争、速く終わらせないとまずいわよ』
「どうしてだ?」
『峰岸の親が、峰岸さんをアメリカから呼び戻したみたい。速ければ今夜中に、遅くとも三日後、峰岸さんはこっちに来るわ』
「なッ・・・」
ヘルズは絶句した。峰岸さんが戻って来る。
それは、絶望に等しい。
単純な戦闘力云々の話ではない。峰岸さんに逆らってはいけない。それは『峰岸事件』が起こって以来、全犯罪者の中での共通事項だ。
『そんな訳で、すぐにでも事を片付けないといけないわ。ヘルズ、そっちは後何分で片付きそう?』
「不明だ。そもそも突破口が掴めねえ。悪いがもう少しかかりそうだ」
『そう。あ、ちなみに私はもう殲滅完了したから行くわね。二ノ宮さんを救い出したらまた連絡するわ』
「ああ、頼む」
『じゃあねヘルズ。貴方をボコボコにするのは私なんだから、せいぜい死なないでね』
「分かってるよ。そっちも達者でな」
『気遣うなって言ったでしょ。気持ち悪いわ』
沙織がそう言った直後、熱光線が飛んできた。同時、ブツッという音がして電話が切れる。
「・・・可愛げの無い奴め。まあいいや、次会った時に直接言ってやろう」
ヘルズは軽く笑うと、敵にも聞こえるように声を張り上げた。
「あと三分でここを突破する! さあ、ショータイムだ!」




