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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
堕天怪盗と天才技師
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異様な速さで終わった戦いと、己の中との対話

我々大人はよく、『社会で使える人間になれ』と言うが、それは間違いだ。


『社会を使う人間になれ』

 これが正しい答えだ。


 by 『最強の犯罪者』

「了解」


 チャルカは一言簡潔に答えると、ゴリラに向かって飛んだ。そして木刀を両手で掴み、ゴリラの脇腹めがけてスイングする。


「ゴルァァァ!」


 ゴリラはどう考えてもゴリラらしくない奇声を上げると、左腕でチャルカの木刀を受け止めた。ミシリ、と木刀から嫌な音が響く。


「そのまま蹴りをくらわせて後ろへバック、距離を取ってください!」


「了解」


 姫香の指示通りにチャルカはゴリラの胸を蹴ると、大きく後ろに飛んだ。直後、ゴリラの右拳がチャルカを襲う。


「上にジャンプ、そのまま回転蹴り!」


 姫香は指示を出しながら、自分も後ろからゴリラへと攻撃を仕掛ける。だがゴリラは姫香には目もくれないのか、一向にこちらを向く気配がない。


 姫香は考えを張り巡らせ、一つの作戦を組み立てた。ーーだがすぐに首を振ると、その作戦を諦める。


「ゴルァァ!」


「右に一歩ずれて、左手でジャブ!」


「分かった」


 チャルカが姫香の指示に従い、ゴリラの足を左手で殴る。その瞬間、ゴリラが悲鳴を上げた。


「ゴルァ!」


 いかに大きなゴリラとて、チャルカの持つ機械の手には弱いようだ。いくら巨大化したところで獣は獣、と言うことなのだろう。


「今です! ゴリラのお腹にストレートを!」


「ん」


 チャルカはゴリラが床に着いた膝を踏んで跳躍すると、腹めがけてストレートを叩き込んだ。そしてゴリラが腹を押さえて蹲ったと見るや、姫香は自身も動きながら指示を出す。


「私が背中を蹴ります。チャルカさんはお腹をもう一度!」


 ゴリラの腹に回し蹴りを食らわせ、チャルカの方に飛ばす。チャルカは頷くと、ゴリラの腹を力一杯殴り付けた。


「いっせーのーせ」


 ゴッ、という鈍器で殴るような音が、体育館内に響き渡った。腹を殴られて気絶したであろうゴリラが、仰向けに倒れる。


「よっ」


 姫香は倒れてくるゴリラを避けると、チャルカに駆け寄った。


「お疲れ様でした、チャルカさん」


 そう言って頭を下げる。すると、チャルカは首を振った。


「ううん、姫香のおかげ。やはり、この作戦は正しかった」 

 

 そう、これが姫香とチャルカの作った作戦だ。


 姫香が少し離れた場所から指示を出し、脳筋のチャルカが指示通りに突っ込む。そして万が一の際に姫香が出る。


 言葉だけだと簡単なように思えるが、実際にはかなり難しい。まず、チャルカは脳筋なので定期的に指示を出さないと勝手に行動するor指示を待ってその場で立ち止まるし、指揮官である姫香が倒されると指示が出せなくなる。そうなればチャルカの脳筋攻撃はすぐに手詰まりになってしまう。


 自分の身を守りながら、危険地帯で他人に指示を出す。これは出来そうで割と難しいのだ。



『ま、まだだ! まだ終わっていない! 我々にはまだーーー』


「さっき、試練は二つだと言いましたよね? 私達は試練を二つクリアしました。だから扉を開けてください」


 姫香は上のスピーカーに、語りかけるように言う。本当はゴリラを引き付けて拳で扉を破壊させる作戦だったが、途中でそれが不可能である事に気が付いたのだ。


 理由は不明。だが、本能がその作戦が駄目であることを悟っていた。


 そしてその本能は言っていた。こうすればーーーこの馬鹿みたいな正攻法で行けば、確実に上手くいくという事を。


 だから、姫香は従ったまでだ。一切の根拠が不明な、本能という奴に。


『ハッ! そんな方法で、こちらが扉を開けるとでもーーー』


 瞬間、姫香たちの目の前の扉が大きく開け放たれた。


『なッ!』


 男の驚愕の声。どうやら、向こうが扉を開けた訳ではないようだ。


 ーーーでは、誰が?


 分からない。分からないが、言えるのは一つ。


 姫香の直感が、当たっていたという事だ。

 

 姫香は素早くアイコンタクトでチャルカに『あの扉がいつまで開いてるか分からないから、今のうちに走って外に出よう』と指示を出す。


 アイコンタクトなんて高度な事チャルカに伝わるか不安だったが、流石に状況が状況だからかチャルカにも伝わったようだ。チャルカは頷くと、足を軽く開いて走る姿勢を取った。


「行きます!」


 言うが早いか、姫香はいきなり走り出す。少し遅れてチャルカもそれに続いた。二人が体育館を出ると、二人の後ろで扉がガチャリと音を立てて閉まった。姫香とチャルカはホッと胸を撫で下ろす。


「危ないところでしたね。あと一秒遅かったら、どうなっていた事やら」


「うん。本当に危なかった」


「じゃあ、来た道を引き返しましょうか」


「そうだね」


 静かになった廊下を、二人で並んで歩く。姫香は隣をトコトコと歩くチャルカを見た。


(こんな小さな子が、ずっと裏社会で生きてきたんですね)


 正確には扮装地帯や孤児院、そして裏社会なのだが、姫香はそれを知らない。姫香は静かに、チャルカに対して同情した。


(彼女はきっと、楽しいことを知らない。いや、少なくとも、()()()()()()()()()()


 姫香も裏社会の片鱗を見てきた身だ、そのくらい分かる。


 裏社会とは、人間の闇を凝縮した世界だ。


 金、暴力、騙し合い・・・普通の人間なら倫理観が邪魔してやらないようなそれを、息を吸うように行う世界。皆、自分の欲望のままに生き、弱者から貪り続ける存在となる。


 降谷のような大人や、ヘルズのような明らかに『過去にそれ以上の何かがあった』と言うような人間ならとにかく、チャルカにはそれがない。姫香は深く同情した。


(可哀想。チャルカさんは、本当にーーー)




『本当にそう?』




 声は、唐突に聞こえた。


(え?)


 姫香は辺りを見回す。しかし、近くにはチャルカ以外誰もいない。念のため気配を探ってみるが、それでも人の気配は感じられない。


 ーーでは、この声は一体。


『本当に、チャルカちゃんは可哀想なのかしら』


 姫香が考えている間にも、謎の声は喋り続ける。それは人を不安にさせるような響きを孕みながらも、根拠のない安心を抱かせてくれるような矛盾した声だった。そんな声に、姫香は激しく動揺する。


(だ、誰なんですか貴方は?)


 声に出そうとしたのを抑えて、姫香はまず脳内で聞いてみる。いきなり叫ぶのはチャルカにあらぬ心配を掛けてしまう。とりあえず脳内で聞き、答えがなければ叫んでみるとしよう。


『私? 私は貴女よ』


 姫香の脳内での質問に、声は変わらぬ口調で答える。


「貴方が私? それはどう言う事?」


『言葉通りの意味よ。私は貴女。正確には、貴女の一部ね』


「私の・・・一部?」


 姫香は困惑した。すると、目の前の暗闇が揺らいだ。


『物分かりの悪い人ね。つまりこういう事よ』


 瞬間、暗闇の一部が色濃くなり、人の形を形成した。それはかつて、姫香が虐待を受けていた時代に出てきた、黒い影にそっくりだった。


「えっ⁉」


「姫香、どうしたの?」


 唐突に声を上げた姫香を、チャルカが不安そうに見てくる。姫香は「何でもないです。大丈夫ですよ」と言うと、目の前の黒い人を正面から見据えた。


(貴方は、あの時の声ですね。私が虐待を受けていたとき、『嗅覚』と戦っていた時、そしてヘルズさんが撃たれた時に私に話し掛けてきた)


 道理で聞き覚えのある声だと思った。そうだ、この声はいつも姫香と共にあった。


 姫香が出会い、対話したいと思っていた声。


 それが今、何の前触れもなく姫香の前に現れていた。


『ようやく思い出したのね。嬉しいわ。じゃあ、改めて自己紹介しようかしらね。


 私は貴女の中にある人格の一つよ。まあ、薄々気付いてたとは思うけれど』


(人格? と言う事は私はやっぱり、多重人格者って事ですか?)


 自分にだけ聞こえる声や、痛覚が一時的に消える、などの事実から自分なりに推測して薄々そんな事じゃないかとは疑っていたが、まさか別人格本人から教えられるとは思っていなかった。


『あら、気付いてたの? そう、貴女は多重人格者。それもかなり強力な、ね。まあいいわ。それについては、私が起きてる間はずっと話せるから。それより、チャルカちゃんの件だけれど』


(あ、はい。そうでした。それで、何が言いたいんですか?)


 姫香の問いに、声は素早く言った。


『貴女はチャルカちゃんを可哀想だと同情するけれど、本当に彼女に同情する必要があるの? 大体、貴女に人の幸せ不幸せを決める権利なんてない。


 もしもヘルズが今の貴女の心の声を聞いたら、こう思うでしょうね。《自分の幸せを人に押し付けて、自己満足してるだけのただのクズ野郎》だって』


(そ、それは・・・)


 確かに、そうかもしれない。チャルカに楽しかった事があったかどうかはともかく、彼女が不幸であったと決めつけて同情してしまうのは良くない。それは善行に見えるただの偽善であり、それ以外の何物でもない。


 その事を、姫香は失念していた。


『そもそも貴女はチャルカちゃんに同情してるけど、貴女も似たような者じゃないの? 幼い頃から親から虐待を受けていた貴女は、誰よりも人間の本質という物を分かってると思ったけど』


(そ、それは・・・)


 声の言う事は正しかった。


 幼い頃から暴力を受けてきたため、姫香は人を力でねじ伏せられる事を知っている。それでも今までそんな事を思った事も無かったのは、あの親たちと同類になりたくなかったからだ。


 親のように、力で相手をねじ伏せる人間になりたくない。それが姫香の根本故に、彼女は悪に染まらないだけなのだ。


『貴女は裏社会を嫌悪しているけれど、根本的にはそれが最も正しい事を知っている。自分でも分かっているんでしょう? 私を解放すれば、ある程度の敵なんて簡単に倒せるという事に』


 それについては分からない。姫香は自分の中にある人格の力をこの目で見た事は無いのだから。


 けれども、この自信だ。相当強いのであろう事は想像できる。この力を使えば、ヘルズや降谷に肩を並べられるかもしれない。自分の中にある人格を解放すれば――――


 だが、姫香は首を振った。


(いえ、まだ駄目です。今の私には、力に見合った『覚悟』がないです。ですから今はまだ、『誰かを守れる力』だけで充分です)


 貴方の提示する『誰かから何かを奪えるだけの力』は欲しくないと、姫香は突っぱねた。


『本当に、真面目ね』


 姫香の拒絶に声は呆れたように言うと、薄く笑った。


「まあいいわ。どうせいつでも話せるわけだし。この続きはまた今度ね』







 一方その頃、制御室にて。


「クソッ、どうなってるんだ!」


 操作パネルをバン! と叩き、男は焦ったような声を出す。その周りでは数人仲間が右往左往している。


「体育館内の毒ガスが停止、おまけに廊下に仕掛けた爆弾も催眠ガスも使えない・・・どうなってるんだよ、本当に!」


 男は再度パネルを叩く。計画は順調のはずだったのだ。最初の内は。


 チャルカと花桐姫香が体育館に着き、閉じ込められるまでは良かった。だがそこからが誤算の連続だった。


 まず、花桐姫香の知識が異様に多かった事。次に、二人の連携が強く、絶対に勝てると踏んでいたゴリラが瞬殺されてしまった事。そして最後に、何故か扉が開いてしまった事だ。


「扉を開ける操作なんか出してないぞ、オイ!」


 男は元々、二人を逃がす気などなかった。本来なら二人がゴリラを倒した時点で、毒ガスを噴射するつもりだったのだ。裏社会では騙される方が悪い。よって、二人の絶望する顔を見られると思ったのだが――――  

「扉は開くし、仕掛けは全滅するし。どうなってんだ⁉」


 そう。男達の計画はことごとく失敗した。


 まるで、運命の強制力と言わんばかりに引っ張られて。


「あれ、こんな所で何してるのかな?」


 その時、背後から声を掛けられた。咄嗟に振り返ると、そこには金髪をボブカットにした美人が居た。手を後ろで組み、ニコニコと笑っている。


「あ? 何だお前は――――」


 男は怒鳴ろうとして、妙な立ちくらみがしてたたらを踏む。すると、床にうつ伏せに倒れた仲間たちの背中が見えた。


「なッ!」


「いつの間に、って思ったでしょ?」


 金髪の美人が微笑みながら、男に手を伸ばす。嫌な予感がして男は逃げようとするが、またも立ちくらみがしてよろけてしまう。そこを逃さず、美人の手が襲う。


 ―――そして、美人の手が男に触れた瞬間。


 男は心臓を残して、身体の全機能が停止した。

ゴリラとの戦いが雑ですみません・・・

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