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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
厨二病怪盗と復讐鬼
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死の間際のヘルズ

 体がフワッと持ち上げられるような感覚がする。それが上半身と下半身を分断された事による浮遊感だと分かったとき、ヘルズは口からゴボッと血の塊を吐き出した。まずい、このままでは死ぬ。


『天下の大怪盗もこれまでか。哀れだな』


 ニブルの嘲る声が、ヘルズの耳に響く。ヘルズは悔しさに歯噛みするが、上半身だけでは何もできない。なす術もないヘルズに、影未が翼を広げる。散弾銃を撃つ構えだろう。


「クソッタレ・・・・」


 細胞が異常な速度で血を体のパーツへと変換していくが、その速度を持ってしても間に合わない。ヘルズはせめて影未に一矢報いてやろうと右腕を押さえつけた。


 ーーーー《暴帝撃滅(キリング・ゼロ)分離モード》、発動準備。


 超威力を誇る右腕を《暴帝撃滅(キリング・ゼロ)》発動の瞬間に切り離し、相手にぶつけるヘルズの破れかぶれの技だ。もちろんかわされればそれまでだし、切り離す事がうまく行かなければ相手に届かない。


 いわばこれは、一度きりのミサイルだ。


「くらえ、薄頼影未。これが俺のーーーーヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニングの一撃だ!」


 押さえつけていた左腕を離し、手刀の形にする。あとは技の発動の瞬間にこれを振って右腕を切り離せばいい。そうすれば、後は勢いのついた右腕が影未に向かって超威力を込めて飛んでいく。


「グガァァァァ!」


 影未が翼から弾丸を射出する。いつもなら余裕で回避できるはずのその弾丸たちは、今ヘルズの命を刈り取る死の弾と化していた。


 ヘルズはそれを見ながら力なくニヤリと嗤うと、左手を勢いよく振るった。音速の三倍の勢いを出して振るった手刀は綺麗に右肘から先を切断し、二の腕という支えを失った右腕はギャリギャリ! という凄まじい音を立てながら影未に向かって飛んでいく。


「さあ、最後のミサイルだ! 受けてみろよ、薄頼影未!」


 直後、弾丸がヘルズの胸を、頭を、腕を抉る。ヘルズはクルクルと回転し、床に落ちる。床はヘルズが流した血のせいで、血溜まりが出来ていた。服に血が付くのを感じながら、ヘルズは力なく笑った。


「ハハッ、ここで終わりか。随分と早い最終回だな」


 ヘルズは諦めたような笑みを浮かべた。一度は自殺志願者となった身だが、そうでなくなった今、死ぬとなるとかなりの未練がある。


 まだ、奥義を一回も魅せていない。


 まだ、沙織と仲良くなっていない。


 まだ、『吸血鬼の覚醒(ヴァンパイアドロー)』を見ていない。


 まだ、まだ、終われない。


 ーーこんなところじゃ、終われない!


「・・・オイオイ、なに熱くなってんだよ。死の間際に熱血キャラに変更ですか、コノヤロー」


 冷めた口調で、ヘルズは呟く。細胞は徐々にヘルズの体を癒しつつあるが、やはり流した血が多すぎたためか回復はもうほとんど進んでいない。このままだと、全快する前にヘルズが出血多量で死ぬ。悲しいくらいに呆気ない死に方だ。


「クルシア・・・悪い。俺、もう終わりみたいだわ」


 仰向けのまま、何もない虚空に向かって手を伸ばす。その時、「グルァァァァァァ!」という悲鳴が聞こえてきた。続いて、チェーンソーが物を切り裂く時のようなブゥーンという音が聞こえる。どうやら、ヘルズの振動した腕が影未の金属製の体を切り裂いているようである。


「グルァァァァ! グガァァ! グゥゥゥゥ・・・」


「うるせえな・・・人の逝くときくらい、静かにしろよ」


 影未の叫び声に鬱陶しげに顔をしかめる。その時、視界がぼやけ始めた。


「あらら・・・どうやら俺にも、お迎えが来たみたいだな」


 ここまでか、とヘルズは目を閉じる。その時、耳元で囁き声が聞こえた。


「いいえ、そんな物来ないわよ。だってここに、死神より怖い暗殺者がいるんですもの」


 ヘルズはバッ! と首を傾ける。するとそこには、全身の皮膚を緑色に染めた沙織が立っていた。


「沙織、お前ーーーー」


「情けないわね、ヘルズ。あれだけ大見得を切っておきながらここまで手酷くやられるなんて。無様を通り越して滑稽だわ。まあ、アイツの声で動けなくなっていた私も人の事を言えないけどね」


 沙織はそう言って肩をすくめると、ヘルズの頭の横に膝を突いた。


「沙織、俺はーーーー」


「いいから動かないで。動かれると迷惑なのよ」


 沙織は懐から小型のナイフを取り出すと、自分の鎖骨辺りに勢いよく突き刺した。ドスッ! と深々とナイフが体に突き刺さる。沙織はそれを見ながら痛みの声の一つもあげず、ナイフを引き抜いた。途端、ドバッと血が流れ出る。


「ほら、飲みなさい。血が足りてないんでしょ?」


 沙織の血が、ちょうどヘルズの半開きになった口の中に落ちてくる。口の中に溜まった液体を感じ、ヘルズはゴクリと喉を鳴らした。するとその瞬間、傷が勢いよく癒えていく。不鮮明だった視界もはっきりと見えるようになり、見えはしないが、顔色もさぞ良くなっている事であろう。


「沙織、お前・・・」


「喋らないで。貴方に喋られると不快なのよ。でもあんな雑魚に貴方が殺されるのは我慢ならないから仕方なく助けているに過ぎないのよ」


 沙織が両手に持ったピンセットを高速で動かしながら、不快そうな顔をする。その様子を見ると、どうやら何だかんだいいながらもピンセットで体の中に入った弾丸を抜いているようだ。


「何だよ・・・ただのツンデレじゃねえか」


「馬鹿ね。私はツンデレじゃないわ。ツンドラなだけよ」


 ついにツンドラである事を自分でも認め出した。そうこうしている内にヘルズの体の傷は綺麗さっぱり消えてなくなり、沙織の弾丸摘出も終了する。


「ほら、終わったわよ。早く起きなさい」


「あ、ああ。すまん」


 包帯で自分の肩をグルグル巻きにしながら言う沙織に、ヘルズは慌てて起き上がる。そして、素朴な疑問を沙織にぶつけた。


「なあ沙織、どうして今まで来なかったんだ?」


「さっきまで体が硬直して動けなかったの。あの敵の声の影響ね。まさかとは思ったけどあの叫び声、完全な哺乳類であればどんな物であろうと動きを止めさせるみたいなの。要は貴方の邪眼の上位互換ね」


 なるほど、とヘルズは納得する。道理であの女はあんなに吠えていて、また沙織が駆け付けることが出来なかったわけだ。唯一の誤算は、ヘルズが半吸血鬼だったと言うことか。


「叫び声で強制的に動きを止めさせて、散弾銃で蜂の巣に。それらを掻い潜って来る敵には黒い羽根とあの破裂攻撃で仕留める。まさに無敵の布陣だな」


「でも、貴方と私の二人なら倒せる。違う?」


 沙織が【ブラッディ・クイーン】をホルスターから抜きながら、ヘルズに聞く。その瞳には、勝利を確信した色があった。それを見て、ヘルズも確信する。


「ああ、そうだな。俺一人じゃ勝てないかもしれねえ。だが、第六期暗殺者主席であるお前が手を貸してくれるなら、確実に勝てる」


「当たり前でしょう? 第六期の怪盗主席と暗殺者主席よ。スパイ主席も揃えば役満ね」


 冗談交じりに沙織が言い、立ち上がる。ヘルズも同様に身体を起こし、首をコキコキと鳴らした。


「そう言えば沙織、アイツの声をどうやって無効化したんだ?」


「身体の中を弄って、細胞の中に葉緑体を追加したのよ。そうする事で私は純人間から半人間、半植物に変換されて、あの敵の声を受けなくなったわ」


「マジかよ・・・」


 ヘルズは驚きの目で沙織を見る。すると、沙織は肩をすくめた。


「貴方と一緒に、敵を倒すためだもの。仕方ないでしょう」


「そうか。お前が納得してるならいいか」


 沙織は『クルシアが嫌うから、人の姿のままでありたい』とまで言い、機械人間手術や細胞の増幅を行わずにひたすら鍛え続けた、努力の人だ。そんな人間が信念を曲げてまで人間である事を物理的に辞めた事に、ヘルズは衝撃を受けたのだ。


 だが沙織は今、『ヘルズと一緒に目の前の敵を倒す』事を優先させてくれた。今までずっと姉至上主義あだった彼女が、だ。それは沙織自身の大きな成長だと思う。そんな彼女の成長に、答えてやらなければ。


「くくっ」


 ヘルズの口から、知らず知らずのうちに笑いが漏れる。そして眼帯を勢いよく外すと、未だ右腕の始末に奮闘している影未を見た。


「さあ、始めようか。この厨二渦巻く秋葉原で、吸血鬼と殺人鬼、そして『復讐屋』のボスの戦いを!」


「グルァァァァァァ!」


 ようやくヘルズの右腕の対処を終えた影身が、咆哮を上げる。ヘルズの右腕をもろにくらったのか、所々の人工皮膚が剥がれ落ち、鋼色の棒が覗いている。


「ヘルズ、ヘルズゥゥゥゥゥゥ!」


「うるせえな、いちいち人の名前を呼ぶな。ヤンデレかテメェは!」


 叫ぶ影未を邪眼で睨み、ヘルズはコルトガバメントを射出する。影身は翼から散弾銃を射出して迎え撃つ。その真横から、沙織が【ブラッディ・クイーン】を連射する。


「死になさい、化け物が」


 弾丸は影未の翼に当たり、火花を散らす。それを見た沙織は影未に接近すると、直接翼を壊そうとしたのか、全力の蹴りを叩き込んだ。影未は咄嗟に躱すが、そこをヘルズの連打が襲う。


「《スプラッシュ・インパクト》!」


 鋼鉄に匹敵する硬さを誇る連打が、影未を襲う。影未は翼をはためかせて避けようとするが、拳の内の一発が左翼に突き刺さり、激しく拉げる。


「グルァ⁉」


「今だ!」


 大きくバランスを崩した影未の頭目がけて、ヘルズが回し蹴りを放つ。同時に沙織も、背中に向かって

裏拳を叩き込んだ。


「《絶滅迅雷ジェネラルストリーム》!」


「受けてみなさい、自衛隊特殊部隊副隊長の顎にヒビを入れたこの裏拳を」


 ヘルズの必殺技と沙織の裏拳、前と後ろからの攻撃を同時に受け、影未の身体が大きく揺らぐ。だが敵もさるもの、翼から黒い羽根を出そうと翼を振動させ始める。


「まずい沙織、羽根が来る!」


「分かってる!」


 ヘルズと沙織の足がほぼ同時に伸び、二人の靴の底が密着する。二人はまるで初めから打ち合わせていたかのようにピッタリのタイミングでお互いの靴の底を蹴ると、互いに逆方向に跳んだ。直後、二人の元居た場所に尋常でない量の黒い羽根が出現した。ヘルズの頭に、チリッとした痛みが過ぎる。


「チッ、これだけの量だと流石にキツイな。いくら俺でもまいっちまう」


 吸血鬼の力を解放してこれなのだ、今完全な人間に戻ったら、果たしてどうなる事やら。


 そんな嫌な予感を振り払うかのように、ヘルズは床を力強く踏みつけた。ヘルズの踏んだ床を中心にフロアの床に亀裂が走り、細かい瓦礫が宙に打ち上げられる。


 そんな瓦礫を、ヘルズは蹴り飛ばした。


「コ〇ン君シュート!」


 キック力を増強したかのような強さで、瓦礫を蹴るヘルズ。こんな時でも厨二病を忘れない所は、流石とも言える。蹴り飛ばされた瓦礫は多大な衝撃波を伴って影未に着弾し、影未の身体を大きく揺らがせる。


「グラァァァァァ!」


「気を付けろ沙織、アレが来るぞ!」


 ヘルズが沙織に警告を飛ばした瞬間、ニブルの声が聞こえた。


『能力発動。皇帝の物は皇帝に、影未の物は影未に。そして幼女は全て私の元に』


 この戦いで幾度となくヘルズの身体を破裂させてきた、不可視の攻撃。


 それを、ニブルは再び発動した。


 そして―――――

  




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