ついにボス戦
午後八時三十分。
「ククッ、ようやく伏線の回収が出来たな」
「無理矢理感が半端なかったけどね」
ヘルズ達は、秋葉原の町を闊歩していた。
そう、最後の舞台は秋葉原。このためにヘルズはわざわざ変な場所ばかりを回っていたのだ。
「というか、淡路島と原宿はともかく他の場所はただの手抜きとしか考えられないわね。何よ、バルバロッサ草原って。もっと他にいい場所があったでしょうに」
「し、仕方ないだろ。パッと思い付かなかったんだから。ほら、危険な状態になると人のIQは10低下するって言うだろ?」
ヘルズは弁明する。確かに、バルバロッサ草原と雷門橋は多少の無理があった。だが、パッと思い浮かんだのがそこなのだから仕方ない。
「まあいいわ。結果としてここにたどり着けた訳だし。貴方もさぞかし満足でしょう?」
「ああ。最後の舞台としてここを選べたことを、俺は誇りに思う」
そびえ立つ建物を眺め、ヘルズは感慨深く呟く。そこには自分の念願の夢が叶ったかのような、キラキラとした輝きがあった。
「で、最後の舞台はどこにするの?」
「この町全部」
はっきりと、ヘルズは言い切った。
「この町を巻き込んで、派手に暴れる。そしてこの二次元と三次元の中間地点であるこの町に、二次元の傷を残してやる。そうする事でこの町は、ますます不思議な町として昇華できる」
「そんな物かしらね。まあいいけど」
沙織は肩をすくめると、辺りを見回した。もう夜だとはいえ、辺りにはそれなりに大勢の人が居る。彼らに当たらないように戦うとなると、至難の技だ。
「一般人に被害を出さずに戦えるのかしらね、本当に」
もちろん、普通の敵ならば余裕だ。それどころか建物に危害を加えることすらせずに勝つだろう。だが、今回の敵は沙織すら苦戦した敵であるイムの上司だ。正直、少しは被害を出さない可能性はゼロに近い。
「出来るかじゃない、やるんだよ。それしか道はねえ」
ヘルズが「ククッ」と笑う。その時、曇った空にポツリと人影が見えた。沙織が先に敵を捉え、ヘルズを小突く。
「どうやら、きちんとこちらの暗号を解いて来てくれたみたいよ。良かったわね」
「かかっ。アイツなら解いてくれると信じてたぜ」
「ボスを知っているの?」
ヘルズの言葉に、沙織は眉をひそめる。沙織とて裏社会の住人だ、それなりの情報網はある。だが、そんな沙織の情報網を以てしても、世代交代前のボスしか分からなかった。
「『復讐屋』の前のボスまでは、私も突き止めたわ。でも、そいつは数ヵ月前に今のボスに負けて『復讐屋』を去っている。ここまでは分かったわ」
「フッ、愚かな奴だな。俺には敵の名前も顔も分かってるぞ」
ヘルズが言ったとき、敵が背中から翼のような物を出した。直後、翼から羽毛のような物が降り注いできた。
「何あれ。黒い羽?」
「みたいだな。何だかよく分からんが、避けた方が無難だな」
ヘルズと沙織はサッとゲームセンターの中に入る。やがて一般人たちも羽毛の存在に気が付いたのか、拾い上げて上を見上げる。そして、空を飛ぶ人間に気が付いた。
「お、おい。あれ見ろ!」
「人が空を飛んでいる⁉」
「写真だ、写真! 写真撮って拡散しようぜ!」
人々が一斉に携帯を出して空飛ぶ人を撮ろうとする。しかし、その顔が唐突に曇る。
「な、何だよこれ」「圏外? そんな馬鹿な」「嘘だろ? ここ東京だぜ?」
「どうやら、あの黒い羽根は電子機器を駄目にするみたいね」
沙織が携帯を取り出し、ヘルズに見せる。右上に『圏外』の文字が表示されていた。だが、ヘルズの表情は険しい。
「本当に、あの羽根は電子機器を妨害するだけなのか?」
「ヘルズ、貴方今何を考えているの?」
「なあ沙織、スレンダー病って聞いたことがあるか?」
ヘルズが言ったとき、人々に異変が訪れた。
「な、何だこれ・・・」
「ウ、ウアアアア・・・」
一般人が次々と倒れ始める。その光景を見て、ヘルズは「やっぱりな」と呟いた。沙織は咄嗟に口元を押さえる。どうやら、人々の倒れた理由が呼吸にあると思っているようだ。
「・・・・これ、どういう事」
くぐもった声で聞く沙織に、ヘルズは黙って自分のスマホを見せる。先程まで『圏外』の文字が踊っていた画面には、もう何も映っていなかった。
「スレンダーマン。至近距離で見ると死んでしまい、また死ななかったとしても気が狂う。そして近くに居ると電子機器に不調が生じる、異形の怪物。お前もコイツの正体くらいは聞いたことがあるだろ?」
他にも瞬間移動など色々な状況があるが、ここではカットだ。ヘルズのヒントに沙織はハッとなる。
「強力な電磁波・・・・って事はまさか⁉」
「そういう事。やっと分かったか」
まあ、回りくどいヒントを与えた自分にも問題はあるかな、とヘルズはちょっと反省する。だがそんなヘルズの心境の変化に気がつくはずもなく、沙織は羽根の正体を言い当てる。
「黒い羽根には、電磁波を発生させる力があった。だから最初は圏外で済んだけれど、徐々に増える電子波に人も携帯も耐えられなくなってダウンした。こういう事?」
「正解。まあこれで電子機器は全停止、そして目撃者も激減した」
ヘルズはまだ立っている人々を見る。電磁波に強いのか、何が起こったのか分かっていない奴、頭が狂って訳の分からない単語を撒き散らしている奴、「こんくらい何て事ねえ!」と息も絶え絶えにアニメの名言を吐く奴、様々だ。
「チッ、こんな電気の町に電磁波なんか放ちやがって。監視カメラも停止したな、こりゃ」
一瞬クラッと来たのを頭を振って振り払いながら、ヘルズは舌打ちをする。ヘルズですらこれなのだ。恐らくヘルズがどこに居てもいいように、大規模な攻撃なのだろう。
「どうする、ヘルズ? 出て行って戦う?」
「ああ、それしかねえ。これ以上、俺の好きなアキバを好きにされてたまるか!」
珍しく正義の主人公のような事を言って、ヘルズは飛び出す。後ろで沙織が「好きなら何で破壊活動に巻き込んでるのよ」と言っていたが、無視する。
ヘルズは飛び出しざま懐から火薬銃を取り出すと、引き金を引いた。パァン、という音が、辺り一帯に響き渡る。
「俺はここに居る! 来い、薄頼影未!」
ヘルズの言葉に、沙織が首を捻る。
「誰よ、それ」
「昔シェルマンジェ宮殿で戦った、テロリストの参謀さ。あれから何をしてたかは知らねえが、随分と変わっちまったみたいだな」
ヘルズがニヤリと笑いながらボスーー影未を見る。影未は、すっかり変貌を遂げていた。
髪の毛は色素を失ったかのように真っ白、肌や爪はボロボロで色気の欠片もない。唯一顔立ちだけは昔のように整っていたが、目がギラギラと光っている辺り可愛くない。
要するに、ビフォーアフターとかそういうレベルでないほど、変わっていた。
まあ、それを地上から眺めるヘルズの視力も相当凄いのだが。
「昔戦ったってーーじゃあ、貴方の手の内も読まれてるんじゃない?」
「いや、大丈夫だ。奴が知ってるのは《暴帝撃滅》まで。《リベリオンコンプレックス》とか奥義とかは知らないはずだから、大丈夫だ。ただなーー」
ヘルズが不安げに言ったとき、影未が滑空してきた。その目はヘルズを見ている。ガリガリに痩せ細った手を伸ばす影未の手を、ヘルズはジャンプして避ける。
「グガァァァァ! ヘルズゥ!」
「チッ、昔からギャーギャーうるさい奴だとは思ってたが、ますますうるさくなってるじゃねえか! テメエは発情期の猿か!」
伸縮式のマフラーを屋上の柵に巻き付かせ、引っ張られる事で屋上まで高速移動する。ヘルズが屋上に着くや否や、影未が爪を振りかざして特効してきた。
「ヘルズゥゥゥゥゥ!」
「チッ! うるっせーな!」
屋上の柵にを片手で掴んで体重を預け、柵の上でブレイクダンスを舞う。ヘルズの脚と影未の爪がぶつかり合い、火花を散らす。
「グガァァァァ!」
影未が背中の翼をはためかせ、翼から熱戦を噴射してくる。だがヘルズは慌てることなくバク宙を繰り出し、なんなく避ける。
「どうした? その程度か超能力女!」
「グガァァァァ!」
どうやらヘルズの言葉は一方的に届いているらしい。繰り出された拳を避けながら、ヘルズは考える。
(コイツ、機械人間や細胞人間というには体が脆すぎる。だが、余程ヤバイ実験でもしなけりゃああはならない。じゃあ、コイツの本性は何だ?)
影未はこんな容姿でも『復讐屋』のボスだ。となれば、当然イムやスキンを越える能力を有しているはずだ。いや、そうでなくてはならない。
ヘルズはイムを思い出す。彼女はイカれていると言ってもおかしくないほど、自分に自信を持っていた。彼女を従わせるほどの能力を、影未は持っていると言って間違いない。
(じゃあ何だ? アイツの能力は⁉)
ヘルズはそう思いながら、影未に拳を繰り出す。当たればただでは済まない、鉄拳だ。ヘルズの拳を、影未は難なくかわす。だが、ヘルズが続け様に撃った弾丸を避け切れず、肩に炸裂する。
「ガァァァァァ!」
「うるせえな。もういいよ、喋らなくて」
ヘルズの大振りの蹴りが、影未の顔面に直撃する。影未の体が大きくのけ反った。ヘルズは追撃のタックルを加えようとスッと後ろに下がる。そして力を溜め、肩からぶつかろうとしたその時ーーーー
影未が羽根から散弾を撃ち始めた。
「うおっ⁉」
ヘルズは咄嗟に飛び退くも、散弾の数発がマントを捉え、穴を開ける。空気抵抗が変化したことでバランスを崩したヘルズを狙って放たれる影未のドロップキックを、ヘルズはもろに受けてしまう。
「グッ!」
衝撃を後ろに逃がし、背中から柵に突っ込む。一見すると痛そうだが、実質的なダメージはゼロに近い。更にそのわずかなダメージも、吸血鬼の力で完治する。
「っぶねーな。危うく死にかけたぜ」
ヘルズは不敵に呟きながら柵を蹴ると、大きく跳躍した。そして影未に手を伸ばす。
「これで終わりにしてやる。受けてみろよ、邪神竜の鉄槌を」
邪眼を解放し、力を強化した掴みのアクション。掴まれれば最後、吸血鬼の握力によって握りつぶされるお墨付きの技だ。
「かかっ」
冷たい風をその身に浴びながら、自称堕天使は楽しげに嗤う。
「これで終わりだ、薄頼影未」
ヘルズが伸ばした手を、影未は避ける気配もない。ヘルズのその手が影未に届くかと思われたその時ーーーー
「ガ、ガガガ」
影未の口から、妙な機械音が発せられた。
ーーーー直後、ヘルズの伸ばした手ごと、ヘルズの右半身が吹き飛んだ。




