引きこもり怪盗と囚われの姫
姫香の卑屈に歪んだ言葉を聞いたヘルズは、やがて何かを決心したように口を開いた。
「お前に一つ、言っておかなくちゃならない事がある」
姫香は反論しようと口を開いたが、ヘルズの眼光に怯んで声が出ない。
「俺は、本当に価値ある物しか盗まない。これは俺の中で絶対不変のルールだ」
姫香はヘルズの言った言葉を理解しようとし、脳が沸騰した。
それはつまり、姫香はヘルズにとって価値のある人間という事に―――いや、自分に限ってそれは無い。ヘルズの言っているのはおそらく、利用価値だ。そうだ、ヘルズは自分を利用価値として価値があると言ったんだ。脳内をネガティブな感情が渦巻いていく。口を開きかけて、姫香は自分の頬が紅潮している事に気が付いた。それってつまり――――
「お前はさっき自分に何の価値もないと言ったな。残念だがそれは間違いだ。お前には価値がある。今まで多くの〝価値ある物〟を盗んで来た俺が認めてやる」
姫香は首を振った。違う、自分には価値などない。自分には――――
「はっきりと言ってやる。お前なんかより遥かに俺や二ノ宮の方が社会的に見て要らない存在だぜ。学校にも行かないでネトゲ三昧、誰かに毒ばっかり吐いて周りを傷つけた挙句、盗みを働く悪党だ。だから最初に言っただろ、俺は白馬に乗った王子様じゃないって。結局俺はどこまで行っても汚い犯罪者だ。俺だけじゃねえ、二ノ宮やニセ教師だって同じだ。だけど俺達はみんな自分を偽らずに楽しく生きてるよ」
自嘲したように笑うヘルズを見て、姫香は自分の抱えている問題が些細な物なんじゃないかと思った。
「サンドバッグ?ハッ、笑わせんな。俺なんかさっき元仲間にボコボコに殴られた挙句、剣でめった打ちだ。正直死にかけたよ。お前は自分の事をサンドバッグと言ったが、俺の方がよっぽどサンドバッグだよ。空虚?誰だって最初は空虚だよ。そこからどんな色に染まるかは自分次第だろ?選択肢の多さで言えば、空虚が一番いいじゃねえか。居ても居なくても変わらない?当たり前だろ。俺やお前が一人消えた所で、世界に何か影響を及ぼすわけじゃない。その点じゃ、この世界に居る奴のほとんどが、居ても居なくても変わらないだろ」
言いながらヘルズは、自分でも何を言っているか分からなくなってきた。おそらく今「何を言っているか分からない言葉を語っている人間大会」が行われたら、間違いなく上位に食い込める。というか、自分の説明力の無さに泣きたくなって来る。そして、自虐を連呼していると何気に傷つく。
それでも今は、それでいい。激情のままに、自分の思った通りに喋りたい。意味なんて分からなくていい。どんな言葉でも、本気で伝えれば意味は生まれる。厨二病である事を生かせ。そうすれば必ず伝わる。
「さっきお前は自分自身に何の価値も無いと言ったが、それはお前の価値観だ。俺の価値観から見れば、お前は金とは交換できない価値を持ってる。だから、さ。もっと自分に自信を持てよ」
ヘルズは懐から『喜劇のティアラ』を取り出すと、姫香の頭に装着した。ティアラは姫香の頭にすっぽりと収まり、博物館に展示されていたときとは違う輝きを放っている。
「これって、まさか・・・」
姫香は自分の頭に付いたティアラを見て絶句した。ヘルズは照れくさそうに頬をかく。
「そのティアラは、単体じゃ俺にとって何の価値もない。だがお前が付ける事で、『綺麗』っていう価値がある。別に〝価値〟っていうのは金だけじゃねえ。『綺麗』っていうのも、立派な価値だ」
―――ヤバい、本格的に何を言ってるのか分からなくなった。
ヘルズの首筋を、冷や汗が伝う。厨二病の性なのか、つい格好いい(と思われる)事を言ってしまったが、後から思い返してみると全く意味が分からない。
(何が、『〝価値〟っていうのは金だけじゃねえ』だよ⁉言った俺ですら全然意味分かんねえよ!)
生まれてこの方ラノベ以外の本を読んでこなかったのが災いしたようだ。ヘルズは激情のまま喋った事を後悔した。ヘルズは爽やかな顔(内心大号泣)で、姫香の髪を撫でながら(指先がわずかに震えている)、姫香に言った。
「なんだ、似合ってるじゃねえか。お前、最高に可愛いよ」
姫香の目から、熱い液体が零れた。姫香はそれを拭う事もせずに、ヘルズの目を見ていた。
「わ、私、本当に生きてていいの?私に価値、あるの?」
「ああ。だってお前、可愛いじゃん」
ヘルズがニコリと笑った時、ドタドタと廊下から慌ただしい音が聞こえてきた。姫香の部屋のドアが外から破られ、松林が部屋の中に飛び込んで来た。後から拳銃を構えた部下たちが入って来る。
「怪盗ヘルズ、今日こそ貴様を逮捕する。貴様の仲間は逮捕されたぞ、諦めて投降しろ!」
某有名なICPOの銭なんとかさんのようなテンションで、松林は叫ぶ。愉快な部下たちが、ヘルズに拳銃を構える。ヘルズはそれを見ると、同じく高笑いした。
「お前ら、漫才師に転職した方がいいんじゃねえの?ホント、面白すぎ」
ヘルズは笑いが収まると、足元にあった書類を松林に向かって投げた。書類は空中で拡散し、松林達の視界を遮る。
「な、何だこれは⁉花桐家の両親が、虐待⁉」
「じゃあ行こうか。喜劇を演じた、囚われのお姫様」
ヘルズは姫香の耳元で囁くと、姫香の足と体を持ち上げた。俗に言う、お姫様抱っこという奴である。姫香が耳まで真っ赤になるが、こっちは至って大真面目である。ヘルズは姫香を抱きかかえたまま窓枠に足をかけると、松林の「待て、ヘルズ!」という制止を無視して、窓から飛び降りた。両足を開いて衝撃を和らげ、一秒後には地面に着地していた。近くの車から、クラクションの音が聞こえる。ヘルズがクラクションを鳴らした車に近付くと同時、松林達が屋敷から出てきた。松林が銃を構えて、「待て、ヘルズ!」と喚いている。もうあれは無視しよう。
「早く乗れ、二人とも」
車の運転席から降谷の声が聞こえ、ヘルズと姫香は車に乗り込んだ。降谷は二人が乗り込んだ事を確認すると、車のアクセルを強く踏んだ。
「じゃあ行くぞ、しっかり捕まってろ」
「了解、船長」
「オレは船長じゃないが、行くぞ」
車が凄まじい速度で加速する。ヘルズが姫香に激励の言葉を掛けようと横を見ると、姫香は既に寝ていた。寝顔を見るのはこれで二回目だが、何回見ても可愛い。
「おい、ニセ教師。流石に疲れたから寝る。アジトに着いたら起こしてくれ」
言うと、ヘルズは目を閉じた。眠りに落ちる寸前、何かが肩に当たる感触があったが、よく覚えていない。
―――ミッション、コンプリートだな。
満月の光が、彼らの乗る車を包み込んでいた。
以上です。ヘルズの言葉、どうでしたか?心に届いたでしょうか?(文章力ないのは申し訳ございません)これにてメインは終わりです。次はエピローグです。第一章、あと数回で完結します。
※第二章以降も続きますので、ご安心を。




