プロローグ
今回から新章開始です!
それは、一瞬の出来事だった。
「なッーーーーー⁉」
腕を肩口から切り裂かれたヘルズが、驚きの声を上げる。切断された左腕はクルクルと宙を舞うと、黒板に当たって落ちる。その間にも吸血鬼の力が自動で発動し、ヘルズの破損した部位を修復する。
「クソッ、まさか第六期暗殺者主席か⁉」
文集を机の上に置き、ヘルズは腰を落とす。しかし、その頃にはもう誰も居ない。ヘルズは警戒しながら、室内の気配を探る。
「誰も居ない・・・・さっきから倒れてる奴等を除けばだけどーーーーーッ⁉」
突然首筋にビリッとした衝撃が走り、ヘルズは反射的に振り向く。すると、黒い人影がヘルズ目掛けて突進して来るのが見えた。普通ならジャンプしてかわす所だが、距離が近すぎる。ヘルズは両腕を交差させ、敵の突進を受け止める。
「ど、せいっ!」
腕から肩へと、衝撃が伝導する。ヘルズはそれを気合い一つで乗り切り、反撃として回し蹴りを打ち込む。人影はそれをバク転で避けると、瓦礫が積み重なって小山のようになっている所へ着地した。ヘルズは小山の上に立った人影を見て、思わず息を呑んだ。
「うっ・・・・」
ソレは、頭から体まですっぽりと黒い布を被っていた。
しかし、驚くところはそこではない。その黒い布には、穴が一つもなかったのだ。
ーーそう、外の景色を見るための穴すらも。
「嘘だろ・・・・」
ヘルズが見たところ、あの布の網目は丁寧で、ストッキングよりも狭い間隔だ。あれでは息もし辛いだろう。それに視界も塞がれている。本気の戦闘の際に着るような物ではない。
しかし、とヘルズは思い直す。あの黒ずくめはあんな服でもなおヘルズを捉えて的確なタックルをくらわせて来たのだ。侮れない。
ヘルズが考えていると、ソレは床を蹴り、こちらに接近してきた。と同時に黒い布の下から拳銃を持った腕を伸ばし、発砲してくる。向こうからこちらは見えていないはずなのに、弾丸は正確にヘルズを狙う。
「はあッ!」
ヘルズが弾丸を蹴り落としながらバックステップを取るのと、黒ずくめがヘルズの元居た場所に足払いを決めるのは同時だった。危ない、もしあのまま弾丸を蹴り落としただけで満足していたら、今ごろ足払いが綺麗に掛かり、ヘルズは床に倒されていただろう。
「危ねえな、この野郎!」
ヘルズは腰のホルスターから愛用の一丁であるベレッタを抜くと、黒ずくめに向けて連射した。黒ずくめはそれを最小限の動きでかわすと、今度はもう片方の腕も突き出した。その手には、同じ拳銃が握られている。
「マジかよ⁉」
危機を感じ、ヘルズは大きく跳躍する。しかし今度は読まれていたのか、腹を弾丸が貫いた。
「がはッ!」
息が詰まったヘルズに、黒ずくめは肉薄する。そして右手の拳銃を捨てると、右手を開いたままヘルズの鳩尾に抉るようなストレートを決めた。
「ゲホッ!」
黒ずくめの指が数本、ヘルズの肉を貫き内蔵に突き刺さる。ヘルズは一瞬嘔吐しそうになったが、歯を食い縛って堪える。そんなヘルズの眉間に、黒ずくめは拳銃を突き付ける。
「させるか! 《絶滅迅雷》!」
黒ずくめの腕目掛けて、必殺の回し蹴りを放つ。蹴りは黒ずくめの手首にヒットし、拳銃を落とさせる。
「第六期暗殺者主席・・・・覚悟はいいよな?」
言葉と同時にベレッタを抜き、黒ずくめの腹辺りに狙いを定める。ここは空中で身動きが取れない上、敵の指はヘルズに突き刺さったままだ。回避など不可能。ヘルズは位置的に相手が死なないように注意し、引き金を引く。乾いた銃声が鼓膜を叩く音を聞きながら、ヘルズは勝ちを確信した。
が、しかし。
「な⁉」
黒ずくめが腕を振るうと、黒ずくめに迫っていた弾丸が全て払い落とされる。驚いているヘルズに、黒ずくめは突き刺していた右指を抜く。そして、ヘルズの首目掛けて手刀を打ち込んでくる。
「っぶね!」
敵の手刀を、ヘルズは首を捻って紙一重の所で避ける。だが黒ずくめの手刀は真空刃でも纏っていたのか、ヘルズの首が裂け、血が飛び散る。
「クソッ、ヤバイなコイツ。これはまずいぞ」
「・・・・・・」
黒ずくめが無言で放ってくる連続攻撃をギリギリで避け続け、何とか距離を取ろうとするヘルズ。だが敵の攻撃には皆最初のような切断能力が付与されているのか、ヘルズの体に次々と切り傷が付いていく。黒ずくめから離れ、地面に足を着いたときには既に40箇所以上の部位に怪我を負っていた。
「ハア、ハア・・・・」
「・・・・・・」
息が上がるヘルズとは相対的に息一つ上げない黒ずくめが再び無言で距離を詰めてくる。ヘルズは近くにあった机を蹴り上げると、教卓の影に隠れながらベレッタを連射した。黒ずくめは机をヒラリとかわすが、次のベレッタの弾丸の一発を回避し損ねたのか、「くっ・・・・」という呻き声を漏らす。
「今だ! 受けてみろよ、この堕天使の一撃を!」
ヘルズは隠れていた教卓を投げつけ、その影から青いボールを懐から取り出し、黒ずくめに投げつける。青いボールは空中で爆発すると、四方八方に有刺鉄線を発射した。黒ずくめは教卓をその身体能力を以て避けるが、有刺鉄線の数本に体を貫かれそうになり、慌てて回避する。しかしそこをヘルズは逃さない。両足を揃えて跳躍すると、有刺鉄線の関係であまり派手に動けない黒ずくめの頭上に跳ぶ。
「《獣王無塵》!」
両足を揃えて打ち出す踵落としが、黒ずくめの脳天に炸裂する。しかしそこは敵も去るもの、布の下から直径一メートルはする盾を取り出すと、頭上に掲げた。ヘルズの必殺技と盾がぶつかり、激しい音を立てる。
「チイッ、面倒だな!」
まさか必殺技を防がれるとは思っておらず、ヘルズは舌打ちする。だが敵の盾にも大きなヒビが入っている。これならもう使えまい。ヘルズはベレッタの弾倉をリロードすると、黒ずくめに照準を定めた。
「遅い。そんな物じゃ蝿一匹殺せない」
「なッーー⁉」
黒ずくめの言葉と同時に、ヘルズの腹に熱い痛みが走る。見ると、黒ずくめが両手の銃をヘルズに向けて一斉掃射していた。その銃口にはサイレンサー。音を消した事で益々危険が増した。
「クソッ!」
ヘルズはベレッタを闇雲に乱射しながら後ろ向きに走り、黒ずくめと距離を取る。だが黒ずくめは焦らず拳銃を構え、ヘルズ目掛けて正確無比なショットを撃ち込む。
「クソッ、なんなんだコイツ⁉」
教室の扉を引きちぎってそれを盾にする事で身を守りながら、ヘルズは叫ぶ。このままではまずい。それは分かっているのだが、体がそれに付いていかない。
ーー視界が見えていなくてこのレベル。ならば、あの黒布を取ったらどうなるのか。
そこまで考えて、ヘルズは首を振った。いけない、今悪い想像をしても、状況が酷くなるだけだ。
ヘルズのそんな数秒の思考の間にも黒ずくめは距離を縮め、ヘルズを殺すための攻撃を見舞う。手刀、回し蹴り、突き、頭突き・・・・・・それらの攻撃を、ヘルズは捌き、反撃し、時には急所を外して受け止めてそれらを効率よく受け流す。
《リベリオンコンプレックス》
ヘルズの持つ覚醒能力の一つだ。自身の厨二力を高め、相手の行動を想定する。無数の可能性を読むことによって行われるそれは、いかなる攻撃すらも驚くことなく回避させる。
「・・・・・・!」
先程までとはまるで違うヘルズの動きに、黒ずくめは驚愕する。だが攻撃の手を緩めず、黒ずくめは連続攻撃を見舞っていく。だがヘルズはそれらを余裕を持ってかわしていく。回数を増すごとに攻撃を読むのが楽になっていくのを感じる。
ヘルズは黒ずくめの攻撃を捌きながら、時々ベレッタで応戦する。黒ずくめはその度に焦ったように腕を振り、弾丸を払い落とす。だがこのまま行けば黒ずくめの体力が先に尽きるであろう事は明白だ。現に、無限と思われていた黒ずくめの息は上がってきている。
「・・・・早々に決着を付けなければ負けてしまう」
くぐもった声で黒ずくめは呟くと、ヘルズに向けて飛び蹴りを放った。だがヘルズはそれをサッと避けると黒ずくめの胸ぐらと腕を掴んで投げ飛ばした。黒ずくめが背中から壁に叩きつけられ、「かはっ!」と息を吐いた。
「同期のよしみで降参してくれよ、暗殺者主席様。このままやれば俺が勝つ。強いお前なら分かってるだろ? 引いてくれよ。こっちだって疲れてるんだ、これ以上無用な怪我をしたくない」
いくら互いの全てをぶつけ合う『戦闘』を好んだヘルズでも、このレベルの敵と連続で戦うのは厳しい。『俺TUEEE』のおかげで体力の消耗を抑えられたとは言え、やはり体力を大幅に使ったことに代わりはない。このままでこの強敵と打ち合えるとは思えない。
「・・・・・・」
黒ずくめはヘルズの言葉に、行動で返す。腕を突き出して拳銃を乱射しながら、ヘルズに向けて突進してくる。ヘルズは銃弾の回避位置を予測して回避しつつ、突進してきた黒ずくめに一歩踏み込み、拳を叩き込む。
「≪叛逆未遂・雷≫!」
「ッ⁉」
拳は綺麗に黒ずくめの腹に突き刺さり、黒ずくめを吹き飛ばす。黒ずくめの身体が宙を舞い、黒板に派手に激突して歪ませる。ヘルズはベレッタの予備弾を弾倉に叩き込むと、黒ずくめに突き付ける。
「これで終わりだ、第六期暗殺者主席。いくらお前でもこの距離からの銃撃と俺の必殺技を同時に避けるのは無理だろ? 大人しく引き下がれ。そうすれば、命までは取らないでやる」
我ながら正義の主人公みたいだな、とヘルズは思う。だが仕方ない。怪盗は人を殺してはいけない。そのルールは絶対遵守だ。もしも殺していいのなら、ヘルズは容赦なくコイツを殺す。だが、殺せないと言うのなら仕方ない。正義感の強い主人公のようなことを言って引き下がってしまうしかあるまい。
「・・・・・・」
「最終警告だ。十数えるまでに引け。行くぞ、十、九、八・・・・・・」
黒ずくめは黙ったままだ。それを見てヘルズはカウントダウンを始める。もしもカウントが0になっても奴が動かない様なら、手足を撃ち抜く。その覚悟を持って、ヘルズは引き金に力を込めた。
「四、三、二・・・・」
その時、黒ずくめが動いた。布の中から何かを取り出し、ヘルズに投げつける。ヘルズはそれを払い除けようとして―――――それが煙玉であった事に今さらながら気が付き、絶望の表情を浮かべた。
「しまった!}
しかし、もう遅い。一瞬にして視界を煙が包み込み、何も見えなくなってしまう。ヘルズはヤケクソ気味にベレッタを乱射するが、当然当たるはずもない。そうしている内に、腹を蹴られる。
「ゲボッ!」
込み上げてくる吐き気と戦いながら、攻撃の来た場所目がけて回し蹴りを放つ。だが手ごたえが無い。ヘルズは諦めて防御に専念し、煙が晴れるのを待つ。やがて煙が晴れ、視界が開ける。
「ようやくか―――――」
黒ずくめは、小山の上に立っていた。ヘルズは黒板にあったチョークを掴むと、それを黒ずくめ目がけてダーツの要領で投擲した。一本、二本、と次々に飛んでくるチョークを、黒ずくめはひょいひょいと躱していく。
「クソッ、これでどうだ!」
焦ったヘルズが、残ったチョークを複数同時に投げる。黒ずくめはそれを回避するが、最後の一本が布の端に引っかかる。そのままチョークに引っ張られるようにして、黒ずくめの着ていた黒い布がはぎ取られる。それを見たヘルズは嗤う。
「さあ、目隠しで戦いなんて縛りプレーやってないで、もっと正々堂々戦おう、ぜ―――――」
その目が、驚きで見開かれる。
「お前は―――――」
そこに居た人物を見て、ヘルズは驚愕の声を漏らした。




