自殺志願者と謎の男
しばらく光の粒子が放たれたところで、光栄が手を下ろし、光の連射が止む。光栄達は気絶した弐夜を確認しようとして――――目を見開いた。
弐夜は既に、その場所には居なかった。
「い、一体どこに⁉」
「ここだよ、無能ども」
チャラ男達が上を見上げると、そこには鉄骨の上に足だけでぶら下がった弐夜が居た。
「クソッ、降りて来い!」
「テメエが命令出来た立場じゃねえだろ」
弐夜は吐き捨てるように言うと、ぶら下がっている鉄骨から足を離し、頭から地面に落下する。弐夜の首がゴキュリと本来あり得ない角度に折れ曲がり、光栄達が息を呑む音が聞こえる。その声を尻目に弐夜は吸血鬼の力で首の骨を治癒し、立ち上がった。
「ば、化け物め!」
「俺から見たら人の事を愉快犯だの何だのと言って面白半分に叩くお前ら偽善者の方がよっぽど化け物に見えるけどな」
ネットが普及している現在、スポットライトの当たっている人間に安全圏から石を投げ付ける人間が増えて来た。大方コイツらもそういう人間なのだろう。時代の流れ、と言ってしまえばそれまでだが、やはり看過できない物がある。
――――それに、そういう人間をクルシアは最も嫌っていた。
「死ね、ゴミども。お前らが居ても二酸化炭素が増えるだけだ」
弐夜は全力で足を振り上げた。足元にあった無数の小石が浮き上がり、光栄達目がけて飛んでいく。音速を超える速度で放たれた速度にたった一人対応出来た光栄は即座に手をかざす。
「障壁よ!」
すると、光のバリアのような物が光栄達を包み込み、襲い来る小石の嵐から彼らを守り切る。ガキン、ガキンという音に、ようやく他の三人の意識が追いつく。
「うおっ⁉」
「きゃあ!」
「ひいっ!」
「皆、この膜から出ないで!」
光栄が必死で障壁を張るのを見て、弐夜は一切動揺する事なく歩いていく。そして、先程自殺に使ったブルドーザーを持ち上げると、凄惨に笑った。
「さあ無能ども。この一撃を受け止められるかな?」
ヒッ、と彼らが絶句する声が聞こえる。弐夜は狂ったような笑みを浮かべたまま、ブルドーザーを全力で振り抜いた。これで奴らはひき肉になり、目の前からこの不快な生き物は消える。そう思うと、笑いが止まらなくなった。
「障壁よ!」
光栄が必死に守りを維持しようとするが、もう遅い。小石ですら耐えられるか怪しかったような脆いバリアだ。こんな何トンあるか分からないような鋼鉄の物体がぶつかって来たら、一瞬で崩壊するだろう。せめて守る範囲を狭めれば光栄だけは守り切れるかもしれないが、どうやらそれは出来ないらしい。見事な友情だな、と弐夜は鼻で笑う。
「グウウッ!」
ブルドーザーの衝撃に耐えるために持てる力を全て使っているのか、光栄が苦悶の表情をする。弐夜はそれを見ながら鉄パイプを拾い上げた。ここまで来たら徹底的にやってやる。ここで舐められたら弐夜のプライドが持たない。
「アアアアッ!」
「うるせえよ」
ブルドーザーの直撃に、障壁がミシミシという音を立て、光栄が歯を食いしばる。しかし弐夜は無慈悲にも歩きながら鉄パイプを構える。これで頭をかち割る。それも一人一人、丁寧に。そうする事でこの偽善者どもに絶望を与え、いかに自分がおかしな事をしたか思い知らせてやる。
自分でも分かる、これは破綻した倫理観だ。だがもうどうでもいい。クルシアの居ない世界に、意味などないのだから。正義だの悪だの、知った事ではない。自分に歯向かう者は全て倒す。今、はっきりとそう感じた。
「テメエ、卑怯だぞ!」
チャラ男がバリアから出て、鉄パイプを拾って弐夜に襲い掛かる。弐夜は迫りくる鉄パイプを首筋の動きだけで躱すと、カウンター気味にチャラ男の腹に鉄パイプを叩き込んだ。
「ゲボッ!」
チャラ男が地面に蹲り、ゲホゲホと激しくせき込む。夕食を食べていなかったのが幸いだったのか、腹の中の物を吐き出しはしなかった。弐夜はそれを見て、まるでスイカ割りでもするかのように鉄パイプを振り上げた。
「やめろ!」
光栄が叫ぶが、弐夜は止まらない。鉄パイプをチャラ男の頭目がけて振り下ろす。だが、鉄パイプはチャラ男の頭に当たる寸前で、何かに弾かれる。カキン、という音がして、弐夜の持っている鉄パイプが押し戻されたのだ。
「何⁉」
「クソッ! 光の精よ!」
困惑する弐夜に、光栄が光の粒子をぶつける。弐夜は跳躍してそれを回避すると、光栄の頭上から彼の脳天目がけて鉄パイプを叩きつけようと大きく跳ぶ。一方、光栄も弐夜に気が付いたのか、掌を突き出す。
「死ね、クソガキが」
「光の精よ、僕に力を貸してくれ!」
弐夜の手に凄まじい力が、光栄の手に力が籠り、互いが互いの全力を放つべく、相手の急所目がけて狙いを定める。
「ハアアアアアッ!」
「ウオオオオッ!」
二人の攻撃がぶつかろうとした、その時―――――
「はーい、そこまで」
突如、謎の男が頭上から降って来たかと思うと、弐夜と光栄の攻撃の中心地に割り込んだ。
――――弐夜の全力で振り下ろした鉄パイプを右手で受け止め、光栄の撃った光の精を、持っていた手裏剣で防ぐ形で。
「なっ―――――」
突如振って来た男に、弐夜は驚く。まさかこの攻撃を耐えられるとは。吸血鬼の力が発動していなかったとはいえ、弐夜のこの一撃は一般人が受ければ骨がバラバラになるような攻撃だ。この男は、それを知っているからか攻撃の威力を最大限まで受け流してから受け止めている。そんな事、普通の人間に出来るはずがない。
ーーーーーそれにこの男、弐夜が放とうとした膝蹴りすらも、右足でさりげなく防いでいる。両手片足を使って一本足で地面に着地した男はニヤリと笑う。
「おいおい、喧嘩は良くないぞ? それに鉄パイプと陰陽術なんて、お前らそれでも男か? 喧嘩と言えば殴り合いだろ、全く。最近のガキは躾がなってねえな」
驚いている弐夜を余所に、男は一方的にまくし立てる。光栄は何か言い返そうとしたが、JKに腕を引っ張られる。
「ねえ、もう帰ろうよ。コイツ等頭おかしいよ。ね、もう取材は諦めようよ。どうせ取材対象は他にも居るんだからさ」
「で、でも・・・・」
「いいから、もう行こう?」
まだ戦おうとしている光栄の腕を、JKが強く引く。光栄はそれで観念したのか一瞬弐夜の事を強く見た後、クルリと踵を返して歩いていく。その背中に、弐夜は皮肉を浴びせた。
「いざとなったら日常に帰れる奴は羨ましいな。いざとなったら取材対象を変えられるお前らは羨ましいな」
彼らにとっては一取材対象でも、こっちから見たら生活を脅かされる訳だ。勝手に引っ掻き回されて、向こうが飽きたら即座にポイ。随分な扱いだ。
「ま、仕方ないだろ。アイツらはただの高校生だ。お前も特に怪我はなかったんだから許してやれよ、な?」
男が取りなすように宥めてくる。光栄はその光景を見ながら、恨みがましい目で弐夜に言う。
「・・・・君は必ず、僕が捕まえてみせる。覚えておけよ、悪は滅びるべきだ」
そう言って、JKと共にスタスタと歩き去る―――――瞬間、銃声が鳴ると共にその足から血を噴いた。
「うあっ⁉」
驚きで声も出ない光栄に、二発、三発と弾丸が叩き込まれる。弐夜は辺りを見回し、銃を撃った人間を確認する。このままでは弐夜まで危険だ。すると、銃を持っていたのは男だった。男はたて続けにJK、眼鏡を殺す。そして、チャラ男に銃口を向けた。
「悪いな。暗部にも面子って奴があってね。このままノコノコと逃げられたのであったら、オレの面目が丸つぶれだ。だから悪いが、ここで死んでくれ」
「じょ、冗談じゃねえよ! 俺は―――――」
チャラ男が言葉を言い終わる前に、男は引き金を引いていた。チャラ男の眉間を弾丸が貫通し、チャラ男は瞬時に息絶えた。全員を銃殺した後、男は疲れたように額を拭った。
「よし、終わったな」
「俺はいいのか? 殺さなくて」
一仕事終えたと言うように拳銃を摩っている男に、弐夜は聞く。見れば見るほど不思議な男だ。ツンツンに逆立てた髪に、サングラスを掛けている。どこかのDJに居そうな風貌だ、と弐夜は思う。
「当たり前だろ。元々お前に話があって来たんだから。そうしたらお前が変な奴と揉めてるから、タイミングを見計らって救助に向かっただけさ。な、自殺志願の第六期怪盗主席、ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニング君よ」
男の言葉に、弐夜は驚く。まさか自分が昔付けた二つ名を、知っている奴が居たとは。しかも、こんないかにも人の話を聞いてませんと言った男が。
弐夜がさりげなく男の事をディスっていると、男は思い出したようにポンと手を叩く。
「おっと、自己紹介が遅れたな。オレの名は音新波昴。つっても偽名だけどな。そしてここまでの問題を起こした以上、もうこの偽名は使えねえから、明日から違う名前になるけどな」
「違う名前?」
弐夜が聞くと、男は呆れたと言った顔をした。
「おいおい、裏社会に実名で出入りしてる奴なんて少数だぜ? 大抵の奴はオレみたいに偽名だよ。ま、オレ以上に偽名を持ってる奴は居ないみたいだけど」
男はそう言って、懐から複数の免許証を取り出した。確かに、パッと見ただけでも二桁は行きそうなくらいの免許証がある。これらを男はいつも持ち歩いているのだろうか。手荷物検査の時、どうするんだろうかと弐夜は疑問に感じた。
「ま、とにかくだ。オレはこれらを駆使して裏社会で生き残ってるって訳。そして新しいシノギが見つかったから、こうして声を掛けに来たって訳だ」
「新しいシノギ?」
弐夜が聞くと、男は頷いた。
「そう。お前、怪盗の癖に卒業してから何も盗んでないんだってな。しかも、どこの組織にも所属していない。こんな素晴らしい物件をよく今まで他の組織が手を出さなかったな」
品定めするかのような男の視線に、弐夜は少し目の奥に敵意を宿らせる。とはいえ吸血鬼の力を使うほどではない。というより、コイツを信用するまではこの力は見せない方がいいだろう。そう思いながら弐夜は距離を取る。
「で、だ。こうしてオレがスカウトしに来た訳だ。お前も金が欲しいだろ? だからオレの仲間に――――ってアレ、どこ行った?」
男が辺りを見回す。だが弐夜は既に、男と距離を取っていた。
そう、あくまでも距離を取っただけだ。ざっと一キロくらい。
一言で言おう。家に帰った。
最近雑ですみません。




