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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
幼き怪盗と永久の物語
145/302

ヘルズとクルシア⑭

 目が覚めると、シャンデリアが目に入った。無駄に豪華なシャンデリアだ。


「ここは・・・・」


 何故か痛む首の後ろを押さえながら、弐夜は起き上がる。そこは数時間前、弐夜とクルシアが卒業式を行った、師匠の訓練施設の大広間であった。


「ってそうだ、クルシアは⁉」

 

 慌ててバネのように飛び跳ねて起き上がり、辺りを見回す。しかし、大広間にはクルシアどころか、人っ子一人いない。


「ってそうだ、クルシアは―――――」


 自分が殺した。


 その事を思い出した瞬間、弐夜の胸が痛んだ。ズキリ、と心臓に深々と刺さるような痛み。愛する人を殺してしまった事のショックが、弐夜を蝕んでいるのだ。弐夜は今すぐにでも喚きながら床を転がりたくなった。だが、そんな事をしても何の意味も無いと感じ、思いとどまる。その時、入り口付近から微かな気配を感じた。


「おう、気が付いたのか」


 不意に声が聞こえ、弐夜は入り口を見る。するとそこには、『最強の犯罪者』こと師匠が立っていた。その服の右袖には炎が焼けたような跡が付いているが、その他には煤一つ付いていない。何故右袖にのみ焼け跡が付いているのだろうか。


 だがそんな事はどうでもいい。弐夜は師匠に質問する。


「師匠、クルシアは?」


 すると、師匠は首を横に振った。


「残念だが、もう死んだ。と言うよりお前が殺したんだろう、弐夜よ。死体は我が輩が丁重に処理しておいた」


「ッ、テメエ、処理とか言ってんじゃねえ!」


 愛する恋人の遺体をゴミのように扱われた事に、弐夜はブチ切れる。大理石を蹴って一瞬でトップスピードに乗ると、師匠の顔面に右の拳を叩きつける。


 ―――――寸前、身体が縦に一回転した。


「え?」

 

 師匠を見るが、師匠は弐夜に指一本触れていない。指を一本も触れずに相手の身体を回転させる。そんな神業に弐夜は為す術もなく、背中から床に倒れる。


「ガハッ!」


 背中をしたたかに打ち付けた事で、肺の中の空気を全て吐き出してしまう。師匠はそんな弐夜を見ると、大きく息を吐いた。


「すまん、処理と言うのは嘘だ。本当はちゃんと墓に埋葬したから安心しろ。―――――惜しい人を亡くしたな、弐夜よ」


「ああ、全くだ」


 ズキズキと痛む胸を右腕で押さえながら、弐夜は吐き捨てるように言う。・・・と、そこでふと違和感を覚える。下半身のバネを使って立ち上がり、自分の右腕をしげしげと眺める。


「あれ? そう言えば何で俺の右腕、再生してるんだ?」


 そう、確か弐夜の右腕は《暴帝撃滅(キリング・ゼロ)》の反動によって粉砕し、再起不能だったはずだ。師匠とて人の身体を再生させられる能力は持ち合わせていない。ならば、一体どうやって。


「今気が付いたのか。随分と遅かったな」


 師匠はそんな弐夜を見て呆れたように言うと、懐からゴム栓で蓋をした試験管を取り出した。中には何も入っていない。師匠はまるで世間話をするかのように、弐夜に聞く。


「なあ弐夜よ。お前、《細胞強化プロジェクト》って聞いた事あるか?」


「いや、無いが。それが一体なんだっていうんだよ?」


 倒されて実力を再確認した事で会話が出来る程度には落ち着きを取り戻した弐夜が、首を傾げる。その細胞なんちゃらとか言うのと自分の右腕に何の関係があると言うのだろうか。


「その実験は面白くてな、人間の身体に動物の細胞を取り入れる事で、動物の能力を持った人間を生み出そうというプロジェクトなんだ。この実験は最近になって始まった物でな、お前が知らないのも無理も無い。こっちは機械化人間とは違って動物の身体から遺伝子情報を採取しなくちゃいけないから、あまり多くは作れない。だがそれでも毎年、少数ながら動物の力を持った人間を作る事に成功している」


「だから、それが何だって言うんだよ」


 イライラしたように弐夜は聞く。すると師匠は『よくぞ聞いてくれた』と言うような顔をした。


「そして遂に我が輩は、この実験を次のステップに進める事に成功した。動物と動物の細胞同士を掛け合わせて、架空上の生物を生み出す事だ。結果、不死鳥や吸血鬼と言った伝説の生物の細胞を作り出す事が出来た」


 弐夜が大理石の床を踏みつけ、苛立ちを剥き出しにする。


「だから! それが何だって―――――」


「お前も被験者の一人だぞ、弐夜よ」


「え?」


 師匠の言葉に、弐夜が驚きの表情を見せる。そんな弐夜の顔を見て師匠はニヤリと笑い、空の試験官を振って見せる。


人口吸血鬼(コード・ヴァンパイア)。吸血鬼の能力を得られる細胞だ。まあ、まだ試作品だから何とも言えないがな。しかも量も半分だし。どうだ? 半分とはいえ、吸血鬼になった気分は」


「吸血鬼って・・・だから腕が治ったのかよ」


 吸血鬼には再生能力があるという噂がある。それが本当か嘘かはこの際関係ない。師匠の基準の元、作られているのだから。弐夜は自分の右手を開閉してみる。つい数刻前に完全破壊したはずのその部位は、指の一本一本まで綺麗に修復されている。

「鏡を見ろ。そうしたら、一目瞭然だ」


 師匠から手鏡を受け取り、弐夜は鏡を見る。するとそこには、片方の目だけが真っ赤な目をした美男子の姿があった。そしてそれを認識した瞬間、弐夜の身体が硬直した。

「ッ⁉」


 まるで金縛りにあったかのように身体が動かない。鏡の中の真っ赤な目が、『指一本でも動かせば殺す』と言うかのような威圧を与えているせいだろう。弐夜はどうにか身体を動かそうともがくが、やはり体は動かない。


「『擬似反射』と言うのは我が輩の授業でやったな。その目――――つまりは吸血鬼の目だが、それを見た吸血鬼よりも下等な生物は皆、本能的に危機を察知して身体が動かなくなるという仕組みだ。ああ、ちなみに我が輩には効かないからな。我が輩の方が吸血鬼よりも強いからな」


 師匠が言うだけ言ってひょい、と弐夜から手鏡を取り上げる。その瞬間、弐夜の身体に自由が戻る。急に身体に自由が戻って来た事でバランスを保てなくなり、思わず床に膝を突いてしまう。だが気になる事があり、弐夜は片膝立ちの姿勢のまま師匠に尋ねる。


「なあ、師匠」


「ん? どうした?」


「どうして、この薬をクルシアに使ってやらなかったんだよ。コイツを俺じゃなくてクルシアに使ってれば、アイツは死なずに済んだかもしれなかったのに・・・・」


 すると、師匠はフンと鼻を鳴らした。


「そう出来るなら言われなくてもしているわ、阿呆が。だが残念ながら、この薬は死んだ人間には使えん。細胞が死滅していくからな。この薬は最低限、生きていれば誰にでも使える。まあ、その第一号がお前になるとは我が輩も思わなかったがな」


 恋人を殺されて右腕を破壊するとは流石の我が輩も予想していなかった、と褒めているのか貶しているのか分からないような事を師匠は述べ、いつの間にか腕から下げていた鞄を弐夜に投げた。弐夜はそれをキャッチするが、まだ身体が上手く動かないのか尻餅を突いてしまう。そんな弐夜を師匠は哀れみの目で見つめる。


「お前、クルシアと一緒に暇さえあれば世界中を回って、婚姻届を提出可能な国全部に出して来たんだろう。クルシアの希望だろうが、随分と派手にやったな」

 

 師匠の言葉に、弐夜は力なく笑う。全く以ってその通りだ。弐夜とクルシアは、国によっては結婚扱いになっている。弐夜は婚姻届を提出するのは日本だけで十分だと言ったのだが、クルシアが弐夜の寝ている隙に実印を盗み、勝手に婚姻届を提出してしまっていた。弐夜がそれに気が付いたのは、クルシアが二十か国目の婚姻届を出した後だった。


「しかもご丁寧に、個人情報は全て偽造した別物。こんなに個人情報を偽造してまで、何でクルシアは婚姻届を出したかったんだろうな」


 クルシアが取っておいたのか、それとも師匠が事前にコピーしておいたのか、鞄の中には今までにクルシアが提出した婚姻届が大量に入っていた。弐夜はそれを一枚一枚確認する。確かに、戸籍から生年月日まで、全ての情報が違う。これだけの情報を、そもそも考えるのが大変だ。いやそもそも、クルシアが相手を騙そうとするなど珍しい。まあ、それほど届を提出したいという事の表れだろう。


「さあな。まあアイツの事だから『私たちの愛を世界中に知ってもらおうよ!』とか言うんだろうな」


「ああ、確かにな。アイツなら言いそうだ」


 師匠は快活に笑う。何がそんなに可笑しいのかと弐夜は掴みかかりたくなったが、師匠の声のトーンがいつもに比べて下がっているのを察し、踏みとどまる。


 ―――師匠も、大切な弟子を失って悲しいのだ。自分が手塩に掛けて育て上げた、いわば自分の子供のような存在がこんなにもあっけなく死んで、弐夜と同じくらい苦しいのだろう。


「だが、式はまだ挙げてないんだろう? そんなに届けを提出しておきながら」


「ああ。式は日本で俺とクルシアが結婚してからにしようって話になってたからな」


 クルシアは自分の母国が不明らしいので、母国がはっきりしている弐夜の国で正式に結婚してから式を挙げようという話になったのである。弐夜は鞄の中から、一枚の紙を取り出す。クルシアがこの訓練所に来る前からずっと持っていた、日本の婚姻届だ。そこには、数年前から新しい文字が書かれていた。


『夫 黒明弐夜』


 弐夜は憔悴した笑みを浮かべた。こればかりは、弐夜が書いた物だ。緊張して手が震えたため、『明』の字が僅かに震えている。その事でクルシアに三日三晩からかわれ、とても恥ずかしかったのだが、今となってはいい思い出だ。


「俺が十八歳になったら一緒に出しに行くつもりだったんだけどな・・・・クルシア、お前は―――――」


「まあ、仕方ないさ。お前が十八になったら一人で出しに行け。アイツも天国で喜ぶだろう。――――そうそう、最近寒くなって来たな」


「急にどうした?」


 師匠の言う通り、まだ寒い時期が続いている。あと数日してもまだ寒かったら防寒着を着ようかと検討していた所だ。だが、一体それが何だと言うのだろうか。


「鞄の中にまだ何か入ってるぞ」


 師匠に言われ、弐夜は鞄の中を探る。すると確かに鞄の底の方に、柔らかい肌触りを感じる。弐夜はそれを鞄から出す。そして、首を捻った。


「・・・・マフラー?」


 弐夜は素っ頓狂な声を上げた。


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