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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
幼き怪盗と永久の物語
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ヘルズとクルシア⑬

 ズブリ、という音が聞こえてくるかのようだ。弐夜の突き刺したナイフはクルシアの心臓を的確に貫いていた。ブシャッ、とクルシアの心臓から血が噴き出し、弐夜の服や顔を濡らす。だがそんな事は今関係ない。弐夜はナイフから手を離す。そして、二、三歩後ずさった。


「あ、あ、あ・・・・」


 殺した。


 大切な人を、この手で。


 もちろん、頭では分かっている。クルシアは、もう助からない身であった。そして最後は愛する人によって殺されたいと彼女が願ったため、弐夜は彼女を殺した。どう見ても彼女を殺したのはこの火事であり、弐夜は何一つ悪くないと言えよう。


 だが、彼女を殺したのは弐夜だ。その事実は変わらない。


 弐夜は、慌ててクルシアに駆け寄る。そしてまるで彼女が死んでいない事を証明するかのように、クルシアの身体を揺さぶる。


「クルシア、クルシア⁉」


 今度は激しく揺さぶってみる。しかし、クルシアが起きる気配はない。弐夜は泣き笑いのような表情を浮かべながら、腕を振り上げた。先程クルシアに使うのを躊躇っていた、風を起こす技だ。


「おいおいクルシア、冗談がきついぞ。ちょっと荒療治で起こすけど、悪く思うなよ」

 

 腕を大きく振り、クルシアの身体の表面を這っていた炎を掻き消す。そして弐夜は、クルシアの首元に手を当てる。


 


 ―――――そして瞠目した。



 クルシアの脈がない。それどころか、徐々に身体が冷たくなっていく様な感覚さえする。弐夜は慌ててクルシアの胸に自分の耳を押し当てる。しかし、そこから本来聞こえてくるはずの規則的な音は、全く聞こえてこない。当たり前だ、彼女は死んでいるのだから。頭では分かっている。しかし、どうしても心が認める事を拒み続ける。


「お、おいクルシア・・・・頼むから起きてくれよ」


 弐夜はクルシアに訴えかけるように言う。縋るような目で、冷たくなっているクルシアの手を握る。


「起きろよ、起きてくれよ、クルシア!」


 これがバラエティであって欲しい、と弐夜は切実に願う。


 クルシアはまだ生きている。実はこれはドッキリの一つで、心臓が止まっているのはクルシアがそういう技を使っているだけだ。あと数分もすれば師匠が『ドッキリ大成功』の看板を持って駆けつけ、クルシアも笑顔で目を覚ます。


 そう、信じたかった。


「クルシア・・・・どうした、起きろよ。なあ! 速く起きてくれよ。もう火が回ってる。速く脱出しないと、手遅れになるぞ。な、速く逃げようぜクルシア」


 弐夜が必死で呼びかけても、クルシアからの返事はない。そして弐夜の心も、クルシアの死を認め始める。


「クルシア、クルシアアアアアアアアアアア!」

 

 喉が潰れんばかりに叫ぶ。それでも足らずに、二度、三度と喉を痛めそうな大声を出す。


「何でだよ! 何でこんなに早く死んじまうんだよ! お前はいつだって、皆を助けようと頑張ってたじゃねえか! なのに、どうしてこんな仕打ちを受けなくちゃいけないんだよ! 畜生、畜生オオオオオオオオオオオオオオオ!」


 それでも、強化された喉は潰れない。その事に弐夜は舌打ちすると、フラフラとクルシアの遺体から離れた。この死体を、これ以上直視していたくない。


「クルシア・・・・・」


 弱弱しい呟きが、弐夜の口から漏れる。弐夜は魂が抜けたかのようにフラフラとおぼつかない足取りで、町を歩いていく。途中助けを求める声がいくつも聞こえたが、今の弐夜には届いていない。やがて弐夜は、町の中心部に出た。中心部分は燃えてはいたものの、建物が近くにない分そこまで強く燃えている訳でもなかった。


「クルシア・・・・」


 うわ言のように呟いていた弐夜の視界にある物が入る。不思議な円系の模様の中心に、石のような何か。それには見覚えがある。と言うよりあり過ぎた。


「あれは確か・・・・クルシアと一緒に式を挙げるって決めた場所だ」


 そう。そして確かあの石は『この石の上に立って神様に祈れば、恋が成就する』という曰く付きの意思だったはずだ。弐夜は無意識に引き寄せられるように石にフラフラと近づく。炎が弐夜を阻むが、腕の一振りで炎を掻き消す。そして、弐夜は石の上に立つ。


 つい数時間前、クルシアとこの石の上で神様に祈った内容が、弐夜の脳内にフラッシュバックする。


『弐夜とずっと幸せでいられますように!』


『結婚式、ここで上げようね』


「ふざけるな・・・・」


 弐夜の身体から、抑えがたい殺意が噴出する。弐夜は右腕を振り上げると、血走った眼でダイヤを見た。右腕が、あまりの怒りに震え始める。右腕の振動が空間さえ巻き込んでいるのか、空間が軋む音が聞こえてくる。弐夜はそんな右腕をチラリと一瞥すると、石に目線を戻し、叫ぶ。


「何が神だ、何が祈れだ! 何も叶ってないじゃねえか! 俺からクルシアを奪いやがって! 畜生、クソ野郎!」


 怒りのままに、弐夜は振動した右腕を叩きつける。弐夜の奥義の一つ、《暴帝撃滅(キリング・ゼロ)》だ。弐夜の右腕がダイヤの中心部に突き刺さり、ダイヤを真っ二つに引き裂く。割れたダイヤの破片が弐夜の腕に深く刺さり、血を噴き出させる。だが弐夜は止まらない。血に濡れた右腕を引き抜き、続けざまに何度も、何度も右腕を振り下ろす。


「クルシアを返せ! 畜生! アイツさえいれば他には何も要らねえ! だから! 俺からクルシアを奪ってんじゃねえよ! 俺の大好きな、大切なアイツを返せよ!」


 二度、三度・・・・幾度となく、弐夜は奥義を地面に向けて叩きつける。弐夜の攻撃に地盤が耐えきれずに地面が倒壊し、弐夜の攻撃を中心として石の床が破壊されていく。弐夜の右腕がひしゃげ、骨が折れ続け、再起不能になる。


 だがそんな事は関係ないとばかりに、弐夜は腕を振り続ける。


「クルシア、クルシア、クルシア、クルシア、クルシア、クルシア、クルシア、クルシア、クルシア、クルシア、クルシア、クルシア、クルシア、クルシア、クルシアアアアアアアアアアア!」


 もはや狂っているとしか形容出来ない程に彼女の名を叫び、吠える。そうしている内にも、弐夜の右腕と町の崩壊は続いていく。やがて建物が陥没し始める。弐夜の度重なる《暴帝撃滅(キリング・ゼロ)》に地面全体が耐えられなくなり、建物を巻き込み始めたのだろう。建物が次々と倒れていく中、元凶はわき目も振らずに地面の破壊を続ける。


 ――――俺が、殺した。


 たとえどんな理由があったとしても。弐夜がクルシアを殺した事実は変わらない。弐夜はクルシアを殺してしまった自分と、弐夜が殺さざるを得ない状況を作った世界の全てを壊すかのように、暴れ続ける。


「ヤバい、ビルがこっちに倒れてくるぞ! 皆、避難しろ!」


 クルシアによって助けられた人々が倒れてくるビルから逃げる。中には逃げ遅れてビルの下敷きになった奴も居たが、今の弐夜には関係ない。


 ―――――命に換えても守りたい、幸せにして見せると誓った恋人を自分の手で殺してしまった弐夜からすれば、そんな事はどうでもいい事実でしかなかった。


「畜生、畜生、畜生! 神様、殺すなら俺を殺せよ! アイツの代わりに、俺を殺せよ! 何でアイツなんだよ! どうしてクルシアなんだよ! 畜生、答えろ神様!」


 肘の関節が逆に折れ曲がり、大半の骨もバラバラに砕け散り、誰がどう見ても元通りには出来ないだろうという右腕を、弐夜はまだ振るい続ける。


「アアアアアアアアアアア! ウワアアアアアアアア!」


 喉が枯れるほど叫ぶ。そして右腕を再度叩きつけようと思った、その時。


「そこまでだ」


 聞きなれた声が聞こえ、弐夜の意識は落ちた。




 その様子――――弐夜の一連の奇行を、遠くから眺めている者達が居た。

 人数は二人。ヘッドホンを付けた青年と、金髪のボブカットの女だ。二人は崩れていないビルの屋上から怒りのままに暴れる弐夜を見ていた。屋上にも火の手が回っているのだが、二人は全く意に介していない。

 

 しばらくして、青年が口を開く。


「あーらら、これは凄い。まさか一介の訓練生にこんな所業が出来るなんて思ってなかったな。いやー、本当に凄い」


 その、いかにも怠そうな青年の言葉に、女が頷く。


「まあ、やむを得ないとはいえ、好きな人をこの手で殺しちゃったらあれくらいの怒りは出るんじゃない? でも正直アレは凄かったな。あの子、本気でそのクルシアって娘の事愛してたんだね。いやー、若いっていうのはいいねー。倉根くんも若いうちにたくさん恋愛をしておくんだよ」


「友達も居ない俺に彼女とか、どうやって作れって言うんですか? ライラさん」


 倉根と呼ばれた青年は、いかにもこの世の全てがかったるいと言った口調で女――――ライラに聞く。それを聞いて、ライラはあっけらかんと言う。


「まあ、頑張ればきっと出来るでしょ。倉根くん、スタイルはいいんだし。後はその根暗な喋り方と死んだ魚みたいな目と全身から漂う負のオーラを消せば、きっとモテるよ」


「俺に死ねって言うんですか?」


 倉根は溜め息を吐くと、破壊された町の惨状を確認する。

 地面は中心部にあったダイヤを中心に砕け散っており、それによって地盤が倒壊、中心部に近かった建物も斜めに傾いたり倒れたりと、かなりの被害を受けている。ざっと被害者は二百人弱。そのほとんどが火災現場から救われたのに弐夜の怒りの二次災害に掛かった人だった。不憫でたまらない。


「まあいいや。俺には関係ないし」


「うん? 何か言った?」


 ライラが倉根の顔を覗き込んで来る。倉根は鬱陶しげにその顔を払う。


「何でもありませんよ。ただの独り言です。――――それより、助けなくて良かったんですか?」


 倉根の意味深な言葉に、ライラはキョトンとする。


「うん? 何が?」


「あの娘―――――クルシアの事ですよ。貴方の能力があれば、彼女を助ける事も可能だったでしょう?」


 倉根の探るような目に、ライラは大げさに肩をすくめる。


「無理無理。アタシの能力であの娘を救うのは無理でしょ。倉根くん、変な事言わないでよ」


 しかし倉根はしつこく食い下がる。


「嘘を吐かないで下さい。本当は出来るんでしょう? 元『名も無き調査団』の一員にして、神にも届くと言われる能力を持った貴方なら。ねえ、ライラ=イーデアリスさん」


 その、先程とは打って変わった冷たい口調に、ライラの背筋が一瞬寒くなる。だがすぐにニヤリと口の端を歪めると、ライラは呟いた。


「さあ、どうだろうね」



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