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 現在俺は、爺に丸投げされた問題に頭を悩ませていた。

 

 世界間ゲートの仕様を、人間は通行できないものとするか、通行を容認し異なる世界同士が交流する為の架け橋とするか、の選択を迫られているのだ。

 当然ながら後者を選べば、かつての故郷である日本への帰還が出来るようになる。

 

 正直、日本で過ごした日々の思い出には、ロクな記憶が無い。

 だがそれでも、今いるこの世界よりはるかに文明が進んでおり、過ごしやすい世界であるのも、また間違いないのだ。

 対してこの世界での暮らしは、日本にいた時の孤独を感じない代わりに、ひっきりなしに面倒事が襲ってくるし、文明レベルも低いしで、間違いなく欠点も多いのだ。


 じゃあもう、行き来できるようにしちまえ、と思いそうになるが、そうなればまた別の問題が発生する。

 文明レベルも価値観も何もかも違う世界同士を繋げると、果たして何が起きるのか、そしてそれに対して俺は責任を持てるのか、そういった疑念が湧き上がって来るのだ。

 かといって、通行の封鎖という選択肢を選ぶのも難しい。世界間の交流という歴史の大きな転換点を、果たして俺の独断で潰してしまっていいものか……。


 俺は孤児院の部屋の一室に引き篭もり、爺の示した選択肢に対する答えをずっと考えていた。

 ああでもない、こうでもないと、出来が悪い頭を必死に回転させて悩んでいた時、ドアをノックする音が聞こえて来る。

 

「コウヤ様、今宜しいでしょうか?」


 声の主はフィナだった。


「ああ、構わないよ」


 俺の返事にフィナが、扉を開け部屋の中へと入って来る。

 彼女はこの世界での成人年齢を迎えており、出会った頃の子供らしい雰囲気はほとんど見えなくなっている。


「一人で来るのは珍しいな。何かあったのか?」


「いえ、ただ少し二人きりでお話をしたくて……」


 何か他の連中に言い辛い事なんだろうか?


「あ、そう言えば私達を指導して下さったあの方、コウヤ様のお祖父様だったんですね」


 どうやら俺が文句を言った事を気にしたのか、爺が謝罪に来たのらしい。

 記憶操作も、俺を驚かせる為にやった事だったのだそうだ。

 まったく、転生して性格が大きく変わったように見えても、面倒臭いのは相変わらずな爺だ。


「何にせよ、うちの爺が迷惑かけたみたいで悪かったな、フィナ」


 俺は頭を下げてそう謝る。


「い、いえ。私は鍛えて貰っただけで、特に何か被害を受けたわけじゃありませんし。それにコウヤ様が謝ることじゃありませんよ」


 成長してもフィナが優しい子のままでいてくれて、俺は嬉しいよ。


「……しかし、それをわざわざ言いに来てくれたのか?」


「い、いえ、そうじゃなくてですね……」


 何かを言おうとして、言えない。

 そんな雰囲気だ。


「良く分からないが、言いたいことがあるなら、遠慮なく言っていいぞ? 悩みがあるなら、相談に乗るし」


 そう言うと、何故だかフィナが、キッとこちらを睨んでくる。


「……コウヤ様。それはこっちのセリフですっ。ずっと部屋に籠って、何かに悩んでいるようですが、どうして私達に相談してくれないんですかっ! もう私達も大人です。コウヤ様よりはずっと弱いかもしれないけど、それでも冒険者としても立派になった成長した筈です。それでもまだ頼りないでしょうか……」


 今までそんな思いを溜め込んでいたのか、矢継ぎ早にフィナがそう捲し立てる。


「あー……、いや。別にフィナ達が頼りない訳じゃないぞ? ただ、この悩みは他人を巻き込む訳にはいかなくてな……」


 ただフィナ達に迷惑を掛けたくない。

 そういうニュアンスで言ったつもりだったのだが、地雷を踏んでしまったらしい。


「他人……。私達は他人ですか……。そうですか……。コウヤ様にとっては、所詮その程度だったんですね……」


「い、いや、そういうつもりで言ったんじゃないぞ!? フィナの事は妹のように大事に思っているし……」


 しどろもどろになって、そう返すが、フィナは増々ヒートアップしていく。


「家族だと思ってくれているんだったら、もっと私達を頼って下さい! 私はコウヤ様の力に成りたいんです!」


 その言葉は俺にはとても響いた。

 というのも、物心ついた時には既に、家族と呼べる存在が爺しかいなかった。

 故に年上が年下を庇護する形の家族関係しか、俺は知らなかったのだ。

 だが、家族とはどうやらそういうモノではないらしい。

 俺はその事にフィナの言葉で気付かされた。


「……ありがとう。そうだな、俺がフィナに頼ってもいいんだよな」


「はいっ。私に出来る事なら、いくらでも頼って下さいっ」


 涙目になりながらも、笑顔でそう宣言するフィナ。

 小さかった筈の少女が、こんなに立派に成長していたことに、俺は本当の意味で気付いていなかったのだろう。

 自分の視野の狭さに、苦笑を禁じ得ない。


「じゃあ、ちょっと俺の悩みを聞いてくれ。実はな――」


 俺は爺にされた話を、そのままフィナにも聞かせる。


「……そうですか。うーん、多分ですけど、そんなに難しく考える必要は無いんじゃないかなーと」


 フィナが、不思議そうに首を傾げる。

 俺からすれば、フィナのその反応こそ不思議なものだった。


「いやいや。どっちを選んでも、俺の責任重大じゃないか? 正直両方の世界を大きく左右する選択だぞ?」


「確かにそうなんですけど、どちらかを選べば、もう片方を後から選び直す事は出来ません。だったら、どちらが正しいのかなんて、誰も分からない問題じゃないでしょうか?」


 言われてみれば確かにそうだ。

 片方を選んだとして、それで悪い状況に陥ったとしても、もう片方を選べば更に悪くなった可能性もあるのだ。

 選択肢の正否はどうやったって確認不可能だ。


「ですから、私としてはコウヤ様がどちらにしたいか、それだけを考えればいいんじゃないか、そう思うんですよね」


「だが、それは余りに無責任じゃないか?」


「……そうでしょうか? それにそもそもコウヤ様が責任を取る必要があるのでしょうか? 選ぶのはコウヤ様でも、それを実行するのはお祖父様なんですよね? これは私の推測なんですけど、お祖父様は責任はご自分で取るつもりで、コウヤ様にはただ選択だけをして欲しいのだと思いますよ?」


 そうなのだろうか……?

 爺が何を考えて俺にそう選択肢を投げてきたのか、良く分からない。


「多分ですけど、お祖父様なりの、コウヤ様への気遣いなんだと思います」


 俺は、ただ爺に厄介な問題を押し付けられたとばかり考えていた。

 だが思い返せば爺はあの時、俺に対して悪いと思っていると言っていた。

 だったら、爺は俺に問題を投げたのではなく、ただ未来を選ぶ選択肢をくれたという事だったのか。


「そうか。爺はちゃんと俺の事を考えてくれてたんだな……」


 まったく分かりづらい事だ。


「……いいお祖父様ですね」


 それは無いと否定したいが、今ばかりはそういう気分でもない。


「フィナ、ありがとうな。相談して本当に良かったよ……」


「お役に立てたなら良かったです」


 ニコッと微笑むそのフィナの姿に、俺は心臓が僅かばかり跳ねるの感じる。

 いかんいかん、何を考えているんだ、俺は……。


「どうされましたか、コウヤ様?」


 俺が挙動不審に陥っていたせいか、フィナが俺の顔を覗き込んでくるが、今顔を合わせるのは気恥ずかしい。

 思わず、顔を逸らしてしまう。


「……ともかく元気になられたようで、良かったです。これからも、何かあればいつでも相談して下さいね」


 そう言い残し、フィナは部屋を去っていく。

 後に残された俺は、一人名状しがたい感情の波にしばらくの間、翻弄されるのだった。


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