79 苦難の道のり
迷宮から帰還した俺は、フィナ達を孤児院へ送り届けた後、すぐさま白髪の男の情報を探った。
だがやはりと言うべきか、ロクな情報は得られぬまま、悪戯に時だけが過ぎていく。
ブルーローズの面々や冒険者ギルドの職員など、フィナ達と交流がありそうな人間に片っ端から当たったが、成果は得られなかった。
「くそっ、どういうことだっ!」
フィナ達の上達は驚くべきモノだった。1年という短い期間で、それを為すには、かなり長い期間の接触があった筈なのだが……。
……やはりフィナ達同様に周囲の人間も、なんらかの記憶操作を受けていると見るべきか。
結局、何の手掛かりもないまま1ヶ月の休暇は終わりを迎え、もやもやとした感情を内に抱えたまま、俺は迷宮100層の探索に向かうことになった。
「どうしたの、コウヤ? ちょっと様子が変よ?」
どうやらそんな内心が表へ漏れ出ていたらしい。エイミーが、心配そうな顔で俺を覗き込む。
「ああ、すまない。何でもないんだ」
別に隠す必要は無かったのだが、これから迷宮に向かうのに、変な気分を移す結果になると困るので黙っておく事にした。
「コウヤ様、何か心配事があったら、遠慮なくおっしゃって下さいね。及ばずながらわたくしも力に成りたいと思います」
「ああ、ありがとうリーゼ」
リーゼのその反応はちょっと意外だったが、そもそも女神や迷宮の事が絡むとちょっと頭がおかしくなるだけで、別にコイツは悪人という訳でもない。
そう考えれば、別におかしな反応では無いのだろう。無いんだろうけど……。
「問題ないならそろそろ出発したいんだが、構わないか?」
ナイトレインの問いに俺は黙って頷き返す。
「では、行こうか」
俺は〈転移門〉の力を発動し、ゲートを作り出す。
そして、全員で100層へと続く階段前へと移動したのだった。
「この階段を上れば、その先はいよいよ第100層だ。軽く先行偵察した限りでは、今まで以上に魔物の襲撃が連続するのは間違いに無い。各人、その旨注意してくれ」
ナイトレインがそう言い、先頭を進む。
探知能力、戦闘能力、生存力、それら全てが高水準である彼が、前を行くのはある意味必然と言える。
階段を上りきった直後、ナイトレインの言葉通り、魔物の襲撃があった。
「グォォォ!!」
小型のドラゴンが3体程、前への通路を塞ぐ形で立ち塞がっている。
「早速お出ましのようだな」
ナイトレインは、得意の魔力剣を構え既に戦闘態勢だ。
「レイン様、ここは私が……」
ナイトレインの背後からアリスティアが飛び出し、ドラゴンたちへと向かっていく。
「はっ!」
両手に生み出した魔力爪によって、ドラゴンたちが纏めて切り刻まれる。
相変わらずの早業だ。
正直、正面からの戦闘では、下手したら俺でも押し負けかねない。
「他愛も無いですね」
その余裕の笑みが、今はとても心強い。
ドロップアイテムを手早く回収し、先へと進む。
「ところで一つ悪い報せだ」
俺は、ある事実に気付きそう呟く。
ここまで隊列の中心にいた俺には、戦闘の機会は巡って来なかった。
だが、ただ黙って歩いていたわけでは無い。
「どうした?」
先頭を進むナイトレインが前を向いたまま、言葉だけで問い掛けてくる。
「さっきから何度も試しているんだが〈転移門〉が設置出来ない」
大迷宮は下に行くほどに魔力が濃くなるが、ここ第100層ではその濃度が大きく跳ね上がったように感じられる。
多分それが原因だろう。
「……そうか。最下層では楽はさせてやらないという、神々からのメッセージかもしれないな」
やれやれ、面倒な事だ。
しかしこうなると、この層の探索においては、撤退するにも前の層に戻る必要が出て来る訳だ。
進むにしても一旦引くにしても難しい判断が必要となる。
「そういう事態も想定はしていたので、特に問題は無い。我らのやるべき事は最深部へと辿り着くこと、それだけだ」
「ナイトレイン様の言う通りですわ」
「そうね」
その言葉に、リーゼ達も賛同する。
長生きしているだけあって、ナイトレインの言葉には妙な説得力がある。
確かにその通りだと、俺も感じたしな。
多少難易度は上がったが、このメンバーならば最深部への到達は決して不可能ではないと思える。
それからは長きに渡って消耗戦が続いた。
奥へ進むほどに、襲ってくる魔物は凶悪さを増していく。
それだけなら良かったのだが、襲撃頻度も徐々に増していき、後半の方では戦いながら先に進むという荒業を実行する羽目にまで陥っていた。
途中の休憩においては、ツバキの絶対防御のギフト〈アブソリュートイージス〉が非常に役に立ってくれた。
その結界の中でなら、安全に休めるからだ。
ただ、そのせいでツバキの負担が大きくなり、今度は彼女にいかに休息を取らせるかが課題となった。
色々と案は出たのだが、最終的には数名が防御魔法で彼女を守りつつ、残りで襲撃する魔物を撃退し時間を稼ぐという、ある意味力押しでの解決となった。
そんな感じで、苦戦を重ねながらも俺達は着実に前へと進んでいく。
迷宮に潜ってもう2か月を過ぎただろうか。
その間、何度か一時撤退する案が出たのだが、結局未だ俺達は迷宮を彷徨っている。
物資の補給は俺の能力があれば問題無いし、なんだかんだと休息は取れている。
何よりゲートが使えないため、撤退するにしろ、一つ前の99層までは歩いて戻る必要があるので、それを嫌がったというのが真相だ。
そうして前へと進み続け今、俺達の前には巨大な扉が立ち塞がっていた。
仰々しいまでの装飾で飾られたそれは、その先に重要なモノがある事を示しているように俺には感じられた。
間違いない。この先に最深部がある。
そう確信を抱いたのは俺だけでは無かったらしい。各々が互いの顔を見合わせている。
果たしてこの先に何が待つのか、そう思いを馳せると同時に、この先に進む事によって起きるだろう事態に、俺にしては珍しく恐れに似た感情を抱いていたのだった。




