78 異常な成長
そんなこんなで迷宮探索開始から、およそ1年の月日が経とうとしていた。
途中、ナイトレイン達の一時離脱などもあって、迷宮攻略が滞った時期があったものの、それ以外は概ね順調に進み、先日、遂に100層へと続く階段を発見する事が出来た。
このまま一気に目的地である100層の最奥へ向かいたい所だが、タイミング悪くナイトレイン達に呼び出しが掛かった。
俺達だけで探索を進める手も無くは無かったのだが、1ヶ月程で戻って来れるという話だし、ここまで来て抜け駆けというのも何だ。
それに、98層辺りから出現する魔物や罠が更に凶悪化しており、現在では分けていたパーティを1つに纏め、9人全員で攻略を進めていた。
なので、これまで以上に難易度が高いと予想される100層の攻略で、戦力の半分を欠くのは悪手だろう。
という訳で俺達は1ヶ月程、攻略の手を休めてのんびりする事になった。
ちなみにその間、リーゼは帝国へと一旦戻り、溜っていた仕事を片付けるそうだ。
「ううっ、急いで片付けて参りますので、絶対にわたくしを置いて行かないで下さいよ?」
「分かってる分かってる。流石にナイトレイン達無しで、あの先を進むなんてダルい事をやるつもりはないから、安心しろよ」
魔物の対処だけなら、まあ俺一人でも出来なくは無い。
だが、98層辺りからは、魔物が出現しない、いわゆる安全地帯が一切存在しておらず、休息を取るのが大変なのだ。
そんな中を俺一人で突破するのは流石に無理だ。
いくら色々反則的な能力を持っている俺でも、最奥へと辿り着く前に体力が尽きてしまう。
「いいから行くわよ」
護衛として付いていく事になったツバキに引っ張られて、リーゼはゲートの中へと消えていく。
ちなみにサトルも一緒に行くそうだ。
「さてと、久しぶりに俺一人か」
エイミーもナイトレイン達に付いていったので、孤児院へ誰かを伴わずに帰宅するのは久しぶりだ。
この1年で増々デカくなった愛犬?フェンに、手荒い歓迎を受けつつ、俺は再び我が家へと帰って来たのだった。
◆
最初の数日をのんびり過ごし、次の数日を雑務処理に充てたが、それでもまだ休暇は3週間程残っている。
その間、自室に籠ってダラダラ過ごすという誘惑が頭を過ぎったが、渋々ながら破棄する。
今時点で、折角戻りつつある戦闘勘を失うような真似はしたくない。
ではどう過ごそうかと、考えているとふと名案を思い付く。
フィナ達の様子をこっそり覗きに行こうと。
休暇で孤児院に戻る度になるべく話をするようにはしていたし、冒険者ギルドの職員などからも様子を聞いたりなどはしていたが、実際に冒険者として頑張る姿をこの目で見た事は無かったのだ。
まあ最年少ルークランク冒険者パーティである彼らに、心配など不要かもしれない。
だが俺の感覚的には彼らはいまだ普通の少年少女たちであり、過酷な迷宮探索をやれているのか、常々不安に感じていたのだ。
なので、実際に彼らの働きぶりを見れば安心できるんじゃないか、というリズリアの提案もあり、俺はこっそりと彼らの後をつける事にしたのだった。
フィナ達は、後をつける俺の存在へと気付かないまま、黙々と迷宮を下に向かっている。途中漏れ聞こえてきた話によると、今回は、彼ら4人だけでの探索という事もあり、あまり深い層には行かないそうだ。
というのも、迷宮深層部を探索する場合、そこに辿り着くだけでも一苦労らしく、食料やドロップアイテムの運搬などの人員を考慮すると、少なくとも30人以上の大規模パーティを編成する必要があるそうだ。
そう考えれば、俺の持つ数々の能力が、迷宮探索においては反則みたいな存在である事が、嫌でも再認識出来てしまう。
フィナ達の道行きに魔物が何度も立ち塞がるが、彼らは淡々と処理していく。
「ロイドくん、右お願いします!」
「任せろ!」
みたいなやり取りを俺は想像していたのだが、どうやら現実は違うようだ。
全員が俺の前では決して見せない鋭い眼光を持って、魔物と対峙している。
連携も十分に取れているらしく、フィナが首をクイッと動かすだけで、意図を汲み取ったように他の3人が動く。
俺にはイマイチよく分からないが、首の動きにも微妙に違いがあるらしく、その時々によって適切な行動を彼らは取っている。
凄い……。凄いんだが、なんか違う……。
もっと俺はこう、なんというか、そう、少年少女らしい微笑ましくも一生懸命な戦いを想像していたのだ。
だが、いざ蓋を開けてみれば、熟練兵さながらの、高度な連携を駆使しているのだ。
凄いのは連携だけではない。個々人の動きも驚くほどに洗練されている。
確か、フィナ達の指導をしたのはブルーローズの面々だった筈だが、彼らでもここまでの技術を持っていただろうか?
いや、少なくともシャドウウルフとの戦いの時点では、そうでは無かったはずだ。
いくらあれから大分経っているとはいえ、そんな彼らから指導を受けたはずのフィナ達がここまでの上達を見せているのは、ちょっとおかしくは無いだろうか?
そもそも、俺自身が特に何をした訳でもなくルークランク冒険者になっていた為、今の今まで気付けなかったが、もしかして、フィナ達がルークランクに昇格したのは、実はかなり異常な事だったのだろうか……。
実際にフィナ達の動きをこの目で見たら、それが異常である事は、嫌でも理解出来た、出来てしまった。
これは、ちょっと事情を問いただす必要がありそうだ。
「フィナ、ちょっといいか」
彼らが魔物を倒しきるのを見計らい、隠蔽魔法を解いて彼の前へと姿を現す。
「コウヤ様!? どうしてここに……」
フィナが驚きに目を見開きそう呟くが、身体は完全に戦闘態勢だ。
「ああ、いやな。ちゃんとやれてるのか心配になって見に来たんだが……」
どう尋ねるか一瞬迷ったが、下手な小細工は俺には向いていない。直球で行く事にした。
「なぁ、フィナ。その技術、誰に習った?」
「……ブルーローズの皆さんです」
少しの間の後、フィナはそう答えるが、その目は泳いでいる。
「まあ、それは間違いじゃないんだろう。だが、ブルーローズの連中以外にも、お前たちに技術を教えた奴がいる筈だ」
「それは……」
俺の質問に対し、フィナが視線を彷徨わせる。
「そいつに口止めでもされているのか?」
「いえ、そう言う訳じゃないんですが……、実はその人の名前を知らないんです」
「……どういうことだ? 名前も知らない奴に、戦闘技術を習ったのか?」
訳が分からない。
フィナ達がこれほどの技量を現実に身に付けている以上、それなりの信頼関係が相手との間にあってしかるべきだ。
なのに名前すら分からないとは……。
「は、はい。あれ、なんでそんな名前も知らない人の事を信じてたんでしょう、私……」
俺のその疑問は、どうやらフィナ達も同様に抱いたらしい。
全員が今になっておかしい事に気付いたのか、一様に首を傾げている。
「なぁ、そいつはどんな奴だったんだ? 姿形なんでもいい、覚えている事を全て教えてくれ」
どう考えてもそいつは怪しい。
「は、はい。えっとそうですね……。真っ白な髪の男性でした。年齢は多分コウヤ様と同じくらい……、あれ? そういえば声も、顔もコウヤ様にそっくりでした。なんで気付かなかったんでしょう……」
白髪で、俺そっくり?
訳が分からない。
実は俺が2重人格で、寝ている間にこっそり動いて教えてたとでも言うのか? バカバカしい。
「そいつに会ったのはいつ頃だ?」
「迷宮都市にやって来て、すぐの頃だったと思います……」
「次にそいつに会う予定は?」
「先日、免許皆伝を言い渡されたので、会う予定はありません……」
「そうか……」
直接そいつと会うチャンスは無いわけか。
「そもそも、どうして、そいつの事を俺に隠していた?」
迷宮都市に来てから、確かに俺は忙しかった。
だがそれでも、フィナと顔を合わせる機会は何度となくあった。
「隠していたつもりは……。あれ、なんで私……」
「いや、分かった。もういい、それ以上考えるな」
これ以上の追及は、フィナたちを追い詰めるだけだ。
それにこの反応から察するに、恐らくフィナたちはなんらかの記憶操作を受けている。
となれば、恐らくはこれ以上の有力な情報は出てこないだろう。
「すまないが、俺は調べる事が出来た。……一緒に帰るぞ」
この状態の彼らを置いていくのは、流石に不味いと判断したので、孤児院まで連れ帰る事にする。
まだ浅い層だし、栄養ドリンクで強化した彼らの身体能力があれば、一緒に帰ってもそう時間のロスは無い。
「は、はい……」
折角の探索を邪魔してしまった事に気を咎めるが、きっとこれは必要な事だったと自身の感情を納得させる。
帰ったら、フィナ達に指導を施したという、俺そっくりの男について探る必要がある。
やっとで迷宮探索の終わりが見えて来た所で、新たに噴出した問題に頭を悩ませつつ、俺はフィナ達を引率し孤児院へと帰ったのだった。




