76 レストタイム
「へぇ……。孤児院って聞いて少し身構えてたけど、随分と近代的な建物ね……」
ツバキが白い建物を見上げながら、呆気に取られた表情でそう呟く。
「まあ、日本製だからな、これ」
「……どういう事?」
「そのままの意味さ」
追求は軽く流して入り口へと向かう。
「ウォンッ!」
俺の帰宅に気付いたのか、フェンが駆け寄ってくる。
心なし更に大きくなってるように感じるが、きっと気のせいだろう。
「何それ? 魔物?」
「エイミーによると、魔力の質的に魔物とは異なるらしいが……。はてさて一体何なんだろうな? 俺が知りたいぜ」
「そ、そう……」
ツバキがドン引きしているが、別に気にしない。
「まぁ、可愛いワンちゃんですわね」
リーゼの反応もそれはそれでオカシイが、やっぱり気にしないでおく。
「まずは大分汚れた事だし、風呂で汗を流そうか。エイミー、2人を案内してやってくれ」
「分かったわ」
男女で別れているので、ここで一旦お別れだ。
俺はサトルを連れて大浴場へと向かう。
「あー、疲れた」
身体を洗ってから、湯船へと浸かり、そんな声を漏らす。
やはり目一杯足が伸ばせる浴槽は素晴らしい。
隣にいるサトルは無言だが、その表情はどこか柔らかく感じられる。
そんな風にして俺達がのんびり過ごしていると、隣から声が響いて来る。
構造上、男女の浴場は隣合っている為、声量を抑えないと聞こえてしまうのだ。
「……建物といい、お風呂といい、とても異世界とは思えないわね」
まあ、実質日本製だからな。その感想は正しい。
「しゃわー……ですか? この魔法具はとても便利ですね。是非、城の浴場にも導入したいものです」
「そうねー。捻るだけでお湯が出て来るって凄いわよねぇ」
リーゼは、どうやらシャワーなどの設備類に驚いているようだ。
この世界の浴場にそんな便利なものは無いからな。
何にせよ充実したお風呂タイムを満喫しているようで何よりだ。
「で、夕食だが、何食べたい?」
お風呂から上がった後、4人に俺は尋ねる。
「わたくしは、コウヤ様が作られるのでしたら、なんでも構いませんよ」
「右に同じね」
「私はやっぱり和食が食べたいわね」
サトルは無言だが、特に反対でもないと見える。
そんな訳で、今回の夕食には和食を作る事が決定した。
和食ねぇ。……無難な所で肉じゃがでも作るかな。
冷蔵庫の食材を確認して、足りない食材はMitsurinで購入する。
まずは下拵えからだ。
玉ねぎ、にんじん、じゃがいもを適当なサイズに切っていく。切り方は我流だが、まあ煮崩れとかはしないので、きっと大丈夫だろう。
それが済んだら、油を敷いたフライパンで牛肉を色が変わるまで炒める。それに、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモの順に切った野菜を加え、炒め合わせる。
それら具材を今度は深鍋へと移し、水、料理酒、だし汁を加えて煮込むのだ。
そうして暫く様子を見守り、煮立ったらアクを取る。個人的には多少の雑味は合った方が良いと感じるので、あまり取り過ぎないよう、ほどほどでやめておく。
それからフタをして弱火で10分程煮込み、砂糖・みりんを加えた上で、更に5分程煮込む。
最後にしょうゆを加えて煮込みつつ、ヘラで煮汁と具材とを良く絡めたら完成だ。
念のため、味見をしてみる。
うむ、ちゃんと具材に味は染み込んでいるようだ。
これでオーソドックスだが、美味しい肉じゃがの出来上がりだ。
各人分を皿に盛り付けて、テーブルへと並べていく。
インスタントだが、ご飯やみそ汁もちゃんと用意した。
「へぇ、肉じゃがねぇ。……見かけによらず案外家庭的なのね?」
肉じゃがと言ったら、家庭料理の定番だが、その返しは流石に安直すぎはしないか?
それに真に家庭的なら、みそ汁をインスタントで済ませたりはしない。
「これがコウヤ様の故郷の料理なのですね。とても美味しいそうに見えます」
「この世界では、大分珍しい味だと思うから、口に合うかは分からないけどな」
砂糖はまだしも、みりんの甘味はこの世界で味わった記憶が無い。
しょうゆも存在しないし、この世界の食材だけじゃ、地味に再現不能なのだ。この肉じゃがという料理は。
「食べてみれば分かるわよ。早く食べましょう」
エイミーが急かすようにそう言う。
コイツ、意外と食い意地張ってるんだよなぁ。
「うん。まさに肉じゃがだわ……。こんなの食べると日本が恋しくなっちゃうじゃない……」
ツバキが若干涙ぐみながらそんな事を呟く。
まったく、大げさな奴だな……。
「まぁ、これは本当に口にした事が無い味わいですね。ですが、とても美味しいと思います」
物珍しそうな表情でリーゼがそう言う。
特に淀みなく食べ進めているので、美味しいというのはお世辞でも無さそうだ。
「……煮汁の味が良く具材に染みているわ。いい仕事をしたわね、コウヤ」
エイミーが親指をグッと立てて見せる。
満足してくれたようで何よりですよ、エイミーさん。
ちなみにサトルは無言で食べている。
お行儀がいいのは結構だが、もうちょい美味そうに食えよ、まったく。
そんな感じで、和やかに夕食の時間は過ぎていき、そろそろ就寝を、という時間になった。
俺は皆をそれぞれの客室へと案内する。
「……なんかちょっと高めのビジネスホテルの一室って感じね。ここにいると、自分が異世界にいることを忘れちゃいそうになるわ……」
ツバキのその意見には正直、同意する。
主導したのは俺なんだがね。
「正直、皇帝が泊まるような豪勢な部屋じゃないが、我慢してくれ」
「はい? わたくし、こういった雰囲気のお部屋は大好きですよ」
そう言えば迷宮都市でも、そこそこの宿に泊まっていたし、迷宮内では普通にテント暮らしだ。
……お嬢様育ちの割に、意外と適応能力が高いのかもな。
「それにこのベッド、凄くフカフカで気持ちいいです。城の自室に持って帰りたいので、今度売っては頂けませんか?」
やはり、スプリング入りのベッドは一国の皇帝をして、尚抗いがたい魅力を持っているようだ。
これは良い取引材料になりそうだ。
ちなみにエイミーは俺が案内するまでもなく、一人でさっさと部屋に籠ってしまった。
まあアイツ、一時はここに半分住んでいるみたいな生活してたからなぁ。
案内を終えた俺は自室へと戻り、ベッドでゴロゴロしながらスマホで軽くネットを覗いた後、布団をかぶる。
明日と明後日は休日だが、やる事はそれなりにあるので、あまり夜更かしは良くない。
そんな事を考えながら目を瞑っていると、気が付けば俺の意識は眠りに落ちていた。




