70 先代魔王
サトルの急襲というトラブルはあったものの、どうにか全員無事に地上へと帰還することが出来た。
「しっかし疲れたな。なぁリーゼ、一ヶ月くらい休養期間にしないか?」
色々とありすぎて俺は疲れたのだ。
「ダメですよ! 大体エイミー様がご紹介下さる冒険者の方々とお会いする予定があるでしょう?」
そう言えばそんな話もあったな。
エイミーが紹介してくれる冒険者。それは俺がここに来た目的の一つである、先代魔王とその仲間達だ。
どんな奴らなのだろうか。楽しみだ。
「……どうやらあの方々もちゃんと帰ってきたみたいよ」
エイミーがふと何かに気付いたようにそう言う。
俺もギフト〈千里把握〉を発動し、周囲を探る。
……いた。
勇者たちに匹敵するほどの高い魔力を持つ連中が4人。
まずこいつらで間違いないだろう。
構成は、男性1に女性3。しかも、女性は全員美人ときた。
……ハーレムかよ! とツッコミたくなるが、サトルが加入する前は、うちも似たようなモノだったのを思い出す。
うん。まあ、そういう事もあるよな。
俺の方のパーティの実態は、ハーレムと呼べるような羨ましい存在からは、明らかにかけ離れている。
きっと、あちらもそうなのだろう。うん。
「ちょっと私、挨拶しに行ってくるわね」
エイミーがそう言って立ち去るのに、軽く手を振りながら、4人組の観察を続ける。
……ん?
ふと俺は気付く。男の顔立ちが、妙に日本人っぽい事に。
いや、顔立ちだけでなく、髪や目の色もだ。
他の女性たちは、皆こちらの世界っぽい容貌なので、余計に目立つ。
もしかして先代魔王って、日本から来た人間なのか?
だが、先代魔王はかなりの高齢だと聞いている。ハッキリとした年齢は知らないが、少なくとも500歳は下らないとか。
普通の日本人は、まずそんなに長くは生きられない。
ならば、何らかのギフトを貰って長生きしているのか、もしくは俺と同じ転生者なのか。
転生者ならば、生まれた種族によっては長生きも可能だ。そして、魔族には長寿の種族が多いと聞く。
魔王を名乗っていたくらいなのだから、恐らく魔族なのだろう。それで説明は十分につく。
「だけど、見た目は完全に日本人だよなぁ……」
「……? どうしたのですか、コウヤ様?」
突然独り言を呟いたせいで、リーゼに変な顔で見られてしまう。
「いや、気にしないでくれ」
◆
「話をしてきたわ。明日のお昼に、あちらの宿の一室を借りて、会食する事になったわ」
戻ってきたエイミーがそう伝えて来た。
そんな訳で迎えた次の日のお昼。
俺達は、先代魔王一行が宿泊する、この街最高の宿へと向かった。
「おー。流石は最上級冒険者様だ。泊まっている宿もレベルが違いますなぁ」
「何言ってるのよ……。あなたが豪華すぎるのは落ち着かないっていうから、今の所になったんじゃない。リーゼ様もいる訳だし、ホントはこっちに泊まる予定だったのよ?」
エイミーが心外といった表情でそう言い募る。
そういやそうだったな。
でもさ、あんまり装飾華美かつだだっ広い部屋って、なんか落ち着かないじゃん?
まあ状況が落ち着いたら、俺は孤児院からの通いになる予定だから、その後にでも自由に宿を移ってくれればいい。
「まあいいわ。さっさと行くわよ」
俺達は宿の奥にある一室へと、エイミーに案内される。
「ここよ。……失礼します」
エイミーがノックをした後、中へと入っていく。
俺達もその後に続く。
「よく来たな、エイミー。それからルーシェリア帝国の皇帝リーゼ。そして異界より招かれし勇者たちよ」
声の方へと視線をやると、中央のテーブルを挟んで奥側の中心に、黒髪黒眼の青年が立っていた。
恐らく彼が、魔王国の先代魔王ナイトレインだ。
「立ち話もなんだ。まずは席についてくれ」
俺達は言われるままに席に着く。
「まずは自己紹介といこうか。我は、魔王国先代魔王、ナイトレインだ」
「そしてその妻、アリスティアと申します」
ナイトレインの左隣に控えていた銀髪蒼眼の美しい女性が、恭しく礼をする。
「同じく、ローズマリアだよ」
対して右隣にいたのは、金髪碧眼の女性だ。
こちらは美人というよりも、可愛らしいという表現が適切かもしれない。
てか、奥さんが2人とか、一体どういう事なんだよ。
「あたしはフォレフィエリテ。言っておくけど、コイツの妻なんかじゃないからね。ただの仲間よ」
最後は、エルフの女性だった。サラサラの金髪を揺らしながら若干不機嫌そうにそう言う。
流石にこの人は、奥さんでは無いらしい。
「これはご丁寧にどうも。俺は、コウヤ。一応、女神ステラシオンからこの世界に招かれた存在だ。勇者だとは認めてないけどな」
あんまり意味は無いかも知れないが、一応ちゃんとそう主張しておく。
その後、残りのメンバーも自己紹介し、会食が始まる。
「さて、エイミーからは、大迷宮攻略についてお願いしたいことがあると聞いているが、どういった内容だろうか?」
ナイトレインが悠然とした態度で、そう尋ねて来る。
「えぇ、ナイトレイン様。率直に申し上げます。あなた方に、わたくし達の大迷宮攻略を支援して頂きたいのです」
91層まで攻略している彼らの助力があれば、最深部である100層までの道のりは大きく短縮されるはずだ。
「成程。……それでその申し出を受けた際の、こちらのメリットは果たして何だろうか?」
まるでこちらを試すような視線を向けて来る。
「帝国皇帝に対して莫大な恩を売る事が出来ます。それでは足りないでしょうか?」
リーゼが笑みを浮かべてそう問い掛ける。
「ああ、足りないな。そもそも帝国よりも魔王国の方が国力は遥かに上だ。そしてその魔王国に対し、我はいまだ大きな権力を有している。帝国に恩を売るだけでは大したメリットには成り得ぬな」
まあ、それはそうだ。
そもそもナイトレインは現魔王の実の父親らしいし、エイミーの態度を見ても、魔王国に対して未だにかなりの影響力を持ち合わせているのは、まず間違いなさそうだ。
「ではそうですね。帝国の全てを差し上げます。これではどうでしょうか?」
リーゼが表情を全く変化させることなく、そんな無茶を言ってのける。
流石にこの発言には、ナイトレインも若干眉を顰める。
「その言葉の意味を理解した上での発言か?」
「ええ勿論です」
リーゼの発言で場の空気が重くなるのを感じる。
これから先の話し合いが、どういった方向へと展開を見せるのか不安に思いつつ、俺は肉を一切れ頬張ったのだった。