49 コウヤの要求
この街の領主であるヴァイゼとの初交渉の翌日、再び俺達は、話し合いのために領主の館へと向かった。
「コ、コウヤ……。その荷物はなんだい?」
トラバントが俺の引くリアカーをマジマジと見つめながら、そんな事を言う。
「昨日の話であったように、使えそうな商品を色々と用意したんだよ」
「そ、そうなのか……」
トラバントの言わんとせんことは何となく分かる。
正直、荷物を満載したリアカーをえっちらおっちら引く俺の姿は、とてもこれから領主の館に向かう人間の姿には見えないだろう。
「まあ細かい事は気にするな。それより、そっちは何か良い案は浮かんだのか?」
「……正直、サッパリだね。元々、僕は国王になるつもりは無かったから、他の貴族とのコネもそんなに無いしね」
「私の方も大した案はないわね。一応、魔王様にお願いして、精鋭を数名借りてくるつもりだけど、それが精一杯ってとこね」
まあたった一晩じゃ、そんなもんだよな。しかも2人共、地元じゃ無い訳だし。
「で、アルの方はどうなんだ?」
「一介の商人の僕にはいい案なんて浮かばないさ。それよりも僕にとってはコウヤがどんなトンデモ商品を持ち出すのかの方が大事だからね。それによって僕の動き方も色々変わって来るし」
それもそうだ。
俺が用意した商品が仮に採用されたとしても、それを実際に活用するのは現場の人間だ。
その辺の手配に関するノウハウは俺には勿論無く、そうなればアルにも色々と仕事が振られることになるだろう。
そうして昨日に引き続きやって来た領主の館。
当然の如く、荷物についてなんやかんやと色々聞かれはしたが、アルが執り成してくれたことで、軽いチェックの後、無事に中へと入る事が出来た。
応接室で既に待っていたヴァイゼと挨拶を交わし、皆席につく。
「早速だが、コウヤ殿が持ってきた品を見せて貰おうか」
「色々と持ってきたから、説明に時間が掛かるが構わないか?」
「ああ、枢機卿派、ひいてはルーシェリア帝国との戦力差は非常に大きい。いまから無駄にあくせくした所で、結果を覆すのは難しいだろう。ならばここはコウヤ殿に掛けるしかあるまい」
当然、ヴァイゼ達も取れる手段は既に行っている筈だ。
だが、元々神聖教国ステラシオンとルーシェリア帝国の戦力は拮抗していた。
その状況下で、枢機卿派と国王派で国が割れてしまっている現状、正攻法では帝国へと対抗するのは難しい。
「分かった。と言っても、俺は別に戦争のプロじゃない。だから本当にこれらの商品が使えるかどうか皆の意見を聞かせて欲しい」
皆が頷いたのを確認して、俺は用意した商品の説明をしていく。
その結果、俺以外の全員が、何度となく驚愕の声をあげることになった。
「――これ程の品とは……。正直、まだ勇者の力を侮っていたようだ」
ヴァイゼが感嘆の色を滲ませた声を漏らす。
「だけど、コウヤ。戦力差をひっくり返すには、それなりの数が必要だ。準備は出来るのかい?」
アルが俺が持ってきた商品を眺めながらそう尋ねてくる。
「ああ。そっちは問題ない。ただ、商品の置く場所と、それらの運用についてはそっちに任せたい」
「ああ、それは構わないよ」
「それと、商品を提供するに当たって、見返りが欲しい」
「まあ、当然の要求ですな」
ヴァイゼが目を鋭く光らせながら、そう答える。
「待ってくれ、コウヤ! これほどの商品の対価を支払えば、アルストロメリアの財政が破たんしてしまう!」
一方のアルは、焦ったようにそう叫ぶ。
「まあ安心してくれ。商品の代金は今回は負けておくよ。今回の働きの対価は、別の形で支払って貰う」
今の所、金には正直特に困っていない。ならば、折角、侯爵に次期国王とお偉方が揃っているのだ。
ここは金では手に入らないモノを要求したい所だ。
「コウヤ。もしかして、それは僕に対して言っているのかな?」
トラバントの質問に対して俺は頷く。
「ああ、流れとはいえ、トラバントに協力すると決めた以上、俺も覚悟を決めて徹底的にやらせて貰う事にした。だから、その働きに応じた見返りを求めるのは当然だよな?」
「ああ、まったくその通りだね。それでコウヤは一体何が欲しいのかな?」
「俺が欲しいのは、国王となったお前の後ろ盾だ。……今回は逃げてもどの道巻き込まれそうだから仕方なしに協力するが、俺の本来の望みは平穏に暮らすことだ。……国王になるまではきっちり協力しよう。だからその後は、俺を表舞台に引っ張り出さない事を確約して欲しい」
面倒事に巻き込まれるのはこれっきりにして欲しいのだ。
この一件を終えて、孤児院の自立の目途が立ったなら、後は俺は部屋にでも引き篭もってネット三昧の日々を送るつもりだ。
金はたっぷりあるから、課金優遇のネットゲームで、廃課金TUEEEをやるのも楽しいかもな。
「なるほど。国王の権力を使って、コウヤに対する外部からの干渉をシャットアウトしろと、そういう事かな?」
特に貴族しかり、冒険者ギルドしかり、他の商人たちしかり、面倒な連中の干渉は、より上位からの命令で止めるのが手っ取り早いだろう。
「ああ、その認識で問題ない」
「……分かったよ。出来る限り、という事になるけど、それで問題なければ僕の方は構わない」
暫しの沈黙の後、トラバントがそう答える。
「ああ。国王だからって何でもできるなんて思っちゃいないさ。ただ、明らかな約束破りがあれば、それ相応の対応を取らせて貰うぞ?」
「分かっているよ。君を敵に回すような真似をする程、僕は馬鹿じゃないさ」
俺の要求は概ね通ったので、伏せていた手札を一枚開くことにする。
「ついでだ。こいつも提供しよう」
俺は取り出した円筒状の器――中には軟膏が入っている――をテーブルに置く。
「これはなんだい?」
トラバントたちは不思議そうな顔をしているが、アルだけは何やら驚いた表情をしている。
そう言えばシャドウウルフ戦の時にいくつかばら撒いたので、それを知っているのだろう。
「それは今から説明するよ」
俺は懐から十徳ナイフを取り出し、それで左手首をさくっと掻き切る。
案の定というべきか、そこから血が噴き出した。
痛みは、ギフト〈ペインキラー〉の力のお蔭で感じない。
このギフト、痛覚を消せる能力で一見便利そうなのだが、同時に他の感覚もほとんど消えてしまう為、意外と使いどころが無いのだ。
折角の使いどころだったので、ここぞとばかりに活用する事にしたのだ。
「な、何をっ!」
アル以外の全員が俺の突然の奇行に対し、驚愕の表情を浮かべる。
「まあ見ててくれ」
俺は器の蓋を開けて、軟膏を傷口へと塗り込む。
すると淡い光と共に、見る見るうちに傷口が塞がっていく。
「おおっ! これも異界の商品の力なのか!?」
ヴァイゼが驚愕に口を半開きにしながら、そう尋ねてくる。
「……まあ、そんなところだよ」
日本では軟膏にこんな即効性など無かったのだが、それを今ここで言う必要性も無い。
「やれやれ。これでは、僕の治癒魔法も形無しだね」
トラバントが若干顔を引きつらせながら、そう言う。
「コウヤが持ち込んだ商品に加えて、この薬があれば、きっと帝国に勝てるわね」
エイミーは軟膏の効果に対し、素直な喜びを示している。
ただアルだけは、「やはりあれはコウヤが……」などと一人呟いていたが。
こうして、俺の数々の商品提供によって、帝国へと対抗する道筋は概ね立った。
あとは、ヴァイゼ達がどれだけ味方を集めることが出来るかに掛かっている。
これで俺の仕事は、帝国に召喚された3人の勇者への対処に絞られた事になる。
果たして彼らがどんな奴らなのか、出来れば話が通じる奴らならいいなと思いつつ、俺は帰路へと就いたのだった。
前話にて、まずそうな箇所があったので修正致しました。
多分これで大丈夫なはず……。
ご指摘下さった皆様感謝です。




