47 領主との会談
アルに対し、彼の兄でもあるアルストロメリアの街の領主との会談の場を設けて欲しいと頼んだ翌日。
早速、領主から呼び出しの連絡があった。
俺とエイミーとトラバントの3人は、アルの先導の下、貴族街の奥にある領主の館へと向かった。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
領主館の執事らしき人物がそう言って、俺達を応接室へと案内した。
そこに待っていたのは、アルと良く似た、けれどそれよりも若干老けた印象を感じる男性だった。
年齢は30前後と言った所か。
恐らく彼が、アルの兄であり、この街の領主でもあるアルストロメリア侯爵こと、ヴァイゼ・アルストロメリアなのだろう。
「トラバント殿下、この度はわざわざご足労頂き申し訳ありません」
「頭を上げてくれたまえ、ヴァイゼ殿。……それに今はこちらが伏して願う立場だ」
「……畏まりました。立ち話もなんですし、まずはどうぞお掛けになって下さい」
と言っても、その言葉で席につけるのはトラバントとエイミーの2人だけだ。
俺とアルは、その後ろにつっ立ったままである。
トラバントはともかく、どうしてエイミーも? と一瞬思ったが、そう言えばエイミーは魔王国において割と偉いポジションについていたことを思い出す。
彼女の見た目が、俺よりも明らかに年下の少女なので、どうもそういった認識を忘れがちだ。
……ちなみに一応言っとくが、後ろに立たされたくらいで、別に俺は腹を立てたりはしないからな?
俺は敵意に対しちょーーっと敏感なだけなのだ。
多少雑な扱いを受けた所で、そこに明確な敵意が存在しないのなら、別に苛立ちを感じたりはしないのだよ。……多分。
「それで早速なのだけれど、非常に重要な話があるのだよ」
そう言いつつ、トラバントがヴァイゼの後ろに控えている側近達へと視線をやる。
「おまえたち、下がってくれ」
アルが事前にちゃんと話を通しておいてくれたらしく、ヴァイゼの一声で、彼の側近達がこぞって退室していく。
俺も一応念のため、扉の付近の気配をこっそり探るが、聞き耳を立てている者はいないようだ。
「それで殿下。重要な話とは、どういったものでしょう?」
「ああ、実はね――」
トラバントが、自身が体験したクーデターの詳細を語る。
それに加えてエイミーから得た情報などについても情報共有を図る。
「……やはり枢機卿派の裏にいたのは、帝国でしたか」
「ああ。それでヴァイゼ殿には、王都奪還の為の力添えをして欲しい」
「……話は理解致しました。しかし――」
ヴァイゼがそう言いかけた所で、扉を鋭くノックする音が聞こえる。
「……どうした?」
「緊急事態なのです!」
扉の向こうから、焦った声が聞こえてきた。
「……殿下、宜しいですか?」
その問いに対してトラバントが頷いたのを確認してから、ヴァイゼが伝令の騎士に入室を促す。
「失礼致します! 早馬が参りまして、王都にて神聖教国ステラルーシェの建国が宣言されたとの連絡を受けました! 同時にルーシェリア帝国との同盟を発表したとのことです!」
ステラシオンが、ステラルーシェに変わったらしい。
大事なのだろうが、どうも姉妹喧嘩のイメージが拭えず、なんかげんなりしてしまう。
「……王族については、何か新しい情報はあったのかな?」
「……建国宣言と同時に、処刑された模様です」
伝令の騎士が言い辛そうに目を背けつつも、そう答える。
「……そうか」
そう呟くトラバントの表情に、特に変化は見られない。だがその拳が固く握られているのが、視界の端に見えていた。
「殿下、お悔やみを申し上げます。……ですが、今は悲しむ暇は御座いません。早速、こちらも対応に動かねば……」
協力を渋っているように見えたのは、俺の勘違いだったのか、ヴァイゼはトラバントに対して進んで協力を申し出る。
「ああ、分かっているよ、ヴァイゼ殿。……いやアルストロメリア侯。どうか私に力を貸して欲しい!」
トラバントがキッと前を向き、強い口調でそう宣言する。
「はっ! 確かに承りました!」
こうしてどうにか無事、ヴァイゼの協力を取り付けることは出来た。
「それで、エイミー殿。やはり魔王国の助力は得られないのですか?」
ヴァイゼがエイミーに対し、そう問い掛ける。
「……ええ、難しいわね。あの国はあの国で、色々と厄介な問題を抱えているから、援軍についてはあまり期待しないで頂戴」
「そうなると、かなり情勢は厳しいですね。枢機卿派だけならまだしも、その後ろにはルーシェリア帝国が控えていますから……」
「なぁ、南のルーナプレーナ諸国連合だっけか? に協力して貰えないのか?」
ついそう発言してから、不味かったことに気付く。
……怒られるかな?
「アル。彼がそうなのか?」
だがそんな俺の予想に反し、ヴァイゼは、アルへと視線を向ける。
「はっ、この者が、以前からご報告していた人物であり、女神ステラシオンより遣わされた勇者です」
身内に対するものとは思えない堅苦しい口調で、アルがそう答える。
「ふむ……。コウヤ殿、女神に遣わされし勇者を立たせたままというのもなんだ。まずは席に座ってくれ給え」
「ああ、じゃあ遠慮なく、いえ、失礼します」
「ははっ、変に畏まらなくともいいよ。女神に遣われし勇者という立場を考えれば本来ならば、こちらが下手に出るべきかもしれないのだ。だからここは対等な関係で行こうじゃないか」
「じゃあお言葉に甘えて」
ヴァイゼの言葉通り、いつも通りの口調でいかせて貰う事にする。
「話を戻そうか。コウヤ殿、ルーナプレーナ諸国連合は、中立を国是としている国だ。自国が直接戦火に晒されでもせぬ限りまず動かぬよ」
「この国がやられたら、次は自分のとこかもしれないのに?」
「ああ」
隣に視線をチラリとやれば、トラバントもエイミーも頷いている。
どうやら良く知られた話のようだ。
変な国なんだな、ルーナプレーナ諸国連合って。
「そんな訳で、現状はかなり悪い。国が割れてしまった今、我々の力だけでルーシェリア帝国へと対抗するのは、非常に難しいと言わざるを得ない。この事態を打開する案がある者は誰かいないか?」
ヴァイゼの問に、誰もが考え込んだ様子で黙り込んでしまう。
それから暫しの沈黙の後、アルが口を開いた。
「侯爵閣下、発言宜しいでしょうか?」
「許可する」
「以前にも報告しましたが、勇者コウヤ殿はその不思議な力を持って、異界の品を仕入れている様子。その力をお借りするというのはどうでしょうか?」
「なっ、なんでだ、アル! どうしてそんな事まで知ってるんだ!?」
〈電脳網接続〉のギフトの力については、まだ誰にも喋っていない。
ずっと傍で暮らしていたフィナあたりは、ある程度察しているかもしれないが、彼女の性格を考えればそれをアルにわざわざ教えるというのも考えにくい。
「君が異界から来た勇者と聞いて、そう推測しただけだよ。……しかしその様子だと、どうやら本当みたいだね?」
どうやらただの鎌掛けに、俺は引っ掛かってしまったらしい。
「はぁ。お前の言う通りだよ、アル。確かに俺はこことは別の世界と繋がる能力を持っている。そしてその力を使って、異世界から商品を仕入れていたよ」
「成程、それでその異界の品には一体どのようなモノがあるんだい? 果たして現在の戦力差をひっくり返すだけの力を持った品が存在するのかな?」
トラバントが訝し気にそう言う。
「どんな商品があるかは、俺も把握してないからなぁ。調べてみないとなんとも……」
Mitsurinにどんな商品が売っているのか。戦争に役立つような物騒な品は果たしてあるのか。
流石に調べてみない事には、俺にも分からない。
斉藤さんに頼るという手も思い浮かんだが、彼と爺との繋がりを考えると、それは最後の手段にしておこうと思う。
エイミーが漏らした話から察するに、どうやったのか知らないが爺がこの世界に来ている可能性は決して低くないように思えるのだ。
ただの爺の昔の知り合いというなら兎も角、現在も交流がある相手と迂闊に接触するのはなんとなく避けたい。
「では、コウヤ殿にはそれを調べて貰うとして、各人それぞれに、何か妙案がないか一度持ち帰って検討して貰うことにしましょうか」
こうして1度目の会談は御開きとなった。