42 波乱の足音
孤児院の新建屋建築という大仕事を終えて余裕の出来た俺は、のんびりとした日々を過ごしていた。
とは言っても、決して何もやっていない訳ではない。やるべき事はまだ色々とあるのだ。
特にフィナが冒険者を目指すと言う事で、ファレノ商会との取引を俺が再び行うことになったのだ。
とはいえ俺の想定としては、ずっとそれを続けるつもりはない。
リタという子を中心に、孤児院の子供たちの中にも商売に興味を持っている子が何人かいるので、その子らにゆっくりと引き継いでいく予定だ。
護衛を務めてくれていたブルーローズの面々も、現在は別の仕事についている。
彼らがナイトランクからビショップランクに昇格した為、護衛の仕事は役不足になっており本来なら辞める所を、彼らは好意によって続けてくれていたのだが、
「コウヤさんが取引に復帰するのでしたら、私達の力はもう不要ですね」
「すまないな。本当はもっと早く別の仕事に移りたかっただろうに……」
「気にしないで下さい。こちらも色々と得るものがありましたから」
現在の彼らはルークランクを目指す為の実績を重ねるべく、依頼を受けまくっているそうだ。
シャドウウルフ戦時に観察した限りでは、ルークランク冒険者とブルーローズの面々の間に実力差はほとんど存在しないように感じられた。
なので彼らがルークランクに上がる日もそう遠くはないんじゃないかと、俺は思っている。
「コウヤ様! 今日もギルドの依頼を頑張ってきますね!」
フィナに孤児院の年長組であるティアナ、ロイド、スノウを加えた4人組は、ここの所、毎朝早くから冒険者ギルドへと出掛けている。
この間こっそりと冒険者ギルドへと出向き、受付嬢のサリナに彼らの様子を尋ねた所、ポーンランクへの昇格は直ぐだろうとのことだ。
まあ栄養ドリンクでの能力強化に加え、ブルーローズの面々にも時々稽古を付けてもらっているらしく、単純な戦闘力だけ見れば、既にナイトランク冒険者並みの実力はあるはずなので、そう不思議なことでは無い。
ちなみに、俺自身は何故かナイトランクまで昇格していた。
受付嬢のサリナ曰く、
「……それだけシャドウウルフ討伐の功績が大きかった訳です。ただ、コウヤさんの意向を汲んでその事実を公表しない事になったので、ナイトランクまでの昇格に留まっていますが、本来ならビショップあるいはルークまで昇格しても不思議ではない程の功績ですよ」
ルークランク以上の高位冒険者は、どの街でも不足している。
そうなる最大の原因は、迷宮都市の存在だそうだ。
あの都市には大陸最大の魔物の領域である"大迷宮"が存在しており、多くの高位冒険者があそこへと行きたがる。
大迷宮は、下の階層へと向かう程に出現する魔物の強さが増していく。逆に言えば、潜る階層をちゃんと考えれば自分の実力に見合った敵と常に戦うことが出来るという訳だ。
これは地上に存在しており、日々魔物の分布が移り変わる他の魔物の領域には無い大きな利点だ。
それに加え他の魔物の領域には、ユニークモンスターなどの特殊な事例を除き、ルークランクの冒険者の格に見合う魔物がほとんどいないというのも"大迷宮"へと高位冒険者が集まる大きな要因となっている。
そんな訳で、迷宮に存在する魔物の種類の豊富さなども相まって、数多くの冒険者が"大迷宮"に日々挑戦をしている。
話が逸れたが、何が言いたいかというと、この街の冒険者ギルドは、一人でも多くの高位冒険者を求めているという事だ。
なので、実力的には申し分の無い俺に、さっさとルークランクまで上がって欲しいというのが本音なのだろう。
まあ、俺は冒険者として活動する気は無いので、彼らの思惑に乗るつもりは無いが。
◆
こんな感じで穏やかな日々を過ごしていた俺だが、終わりはすぐに訪れた。
それは雲一つない晴れた蒼空が広がる早朝の出来事だった。
「コ、コウヤ様! ひ、人が倒れていますっ!」
フィナが焦った表情で、俺を呼びに来たのだ。
他の3人も、それぞれに不安そうな顔をしている。
「ふむ、案内してくれ」
フィナ達に案内されたのは、孤児院の敷地の外れだった。
まだ手入れがされておらず、雑草が生い茂る中に少女と思しき姿がうつ伏せになって倒れている。
背丈から察するにフィナより少し年上、15歳前後だろうか?
「おいっ! 大丈夫か!」
まずは肩を軽く叩きつつそう呼び掛けてみるが、返事は無い。
すぐさま少女を仰向けに寝かせ、呼吸の有無を確認する。
「スー……、スー……」
幸いにも、安定した呼吸をしている。
というか、どうも単に寝ているだけのようだ。
この感じは、どう見ても穏やかな寝息だ。
「ったく焦らせるなよ……」
そう言いつつ安堵の吐息を俺は吐く。
「フィナ、俺が運んでいくから、先に戻ってリズリアにベッドの準備を頼んでくれ」
「は、はいっ!」
俺は少女を孤児院の一室へと運んだ。
それからその少女が目覚めたのは、その日のお昼を過ぎた頃だった。
俺が様子を覗きに部屋へと入った際、その物音に気付いたのか、少女が目を覚ます。
「ここは……?」
「アルストロメリアの街の孤児院だ」
「……そう」
俺の答えに、少女は俯く。
「どうしてあんな所に倒れていたんだ?」
「それは……」
その後、少女の口から語られた厄介な事情に、俺は平穏な日々が終わろうとしているのを感じた。