40A コウヤという青年(前編)
新章開始です。
今回はアル視点でお送りしております。
僕の名前は、アルメヒ・ファレノ。親しい人は僕のことをアルと呼ぶ。
貴族の息子として生を受けたものの、色々あって今は商人として生きている。
そんな僕がコウヤという名の不思議な青年と出会ったのは、ほんの些細な偶然の出来事によるものだった。
「すまない。ボーっとしていたもので、つい……」
思い返せば丁度この頃からだった。
いくつかの生活必需品の物流が、妙な動きを見せ始めたのは。
今となっては、それらがルーシェリア帝国の我が国に対する攻撃の一環だったのは分かってはいるが、当時は単純に目の前のトラブルに対する対処に追われていた。
彼――コウヤと初めて出会った時も、入荷するはずだった塩が突然届かない事態になり、その代替品の入手の為、街を駆けまわっていた所だった。
その時点では、コウヤがフリーの塩を所持していたことで、代替品調達の手間が多少減る、その程度に考えていた。
なのでコウヤに対しても、まだ特に興味を抱いていたわけではなかった。
だがそれからすぐ後に、僕はコウヤが持っていた塩のその品質の高さに圧倒されることになる。
「なっ、これが塩なのかい……?」
見せられたそれは、僕の知っている塩とは異なっていた。
パッと見、混じり物が一切入っておらず、その色も正に純白といっていい。
粒もビックリするほどに均一だ。
「ちょっと失礼」
これは本当に塩なのか、果たしてどんな味がするのか、そんな興味に駆られ思わず指で掬いとり舐めるという暴挙に出てしまう。
幼い頃に何度も毒殺の危機を味わっており、食事には常に注意を図っていた僕にとって、それは僕自身にすら予想外の行動だった。
だが、その塩が僕に与えた衝撃はそれ以上のモノであった。
僕の舌にそれが触れた瞬間、余計な雑味が存在しない純粋な塩の味が口の中に広がった。
「確かに塩だ。……それも、不純物などが混じっていない純粋なモノだ。凄いよこれは! 一体、どこで手に入れたんだい?」
「あー、その……」
思わずそう問い詰めてしまうが、コウヤが引いた反応を示したので、僕は冷静を取り戻す。
これは上手く扱えば、単純な金銭的な儲け以上に大きな利益を得ることが出来る。
今も貴族である僕の兄の立場を助ける為にもきっと有効なはずだ。
そう判断した僕はコウヤと塩の買取交渉をし、無事に譲って貰えることになった。
しかも、想定していた金額よりも遥かに低い価格で。いっそ破格と言ってもいい値段だった。
この時点ではコウヤの事を、商売のイロハも知らないカモだと思っていたが、その認識はすぐに覆される。
その日のうちに再び、今度は先程の4倍もの量の塩を持ち込んで来たのだ。勿論、品質は前回と変わらないモノを。
あれほどの品質の塩など、そうそう手に入らないだろうと思い込み「同じ値段で引き取らせてもらうよ」と言っていた手前、同じ値段で引き取るしかない。
とはいえ、まだこちらの利益はかなりのモノなので、その時点では、彼への認識を改めただけに過ぎなかったが。
その次の日、再びコウヤが塩を売りに来たことで、僕はコウヤを取り込む方向へと動くことに決めた。
そしてそれは正解だった。
それからもほとんど毎日のように、コウヤは商会へとやって来るようになった。
その内にコウヤの持ち込む品にいくつかの香辛料類が混ざるようになった。
その中にはアルストロメリアの街ではおろか、王都でさえ手に入らないような貴重な種類のモノがいくつも存在した。
持ち込まれるそれらを、僕は厳重な管理を敷き、小出しに流通させることで、商会の力の強化を図っていった。
同時にその一部を兄へと献上し、権力強化に役立ててもらうことにした。
これほどの品を毎日どこから仕入れているのか気になった僕は、コウヤに何度か尾行を付けたことがあった。
だが何度やっても尾行は撒かれ、気付けば彼は宿へと帰っている。
彼が商会に来ている隙を見計らい、宿の主人に金を握らせ彼の滞在する部屋の調査もやったが、奇妙な品がいくつか見つかるだけで、彼の商品調達ルートの謎に繋がる情報は得られなかった。
「アルメヒ様。毎度少量の品を買い取るよりも、いっそ仕入れルートを吐かせてしまえば宜しいのでは?」
「いや、下手な事をして、折角の彼との良好な関係を崩してしまうのは避けたい。彼への実力行使は全面禁止とする」
部下の中には、コウヤを捕えて仕入れルートを吐かればいいと主張した者もいたが、僕が止めた。
現状でも良好な関係を構築しており莫大な利益が得られている。
下手に欲をかいて、それらを全て失ってしまう事こそ僕は恐れた。
加えて、コウヤには下手な実力行使は通用しないという予感もあった。後にそれは正しかったと判明するが。
それになにより僕は、コウヤの事が決して嫌いではない。
コウヤは色々と世間知らずで少々視野が狭いところはあるものの、妙な所で鋭い時がある。
それにどうも、僕からかなりぼったくられているのも理解した上で、あえてそのままにしている節もある。
その判断は短期的な視点、あるいは商人としては失格かもしれないが、長期的かつ余所者の彼の視点では決して悪いものではない。
このアルストロメリアの街において、僕の持つ力は決して小さくはない。
貴族の位こそ捨てたものの、兄とは今も友好的な関係を結んでいるし、長を務めているファレノ商会自体もかなり大きな力を持つ。
偶然か計算かは知らないが、僕の後ろ盾を得るのは、この街で暮らす以上は間違いなく大きなプラスとなる。
そして既に、コウヤから得られる商品の数々は、ファレノ商会の主力商品の一つとなりつつあった。
いくつかの商品には、噂を嗅ぎ付けた王家の御用商会が出向いてくるほどに人気を得ている。
もはやコウヤとの取引はファレノ商会からしても、簡単に切って捨てることが出来ないモノとなっていた。
そんな事情もあり、コウヤがデポトワール商会と揉めた際には、その後始末を裏で受け持ったこともあった。
まあ兄が治めるこの街に、あんな悪徳商会は不要だと常々思っていたので、排除の手間が省けたというのもあったが。




