3 異世界ネット通販
本日更新3回目です。
結局俺の思い付きは、ネット銀行の口座残高を増やすだけに終わった。
忘れてはいけないが、ここは異世界である。
そして今俺に必要なのは、現地で使える通貨なのだ。
「あーもう、なんかだりぃな」
完全にやる気を無くした俺は、スマホ片手にネットサーフィンに興じる。
「お、これいいじゃん」
それはネット通販サイト"Mitsurin"の商品広告だった。
何時もの癖で、それをクリックして注文手続きに移る。
そして届け先住所の入力欄に来て、ようやく気付く。
「いやだからさ……。ここ異世界だからいくらMitsurinでも――」
そう口には出しながらも、お届け可能地域の欄をつい見てしまう辺りが、俺の往生際の悪さを表していると言えよう。
「ちょっ!? マジかよ」
そこには『異世界アムパトリ(プラチナ会員様限定)』と書かれた文字があるではないか。
俺は丁度、プラチナ会員(年会費三千円)になっていた。
「……試してみるか」
普通ならまず有り得ないが、先程の金の買取の件もある。
それに試してみるだけならタダだ。
俺は必要事項を入力していき、注文確定画面の手前までやって来る。
『今ならミスリル会員がお得です!』
そんな文字がデカデカと出て来た。その下にはミスリル会員についての説明が並んでいる。
「なになに……」
年会費が1万円掛かるが、ミスリル会員になるとどうやら即時配達サービスが利用出来るらしい。
そもそも異世界にどうやって配達するのか謎だが、丁度使う当ても無い小金を手に入れた事だし試してみようか。
半ばやけくそ気味に俺は、ミスリル会員へとランクアップした。
あとは注文するだけだ。
「よし、注文確定っと」
そのボタンをクリックした瞬間、目の前に小さな段ボール箱が現れた。
見慣れたMitsurinの箱だ。
「おお、マジかよ。ホントに即時で届きやがった!」
しかも、ここが異世界であってもお構いなしにだ。
ミスリル会員は伊達じゃないな!
……というか、ここホントに異世界なのか?
いやまあ、日本でも即時配達なんて普通有り得ないけどさ。
箱を開封すると、中には注文した十徳ナイフが入っていた。
「いや、これ何に使うんだ……」
自分で注文しといて何だが、特に使い道が思いつかなかった。
こんな風に衝動買いで無駄なモノを買うのは、割と良くあることだった。
「だがまあ、Mitsurinに注文すれば異世界でも日本の品物が買えることが分かった訳だから、それで良しとするか……」
先程ミスリルプラザの発見により、現地通貨を日本円に変える手段が出来た。
そして今度は手に入れた日本円の使い道が出来た。
後はこの日本円を使って、この異世界で高く売れるモノを見つければ、もしかして俺ウハウハなんじゃね?
そう考えた俺は、Mitsurinで買えるの品物の中で、異世界で高く売れそうなモノがないか探し始めた。
「うーん、ピンと来るものがないな」
ミスリル会員と十徳ナイフの代金で、俺の口座の残高は1万円程しか残っていない。
十徳ナイフなんてどうでもいいもの、衝動買いするんじゃなかった……。
ここは失敗のリスクも考慮して、なるべく安く済ませたい所だ。
「仕方ない、ここは手堅く塩にしておこう」
たしか、中世と現代では塩の品質は大きく異なると、どこかでそんな話を読んだ覚えがある。
市場を見た感じ、この世界の文明レベルは中世くらいだから、日本製の質のいい塩ならきっと高く売れるんじゃないか?
そんな考えの元、俺はMitsurinで塩を注文する。
かつて住んでいた地元製の塩が、1kg500円で売っていたので、取り敢えずそれを5kg程注文することにした。
少々高い気もするが、下手に安物を買って売れなければ意味が無い。
注文ボタンを俺が押すと同時に、十徳ナイフの時と同じく、Mitsurinの段ボール箱が目の前に出現した。
「良し、これをどっかの商人に高く売りつけるぞ!」
段ボール箱を抱えながら俺は街中を進む。
〈肉体超強化〉の能力のおかげか、重さは大したことないのだが、どうにも持ちづらい。
そんなことを考えていると、すれ違った人と肩がぶつかってしまい、箱を落としてしまう。
「すまない。ボーっとしていたもので、つい……」
パッと見で育ちの良さが分かる、優し気な顔立ちをした青年がそう謝って来る。
身なりもそれなりにいい事から、まず金持ちだろう。
「ああ いや。こっちもだから気にしないで下さい」
俺の口調も思わず畏まったモノに変わる。
「そうか、だが落としてしまった品は大丈夫かい?」
「あー、これはただの塩だから別に問題ないですよ」
Mitsurinの段ボール箱は、ちょっと落としたくらいではへこみもしないのだ。
「ふむ……。塩、か……」
俺がそう言った瞬間、青年の目付きが急に鋭いモノに変わる。
「……それはどこかの商会に持ち込むのかい?」
「いえ、まだどこに売るかは決めてないんですよ」
より正確に言えば、何処で買い取ってくれるのかさっぱり分からないというのが実情だ。
「それなら、良かったら僕の所に持ってくるかい? 品質にもよるけど、今なら高く買い取らせて貰うよ」
丁度、塩が不足してて高騰しているからね。そう青年は笑う。
「本当ですか! それは助かります!」
早速、売り手が見つかりそうとは幸先の良い話だ。
「そうか、僕の商会に案内するよ。ああそうだ、まだ名乗って無かったね。僕の名前は、アルメヒ・ファレノ。気軽にアルって呼んでくれ。それから口調も崩してくれて構わないよ」
そう言うならお言葉に甘えよう。
「……分かったよ、アル。俺はコウヤだ」
「宜しくコウヤ。じゃあ行こうか」
こうして俺は、アルの商会に塩を売ることになった。




