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悪名高き魔女の恋  作者: 高八木レイナ


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そして歴史はつむがれる

 天空にむかって、風が吹き荒れる。

 その強力な風のうなりに煽られ、付近の窓硝子が一斉に割れた。

 襲いかかってくる破片から、エルドワードがとっさのような動きで、ティナをかばう。


(止められなかった……!)


 身体の震えが止まらない。

 ――滅びる。

 このままでは世界は滅びる。記憶の通りに。

 暗く立ち込めた雲に激しい雷が走る。

 ザオルグが呪文を唱えるたびに、青白い光を放ち、空に魔法文字が生まれていく。

 いまや王城のはるか上空に、巨大な魔法陣が生まれ出でようとしていた。

 それはこの街を覆うほどの大きさはあるだろう。

 ティナがこれまで見たことがないほどの規模だ。


「ああ……」


 ティナは呻き声を漏らす。


「……ロイ君は、間にあわなかったか」


 エルドワードが、そう呟いた。彼が何を言っているのか、ティナには理解できない。頭が麻痺してしまったように思考することを止めている。

 ティナの身体は、がくがくと震えていた。

 不安な心情が伝わってしまったのかもしれない。

 ティナを抱きしめるエルドワードの腕に力がこもる。

 すでに広間の中にまで、人が入り込んでいた。

 辺りは騒然としているのに、ティナとエルドワードの周りだけ、時が止まったかのような静寂な空気が落ちていた。


(まだ、何も、エルドに伝えられていないのに……)


 大事なことを、彼に言いたかったのだ。ずっと前から。それが何なのかも、わからないままに。


「――ティナ」


 エルドワードが苦しげな息をこぼした。そして、ティナの額に己の額を擦りあわせる。


「……僕が、絶対に護るから」


 たとえ死んでも。

 そう、言葉にしない部分で言われた気がした。

 エルドワードはティナから身を離すと、そっと立ちあがる。ザオルグの方向にむかって行く。


「エルド……!」


 慌てて、彼を止めようと声をあげた。だが、身体のこわばりがとけず、うまく手足を動かせない。

 ザオルグが、エルドワードを無感動な瞳で見つめる。

 その紫紺の瞳が、魔に魅入られたかのように緑と金の光をおびていた。

 魔力をあびすぎて、半ば精霊のような存在に変わりつつあるのかもしれない。

 いまや、ザオルグの存在感は圧倒的なものと変わっていた。もはや、人のそれではない。


『――滅せよ』


 ザオルグがそう命じると、大きな音と共に光の矢がいくつもの尾を伸ばして、エルドワードに襲いかかる。

 エルドワードは前方に手を伸ばした。


『聖なる盾よ 我を護りたまえ』


 精霊の防護壁が、エルドワードの前に生まれる。

 ザオルグが放った光の矢は、エルドワードを貫くことはなかった。だというのに、急に、エルドワードはその場に膝をつく。

 エルドワードは、腹部に手をあてて苦悶の表情をしていた。

 それを見ていたザオルグが口の端をあげる。


「無理するなよ、エルド。立っているのも、やっとだろうに」


「……ザオルグ先生。死にたいのは、わかります。僕だって、その状況になれば似たようなことをしでかしてしまうでしょう。――でも、世界を……ティナを、巻き込まないでください」


「お前は、相変わらずだな」


 こんな時だというのに、ふたりは笑みすら浮かべている。ザオルグはとても楽しげに、エルドワードはほんの少し苦そうに。


「でも、もう遅い。呪文も終わる」


 途中で会話をしても、よほどの時間を置かなければ、紡ぐ呪文に影響はしない。

 垂れこめた暗雲に浮かび上がっているのは、ほとんど完成された魔法陣だ。

 ティナは深く息を吐くと、身体の緊張をといた。


(――大丈夫。動く)


 そして、掌に意識を集中させる。

 身体が熱をおびるのを感じた。

 光の渦が、まぶたの裏に見える。

 世界の力の流れと法則を読み解き、それを扱うのが魔法使いだ。

 上空の魔法陣にむかって、ティナは両手を掲げた。


『真白きの王の息吹 凍える朱色の果実 世界の始まりはなお暗く 安らぐ者もない……』


 ザオルグが、はじめて驚愕の面持ちになる。


「それは……反意呪文?」


 さすがに、ザオルグも予想外だったらしい。

 いま、ティナにしかできないことだ。


(滅びの呪文をすべて知っているのは、この場では、私だけ。だから、私は……!)


 ティナが唱えるたびに、空にある緑色に輝く魔法陣が端から消えていく。

 ザオルグはそれに気付いたのか、呪文の詠唱を速めた。


『全ては無から生まれ、無に還る 聖者 王 貧しき者 世界の理を知らず 生まれし時より定められし運命』


 ザオルグの負の呪文に覆いかぶさるように、ティナは言葉を紡ぐ。


『――混沌より生まれし聖者 我が幼き子供 生は生を生み……』


 ティナは悲鳴をあげそうになった。


(すべて、もっていかれそう……!)


 身体の中にある力が、どんどん吸い取られていく。

 立っているのがつらいほどだ。

 目眩を覚えるほどの疲労。

 身体のいたる部分がきしむのを感じた。

 ――骨が、折れるかもしれない。

 唱える呪文がどんどん無効化され、普段の呪文の数倍の負荷がかかっている。

 それでも、唱え続けなければならない。

 掌が青白い光を放ち、びりびりと皮膚が痙攣していた。巨大すぎる魔力の影響から、手がやけどをおこし、血を流しはじめる。

 ふいに、目の前が真っ暗に染まった。

 倒れこみそうになったティナを、駆けよってきたエルドワードが支える。

 彼はこれまで見たことがないほど真剣な表情をしていた。

 そして、ティナの身体を、そっとやさしく包みこむ。

 エルドワードもまた、反意呪文を紡いでいく。


「どうして……」


 ティナは、詠唱のあいまに、彼に向かってそうつぶやいた。

 それは、色んな意味を含んだ問いかけだった。

 何故、滅びの呪文を知っているのか。どうして、加勢しようとするのか。

 このままでは、彼も無事では済まない。ただでさえ、立っているのがやっとなほどの重体だというのに。これ以上、魔法を唱えれば本当に危うい。

 エルドワードが微笑んだ。


「きみだけ逝かせるものか。きみが魅力的すぎるから、きっと冥界の死者さえ、とりこにしてしまうだろう? それを地上でひとりで見ているのは癪だからね」


「……ばかじゃないの」


 エルドワードの軽口に、耐えきれなかった涙がティナの頬に落ちる。

 ――本当は、ずっと、孤独だった。

 4年前、たったひとりで、世界を護ることを誓ったのだ。

 彼の言葉で、かたくなに閉ざしていた心がほどけていくのを感じる。

 ティナは、エルドワードの指を握りかえした。

 そのぬくもりを感じながら、ふたりで呪文を唱和する。


『それは始まりの音 知恵の鳥 混沌より生まれ 高き天を舞う』


(間に合うか、わからない……)


 自分が死ぬのは、構わない。

 けれど、エルドワードを、ティナは護りたいと思った。

 だから、彼から逃げることまでした。


『罰を与えよ 世界の法則に抗わんとする者に 死こそすべてが還る場所 自然の掟』


 ザオルグの呪文は、あと一小節で完成してしまう。

 ティナのこめかみから汗が流れ落ちた。

 口では必死に、唱えている。

 だが、もはや時間がなかった。


(とても間に合わない……!)


 と、そのとき――ほぼ完成されていた魔法陣の動きが止まる。

 何故か、エルドワードがほっとしたような笑みをこぼした。


「――良くやった、ロイ君」


 あざやかな色を放っていた魔法陣が揺らぎ、その光がおぼろげになる。


「魔法陣が……消えつつある?」


 ティナは空を見上げて、呆然とつぶやく。


『――閉じよ 世界の闇を従えて 奈落の果てへ 闇は闇へ 光は光へ それが世界の領分』


 エルドワードの詠唱をうけて、魔法陣がおおきく震えた。

 巨大な円がたわんで縮み、徐々に、収縮していく。

 最後には、光の点となった。


「くそ……っ、やめろ!!」


 ザオルグが悲痛な叫び声をあげた。

 だが、滅びの魔法陣は、すべて消え去っている。

 広間が、奇妙な静寂で包まれた。


「終わった、の……?」


 膝から力が抜けた。

 その場に崩れるように、ティナは腰を落とす。

 身体がひどく気だるくて、力が入らない。ほとんどの魔力を使い果たしてしまった。

 肩で息をしながら横をみれば、エルドワードが立ち上がっている。


「……エルド?」


 彼が何をしようとしているのか、理解が追いつかない。

 感情を殺したような表情で、エルドワードは転がっていた短剣を拾いあげた。

 その鞘さやをぬいて、師であるザオルグのもとへ近づいて行く。

 そこで、ようやく、ティナもエルドワードがしようとしていることに気づいた。

 彼は、ザオルグにとどめを刺すつもりなのだ。


「やめ……っ」


 声が出てこない。

 ――こんな事態を起こしたのだ。

 当然、ザオルグは死罪になる。

 下手をすれば、死んだ方がましだと思うほどの拷問をされた末に、広場でさらし者にされるかもしれない。


(それを思えば……いまこの場で、安らかにしてあげるのが、先生にしてあげられることなの……?)


 自分自身の思考に、ティナは愕然とした。

 こんな非道な行いをした師を、まだ慕う心が確かにある。

 どんなに憎まれ口を叩いていても、エルドワードだって同じなはずだ。

 内心では、ザオルグを師とあがめている。

 ――だからこそ、誰かに与えられるむごい死より、自らの手で彼を屠ろうとしているのではないだろうか。

 魔力を使い果たしてしまったから、せめて、その手の剣で。


 ザオルグは負けたというのに、憑き物が落ちたかのような晴れ晴れとした顔をしていた。

 彼は抵抗する意思もないようだ。

 独り、雨に打たれながら、ザオルグは弟子の行動をじっと見つめている。


「……さようなら、ザオルグ先生」


 エルドワードは押し殺した声で、そう言った。

 そして、短剣を振りおろそうとした。

 ――その瞬間。

 ザオルグの前に、両手をひろげて躍りでる者がいた。

 今まで、どこにすがたを隠していたのか。

 誰も、彼女の行動を注視していなかった。

 そう、エルドワードも。ザオルグでさえ。


「だ、め……っ!」


 勢いをつけた剣は、すでに止められないところまできている。

 だが、寸前で、エルドワードはどうにか軌道を変えようとしたらしい。


「く……っ」


 水たまりの中に、赤い色が広がる。


「フィリア……?」


 ザオルグが、呆然とした表情をしていた。

 目の前で起こったことが、信じられないでいるようだ。

 ザオルグの腕の中に、王女の身体が崩れおちる。精緻な刺繍がされたドレスのわき腹から、血がにじんでいた。

 身体をぐったりと弛緩させながらも、フィリアは、か弱い笑みを口元に浮かべる。


「……良かった、無事で」


 そう、かすれた声でつぶやくと、彼女は気を失った。



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