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悪名高き魔女の恋  作者: 高八木レイナ


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ロイと禁書1

 王都の城下町を、ロイは歩いていた。

 市井は人混みであふれている。ふと立ち止まるだけで誰かと肩がぶつかりそうになった。

 しかし、ロイも慣れたもので、小さな身体で泳ぐように大通りを進んでいく。


「しかし、混んでいるなぁ……」


 ロイはそうぼやき、周囲を見渡した。

 王都では円形広場を十字に貫くように大通りがあり、脇道まで出店が並んでいることもざらだ。とはいえ、いつもと違って今日はまるで祭りのような賑わいで、ロイも戸惑ってしまう。

 頭から足首まで覆うほど長い衣をまとった異人や、王都の住人ではなさそうな格好をした者まで歩いている。

 城郭に囲まれた王都は敷地が制限されているせいか、高い建物が多い。

 4階や5階建ての町家がおおく、石畳の道は入り組んで、いたるところが迷路のようになっている。

 家々の窓には、国旗である『魔法の杖に噛みつく獅子』がはためいていた。

 国旗を掲げるのは、何か祝い事のある日と決まっている。


「何か、やっているのかな」


 ロイは買い物のためにたびたび城下町を訪れていたが、魔法の修行に集中している間は森を出ないことも多い。出不精で、外の世界の情報にうといところがあった。

 ドルシアが仕事で出払ってからこの数日間、ロイはずっと森の家にこもっていた。

 食事もひとり分しか用意しなくても良かったので買い出しも必要なかったし、ドルシアから与えられた課題に苦心していたというのもある。ちなみに、まだ何も召喚できるようになっていない。

 人々の様子に首を傾げつつも、ロイは小腹がすいたのを感じて、近くにあった出店の香りにつられていく。

 そこには甘辛く煮込んだ豚肉を野菜とパンで包んだ、フィルディル王国名物のテフォンが売られている。

 懐の小袋から銅貨を出してそれをひとつ買い、ロイは気立てのよさそうな出店のおかみに何気なく聞いた。


「今日って、何かあるんです?」


 女性は肉付きのよい身体を揺らして、鷹揚に笑う。


「おや、何を言っているんだい。明日は王女様の生誕祭じゃないか。今日は、その前日祭だよ」


 その言葉で、ロイもようやく思い出した。そういえば、以前、買い物で誰かとそんな話をしたことが頭の片隅にあったのだ。


「ああ、そういえばそうでしたね。18歳になられたんでしたっけ? 第1王女のフィリア様」


「そうさ。しかも、今回は王女様の婚約者も公式に発表されるようだよ。いやぁ、めでたいねぇ」


「へえ、どなたなのです?」


「それがねぇ……まだ内々の情報だけどね。ここだけの話。あの、有名な魔法使いって噂だよ」


 おかみは片手を口元にあてて、ロイの耳に顔を近づけた。ひそひそ話というやつだ。

 あまり興味ない話題だったので、ロイはテフォンにかぶりつく。口の中に広がる肉汁を味わいつつ、ロイは世間話を続けた。


「有名な魔法使い? もしかして、天才エルドワードですか?」


(彼くらいになれば、確かに王女さまの婚約者になっていてもおかしくはないか)


 宮廷魔法使いエルドワード・ヴィル・フレイユにまつわる噂話には事欠かない。

 元は貧民階級で、実は公爵家の嫡子だったという複雑な身の上。そして、あの美貌だ。それらが絶妙に庶民の心をくすぐるのか、彼に関わる話は様々なものがまことしやかに流布している。

 フィリア王女と良い仲だとか、愛人が両手の指の数では足りないくらいいるだとか、少女を邸に監禁しているだとか、『それは明らかに濡れ衣だ』と、ロイが同情してしまいたくなるような話まであるくらいだ。

 しかし、おかみはロイの言葉に首を振った。


「それがねぇ、エルドワードじゃないんだよ。その師匠だって話だ」


「エルドワードの師匠って、誰でしたっけ。えっと、ザ、ザザ……」


「ザオルグ」


「そう、そうでした」


 宮廷魔法使いともなれば、普通の魔法使いより名が売れている。そのため、一般人でも知っている者は多い。ザオルグは他国にまで名の知られている魔法使いのひとりだ。

 なるほど、確かに彼が王女の婚約者でもおかしくはないか、とロイは得心する。テフォンを食べ終え、手についたパンの粉を叩いて落とした。


「しかもねぇ、噂じゃあ、フィリア王女の方が婚約者にぞっこんらしいよ。平民出身の魔法使いが王女に好かれるなんて夢のある話だねぇ」


「はあ……」


(女の人は、本当に噂話が好きだなぁ)


 ロイは、そろそろ話を切り上げて去ろうかと考え始めていた。

 しかし、次のおかみの言葉に硬直する。


「今回の祭りの目玉はねぇ、魔女裁判と公開処刑だよ。ようやく、あの悪い魔女が捕まったんだって。しかも、今回の魔女の捕獲はそのザオルグの手柄らしいよ」


「魔女裁判……?」


 思わず、ロイは眉をひそめた。

 罪を犯した魔女たちは、異端審問官によってその罪をはかられる。その中でも、重罪を犯した者たちは、広場で公開処刑されてしまうのだ。

 ロイは魔女裁判が嫌いだった。公開処刑など、見せしめとしか思えない。貴族ならば金さえ積めば無罪になるようなものでも、その金が払えず罰を受ける魔女や貧民をたくさん見てきた。

 けれど、無関係な者にとっては、誰かの死さえ娯楽になってしまう。

 ――魔女たちは、王政の下で、民の鬱憤を晴らすための哀れなスケープ・ゴートにされているのだ。

 ロイは皮肉の笑みが浮かべて、おかみに向かって聞いた。


「で、その悪い魔女は、何という名前の方です?」


「それがねぇ、あの悪名高き魔女のドルシアなんだって!」


 楽しげに言われた言葉に、ロイは凍り付いた。


(どういうことだ……? お師匠さまが……?)


 しかし、おかみは嘘を吐いているような顔ではなかった。ロイをからかって遊んでいるふうでもない。

 そういえば、いつもなら鴉を使って連絡を入れてくれているのに、今回はそれがない。


(お師匠さまに、何かあったのか……?)


 ロイは焦燥感に駆られた。

 ふいに、横手の出店から出てきた男が、ロイたちの会話に入ってきた。


「おい、聞いたか? エルドワードが、その魔女ドルシアを匿っていたそうだぞ」


「本当かい、そりゃ?」


 おかみが目を丸くして、隣の店主の男を見つめる。男はまるで自分の手柄とでも言うように得意げな顔で、「おうよ」と鼻の下を指でかいた。


「なんたって、城づとめしてる俺のせがれからの情報だからな。信憑性は高いと思うぜ」


「ってことは、エルドワードも共犯なのかい? あーあ、そりゃガッカリだよ。ひそかに憧れていたのにねぇ。うちの娘も、エルドワードには熱を上げていたのに」


 おかみはため息を落として、頬に片手をあてる。


(お師匠さまと、エルドワードは、何か関係があるのか……? ということは、彼の師であるザオルグとも……?)


 ロイは頭を掻きむしりたくなった。

 いったい何が起こっているのか、さっぱりわからない。


「お師匠さま……いえ、その魔女ドルシアは、いったいどこにいるんです!?」


 ロイが詰め寄るように聞くと、店主は驚いたような表情で後ずさりした。


「いきなりどうした、ぼうず。ドルシアなら、エルドワードと一緒に、城の地下牢にでも閉じ込められているんじゃないか? 多分だけど」


 男の言葉をすべて聞き終える前に、ロイは走り出していた。



 ◇ ◆ ◇



 丘の上にある白亜の城にむかって、門前道を駆けぬける。途中で人々の波に肩を押され、悪態をつかれた。謝る余裕もない。

 ほんの数日前まで、一緒に暮らしていた。

 何てことはない日常を過ごしていた。それらの記憶が、ひどく遠ざかったような気がする。

 水堀に囲まれた城の正門に、跳ね橋がかかっていた。

 息を切らしながら城門を渡ろうとしたところで、目の前に槍が突きつけられる。

 軽くあてられただけだったので痛みはなかったが、その硬い感触に体が強張った。

 横を見ると、守衛が眉をひそめてロイを睨みつける。


「通行許可証は?」


「……そ、れは……」


 そこまで考えが及んでいなかった。

 ロイは深呼吸して、思考を落ち着かせようとする。

 完全に頭に血がのぼっていた。何も考えずに、ここまで走ってきてしまっていた。


「……許可証はない、です」


「なら、帰れ。いま、城には各国の賓客もきている。お前の相手をしているほど、俺も暇じゃないんだ」


 門番は冷淡ささえ滲む声で、そう言った。

 ロイは顔が強張るのを感じながら、城門の奥を見つめた。あと数歩ほど行けば中に入れるというのに、こんなところで立ちどまっている。それが歯がゆく感じた。

 けれど、今は目の前にいる男だけではなく、他の衛兵もたくさんいる。門の左右だけではない。城内にも、武装した騎士らしきすがたが見えていた。


「……魔女ドルシアは、ここにいるんですか?」


 力なく発せられたロイの言葉に、守衛の男はフンと馬鹿にするように鼻で笑う。


「野次馬根性を出すんじゃない。まったく。どこから拾ってきた噂なのか知らないがな。お前のように、町のやつらがぞくぞく押しかけてきて、本当に俺は迷惑しているんだ。これ以上ねばるなら、牢屋にぶち込むぞ」


 吐き捨てるように言われて、ロイは肩を落とした。

 己の無力さを痛感する。

 ここで無理に押し入っても、男の言うように捕まってしまうのが落ちだ。

 城の内部には、訓練をつんだ兵士がたくさんいるだろう。もちろん、宮廷魔法使いもいる。

 ロイの今の実力では、彼らにかないっこない。運よくドルシアに会えたとしても、彼女を連れて逃げることは至難のわざだ。


(それじゃあ、駄目だ……)


 ロイがドルシアの足手まといになっていたのでは、意味がない。

 助けに行きたい。

 せめて、彼女が無事なのかだけでも知りたい。顔が見たい。

 そう切望するのに、何もできない自分が悔しくて、屈辱で、体が震える。

 守衛はため息を落として、乱暴にロイの癖のある茶色の髪を撫でた。


「こんなことで泣くなよ、ぼうず。男だろ」


「……こんなこと、じゃ、ありません」


 ロイは嗚咽が漏れないように苦労しながら、唇を噛みしめる。涙だって、あふれていない。まだ耐えている。


「そんなに悔しがらなくても、数日後には見れるだろ。どうせ、魔女は処刑されるんだからな」


 男は見当違いな発言で、ロイを慰めようとしていた。



 ◇ ◆ ◇



(いったい、ぼくはどうすればいいんだろう……)


 残された時間は短い。

 王女の生誕祭は三日続く。おそらく、最終日にドルシアは処刑される手はずになっているだろう。祭りで一番盛り上がる催しは最終日と決まっていた。

 耳の後ろに心臓があるみたいに、激しく鼓動している。それなのに、足が地面についていないかのような、非現実な感覚だった。


「お師匠さま、ほんとうに……?」


 今なお、ロイはその事実を受け入れることができていない。

 みんな、嘘をついているのだ。国をあげて、ロイを騙そうとしているのだ。そんな滑稽な想像をしてみる。けれど、むなしいだけだった。

 どうやって帰ってきたのか、わからない。

 いつの間にか、ロイは慣れ親しんだ森の家に辿りついていた。

 夕暮れに染まる、煉瓦づくりのちいさな家。

 ドルシアと一緒に過ごした家。

 庭にある薬草が目に留まり、無意識のうちにいつものように手入れをしようと、そちらに足を向けていた。

 小さな黄色い花の茎をつかみ、ロイは思わず、表情を歪めた。

 気がつけば、植えてあった植物を引きちぎり、地面にすべて叩きつけていた。


「なんで……っ」


 わめき散らしたいような衝動が襲ってくる。

 髪を掻きむしり、ロイは両手を頭に押しつけた。

 ――そのとき、突然、誰かの声が聞こえた。


「……え?」


 ロイは周囲を見まわす。

 だが、ここはドルシアの魔法が作用している迷いの森だ。

 野生の動物ならばともかく、普通の人間が立ち入ることができるはずがない。


『……ロイ』


 また、声が聞こえた。

 今度は間違えようがない。それは、低い男の声だった。

 ロイはごくりと唾を飲みこむ。その声は、まるでロイの脳裏に直接響いているかのように、はっきりと聞こえた。

 家の中からだ。

 ロイは、用心しながら玄関の扉を開ける。


(……ほら、誰もいない)


 ロイは笑いたくなった。


「そうだよ。気のせいだ……」


 自分はきっと、疲れていただけなのだろう。そう思おうとした。

 だが、また、男の声がする。


『――こっちだ』


 ロイは一瞬、身体を大きく揺らした。

 そして、そのまま導かれるように、声の方に近づいていく。

 ドルシアの部屋に入り、その本棚の前に立った。

 本棚は、ロイが横に力を入れると簡単に滑って動いた。下に、車輪がついているのだ。

 その後ろには、ドルシアの『秘密の小部屋』へ続く扉がある。

 ロイを呼ぶ声は、その部屋の奥から響いていた。


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