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悪名高き魔女の恋  作者: 高八木レイナ


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18/31

真実

 瞼をわずかに痙攣させて、ドルシアはそっと目を開いた。

 かすみかがっていた視界が、徐々に明らかになっていく。そこは、つみ上げられた藁の上だった。遠くから、水滴が石床をたたく音が響いている。


(ここは……?)


 肌寒さを感じて、身を震わせた。

 お世辞にも綺麗とは言えないような石床の上には、藁しかない。そこからドルシアは身を起こし、手首の痛みに顔をしかめる。

 魔法無効化の魔法陣が、手枷の上で煌々と光っていた。

 周囲には、窓がひとつもない。光源となっているのは、鉄格子の向こう側にある通路の壁にそなえつけられている燭台だけだ。

 空気が澱んでいるのか、すえた臭いが鼻をつく。左右にも檻のようなものがあるのかもしれない。そこから、うめき声のようなものが漏れ聞こえていた。

 ドルシアは苦笑いを浮かべた。


(最近、こんな目にあってばかりだわ……)


 もちろん、エルドワードに囚われるのとは、わけが違う。

 ここには彼の邸にあったような、ふかふかのベッドなどない。藁が敷いてあるとはいえ、硬い床に身体を寝かせていたので、体のあちこちに痛みをおぼえる。


「エルド……」


 硬質な空間に、ドルシアのささやき声が反響する。


(彼は無事かしら……)


 それが、ひどく気がかりだった。

 最後に言葉を交わしたのは、いつだっただろう。

 目覚めたときには、彼はいなかった。もしも、このまま会えずに世界が終わりを迎えることを想像すると、心臓を冷たい手でつかまれたかのよう心地になる。

 鉄格子に近づき、かるく揺さぶってみた。

 それは指二本分ほどの厚みで、とても曲げることなどできそうにない。エルドワードの邸の鎖とは太さも違う。ドルシアはそっと息を吐いた。

 冷たい鉄格子に頬を押しつけて、外のようすを探ろうと苦心する。右手の通路の先は行き止まりのようだ。ドルシアのいる檻のような部屋が並んでいる。

 左手に視線を向ければ、通路の先の暗がりに上へ続く階段のようなものが見えた。


(なんとか、あそこまで行けたら……)


 どうやら、地下牢のようだ。

 ドルシアも実物を見たことはなかったが、おそらく王城の新しいほうの地下牢ではないか、と見当をつける。個人でこんな規模の牢獄を用意するはずがない。

 焦りばかりが先にたち、額に嫌な汗が浮いてくる。ドルシアは深呼吸をして、感情を落ち着かせようとした。


(――ザオルグ先生を討つ)


 そう覚悟を決めようとすればするほど、過去の光景がまざまざと目に浮かぶ。

 ザオルグに頭を撫でられたり。彼に出された課題を、エルドワードと徹夜して取り組んだ日々のことを。

 それは、苦しいだけではなかった。

 ドルシアにとって、大事な時間だった。

 だからこそ、護りたかった。滅びを阻止して、また彼らと日常を歩みたいと思っていたはずなのに――。

 鉄格子をつかむ手がゆるみ、地面にむかって落ちた。

 ふいに、硬い靴底が地面を叩く音が聞こえた。最初は小さかったそれが、どんどん近づいてくる。視線を左手に向ければ、誰かが提げもつ手燭の明かりが、ぼうと薄暗い階段をまるく照らしていた。


(あれは……)


 先導するのは、騎士らしき格好の男だ。

 その後ろに、ドルシアのよく知る人物がいた。ザオルグだ。

 ドルシアは身を強張らせ、後ずさりした。そのまま、鉄格子から遠ざかろうとして、壁に背中がぶつかる。とっさに攻撃魔法を詠唱しようとして、手首にある魔法無効化の魔法陣に気付いた。

 ――逃げようとしても無理だ。

 ザオルグがドルシアを殺そうとすれば、避けるすべなどない。けれど、心だけは負けまいと、ドルシアは目に力を込めた。

 睨みつけるようにして待っていると、まもなく、ザオルグがにやにや笑いを浮かべて、ドルシアのいる牢の鉄格子の前に立つ。


「意外と元気そうだな」


 気安い口調だった。

 ザオルグは隣にいた騎士ふたりに「下がっていいぞ」と声をかける。だが、彼らは居住まいをただし、左胸に拳を打ちつけた。騎士がよくする敬礼だ。


「――いえ、恐れながら……ザオルグ様をおひとりで、おぞましい罪人のそばに置いていくわけには参りません!」


「そうです! 我々には、ザオルグ様をお守りする役目があります。それが、フィリア王女様のご命令ですから」


「愚直だな。そういうのって、疲れない?」


 騎士たちは、ザオルグの発言にたじろぐようなようすを見せた。ザオルグは小さく嘆息すると、呪文を唱えはじめる。


『それは乙女のささやき 夢へいざなう 妖精の架け橋 彼らに安らかな眠りを与えよ』


「なっ……」


 衛兵たちが、その場に膝をついた。頭を押さえて、その呪文の効力から逃れようとしている。間もなく、ふたりの男は地面に倒れ込んだ。

 ドルシアが呆然としてその光景をみていると、ザオルグは悪びれもなく肩をすくめる。


「邪魔だから、眠ってもらった。こいつらは、俺の警護をまかされているけど、俺の見張り役でもあるからな。話を聞かれたら面倒だ」


「見張り……?」


 何故、彼を見張るような真似をしなければならないのか。

 ドルシアが抱いた当然の疑問に答えるように、ザオルグは道化のようにおどけて言う。


「俺が逃げ出さないように、王女の護衛の騎士たちに見張られているってわけ。いやー、愛されちゃってて、つらいなぁ」


 ドルシアは眉根をよせた。


「ザオルグ先生は、フィリア王女と……?」


 ザオルグが8年前から、フィリア王女と交流があったことは知っている。だが、男女の仲ということまでは、ドルシアも考えが及ばなかった。


(そういう話になったのって、いつから……?)


 さすがに、ザオルグと王女の噂があれば、ドルシアの耳にも入っていただろう。だてに、鴉を放って情報収集をしていない。

 隣国の魔女についての話がドルシアの情報網にかかっていなかったのは痛手だが、それは他国のことだからだ。世界を滅ぼすほど魔法に長けた者なら、魔法大国であるフィルディル王国に根を張るだろうと、ドルシアは考え込んでいた。だから、自国を中心に情報を探していた。

 ――けれど、ザオルグの情報は網の目から抜け落ちてしまっていた。

 かつては師弟関係だったということもあって、普段ならばおかしいと気づくような彼の噂も、見逃してしまっていたのかもしれない。

 ドルシアは唇を噛みしめる。


「そうそう。フィリア王女様のお誕生日に、俺が婚約者として正式に発表される。俺も王族の縁戚になるってわけ」


「……そのために、私を捕まえようと? 手柄をたてて、フィリア王女と結婚するために?」


 引き絞るように、ドルシアは喉から声を出した。

 ザオルグは優しく微笑んだ後、鉄格子をつかんだ。じゅっと嫌な音が立つ。

 何かと思ってそちらを凝視すれば、ザオルグが握っていた部分の鉄格子が溶けていた。

 鉄格子は赤く雫を垂らすほど熱を発しているのに、ザオルグは熱さや痛みを感じていないようだ。


「俺が、フィリアを得るために、お前たちを陥れたとでも思っているのか。それは、俺にとっての最大の侮辱だな。反吐がでる」


「どうして……」


(いま、ザオルグ先生は呪文を唱えた……?)


 ドルシアは何も耳にしていない。たとえ軽い呪文であれ、詠唱は必要なはずだ。そうでなければ、魔法は発動しない。


「ああ……怒りのあまり、変化の魔法が解けてしまったじゃないか。まあ、いいか。お前は口封じする必要もない。どうせ、お前はもうじき処刑されるのだからな」


 ザオルグの姿形が揺らぎ、輪郭を変えていく。

 緑色の魔法の微光が空気中に散った。

 鉄格子の向こうに立っていたのは、ドルシアの知らない相手だった。

 まとっていたローブの、大きさがあわなくなっている。

 赤銅色の髪は後ろでひとつに束ねてあり、その瞳の紫紺色も以前と変わらない。容姿にも、青年だったときの面影がある。


「……ザオルグ先生?」


 けれど、ザオルグは、明らかに若返っていた。おそらく、10代前半ほどだろう。見た目は、ロイとさほど変わらないように見える。

 ザオルグは口の端をゆがめた。


「魔法使いはある一定の能力を越えると、外見年齢が止まる。そう、授業で教えたはずだが?」


「だって、……それは……」


 ドルシアの外見年齢は、まだ止まっていない。他の同じ年の少女と同じように、いまも年を重ねている。

 いつかは外見年齢が止まってしまうかもしれない。だが、それはもっと先のことだ。多くの宮廷魔法使いのように、20代で時を止めるのだろう。そう、ドルシアは考えていた。

 10代前半で外見年齢が止まった者の話なんて、聞いたこともなかった。それほどの能力があるならば、賢者と呼ばれていてもおかしくないだろう。

 ザオルグは、口元を緩めた。


「こんななりをしていても、寿命が延びるわけではないのにな。魔法使いは、やがて老いることがなくなる。不思議なものだ」


 ドルシアは、見知らぬ相手を前にしているかのように、じっと彼を見つめる。


「これが、最後の師弟の会話になるか? もう、俺たちには時間がない。終わりの時が迫っている」


「終わりの、時……」


 その恐ろしい響きに、ドルシアの背筋が寒くなる。


「俺が何のために、ここまできたと思う?」


 ザオルグはそう言うなり、鉄格子を握りしめた。彼が外側から鍵がある金具の部分をつかむと、いともたやすくそれは溶けて崩れていく。

 嫌な音をたてて、鉄扉が開いた。

 ドルシアは大きく身を震わせた。近づいてくるザオルグを見据える。


「お前には手こずらせてもらったよ。この俺や、エルドが、いつまで経っても尻尾をつかむことができなかったんだからな。でも、ようやくお前をおびき出すことに成功した。重罪をなすりつければ、さすがにお前も黙っていられない。公衆の面前にすがたを現すだろうと思ったんだ」


 無実の罪をきせたのは、そういう理由だったのだ。

 ドルシアを罠にはめて、何かの目的を達成させるために。


「――さあ、お前が持ち出した禁書がどこにあるのか、吐いてもらおうか。なあ、ティナ?」


 ザオルグは見た目の少年らしさを裏切るように、ぞっとするような笑みを浮かべた。



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