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悪名高き魔女の恋  作者: 高八木レイナ


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囚われの天才1

 フィルディル王国の王宮の地下に、転移の魔法陣がある。

 エルドワードは王宮に戻るなり、ぶるりと身を震わせた。しっとりとした地下特有の空気が肌を撫でる。

 足元にある魔法陣が石造りの床の上で、青白く輝いていた。

 すぐそばには鉄格子と扉があり、そこがもとは地下牢だったことをうかがわせる。

 エルドワードはひそかにため息を落とした。

 この場所は旧地下牢にあたる。王城は長年のあいだに改築を重ねており、このように使われていない場所を有効利用してやろうと、宮廷魔法使いたちが転移の魔法陣を置いているのだ。


(……はやく戻りたい)


 久しぶりに会えた彼女は、相変わらず愛らしかった。会えなかった時間を埋めるように、ずっと抱きしめていたい。

 本当は、他の男に見られないよう、どこかに閉じ込めておきたかった。

 彼女が大罪人だろうとそうでなかろうと、どうでもいい。そもそも、エルドワードにとって、そんなことは重要ではない。


(やはり、ノアルンの邸と王城がつながっていることが心配だ。しかし、この場所と邸をつなげたのは4年前のことだし、魔法陣を取り払うと今後不便になってしまう)


 まさか魔女ドルシアを監禁していると誰も思うはずもないが、万が一ということもある。

 彼女に逃げられないかという心配もあるが、むしろ、彼女が誰かにさらわれて危険な目にあったりしないだろうか、という不安のほうが強い。

 エルドワードは宮廷魔法使いであると同時に、ノアルンの領主でもある。

 ある程度は信頼できる配下に仕事を任せているものの、やはりどうしても自身で判断しなければならないものも出てくる。そのため、王城に転移の魔法陣を置いておくことを条件に、エルドワードは4年前に宮廷で働くことを引き受けたのだ。


(……戻ったら、すぐに彼女を別の場所に連れていこう。魔法陣の場所を移動させるよりも、そちらのほうが簡単だ)


 そう判断をくだし、地下牢の階段をのぼっていく。

 エルドワードは高名な宮廷魔法使いの例にもれず、王宮内に部屋を賜っていた。だが、そちらには向かわず、まっすぐにザオルグの執務室の方角に足を運ぶ。

 顔見知りの衛兵や魔法使いとかるい挨拶をしながら進んでいくと、目的の場所が見えてきた。

 王宮内でも、王族の居室に近い部屋だ。それで、どれだけザオルグが宮廷内で優遇されているか見てとれる。王宮内での地位の高さは、どの部屋を賜っているかで、あるていど外部からも推察できてしまう。

 いま衛兵は廊下にはおらず、周囲は静まり返っていた。

 ザオルグの部屋の扉をノックしかけて、ふと、エルドワードは違和感をおぼえる。こういうときの勘は、まったく外れない。

 じっと樫の木扉を眺めていると、魔法文字が見えてきた。


(目くらましの魔法……?)


 その魔法がかけられていたせいで、気付くのが遅れたようだ。目くらましの魔法陣の下には、ふたつの魔法陣が浮かび上がっている。

 防音と、鍵の魔法だ。

 エルドワードは魔法文字を読み解きながら、訝しく思った。

 魔法使いには、防音の魔法をつかう者は多い。何しろ研究職なので、その仕事に集中したいときに周囲から音を閉ざすというのは効率が良いのだ。

 けれど、ザオルグがそういうことをしているところを、これまで見たことがなかった。ザオルグの場合、緊急でどこかから呼び出しを受けることも多いからだろう。そういうとき、すぐに知らせが入ってこないと困る。

 エルドワードが気になったのは、防音よりも目くらましの魔法のほうだった。

 目くらましの魔法は、その魔法をかけていることを他の魔法使いに知らせたくないときにつかう。とはいえ、よく観察すれば気づかれてしまう程度の効力しかないので、戦場でのトラップ隠しなど、いっとき相手の目を誤魔化すくらいのことしかできないのだが。


(もしかして、僕を試しているのか……?)


 ザオルグは、たまにそういう遊びを取り入れることがある。油断していると、試練と称して無理難題をふっかけてきたりするのだ。迷惑この上ない、と思う。

 エルドワードは少しだけ考えたあと、鍵を開ける呪文を口にした。

 防音の魔法を壊すまでもない。物音が消えているだけなら、扉を開けることができれば良いだろう。

 魔法が発動したことを確認すると、エルドワードは取っ手を握りしめた。

 いきなり罠にはめられることを警戒して、エルドワードは慎重になかの様子をうかがい見た。

 室内は相変わらず汚い。ごみが落ちているわけではないのだが、本棚に収まりきらなくなった書籍が床のあちこちにつまれている。しかも、魔法具がいろんな箇所に置かれているので、ごちゃごちゃした印象を受けた。


(おかしいな……。先生がいない? もしかして、隣の部屋にいるのか……?)


 エルドワードはできるだけ音をたてずに、室内に滑り込んだ。

 扉をそっと閉ざし、執務室の隣の小部屋に目をむける。そちらはザオルグが休憩のために使っている場所だ。ひょっとすると、ソファーで眠っているのかもしれない。

 エルドワードは、すこし悩みながら何気なく視線を室内に向ける。

 魔法文字を書きつけた紙があたりに散乱していた。そんななかで、エルドワードの意識に引っかかるものがあった。


(なんだ……?)


 一瞬、違和感をおぼえた。

 その場所にむかってみると、執務用にあつらえた大きめの机の上にある紙切れが目にとまった。

 羽ペンで書きつけた何かの魔法陣だ。いまは半分が破られ、意味をなさないものになってしまっている。


(どうして、これが……?)


 何故それが意識に引っかかったのか、エルドワードにはわからなかった。

 己のなかの何かが、おかしいと訴えている。紙に書き留められた半分の魔法陣は、これまで見たことがないほど綿密に組み合わされた魔法言語だ。


(恐ろしいほどの威力を秘めた、攻撃魔法……? いや、違う。これは何だ……? それに、この魔法文字の癖は……)


 魔法陣が欠けているせいで、全容がつかめない。

 もっとよく魔法文字を読み解こうとしたところで、後ろから物音が聞こえた。

 振りかえってみれば、奥の部屋の扉の前に、ザオルグが立っている。


「よお、エルド。無断で休むのは良くないぞ。師匠の俺に迷惑をかけやがって」


 ザオルグはそう軽口を叩いた。

 エルドワードは肩をすくめる。いつも通りのザオルグに毒気をぬかれたのだ。


「ちゃんと休むことは伝えたでしょう。それより、誰かとご一緒だったのですか?」


 ザオルグ以外の気配を感じて、エルドワードはザオルグの背後に視線を向ける。奥の部屋に、ザオルグ以外の者の気配を感じたのだ。

 急に、そこからドレスをまとった女性が飛び出してきた。

 彼女は何かを隠すように胸元を押さえて、荒い息をしている。頭からすっぽりとケープをかぶっていたので、目元が見えない。ケープからわずかにこぼれ落ちた金髪と、熟れたように染まった頬の色があざやかだった。

 衣装の乱れこそなかったが、状況からふたりが何をしていたのか嫌でも察してしまう。

 彼女は無言で執務室から出て行ってしまった。


「ありゃ」


 ザオルグが噴き出すのを堪えるように、口元に手をあてている。

 エルドワードは半眼になって、ザオルグを冷たく見つめた。


「ザオルグ先生、何やっているんですか」


「いやぁ、あはは」


「あはは、じゃないでしょう」


「エルド、お前ってそんなかたいこと言うやつだったっけ?」


 悪びれもしないザオルグに、エルドワードは深くため息をついた。ひどく苛立ち、己の髪をぐしゃりと掻きまわす。


「――いいえ。ザオルグ先生が誰とまぐわっていようが、ティナでない限り、僕にはどうでもいい話ですけれど。でも、相手は選んでいただきたい」


「おや」


 ザオルグの瞳が煌めいた。

 彼はひどく楽しげな表情をしている。

 エルドワードの言葉が意外で、それでいて、核心をついていたからだろう。たまに、ザオルグはエルドワードに対してだけ、そんな反応をする。


「だって、さっきの方……フィリア王女でしょう?」


 さすがに声をひそめて、エルドワードは言った。防音の魔法がかかっていることは知っていても、心情的にそうせざるを得ないところがある。

 ザオルグはゆったりと微笑む。


「正解だ、馬鹿弟子」


「馬鹿ではないです。残念ながら、僕は天才だ」


 でなければ、相手の容姿もはっきり見ていないのに、それがフィリア王女だとわかるはずがない。

 同じ背格好の女性が、王宮内にどれだけいるか。仕立てのよいドレス。金髪。わずかに見えた手の形。ザオルグの交友関係――そういったささやかな判断材料が、エルドワードに相手が誰であるかを推察させた。

 エルドワードはいちど目にしたものを、決して忘れない。瞬時に、脳裏に再現することができる。

 潜在的な魔力量でいうなら、エルドワードはザオルグにおよばないだろう。けれど、エルドワードを天才たらしめているのは、その記録能力だ。それが複雑な魔法詠唱を可能にする。

 エルドワードは、やや気まずいような気持ちでザオルグから視線を逸らした。


「……先ほどの言葉は訂正します。ザオルグ先生が、ティナ以外なら、どんな方と肉体関係があろうといいと思っていました。けれど、犬猫や畜生も、やめていただきたい。そんなものたちと交わるようでは、醜聞は避けられませんからね。僕とティナの師匠として、ふさわしくない。人間の女性相手ならばとやかく言うつもりはないですが――それでも、彼女だけはだめです」


「犬猫と王女を同列にするなよ。あと、俺に変な趣味をつけるな」


 ザオルグは肩を揺らして笑う。


「ザオルグ先生、僕は冗談を言っているわけではないんですよ。不敬罪でフィルディル王に殺されたいんですか」


 未婚の女性に手をだすことは、社交界ではタブーとされている。結婚後は貞操観念がゆるくなる者も多いが。


「どうやら、俺と王女は婚約するらしい。王女からそう言われた」


 ザオルグは、あまり興味なさげにそう言った。


「……そうなんですか?」


 エルドワードはすこし考えたあと、首を振る。


「それでも良くないですね」


 たとえ婚約者の関係だろうと、結婚前に男女の関係になるのは顔をしかめられる行為だ。下級貴族ならまだ互いの両親も不承不承許すかもしれないが、相手は王女。周囲に知られたらザオルグは厳しい罰を受けかねない。

 ザオルグはゆっくりとエルドワードのほうに近づいてくる。ザオルグは何故か、困ったような表情で笑っていた。


「エルド、お前って、ほんとうに可愛い奴だよな」


「は? 気持ち悪いですよ」


「何だかんだ言いつつ、俺のことを心配してそう言っているんだろう?」


 エルドワードは絶句した。

 内心では、とても動揺していた。耐えきれなくなり、口元に手を押しあてて、ザオルグから視線を外す。

 ザオルグがエルドワードをからかうためか、にやにやしながら近づいてきた。目の前までやってくる。


「でもなぁ、そういうところが甘いんだよな。さっき一瞬、俺のことを疑ったくせに」


 次の瞬間、エルドワードは腹部に強烈な拳の一撃を受けていた。

 ふいうちの攻撃をまともに食らい、エルドワードはその場に崩れ落ちた。


「悪いな。お前相手じゃ、手加減できない」


 ザオルグのそう言う声が、遠くに聞こえた。



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