第8話
「紫瞳は、初代国王陛下の血筋の証。お前は、グレアキア王族に連なる者なんだよ」
真剣な眼差しで告げられた告白に、私はというと。
「…………お父様、流石にそれは嘘だと分かります」
基本的に大好きな父親の言うことを信じたい気持ちはあるが、これは無理だ。というかそんな漫画みたいな話が、そうそうあってたまるか。ただし異世界転生した私自身のことについては眼を瞑っとく。
そもそも、ゲームに登場するメデューサにそんな設定はない。もしそうなら、彼女の性格上、ゲーム中で絶対触れ回る筈だ。
「嘘ではないんだよ」
「そう仰られましても、とても信じられる内容ではないですよ」
「証拠はある。ーーグラース」
お父様が扉の方に呼び掛けると、扉が開いて白い布に包まれた、長方形の平べったい物を持ったグラースが入ってきた。
「絵画、ですか?」
「ああ。グラース、布を」
「あいよ」
グラースが絵画を私の前のテーブルに丁寧に置き、スルリと布を取り払うと、二人の人物が描かれた絵画が現れた。
「これは……」
「私の両親、つまりお前のお祖父様とお祖母様だよ」
初めて見る自分の祖父母を、食い入るように見つめる。逞しい身体付きをした男性と、椅子に座る優美さを醸し出した女性。
「祖父の名がゼルク、祖母はヒルダ。結婚してすぐに描かれたそうだ」
「お祖父様とお祖母様……」
若かりし頃のお祖父様は灰色の髪に口髭を蓄え、何よりその鋭い眼光に目がいく。よく鍛えられた肉体から、武芸の心得があるのだろうと推察する。そしてお祖母様、絵画からでもわかる美しい女性は、緩やかに波立つ長い金髪に、私と同じ紫の瞳を細め、嫋やかな笑みを浮かべていた。
「お祖母様は先代国王と正妃の間に生まれた、正真正銘の王族だったんだ」
「ではどうして、お祖父様と?」
お婆様が王族だとしたら、五爵の中でも中級の伯爵家に嫁ぐなんて、普通あり得ないことだ。慣例通りなら、王位を継げない姫は隣国の王族や公爵家に嫁がされる。この国では当然のこと。なのに伯爵家に降嫁なんて、一体どんな深い理由が……。
「ん? 恋愛結婚だよ。当時、王宮騎士団長だったお祖父様に、お祖母様が恋をしたんだ。でもお祖母様は五百年ぶりに生まれた紫瞳だったから、とても大切にされていてね。だからその時は周囲から散々反対されてたらしい。
因みにウチはその時は侯爵位だったんだけど、この件で王家の怒りを買って、騎士の解任、爵位を降格されたんだよ」
お祖父様は歴代最強の騎士と言われていたから、反対する者も多かったが、当時の陛下は撤回されなかった。それ程までにお祖母様を大事にされていたのだろう、とお父様は続けた。
「それでもお祖母様はお祖父様との結婚を諦めなかった。次第には国民が二人の障害のある恋愛を応援するようになって、王族貴族の間でも支持する者も現れるようになった。結局、最後まで反対していたのは、陛下のみとなってしまったけれど」
「お二人は、幸せだったのでしょうか?」
特にお祖母様は、実のお父上に祝福してもらえなかったことを、どのように感じていたのだろう。
「メデューサ、そんな悲しそうな顔をするんじゃない。私の知る限りお祖母様もお祖父様も、この北の辺境地に追いやられてもなお、幸せそうだった」
そう懐かしげに眼を細めるお父様は、嘘を付いているようには見えなかった。実の息子がそう言うのなら本当なのだろう。
でも。
「私が王家の血筋と言うなら、同じ紫の瞳を持つマーリン様やオズだってそうでなければおかしいのでは?」
「わしと英雄王は別系統じゃよ。ちなみにそのオズという獣も魔力を持っているようじゃが、勿論王族ではないよ」
別系統……。ならば貴方は一体どこから来たのだと見つめるが、マーリン様は笑みを浮かべたまま、それ以上話しをする気はないようだった。
「メデューサ。私の話を信じてくれるかい?」
「正直、まだ疑問は残ります……でも、最も重要な話はこれからなのでしょう?」
お父様は最初に、『私が大きくなってから話すつもりだったが、そうも言ってられない状況になった。』と言っていた。
つまり、私が紫瞳で王族の血を引いていることが関係している話、ということだ。
「ーー王家、ですか……」
それしかないだろう、と確信を持って尋ねれば、お父様は苦虫を噛み潰したような表情になり、マーリン様は何故だか面白げに眼を細めた。
お父様は僅かに逡巡した後、覚悟したように一つ頷いた。そして褐色の瞳で、真っ直ぐ私を見つめ、口を開いた。
「私は今まで、お前を敷地内から出したことはなかったね。塀の外は凶暴な獣がいるからと言って。……けれど本当の理由は、お前が人の目に触れて、王家にお前の存在を知られることを恐れてたからなんだ」
「え?」
「お前は王族ではないが、お祖母様以来の紫瞳の娘。さらにお祖母様は既に亡くなっているから、今やこの国唯一の存在だ」
心臓がドクドクと波打つ。
待って、私って思った以上に大変な立ち位置にいる……?
「紫瞳は王家の象徴とも言える特別なもの。通常の場合、紫瞳が生まれると、国内から王家とも血のつながりのある人物を輿入れさせて、その血を外に出さないようにするんだ。再び王家に紫瞳が生まれてくるようにね」
お祖母様は中々難儀なお立場だったようだ。大切に育てられたのだろうけど、結構窮屈な生活だったのではないだろうか。そう考えるとお祖父様と結ばれて良かったと思うけれど、実際、私という紫瞳が生まれたわけだし、余計にお嫁にやらなきゃ良かったって、あちらさんは思って…………あれ?
「お父様……」
「うん」
「バレたのですか? 私のこと」
「でないと、召喚状なんて来ないだろうね」
ぴらりとお父様の指に挟まれた手紙には、牡丹が印璽されていた。ゲームでも見たことのある、紛れも無いグレアキア王家の紋章だ。
無意識に顔が引き攣ったのがわかった。
マジでか。