第4話
「…………わかった」
長い沈黙の後、お父様は頷いた。
「……ごめんなさい」
「謝ることはない。確かに教えてもらえないのは残念だが、お前は賢い子だ。この事を私に話すまでに、沢山悩んだんだろう?」
「お父様……」
「だが、もし私の力が必要になったらすぐに言いなさい。必ず力になろう」
優しい笑みを浮かべるお父様に、私は泣きそうになるのを堪え、精一杯の笑顔で応える。鏡を見たらきっと変な顔になってることだろう。
「ああそうだ。一つ訂正しなくてはいけないね」
「……え?」
今度は悪戯っぽい笑みをするお父様に、首を傾げる。
「お前は『理想の娘になれない』と言ったが、あれは間違いだよ、メデューサ」
そう言うと、お父様は立ち上がり、私の傍まで来て片膝を付いた。いつもは高い位置にある褐色の瞳に見上げられ、少し新鮮な心地になる。
「メデューサ。お前は賢く、とても思慮深い。その上努力家で、考えを行動に移す勇気と、命を思い遣る優しさがある。……こんなにも素晴らしい娘なのに、どうして理想ではないなんて言えるというんだい?」
大きくてごつごつした掌が頭を撫でる。
「お前は私の誇りだよ、メデューサ」
慈しむような眼差しに、先程まで引っ込んでいた涙が一気に溢れてきた。一度流れると止まらなくなり、私は嗚咽を漏らしながらお父様の肩に顔を埋めた。
あやすように背中を叩かれ、ほう、と安心する。しかもうとうとしてきた。やばい寝そうだ。
不意にぺろりと、頰に生温かい湿った感触がして、閉じかけていた瞼を開く。
お父様から離れて、膝の上に立ち懸命に涙を舐め取ろうとする子犬を見下ろす。プルプルと今にも崩れてしまいそうな後ろ足を助けるため、子犬を抱き上げた。
「ありがとう、もう大丈夫よ」
そう言っても、まだ舐めるのをやめようとしない子犬に苦笑い。
そういえば、まだこの子の名前を考えていなかった。
「この子の名前はどうするんだい?」
お父様も同じことを思っていたらしく、私は顎に指を当て、うーんと唸る。
覚えやすく呼びやすい方が良いので、変に凝った名前は却下だ。
前世ではキラキラネームなるものがあったようだが、あれはなんだか残念な気持ちになる。あんなキラキラし過ぎて目も当てられないような名前を、もし私が付けられたら即刻改名の手続きを行うね。って、いけないいけない。この世界、漢字無かった。
かと言ってクロとかチビとか、ありきたりの名前も嫌だし。 スペシャリティは欲しいよねやっぱり。だとしたらこの世界ではあまり使われない名前が良いだろう。
そうなると、前世の記憶から引っ張ってくるか……。
「……『オズ』」
「? なんだいメデューサ?」
「この子の名前、『オズ』にします」
言わずもがな、『オズの魔法使い』から戴きました。本当は黒い犬で連想したのは、前世見た絵本の、主人公の愛犬トトなのだが、なんとなく将来的にこの子はオズの方が似合いそうだと、勘が言っているような気がしたのだ。
「珍しい名前だな。でも、良いんじゃないか? 似合ってると思うよ。リタもそう思うだろう?」
「ええ、そうですね」
今まで成り行きを見守っていたリタが、微笑みを浮かべながら頷く。二人に肯定してもらい、私は嬉しくなってオズと名付けた子犬に向き直る。
「これからよろしくね、オズ」
「ワンっ」
元気の良い返事に、私達は顔を綻ばせた。
……あれ? 今一瞬、オズの瞳が光ったような……?