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第2話


 一人前の魔法師になる。そう決意してから二年が経ち、私は七歳になった。

 あの日から、私は屋敷の書庫に籠ることが多くなった。魔法勉強は勿論、このグレアキア王国の歴史や社会情勢といった、外に出ても恥ずかしくない程度の常識と知識を身に付けるためだ。

 我が家の書庫は、裕福ではないわりにかなりの数の蔵書があり、初めて見た時は驚いたものだ。

 始めの内は、お父様も突然の娘の変化に戸惑っていたけど、もっと魔法について学びたいと言えば快く了承してくれた。


「……そろそろお昼の時間ね」


 繊細な模様が刻まれた懐中時計を確認して、今し方読んでいた本のページに栞を挿んで閉じた。以前、食事や寝る時間すら忘れて読書に没頭し、あの優しいお父様から大目玉を喰らってからは、こうしてこまめに時計を気にするようにしている。

 この懐中時計はその時にお父様から戴いた物で、年季は入っているけれど、大事にしていた物だと一目でわかった。それからはずっと首に掛けて服の中にしまって持ち歩いている。


「お嬢様?」

「リタ。私はここよ」


 我が家が雇う数少ない侍女の一人で私の世話係のリタが、ノックの後書庫に入ってきた。私を見つけるとほっと表情を柔らかくする。


「よかった。今日はいらっしゃいましたね」

「今日はって、私はいつもここにいるわ」

「いいえ。最近のお嬢様はこっそりお外に出て、魔法の練習をなさってることが多いでしょう? ガランサス家のお庭は広うございますから、探すのが大変なんです」


 バレている。確かにリタの言う通り、最近は外に出るようになった。そろそろ実践練習を開始しても大丈夫だと判断したからなのだか。でもそれはリタを含む使用人達が見回りに来る時間を除いた時で、それ以外は書庫にいるようにしていた。

 優しく微笑んでいる侍女をちらりと盗み見て、やはりガランサス家の使用人、油断ならない、と改めて思い知るのであった。




*****




 昼食の後、私は廊下を歩きながら今後の実践練習について考える。もう少し大きくなってから、お父様に魔法使用について話すつもりだったが、リタに知られている以上、雇い主であるお父様にも筒抜けだろう。それでもお父様は何も言ってこないということは、許容されていると取っていい筈だ。

 それなら今後は心置き無く、魔法を練習できるというもの。


「ムフフ。思いっきり練習したい魔法があったのよねー……て、うん?」


 庭の方に、一瞬何かいた。素早くて何だったのかはわからなかったけど。窓に寄って覗き込むが、何もなかった。

 何となく気になって、私は庭に出た。我が家がの庭は、自分で言うのもなんだがかなり広い。屋敷を囲う塀が遠く、屋敷と塀の間には森に近い林があったりするのだ。

 そのため子供の私は庭に出たとしても、屋敷のすぐ側までしか許されていない。魔法の練習も、その言い付けだけは守って行っていた。

 しかし先程の影は、恐らくこの森のような林に隠れている気がする。勿論ここは、一人で行ってはいけない場所である。


「……ちょっとくらいならいい、わよね」


 敷地内だとしても初めて行く場所は、やはり怖く感じる。けど、好奇心に勝てないのも人間の性だと思う。前世で観たホラー映像とかも、怖いけど観ちゃうみたいな。

 言い訳じみたことを考えながら、私は少し薄暗い林の中に入って行った。


 暫く進むと、本当にウチの庭かと疑う程、周りは木ばかりとなった。慣れたら森林浴とか楽しそうだけど、生憎、今は余裕はない。

 時折聞こえる羽音や木々のざわめきに一々ヒビってしまう。

 うう、一人きりだとここまで心細いとは……。

 その時、頭上近くを鴉が飛んで行った。


「ほぎゃあああっ!」


 私は情けない悲鳴を上げて、その場にしゃがみ込んだ。

 鴉は駄目だよ鴉は! 前世の話だけど、追いかけられたことがあるのだ。公園に巣なんか作りやがって。あいつらマジ怖い。

 あれ? 私が経験したことじゃないのに、何故かトラウマになってる。何故だ。


 そろそろと顔を上げると、前方に鴉達が集まっていた。皆、私のことなんか目もくれない。攻撃対象にされたわけじゃないことに一先ず安心する。

 しかし鴉達の向こう側に何かいる。どうやら鴉達はそれに群がっているようだ。

 ゆっくり気付かれないように近付く。


「……あっ」


 黒い小さな獣が見えた。死骸かと思ったが小刻みに震えてるのを見ると、生きているようだ。

 そこで私の中で火が点いた。集団で弱いものいじめ、これはいけない。前世の価値観なんてものがなくても、その行いが許される類いではないことなど、私は知っている。

 自然界の掟、という言葉が浮かんだけど、放っておける程、私は世の道理を理解していない。

 スッと両手を胸の前に持ち上げる。


 ーーーーパンッ!!


 勢い良く両方の掌を打ち鳴らした。

 音に驚いた鴉達は、羽音を立てて一斉に飛び立って行った。よし、勝った。

 この拍手攻撃は、前世の私が鴉と対峙した時によくやっていたのだ。大抵は逃げて行くが、偶に肝の据わった奴とかいて、半ベソをかいたものだ。


 黒い羽が舞う中、私は小さな黒い塊に近寄った。


「大丈夫……?」


 しゃがんで声を掛けると、黒い塊は恐る恐るといった風に頭を上げた。

 その顔を見た瞬間、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。


「……か」


 黒い獣が首を傾げる。


「かわいい……っ!」


 堪らず、そのまま獣を抱き締めた。顔が汚れるのも構わず、黒い毛をすりすりする。

 この獣は、前世で見た柴犬という犬種の子供にそっくりだったのだ。つぶらな瞳、高くない鼻、情けない顔つき。どれもこれもどストライクだった。

 前世の私は動物が大好き(一部を除く)で、特に犬を愛していた。実際に飼って育ててもいたし、何百種類とある犬種をそらで言える程。

 私はそうやって犬と触れ合っている様子を思い出しては羨ましく思っていたものだ。なんせ、敷地内にいるのは、馬や牛、鶏等の家畜ぐらいで、愛でるには少し物足りない上に、今の私は塀の外にすら出たことはないのだから。

 私は柴犬(?)を離すと、抱っこしたまま視線を合わせた。


「あれ? あなたも……」


 柴犬もどきは、私と同じ紫色の瞳をしていた。いや、私よりもっと濃いかもしれない。

 その美しさ見惚れていると、不意に柴犬(?)が、私の口を舐めた。

 アレ、なんか前にもこんなことが……。


 私はまたも気を失った。






*****







 夢を見ていた。

 多分、前世の夢だろう。証拠に、私の前にはテレビがあって、画面には金髪の青年が映っている。視線を下げると、手にはコントローラー。成る程、今私は乙女ゲームというものをしているのか。

 画面が切り替わる。先程までの立ち絵ではなく、朱鷺色の髪をした少女と金髪の青年が、口付けを交わしている。


「やった! 王子攻略完了!」


 私の口から意思とは関係無く、言葉が出てきた。漸くこの身体が私のではないことに気付いた。目の端に写るのは黒髪だし、コントローラを握る手も私のものより日に焼けている。

 ……にしても、これが前世の記憶だとしたら、初めて見る内容だ。五歳の時に、全て思い出したと思ったのに。それに前回は、乙女ゲームのおの字すら無かった筈が、何故か今なのか。

 思考の海に沈みかけた時、再び口が動いた。


「全く、『メデューサ』の妨害には困ったもんだよ。名前の通り、蛇みたいに執念深いんだから」


 ん? 今私の名前呼んだ?


「それに他のライバル令嬢達も。ヤンデレというよりメンヘラだよこれ」


 ライバル令嬢達? ライバル令嬢って何?


「まあ、メデューサ以外は同情できるけど。せめて救いのイベントくらいあげても良いのに、制作側はライバルに鬼畜過ぎるわー」


 次の瞬間、頭の中に一気に記憶が流れ込んできた。先程も映っていた金髪の青年、銀髪の青年、それから赤髪、青灰色の髪、橙色の髪の少年と目紛しく変わっていく。それから様々な映像が流れた後、朱鷺色の緩くウェーブのかかった髪の少女と五人の男達がそれぞれ絡んでいき、最後にタイトルらしき文字が浮かんだ。



『恋するマジック☆ナイト』






「ーーうわあああああっ!!」


 悲鳴と共に飛び起きた。

 ハアハアと乱れる呼吸。額に手を当てると汗を掻いていた。何時の間にやら着替えさせられていたネグリジェも、びっしょりと濡れている。

 落ち着けと心の中で言い聞かせて、深呼吸する。何度か繰り返すと、徐々に頭が冷静になってきた。

 落ち着いて周りを確認すると、薄暗くて視認しにくいが、どうやら私の部屋のようである。恐らく倒れた後、屋敷の者達が私を見つけてくれたのだろう。

 私はベッドから降りて窓の外を覗くと、真っ暗な空に月が見えた。前回程ではないが、結構眠っていたようだ。

 私はふらふらとした足取りでベッドに戻り、膝を抱えた。


「『恋するマジック☆ナイト』略して『恋マジ』は、魔法騎士学校に通う五人の美形と一人の美少女の恋愛シミュレーションゲーム……」


 ヒロインは魔法の勉強をしながら、ヒーローと愛を育んでいくが、各々のヒーローには既に婚約者や近しい女性がいて、彼女達が二人の行く手を阻んでくる。その中で最も苛烈で執念深いのが……


「『メデューサ・ガランサス』……私なのね」


 ドッと疲れが襲ってきて、私は過去最高の溜息を吐いた。


 この世界がゲームだなんて思えないし思いたくもないが、夢で見たあの金髪ドリル頭に凶悪そうな紫色の瞳の令嬢は、年齢こそ上だが私によく似ていた。非常に不本意ではあるが。

 彼女は、前世の記憶があるとはいえ子供の私が呆れてしまう程、幼稚で愚かな女であった。婚約者の男の愛情が全く向けられていないにも関わらず、周囲に如何に彼は自分を愛しているか嘘を吐き、平民出身のヒロインを馬鹿にし、陥れようと何度も策略を巡らす。

 果ては犯罪に手を染め、ヒロインを殺そうという考えに至り、実行に移した。しかし、後一歩というところでヒーローに見つかり、犯罪者として捕まる。

 更に呆れるのは、そこで諦めれば良かったものを、彼女は牢屋から脱走し、再びヒロインに刃を向けるのだ。だがまたもヒーローが登場し、狂った彼女を剣で刺し殺すのだが、正直後味の悪い話だったと記憶している。


「あれはハッピーエンド? それともトゥルーだったか……うーん、思い出せないわ」


 私は早々に思い出すことを放棄して、そのまま横に倒れ込んだ。

 もう、わからなかった。私って一体何なのだろう。ただのゲームキャラ? ヒロインの為だけに存在する当て馬だと言うのか。それじゃあ、私がしていることは全て無駄になってしまうの? わからない……。


 サイドテーブルに置かれていた懐中時計を手に取り、表面を撫でる。すると、お父様からこの時計を戴いた時のことを思い出した。



(メデューサ、これをあげよう)

(この時計は……。よろしいのですか? これはお父様が大事になさっていた物では)

(構わないさ。それにそいつは、私が持つよりお前が持っていてくれる方が喜ぶだろう)

(そうなのですか?)

(ああ。魔法に夢中になり過ぎて、時間を忘れてしまう私のお姫様にはぴったりの代物だろう?)

(う……気を付けます)

(ははは。是非そうしてくれ。……お前は本当にーー……)



 最後にお父様が何と言ったかは聞こえなかった。

 でも、と私は起き上がる。


「例えこの世界がゲームで、私が当て馬キャラクターだったとしても。守りたいものも、叶えたい夢も、偽りじゃないし、私の心は、作られたものなんかじゃない」


 懐中時計を、ギュッと抱き締める。

 


「ゲームになんか、負けてたまるか……!」



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