プロローグ
グレアキア王国の王都より北の辺境地。その地を治めるガランサス伯爵家に、一人の娘が生まれた。
金髪に紫の瞳。顔は大層愛らしく。将来は美女になること間違いないと屋敷の者達は揃って口にする。
まだ若い両親は大変仲が良く、その子供はたくさんの愛情が注がれることだろう。
しかし残念なことに。
娘は、悪役令嬢だったのです。
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「おっお嬢様! だっ大丈夫ですか!?」
混乱のあまり素っ頓狂な声を上げて侍女が慌てて駆け寄ってくる姿と、馬の世話人が顔を青くして馬の手綱を引っ張る姿を視界の端に捕えながら、私は茫然と目の前のヒヒーンと尻尾を揺らす馬を見つめて……いると思わせながら実は脳内中に駆け巡る知らない記憶に翻弄されていた。
凄い速さで走る鉄の箱、電車。人が薄い直方体の箱に入っている、テレビ。掌に収まる薄っぺらい物体を耳に当てて話す、携帯電話。
何もかも、この世界にはない機械、機器。
この世界には、ないモノ。
ーー私は、日本生まれの日本育ち。生粋の日本人……だった。
苦しい就職活動を乗り越え、地元の中小企業に就職して、大変だった一年目を乗り越えさあ二年目だという時に、死んだのだ。
死因はわからない。いや、覚えていないと言った方が正しいだろうか。
早朝に自宅を出てからの記憶が全く無いことから、恐らくその後に何かあったのだろうが、まあ、思い出したところで気持ちの良いものでもないから、忘れたままでいる方が良いのかもしれない。
取り敢えず、目の前の心配している使用人達に大丈夫だと伝えなければ。
……あれ? なんだか視界が白く……気が遠くなっていく。
私はそのまま気を失った。