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第八話 理性の不真面目

――イラつきが納まらない

この階のボスが火に覆われ悶え苦しむ。断末魔とも取れない事はない叫び声を上げている。

大きな犬の魔物だった。動きが早く、不規則な動きで魔法をかわし続けたため広範囲を焼き払い、無理やり動きを止めて捕まえた。流石にこの階まで来るとしぶとく、殺したと思って直撃させてもなかなか倒れてくれないようになった。炎の渦の中で、未だ尚命は失われて居らず耐えようとしているのがわかる。発動している魔法に魔力を込めて、これで決めると持てる限りの力を持って魔力を燃やす。

一際大きな声が上がった。そしてすぐにその存在は消滅した。

「はぁ、はぁ」

使用する魔力が大きかったためか、疲労が溢れてきた。いや、それだけじゃ無いのかもしれない。

どうしても、胸に渦巻く思いがある。

アーノルドの一件で露呈した自分の弱さ。それに対して答えを求めに、ただ我武者羅に迷宮を潜り続けていた。

強くなるには、戦うしかない。戦って戦ってステータスを上げて、経験を積む。それが一番速いと信じている。

これが正しくなければ何が正しいというのだろうか。

結局は、何か一つを極めるためには自分の時間の大半を使ってその物事に対する知識をつけるのが最も効率的なのでは無いか。一日中、ずっと魔法の練習をした日もあった。だが、その時のステータスの伸びは実戦ほどではない。自分を追い詰め、命をかけて挑み生を勝ち取る。これの繰り返しで、強くなる。俺の中でその答えを出して、それを検証しようと迷宮に来たが未だに答えは得られない。

どうも、無理をし過ぎたらしい。身体の限界を近くに感じ、転移の間へと戻ることにする。

転移の間へと移動し、すぐに外へ出た。日差しが眩しく、目に染みる。どうも時間の感覚をも忘れてしまっていたらしい。今外に出たことで、昼過ぎあたりという時間を認識して思った。

迷宮の受付で、出てきましたと顔だけ出す。

「アオイさん!? ですかっ!?」

俺の顔を遠目で見るなり、声を大きくして受付の人が寄ってきた。

「そうだけれど」

「良かった! 無事だったんですね。あまりにも迷宮に入っている時間が長くて、捜索隊の派遣を考えたいたところなんです。本当、良かった。中で何かトラブルでも?」

「特にトラブルとかは無いです。少し、行けるところまで行ってみたくて」

「2階だけでは無く、もっと下へと進んだんですか?」

「15階まで。すみません、失礼します」

「えっ、15!? ちょっと、それって!?」

足早にその場所を去る。人と話すのも厭わしいと思った。

少し休もう。そう思って行きついた先は、何の変哲もない公園。そこのベンチに腰を掛けて深く息をする。

「はぁ……」

思わずため息が漏れた。俺は、一体何を……

「本当。バカじゃないの。見ていられないわ」

「カーネリアか」

「突然、何日も姿を消して、やっと見つけたと思ったら、何? 無様ね」

「今、結構気が立ってるんだ」

「ああ、そう。それじゃ、一つだけいいかしら」

いつにも増して、怒っているカーネリアが低い声で言う。

「あたしとの契約を破棄しなさい。死にたがりに着いて行けないわ」

「……勝手にしろ」

さして深く考えずに言った。

「本気でッ、言ってるのねッ!?」

莫大な魔力が集う。カーネリアの怒りに魔力が反応しているのだ。

「心底見損なったわ。もう、二度あう事は無いでしょう」

目に涙を浮かべ、実体から霊体へと変わり見えなくなる。カーネリアとの契約が消えるのがわかった。

一体、なんだって言うんだ。俺が泣かせたとでも言うのだろうか。

ただ茫然と、虚ろに座っていた。

――もう、勘弁してくれよ

一番会いたくて。

一番会いたくない人に出会った。

「随分と変わってしまわれましたね」

会う奴会う奴にそう言われてしまう。何を見ているのだろうか、俺は全く変わって居ないというのに。

「どうして、こんな所に?」

「あれだけの魔力が動いたら誰しもが気になります。そこにたまたま、あなたが居ただけですよ」

ああ、さっきカーネリアを怒らせた時の奴か。

「クリアさん。俺、15階まで行ったんだよ。それも一人で、他の魔法使いだったらさ――――「聞きたくありませんッ」

言葉が遮られる。

「今、わかりました。貴方がおかしくなってしまったのが、その原因も」

一体、何を言ってるんだろうか。

「歯をくいしばりなさいッ!」

突然の浴びせ蹴り。その衝撃でベンチはおろか、後ろの木々まで粉砕する。

「っぐ!?」

空を飛び、地面を転がった。だが、そこで攻撃の手が止むわけでは無かった。

地面を転がる途中で、頭を掴まれ再び持ち上げられる。

何という皮肉なのだろうか。これはアーノルドとの、俺が為す術なくやられた時の再現じゃないか!?

胸の一番痛い所を突かれた気分になる。

「ほら、この程度の事アーノルドで無くても、私でもできるんです。この状態だと、何もできないでしょう?」

これは俺の一種のトラウマだ。アーノルドとの僅かなやりとりは、忘れようとしても忘れられない。頭から離れてくれないのだ。

「貴方は、自分は強いと思っているでしょう?」

また言葉の矢が刺さる。

「貴方の魔法は素晴らしいと思いました。ですけど、褒めて頭に乗らせたのが間違いだったようですね。貴方はいつから自分が強いと錯覚していたのですか?」

 何も考えられ無いまま、木か何かに体をぶつけられる。

「貴方の実力はせいぜい中の下。いえ、言いすぎました。今の貴方はそれにも劣ります。15階に行った?それはたまたま運が良かっただけでしょう」

一つ一つの言葉が俺を責めたてる。どれを取っても、痛い所を突かれている。心を見透かされているように。

「弱い自分を認めれずに、強い自分という見栄だけ強くなってどうするんですか。弱い自分を認めなさい。自分の実力を知りなさい。私は貴方に負けないで、と言いました。それは他の誰かに負けないでという意味ではありません。自分自身にです。自分に負けないでと、言ったんです」

掴まれていた手から力が抜け、ようやく地面に足をつける事ができた。クリアさんが腕を振りかぶる。手がビンタの軌道を描いていた。思わず、目を閉じた。

思っている衝撃は来ない。代わりに、柔らかくて暖かい感触が伝わった。

「自分の弱さを受け入れなさい。そのまま間違った強さを手に入れてしまえば、私が大嫌いな、弱いものを嫌い自惚れて高慢になる冒険者になってしまうんです。自分の弱さを受け入れられないから、他人の弱さを認められないんです。お願いです。アオイさん、貴方はそんな冒険者にはならないで」

何に心を動かされたのか分からない。だけど、今、俺は心で対話したと感じる。心と心で、深い部分を覗き合ったのだと。

「弱いって事が、悔しいって思わなかった。それを受け入れる事も出来なかった。だから、自分がもっと強いはずだって空虚な自信を纏ってた」

何故かは知らない。けれど、涙が出た。

「俺は、弱くて、良いんですか?」

「もちろんです。あなたの強さは、あなたの弱さからうまれるんです」

弱い自分とそれを見せたくない自分が居て、その自己矛盾に陥っていた事に今初めて気が付いた。クリアさんがそれを気づかせてくれたんだ。

自身は弱さを包括している。それを認められて初めて自己を正しく認識するという事なのだ。その強さが、俺には無かった。

かの永世棋聖――米長邦雄さんも同じような事を言っていたと今になって思い出す。

どうやら、まともな思考に戻れたんだと思う。心中すっきりしている。

「ああ、もう。すっごい恥ずかしい。ごめん、ごめん。でも、ありがとう」

袖で涙を拭い、笑みをつくる。

俺の心を曇らせていた霧は晴れた。自分では認められない弱さ、だけれど認めてくれる人がいた。そのおかげで自覚できた。

「良かった。戻ってくれたんですね」

「恥ずかしながら、おかげさまで」

いつの間にか膝が笑っていた。ガタガタと揺れている。

「おっと、と」

「それは、謝りませんよ」

「良い薬だったよ。本当に」

「一人で帰れますか? その、何でしたら送りますけど」

「いや、大丈夫。実は、ちょっと行かなくちゃいけない所があってさ。すぐに行かなくちゃ。ごめん、今度何かお礼はする」

「はい。うふふ、楽しみにしていますね」

クリアさんが、どこか砕けた様子になった。その笑顔は物凄く魅力的だ。

――敵わない

思わずにやける。この人は何て強いんだろうか。

そんな気持ちを胸にしまって、転移の魔法を使って移動する。

カーネリアが居るなら、どこだろう。

馬鹿な俺のせいで泣かせてしまった。その上、大事な契約まで……。

謝らないと。無くなった契約は、戻らなくても良い。カーネリアが俺に愛想を尽かしていても仕方ない。だけど、謝罪だけは、それだけはしておきたいんだ。

「カーネリア!」

いくつかの場所を転移していく。カーネリアと魔法の練習をした場所や街中、行く先々で声を上げカーネリアを探していく。

探している物は探した時に見つから無い物なのかもしれない。いつも、一緒に居てくれた。頼りにしていた姿を、今は感じることすらでき無かった。

精霊は普段どこに居るのだろう。カーネリアは、普段何をしているのだろう。カーネリアと他愛のない話をした事はいっぱいある。魔法も教えてくれた。この世界の事で困ったら、すぐに助けてくれていた。カーネリアは俺の心の支えだった。

「間抜けすぎるだろ、俺」

いくら探しても、影すら追えない。目に見えない物を探しているのだから、難しいのは分かっている。

無情にも時間だけが過ぎて行った。

いつの間にか世界は暗くなり、太陽と月が役割を入れ替わっていた。

一通り探したけれど、終には見つける事が出来なかった。ここに居てくれという願いを込めて、街の公園に着いた。

もしや、とは思ったけどダメか。

粉々になったベンチに、折れた木がそのままの公園。そこにも、彼女の存在は無かった。

『もう、二度会うことはないでしょう』

カーネリアの言葉が回想される。

泣いてたな。いや、俺が泣かせたんだ。俺の不甲斐なさが。

「カーネリア」

ポツリと意識せず口から言葉が漏れた。

「うわ、気持ち悪ッ」

空耳、だろうか。言葉だけが耳に届いた。

「……ロリババア」

「だれがババアだー!? 精霊と人間を一緒にすんなーーッ!!ちょっと生きてる時間が長いだけよ!!」

「カーネリアー!」

思わず抱き着こうとした。存在を確かめたかったのかもしれない。だが、それは叶わず、足で蹴り飛ばされて地面を転がった。

「ひどいよ!? 感動の再開のシーンじゃないの?」

「そんな良いもんじゃ無いでしょう!?」

実体化し、俺の前に降り立ってくれる。

「カーネリア。あのさ、ごめん。今までありがとう。どうしても、それだけは言いたくて」

「本当、今さらね」

幼い少女は、腕を組み威圧的に言った。

「あんな馬鹿な真似しまくってたら、愛想尽かすのも仕方ないと思うからね。けど、今までカーネリアにして貰った事は、いくら感謝しても足りないぐらいだからさ。どうせ別れる事になったとしても、あんな別れ方は嫌だった。それだけ」

「元の能天気バカに戻ってるわね」

「そう。どうにか戻ったよ」

「やっぱり、あんたはそうしてた方がいいわ。似合ってる」

「でしょ?」

「バーカ」

カーネリアも、今は落ち着いているみたいでいつも通りの話をできている。

「ねぇ、カーネリア。いえ、カーネリア様」

「良いからさっさと言いなさいよ」

「俺ともう一度契約してくれませんか」

一度、俺が捨ててしまったもの。それを元に戻したいと都合のいい事を言っている事は分かっている。少しでも嫌そうなそぶりを見せれば、そこまでで良いとも思えた。

「仕方ないわね。・・・・・・何驚いてるのよ」

「いや、絶対断られるって思ってた。え、いいの?本当に?俺が捨てちゃったんだよ?」

「うるさいっ! 良いって言ってるのよ!」

顔を赤くしてそしらぬ方向を向いてしまっているけれど、その言葉が嬉しかった。

「さっさと契約するわよ。どうせ契約上書きしなきゃいけなかったし」

「ん?どういう事?」

「あたしの力が弱かった時に契約したせいか、契約が不十分だったのよ。本来のあたしと契約した時に受けるはずの恩恵が全くあんたにいってなかったの」

「へぇ、そうなんだ」

カーネリアが契約の魔法を発動する。お互いの魔力を使う契約。血での契約方法など他にも色々方法だけはあるらしい。けど、以前にもやったことがある契約方法で契約を交わし治す。

お互いに契約の印を浮かべる場所は手の甲、契約もやりやすいとの事。

契約の形はできた。俺とカーネリアの手の甲に魔法陣が浮かんでいる。俺のと、カーネリアのそれに俺の魔力を流せば契約は完了。でも、それだけじゃ面白くない。

そっとカーネリアの手をとった。

膝をつき敬う形で、手の甲に口づけをする。その瞬間に魔力を流し、契約を完了させた。

「未だかつてこんな無駄な契約方法した奴聞いたことないわ……」

「いや、ほら! 形から入りたいじゃん?」

「知らないわよ!? そもそも契約に形なんて無いでしょう!?」

「それこそ俺の知った事じゃない!」

「何威張ってんのよ!?」

「「あはは」」

どちらからでも無く、笑いあった。これで、関係は元通りに出来ただろうか。いや、前以上といった気持ちもある。雨降って地固まるといった所だろうか。

「ちょっとカード見てみなさいよ」

促されてギルドカードを出してステータスを確認した。いくつもスキルが増えている。それも、魔法に関するスキルだ。魔法全体に対する抵抗のスキルや、魔法の詠唱が高速化するスキルなどなど。

「え、ちょ。何かすごいんだけど? もしかして、カーネリアってすごい精霊?」

「当たり前でしょ。あたしを誰だと思ってるのよ」

「え? 誰って、カーネリア」

「そういう意味じゃないわよバカッ!?」

コツンと頭を殴られる。何故かそれをうれしく感じた。

「カーネリア。また、よろしくな」

「はいはい。仕方ないからよろしくしてあげるわ」

こうして再び契約は交わされた。その絆はより強く、頼もしくなって。


お読み頂きありがとうございました。

文章構成で至らぬ点は多々見られますが、この話を書けて私は満足でした。

お付き合い頂いた皆さん、ありがとう。

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