第六話 付与と魔法具
「うっはー、疲れたー」
時刻はおよそ昼過ぎ。太陽が頭の上にあり、暑さが厳しくなってきた。少しでも涼しいところへ行きたいと思って来たのは街中にある噴水のすぐ傍。ここなら気持ちだけでも涼しいと思って来たが、人が多いためか暑さを忘れさせてくれなかった。
どうやら待ち合わせスポットにでもなってしまっているらしく、今か今かと人を待っているようにソワソワしている人が多く見受けられた。
まだ午前中が終わったばかりというのに俺の疲れはピーク。何故かというと、起きてから今までずっと魔法の練度を上げるために練習していたからだ。昨日の戦闘の疲れもまだ引きずっているようで、肉体的な疲れも抜けていないのに精神的な疲れを加えてしまった。
今日一日は迷宮に潜る元気も無いだろうから、少しだけ暖かくなったお財布事情のおかげで色々と必要な物を買いに行こうと思う。
買いたいものはリュックや消耗品を初めとした冒険道具一式と、自分の防具と杖。そんな物要らないだろと俺が言ったらカーネリアに怒られた。何でも防具は目をつぶっても杖の有る無しは大きく違ってくるらしい。
杖の持つ役割は魔法の威力を増幅させるというものだ。魔法攻撃力が上がると言ったらわかりやすいかもしれない。目利きだけには自信があるため、良いものを安く買えたらいいな。
「やぁ」
爽やかな声で、挨拶が飛び交っていた。
「えっと、君だよ君。黒髪の君」
「俺?」
声をかけられた人物に全く心当たりがない。
蒼い短く切りそろえた清潔感のあふれる髪型で、綺麗な顔をした男。目の色が左右で違い、左は青いのに右は黄色という色をしている。
「どこかで会ったっけ?」
「いや、初対面だ。だけど噂は聞いている。アオイくんだろう?」
「噂? どんな?」
「期待の新人という事は耳にしているよ」
「ああ、どうも」
「あとは、白薔薇のお気に入りだそうだね」
「それはどうかな。噂はあくまでも噂だから、信じるのもほどほどにした方いいんじゃない」
「なるほど。それもそうかもしれないね」
言葉一つ一つで俺という人を掴もうとしているように感じる。実際、懐疑的な目で何かを見ようとしているのは間違いない。やだやだ。なるべく関わり合いになりたくない。
「君は魔法使いだろう。杖は持っていないのかい」
「ちょうど、今から買いに行こうかと思ってた所だ。なにせルーキーなんで、色々と足りない物があるんだよ」
「なるほど。魔法使いの実力を測るには杖を見ればいいというのは良くいうよね。おおよその使用属性やスタイルがわかる。あ、僕の得意な属性わかるかい? ちなみに僕の杖はね――」
「雷、だろ」
男はちょうど杖を出そうとしているところだった、わざと言葉を遮って答えた。ふざけたやつかとも疑ったけれどこいつ、純粋に強い。かなり高位の魔法使いであることは見て分かった。
「正解。よくわかったね」
「なんとなくだけどね」
驚いた表情をうまく隠せないでいる。
「やっぱり! 一目見たときから思ったんだよ。君とはうまくやっていけそうな気がするんだ。僕たち絶対気が合うよ!」
「……は? はぁ」
「あ、ごめん。僕の名前はウォーレンって言うんだ。一応僕も魔法使い、君が言い当てたように雷の魔法使いさ。冒険者だけじゃなくて、普段は魔法具を造ったり、迷宮で魔法具を探したりしてるんだ」
外見はすごいクールな奴、なのに楽しそうにしゃべっている姿は子供のようだった。
「魔法具を作るのか」
「そう。僕は魔法具を作るのも好きなんだ」
「へぇ、それってどうやって作ってんの?」
「気になるかい? 良ければ、僕の工房へ来てみる?大歓迎だよ」
「え、いいの? そういうのって制作は秘密なんじゃ」
「見てもらって、作る側の才能があれば是非作ってほしいんだ。魔法具を作る人はかなり少なくてね、複雑で難解な部分もあるから長い時間をかけなければ理解はできないんだ。だから、興味のある人は引き込んでも良いと思ってる。どうだい、アオイくん」
「ウォーレンがいいなら、見に行く。見ないと何とも言えないからなぁ」
「なら、行こう。転移の魔法を使うよ」
「あ、ちょ、待って。なんか強引!?」
そのまま転移の魔法を使われ、どこか知らない場所へ飛ばされてしまう。
飛んできたのは、談話室のような大きな部屋。テーブルを囲むようにソファーが置いてあったり、いかにも高そうな絨毯がひかれていたりと俺と生活のレベルが違う場所。すごく場違いな所に来てしまったと思う。
「あれ、今は誰も居ないのか。こっちだよ、おいで」
促されるままにその部屋のさらに奥へと進んでいく。するとそこには、大きな窯や作業机、そして剣や防具、装飾品など様々なものが陳列されて置かれている。
一つ一つ鑑定していく。
強い魔法に対する抵抗を持った盾、風の属性を付与してある羽のように軽い剣、水の加護を得たブレスレットなど様々な物が置いてある。
これは、面白い。
「なぁ、これどうやって作るの!?」
「あはは。気に入ってくれたようで何より。付与魔法は知っているかい?」
「いや、知らないな」
「見せてあげよう」
ウォーレンは一本のナイフを取り出して魔法を発動させた。付与魔法だ。
魔法が完成すると、ナイフに異変が起こる。ナイフが青白く光りを放っている。これは帯電しているのだろう。雷の魔力をヒシヒシと感じる。
「これが付与魔法だよ。雷の付与を行った。するとただのナイフだけど、当たればただじゃ済まなくなる」
「なぁ、なぁ! ちょっと俺もやってみたいんだけど、ナイフ貸してくれないか」
「いいよ。ほら、どうぞ」
小ぶりのナイフを一つ貸してもらう。
「壊したらごめんな」
「大丈夫。その時は魔法で治すだけだよ」
付与魔法の構造は理解した。自分の魔力を纏わせる、そんなイメージ。うまくナイフとの距離を保ち、付かず、離れず。
「エンチャント フレイム」
手に持つナイフに火が宿る。ゆらゆらと火を纏うナイフが出来上がった。
「素晴らしい!」
ウォーレンが拍手を送ってくれる。
「いやいや、なるほど。魔法の才能溢れているようだ。うん、それじゃあ次は実際に作ってみよう。基本は付与魔法の応用なんだけれどね――
丁寧なウォーレンの説明を聞いて、実戦する。形になるのはそう長く時間はかからなかった。そして俺の作る道具をみてウォーレンも創作意欲を刺激されたのだろう。終には二人でアイデアを出して一つの魔法具をつくるという段階まで来た。流石に一日の長がありウォーレンには腕では遠く及ばないものの想像力の分野では俺に分がありアイデアは俺がだし、ウォーレンが構想を考えて作る。そんなアイデアがいっぱい生まれて、作業台の上には俺の作った魔法具を含めていくつも並んでいる。
いつの間にか、空が赤くなっていた。時間の感覚を忘れて没頭してしまっていたらしい。
「いやあ。気が付いたらずいぶんと作ったね」
「いやぁ、面白かった」
「それにしても、僅かな時間で魔法具をつくれるようになるとはね。ぜひこれからも作ってほしい所、だけれど……」
ウォーレンが思わず言いよどむ。何となくその理由は予想できた。
「当たったら爆発するナイフに、投げて数秒後に爆発する魔石……何で君の作った魔法具は全て爆発するんだい? 僕の工房に置いておくのが怖くてしかたないよ」
「俺、火の魔法使いだからさ、作るなら燃えるか爆発するものでしょ。なら爆発させるしかないじゃん」
「なるほど。そう言われれば納得するしか無いのかもしれないね」
ウォーレンってすごく真面目そうで、落ち着いた奴かと思ったけれど、その第一印象はことごとく崩れ去った。俺のアイデアの通り、抜いた奴が感電する通称ビックリナイフとかをよろこんで開発していたのだ。それに本当に気が合うというのは当たっているのかもしれない。少なくとも、今ここに居た時間は面白かった。
「いやぁ、面白かったよ。ありがとうウォーレン」
「おっと、行くのかい? 寂しいな」
「来ていいなら、また来るよ」
「本当かい!? 約束だよ。また来ておくれ」
「ああ。色々とありがとな」
「いや、こちらこそ。楽しかった」
「そりゃよかった」
ウォーレンにそう言い残すと、工房を出ようと扉を開けた。
「アオイくん!?」
ウォーレンが何やらあわてた様子で声を荒げるが、俺はもうすでに扉を開けて工房を出ようとしてしまっていた。
「ハァ? 誰だよ、コイツ」
そんな声が上がると共に、凶暴さを宿した獣のような男と目があってしまった。
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