第四話 緋色の魔石
迷宮の一階。
その奥で、重々しく冒険者を待ち構える扉。これを潜ると、この階のボスが居る。
扉の前で立ち止まった。
「気遅れしてしまいました?」
「そりゃ、まぁ。多少は不安になるよ。それに、怖いし。嫌な予感するし」
「このフロアをしっかりと戦える実力を持っているなら、問題ないと思いますよ。一階ですし、おそらく一人でも戦えるかと。これが上層階になると、ボスだけは複数人でという事もありえるんです。でも、基本的にチームを組むようになるんですけどね」
「へぇ。クリアさんもチーム組んでるの?」
「ええ、一応は。ブルーローズってチームです。ご存じないですか?」
「いや、ごめん。全く知らない。だから、剣の鞘に青いバラの紋章が入ってるんだね」
「そうです。武器や防具などに紋章を入れています。権威付けになりますからね」
「なるほど、なるほど」
という事は迷宮って一人で進んでいくのって無理あるのかな。あ、でも俺は一人じゃないから大丈夫か。実質カーネリアが居てくれるから、たぶん大丈夫。
「それじゃ。扉開けるぞ。開けたら、戻ってこれない?」
「一応閉まりますが、転移の魔法は使えますのでそれで敵わないと思ったら脱出することはできますよ」
「転移か、まだ使えないんだよなぁ」
「確かに、必需品ではあるものの魔法具も値段が高くなかなか手が出せないのかもしれませんね」
危なくなったら転移。それだけを覚えて、扉を開ける。
中は恐ろしく、広い。
見渡せるだけでも光が行き届かず、薄暗い室内はどれだけ奥行があるかわからない。
「アオイ。少し魔力貸しなさい」
カーネリアに自身の魔力を分け与える。「もういいわ」という制止の声と同時に空中に魔法陣が浮かび上がり、光の玉が浮かんだ。
「明かりの魔法よ。必ずしも暗い中で戦う必要ないんだから、少しは考えなさい」
「さんきゅ」
カーネリアのおかげでかなり見やすくなったが、依然として広い事に変わりない。
「あれ? 何も居ないぞ」
「もうすぐ召喚されますよ」
そういうや否や、床に魔法陣が浮かび上がる。
馬鹿みたいにでかく、異常なほど魔力が込められた魔法陣が。
「おいおいおい、ボスってこんな大物出てくんのかよ」
「いや、これは……!?」
「アオイ!」
焦った様子でカーネリアが叫ぶ。
「間違いない。これ、あたしの力よ。信じられない、なんでこんな所で!?」
「倒さなきゃいけないって事だろ、それ」
馬鹿でかい魔法陣から現れたのはバカでかい巨人。目が一つで角が生えており、筋骨隆々の体。手には棍棒か丸太か見分けがつかないものを持っている。
見上げていると目があった。猟奇的な笑みを浮かべ、うれしそうに迫ってくる。
「アオイさん。下がって」
クリアは戦闘態勢に入っていた。身体強化の魔法を使い自分のステータスを上昇させている。魔法をかけ終わったところで、クリアは矢のように一直線に巨人へ向かって行った。
一刀で、肩から腕を切断した。
――速い!!
目で追う事すら困難な動き。凄まじい速さで巨人に肉薄して、腕を切り落とした。どんな些細な挙動すらも見逃さないと言わんばかりの鋭い視線が巨人へ向けられ、巨人の脚にあたる部分に鋭い切込みを入れた。
「これで決めるッ! アイスランス」
先ほど俺がみた氷の槍は、小枝のようなものだった。今現れた氷の槍は、巨人の腕よりも太く大きいもの。それが巨人の腹へと刺さり、深々と大きな穴を空けた。
瞬殺。
俺が恐れた魔物ですら、クリアさんは鎧袖一触と言わんがごとく倒してしまった。
そう、思った。
巨人は再び立った。
なぜか、切り落とされた腕も元に戻っている。
奇妙な笑いを再び浮かべたまま、巨人は手に持つ棍棒を振るった。
クリアさんも、呆気に取られてしまったのかもしれない。傷なんて無かったように、動き出す巨人。腹の穴も、腕も、足もすべてが元通りになってしまっているから。クリアさんは棍棒の一撃を食らってしまっていた。
「クッ」
思わず目を背ける。
あんな小さな体が、あんなに大きな棍棒を食らってしまったらどうなってしまうかなんて想像に容易いからだ。ゾウがアリを踏みつぶすようなもんだろう。当然、潰れてしまうに決まっている。質量が違いすぎる。
恐る恐る目を開けた。
そこにはまたしても奇妙な光景が浮かんでいた。
クリアさんは、耐えていた。
あの一撃を魔法障壁という魔力で作った壁を用いて、衝撃を耐えたのだ。
咄嗟をつかれた攻撃だったというのに、何という判断の速さなのだろう。
気のせいだろうか、巨人とクリアさんの力が均衡しているように見えた。魔力障壁とは言えど、それは盾のようなものなのだ。つまり、支える力や受け流す力があって初めて機能するもの。巨人の棍棒とクリアさんの魔法障壁が拮抗しているというのが妙な光景に見えてたまらなかった。
こんな状況だと言うのに、知的好奇心がうずいた。
クリアさんのステータスと巨人のステータスを確認してみる。
強化魔法を使用したためだろうか、ステータスにプラスされている数値がすごい。そのおかげで、巨人のステータスを超えてしまっている。巨人のステータスを覗いたときに、気になるスキルがあった。瞬間再生というスキルだ。このスキルは異常だ。傷ついた場合、体内の魔力を使用して傷を瞬時に癒すというスキル。つまり、魔力が尽きない限り、この巨人は瞬時に再生してしまう。そんなバカな話があるのかと疑いたくなる。
「カーネリア。瞬間再生というスキルの攻略方法は?」
「最悪。やっぱりそのスキルもってたのね。魔力切れを狙うしかないわ」
「巨人の魔力さ、かなり多いよ。軽く百回は殺さなきゃいけない」
「参ったなぁ……」
カーネリア自身も悩むほどの状況。
クリアさんが巨人を一身に引き受けてくれているとはいえ、それが長く続くわけではない。そして逃げようと思っても転移の魔法が使えない関係で、どうしても逃げることすらできない状況だ。
このままではジリ貧、俺だけではなくクリアさんまでやられてしまうのは言うまでもない事実となってしまった。何としてもそれだけは避けたい。こんなどうしようも無い状況だけれど、どうにか手があるはずだと行動に移す。
そう思いながら、スキルを使って解析を続ける。
そうしていると、いきなり巨人が魔法を使用した。
反射的に魔法障壁を繰り出す。目の前に薄い青色の魔法障壁が現れた。これで、ある程度なら魔法を耐えてくれるはず。
だが、その魔法陣からはいつまでたっても攻撃が来ない。
「しまった!」
クリアさんが、巨人に攻撃を仕掛けた。すると、魔法陣も消えた。
魔眼を通して見てわかった。あの魔法は攻撃の魔法ではない。古代魔法と言われる、古い魔法の一つで空気中の魔力を自分の中に取り込む魔法だったのだ。
「面倒な要素を詰め合わせたな。あの巨人」
やられてばかりは悔しく、何ができるわけではないが今の魔力を回復させる魔法を自分で再現した。見たばかりなのでこれは容易。みるみる魔力が回復するのが数値でわかった。
「ちょ、あんた!? 何で、古代魔法の適性あるの!?」
「いや、知らん。何かできた」
「そんなバカな話あるわけないじゃないの、バカーッ!!」
「いや、知らんって。できると思ったからやってみたらできた」
「でも、ナイスよ。アオイ、魔力貸しなさい。あたしが決めてあげる」
「おい、やけに頼もしいじゃないかカーネリア。下手な事しないでくれよ」
気分が高揚した様子のカーネリアに頼もしさを覚える。何が良かったのかは知らないけれど、俺じゃ何もできないんだ。任せるしかない。
「あ、その前にちょっと待って」
俺の魔力量は少ない。初級魔法ならそこそこ使えるけれど、魔力を多く消耗する中級魔法や強化魔法はそんなに使えるわけじゃない。でも、一回なら使える。
クリアさんに強化魔法をかけ直す。見たところあと僅かで効果が切れてしまうようだった。一つの強化魔法を使って、一度魔力を回復し、再び使う。これを繰り返して幾つかのステータスを上げた。
「クリアさーん!! もう少しだけ!! 時間を稼いでください!!」
「わかりました!」
ここが踏ん張りどころだと教える。また、もう少しだけという言葉を信じてくれたのかクリアさんは温存しながら戦っていたのを止めて、全力で倒しに行っていた。
「カーネリア。俺が魔力を回復させながら供給してやる。すまん、後は任せる」
「そんな器用なことできるのあんただけよ。流石、私の契約者じゃないの!! 見直したわ!」
珍しく上機嫌なカーネリア。何があったのか本当に知りたくなる。
周囲の魔力を集める魔法を発動する。先ほどから使っていたものよりも、少し手を加えてより多くの魔力を吸収できるようにした。その吸収した分を俺からカーネリアにすべて渡していく。その魔力量は瞬時に俺の保有魔力量を超えていく。そしてカーネリアは際限を知らないように、どんどん魔力を吸い込んでいく。場の魔力が枯渇してしまうのでは無いかと心配になるほど。
その間もクリアさんは戦い続けている。
巨人と俺の間に位置取り絶対に俺の方に来させないような立ち回り、そしてただ耐えているだけではなく時に攻撃の手を激しくして巨人を押している。クリアさんは間違いなく冒険者として一流の実力を持ってる。この街に来て、ステータスを覗き見ることを趣味にして散歩していた時でもこんなに高いステータスの人は居なかった。ギルドで高いと思った人でも、クリアさんの今のステータスの半分ほどだったのだ。その動きをいつの間にか、目で追っていた。髪が揺れ、美しい体裁きで攻撃を華麗に避けて、ある時は剣で鋭い一撃を決め、ある時は魔法で動きを止める。
――俺は、見惚れていた
「もう、いいわよ」
カーネリアが言った。それは、この状況を変える準備が整ったという合図だ。
「あの娘を下がらせて。巻き込みたくないわ」
「クリアさーん! 俺の後ろに!」
俺の声が伝わり、クリアさんが動きを変える。すかさず氷の魔法で巨人の脚を地面に固定したあと、その足を切り落として巨人を転倒させてから俺の元に来た。
「……はぁ、はぁ。ごめんなさい、やり切れませんでした。転移で逃げましょう」
「ちょっと、任せてほしいんだ」
そういうと、カーネリアに目で合図した。意図は伝わったようで、攻撃開始の合図となった。
地面に魔法陣が現れる。最初に巨人が現れた時も驚いたが、今度の魔法陣はそれを超える。この部屋の床、全てを覆うほどの大きさだ。
大気が揺れた。
それだけ多くの魔力を込めているために、揺れているように感じるのだ。
「溺れなさい『炎海』」
火が部屋を埋め尽くした。巨人の腰の高さまであるような、大きな火の海。巨人はそれに為す術なくのみこまれていく。
巨人が叫んだ。
火が身を焦がす。しかし、無慈悲にも自分のスキルのせいで再生しその痛みを永遠に味わう。永遠に火の海でのた打ち回る巨人の姿は、やけに寂しく思った。
「ごめんね。今楽にするから」
再び空中に魔法陣が浮かぶ。その大きさも巨人を飲み込むほどの大きさを誇る。
「インフェルノ」
魔法陣から、炎が溢れ出る。それは巨人を楽に覆い尽くし蹂躙した。そして、巨人を中心に何度も何度も爆発音が聞こえる。炎で見えないが、巨人が爆散したのは見るまでも無い。
突然、火が消えた。炎の海が消えた今、巨人の姿も同時に消えている。残っているのは大きな緋色の魔石だった。
あれが、最初にカーネリアが言っていたカーネリア自身の力の塊だ。
「クリアさん。ごめん、あの魔石どうしても欲しいんだ。俺がもらっても良い?」
「え、ええ。どうぞ」
「ありがとう」
事態を把握しきれていない時に聞いてしまったのは少し卑怯だったかなと思いはあったけど、ありがたくもらう事にする。
緋色の魔石に触れる。それは熱く生命を感じさせるような魔力の塊だった。これだけで俺の魔力量の数十倍と言った所だ。
「カーネリア。どうぞ。お前のだろう」
「アオイ……。ありがとう。ほんとう、ありがとう」
緋色の魔石が消えた。
消えたのではなく、カーネリアの力として元に戻っただけだ。
「どう?」
「……懐かしい、かな。元々あたしの力なのに、戻ってきたのが嬉しいの」
「実体化はできるようになるのか?」
「ええ、問題なく。これで、もっとあんたの力になれるわ」
「そりゃよかった。でもまずは、殴ってもらわないと」
「最低。気持ち悪い。死ね、バーカッ」
「あっはっは」
無事に魔石を回収した今、もうここに用は無かった。緋色の魔石とは別にもう一つあの巨人のモノだろう魔石も拾っておく。
「クリアさん、これあげる」
巨人の魔石を渡す。拳大より一回り大きく重いこれならそこそこの値段になると思う。
「いえ、私は直接的な事は何もしていません。それは、貴方の物です」
「いや、でも」
「良いんです。それよりも、アオイさんごめんなさい。私は貴方を見くびってしまっていました。貴方は立派な魔法使いなのに、失礼なことを」
「ああ、いいよいいよ。俺はそんな大したことないから。今回もクリアさん居なければ、俺はここで死んでたと思うし。それを思えばクリアさんが一緒に来てくれて助かったよ。本当にありがとうございました」
「いえ、そんな」
「それじゃ、とりあえず転移の間まで戻ろう。クリアさん、疲れたでしょ。疲れてるときにさらに疲れさせて、ごめんね。怪我は無い?」
「ええ、大丈夫ですよ。体だけは丈夫なんです」
そういえばこの人、巨人と力勝負して勝っていた光景を思い出した。この細い体のどこにそんな力がと思ってしまう。
足元に転移の魔法の魔法陣を発動させる。
「ほら、行こう」
「はい」
こうして俺は迷宮の一階をクリアした。
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