第三十五話 成長の習慣
迷宮から出て来てしばらく、足取りもまばらに我が家へと帰ってきた所。
俺とハーディとカーネリアが家の中へ入り休もうとしているというのに、クリアさんだけは「少ししたら行きます」と言伝て、向かう先は庭へ。
何をするのだろう、と気になったのは俺だけのようでハーディとカーネリアは感心したような表情を浮かべてそれぞれ家へ入って行ったが俺は足を庭に向けていた。
そこで見たのは木でできた重い剣を振るう剣士の姿。
迷宮に入り、精神を張りつめて長時間過ごしたというのにクリアさんはまだ自身の鍛錬に精を出していた。
一度一度を丁寧に、動きを確認するようにゆっくりと木刀を振るい。そしてそれをなぞる様に全力で剣を振るう。これを繰り返していた。
動きを確認する振りと、全力で振った際にそれとの齟齬を確認する振り。この二刀により自身の型を定め。そして満足が行くとより最良の一振りを求めて改善を加えるのだろう。目で見える限り足の踏み込みを大地が揺れるように重く踏み込む時もあれば、羽が落ちるように流麗に落とす時もある。剣に不慣れな俺にはわからない。微妙な違いが確実にあるのだろう。
振りは百を超えたか。そう思うぐらいただただ見入っていた。充実した時間が一瞬に感じるように、時間間隔が飛んでいた事に気が付いた。それまでに、ただの素振りが美しいと思ったんだ。
細い顎に汗を滴らせ、それを拭う事も無く集中していた。
これで終わりかと思いきや、そうでは無かった。
木でできた一回り小さい剣に持ち替えている。
そこで行われるのは流麗な剣舞。
滑らかに、滞りなく動くその所作に見惚れていた。
動きの繋ぎがスムーズで、気が付いたら次の形へと移行している。
これをダンスと言わずに何と言おう。
それにしてもクリアさんは毎日この鍛錬を続けているのだろうか?
迷宮に潜った日にも欠かさず行っているところを見ると、そうなのだろう。おそらくは朝早く。俺が起きるよりも早い時間に行っているのかな。
「知らなかったみたいね」
「……カーネリアは知ってたのか」
「ええ、知ってるわ。二日目に気が付いたわよ。クリアったら迷宮に行かない日は朝に、行く日でも必ず夜にはやってるわよ」
「全く気が付かなかったよ」
「アンタは起きてもご飯までは部屋から出て来ないじゃないの。いつも同じ時間まで」
「朝は、ご飯食べる前に習慣的にやることやってるんだよ」
「アンタもなのね。本当、人間って……いいえ、あなた達二人は面白いわね。毎日努力してる」
「そんなモンだよ」
「少しうらやましいわ。あたしやハーディは努力と成長って知らないもの」
「そんな事ないよ。努力は必ず報われるって言うだろ。望んだ形では無いにせよ成果は伴うんじゃないかな」
「……ふーん」
髪を一房手に取って手遊びをするカーネリア。その所作は考え事をするときに良く見る姿。
そんな事を言ってるとクリアさんはまた次の鍛錬に移っていた。
素振りが終わり、型が終わると次は技のよう。
一度見た事がある、頭上を回すように繰り出される連撃や。十字に斬りつける技など。虚をつく技や返し技なども含めて鮮やかに決めている。
いくつの技があるのかと数えるのもやめた頃に漸く木刀を手から放した。一通り終わったのだろう。
ふと、目があった。
何となく気まずくなって目を反らす。
そんな仕草にクリアさんの笑い声が聞こえてくる。
「ふふっ。見てたんですか? もう、声を掛けてくれれば良かったのに」
「いや、集中してたみたいだったからさ。声かけて気がそれちゃ悪いと思って、な?」
「そうね。集中を欠かせるのはもったいないと思うぐらいだったわ」
「ありがとうございます。でも、少し恥ずかしいです」
実は恥ずかしがりやな彼女が浮かべる赤面する姿は、彼女には悪いが可愛いと思う。
「今のは、どのぐらい続いてるの?」
「十年ほど、ですかね。物心ついた頃にはもう」
「すごいな。クリアさんの強さに納得を覚えるよ」
「そうですか? でも、私はアオイさんの方がすごいと思いますよ。成長速度や魔法の技術には驚きを隠せません」
「あー、一応それは色々理由があるんだけど……おいおい話すよ」
「アオイはアオイでそれなりに頑張ったのよ。教えられるでは無くひたすら戦って覚えるってやり方でね」
「アレは一種のトラウマだよ……」
「くふっ。良いじゃないの。結果的には強くなれたんだから」
「アオイさんも苦労なさってるんですね」
「そうそう。苦労してるんだよー」
「……もうちょっとドッシリ構えてなさいよ。発言が小物っぽいのよ」
「そんな事無いよ! 俺としては大物感出してこうと思ってるよ!」
「……えっ」
クリアさんの意外そうに上がった声で俺は完全にノックアウトされた。言葉にされるよりもキツかった。
「あの、あのっ」
「いいわよクリア。シャワー浴びて寝ましょ。明日も早いわよ」
「で、でもっ。アオイさん~違うんです~っ」
「大丈夫。大丈夫。大丈夫だよ。俺、ダイジョウブ」
「それじゃ、おやすみなさい」
カーネリアに引っ張られるように連れて、次第に声が遠ざかるクリアさん。
寝るために庭に出てきたハーディが、そっと寄り添うように慰めに来るまでその場を動けなかった。
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