第三話 想像し再現する
俺に同行してくれる事になった、女の剣士。名はクリアと言う。ステータスを覗き見て動揺を隠せなかった。間違いなく一流の冒険者であることを知ったからだ。その強さは数値のみならず、スキルや剣を見てもわかる。身体強化魔法をはじめ、氷や水といった魔法を使い、加えて携えている剣が魔剣と呼ばれる一種。何かしらの魔法の力がかかっている剣であり、その剣だけで一つの魔法を使う事ができるというものだ。その魔法がまた強力なもので、今の俺では絶対に再現できないものだった。
魔法を理解しても使えない。こういう状況になってしまうのは一重に俺のステータス不足のせい。魔法は使えるけれど威力が弱かったり、十分な効果が発揮されなかったり、そもそも魔力量の関係で発動すらできないという魔法がざらにある。俺が知っているだけでも転移の魔法はかなりの魔力を使うため、実際使うのは厳しいと思われる。そのために、知っていても使えないという事がおこり、もどかしい思いが募る。しばしば、この先もこういう状況になるのだろう。うまく、自分の中で使える魔法を選んで積極的に使っていきたいものだ。
迷宮は入り組んだ狭い通路で構成されている。その階のどこかの部屋に階を支配している魔物が居てそれを倒せば次の階へ進む事ができるというもの。それはボスのようなものだろうと思ったので、勝手ながらボスと呼ぶ事にする。つまり、階層ごとにボスを倒すことが目標となるわけだ。というわけで、スキル全開で迷宮の構造を把握する。明らかに迷宮の一角の構造が違う、通路を抜けた先に小部屋がある。あそこがボスの居場所だろう。
「こっちこっち。ボスまで最短で行くから、あっ、でも、なるべく魔物と戦った方がいいのかな?」
「迷宮の地図を把握しているんですか? 一階でしたら特に戦わなくても良いと思いますよ」
「了解。そうそう。入る前に覚えてきたんだよ」
自然にウソをつく。なぜかって言われたらスキルの説明するわけにいかないでしょ。きっと、したら俺はカーネリアに「バカじゃないの!?」と怒られるのが目に見えている。
二人で迷宮を進んでいく。その中でも明確に役割が分かれており、クリアは前衛で俺は後衛という立ち位置。一応剣士らしいクリアさんが魔物を引き付けてくれて、俺が魔法で援護するといった所だろう。魔法使いの最終的な役割は固定砲台になるのだろうか。といっても、大火力を誇る魔法使いに限った話になると思うけれど。
角を曲がる所で立ち止まり、詠唱を始める。
その姿に一瞬戸惑ったものの、クリアさんはすぐに俺の後ろに下がり射線を確保してくれた。ここらへんが経験の差だろうか、魔法使いとの組み方をよくわかっていると思う。
角からひょっこりと、ゴブリンが現れる。1mを少し超えるぐらいの身長で緑色の皮膚をした魔物だ。
「ファイヤーボール」
火の初級魔法、炎弾の魔法を放つ。顔ぐらいの大きさになった火の玉が、ゴブリンに命中した。派手な音を立てて燃えるも、すぐにゴブリンが消滅した。そして残ったのは魔石と呼ばれる石が一つだけ。
ゴブリンなら当たり所次第で一発で仕留める事ができる、が、まだまだ火の初級魔法ファイヤーボールの詠唱も威力も満足できるものではなかった。確殺できるぐらいの威力は欲しいところだ。
「貴方、誰か魔法の師がいらして?」
「居る事には、居る。火の魔法を教えてもらっている」
誰とは言わずともカーネリアの事だ。先ほどからずっと人間同士の関わりには、関わりたくないと言わんばかりに言葉を発さないが、ちゃんと居てくれている事はわかる。
「そうですか。どおりで良い動きをすると思っただけです。いささかの注意不足を指摘しようと思いましたが、何かしら探知する術を持っているようですね」
「あ、うん。そうそう」
迷宮は慎重に進め、そう言いたいのだろう。散歩するようにスタスタと歩いてしまっていた俺に対する戒めだ。と言っても、魔物の大体の位置は把握しているし、迷宮自体を見れば半ば壁を挟んでいても認識することができるんだよなぁ。何て言うんだろう、千里眼の目の役割も持つみたいだ、この目。
また魔物が来るようだ。
再び詠唱、角を出てくる瞬間に放つ。
「ファイヤーボール」
姿を目視した瞬間に放った。が、狙いが外れる。さすがに何度も狙った所へはいってくれないようで、ゴブリンのすぐ隣で火の弾が着弾した。少なからずゴブリンにはダメージは通っただろうけれど、倒すまではいかない。
すぐに次の魔法を詠唱しようとし、ゴブリンを見据えると白い光が通った。
クリアは俺が魔法を放つと同時に飛び出していた。そして魔法が外れはしたものの近くに火の玉が着弾した事で、魔物は怯んだ。その瞬間を狙って斬りかかっていた。見事な追撃としか言いようがない。
「まだまだ、狙いが甘いようですね」
少し笑みを浮かべてそう言い、拾った魔石を手渡してくれた。その好意に甘えて受け取る。
「当たると思ったんだけどな」
「どうしても使い慣れていないと魔法はなかなか当たってくれませんよ。自分の感覚と、実際のズレが生じるんです。こればかりは経験を積む他ありませんので、頑張って。後は、ファイヤーボールは、いくつか同時に使うのもありですよ。三つほど操る事ぐらい可能でしょうから」
数撃てば当たる、か。そっちのほうが確実かもしれない。次出会ったらやってみよう。
「ファイヤーボール」
イメージした通りに魔法陣からは三つの火の玉が放出され、ゴブリンに向かって行った、が一発はすぐに地面に落ち、後の二発はあらぬ方向へ。
「あは、あははっ!」
堪え切れず噴き出したのはカーネリア。愉快と言わんばかりに腹を抱えて笑う姿が容易に想像できる。
「初めからうまくは行きませんよ」
どこか気まずそうにクリアが言う。すごい! 優しさが沁みる。
「見せてあげましょう。 アイスランス」
青い魔法陣から発せられるのは、8本の氷の槍。
それらは統率された動きで敵の周りを囲み、八方向から同時に突き刺した。
「すげぇ」
思わず口にしていた。それは全てクリアが操っていたと思うと猶更だ、どれだけの練度を積めばここまでできるのだろうか。
「魔法は、自由に形を変えることができるんです。貴方が一番扱いやすくて、イメージしやすい。そんな形を見つけてください」
火の玉で考えていた俺は衝撃を受ける一言だった。
形にこだわらなくても良い、自分で作れという一言は俺の心に刻んでおく。
「ありがとう。ちょっと、わかった気がする」
「いえいえ」
自分が一番イメージできる形は何だろう。それに合わせて魔法を造り替えよう。そのぐらいの器用さはあると自負して、考える。剣?弓?槍?俺が、好きな形。
銃、かな。
触ったことは無いけれど、ゲームとかは好きだった。一種の憧れがあったのかもしれない。銃弾のイメージ。速く、精確な攻撃。できる気がする。
再び魔物と邂逅する。
イメージを強く、想像を再現する。
「フレイムバレット」
人差し指と親指を立てた手を拙いながらも銃に見立て狙いをつける。指の先に現れたのは、ごく小さな、小さな魔法陣。そこから飛び出すのは、同じように小さな炎の弾丸。だけれど、早さが違う。音速の一歩手前で飛んでいき、発射から着弾までが異常に速く加えて正確に飛んでいく。それも一発では無い、指切りでタップ撃ちするように4.5発ずつ数度にわけて撃つ。この撃ち方をしたら、射撃の精度が高い気がしたからだ。魔物はすぐに消滅した。実際の弾丸とは違うものの当たった瞬間に爆発を起こすという特性は凶悪な物になっているのかもしれない。
「へぇ。いいじゃないの。何をどうイメージしたらこんな奇想天外な魔法になるのかはしらないけど、悪くないわ」
カーネリアが褒めるのは初めてかもしれない。無言で親指を立てておいた。
「正直、驚きました。魔法使いで一番重要な要素は想像力と聞いたことはありますけれど。私は今それを実感しました。素晴らしいです」
「ありがとう。クリアさんのおかげだよ。コツが掴めた気がする」
「私は先輩風を吹かせただけですから」
クリアさんは照れたように言った。何だ、案外可愛い所もあるじゃないか。
ここまでの戦闘回数は4度、それだけでボスの居る所まで来れたのなら上出来だろう。
一階のボスが居る部屋。その重々しい扉の前についた。
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