第二十八話 オチついた!
俺の炎を熱心に受け止める鉄の塊。
それはフライパンだった。
熱く、熱く熱を貯め轟々と煙が上がっている鉄のフライパン。そこに多めの油をひく。テフロンだのフッ素だのと加工をしていないそれの扱いはすこぶる難しい。少し油を塗る手間を惜しむとたちまち錆が浮かんでしまう。それはさながら刀剣のように手入れが必要な代物だった。
油が気化する香りが鼻につく。もう少し、まだ温度が上がりきっていない。
今我が家のキッチンは、何人たりと侵すことのできない神聖な場所となっていた。と言うのも今家には誰も居ないからなんだけれど。
クリアさんとカーネリアは荷物をまとめている頃で、ハーディはどこかへフラリと。
フライパンの横でグツグツと煮え立つ鍋の様子を見ながら、フライパンにハンバーグをそっと横たわらせる。
――ジュウッ
肉汁が弾ける音が響き渡る。
一度、二度、三度。肉を鉄板の上へ寝かせるたびに上がるその音はなんとも食欲を刺激する。
魔法で炎を調整しつつ、焼き色だけを機敏に察知しひっくり返す。
良い焼き色が付いたと自分で納得できるぐらいだった。火を弱めて少し置いておく。
一人暮らしが長かったおかげか、料理はそこそこ凝ったものでも作れるようになっていた。最初の頃は焼き飯やパスタが精いっぱいだと言うのにとしみじみと振り返る。良い気晴らしになるんだよなあ。ただ、次第に自分のために作りたいと言う気持ちが薄れてしまっていったけれども。
ハンバーグをフライパンから取り出し、自家製のオーブンに入れた。これでメインはok。
テキパキと牛乳やバターを加えて付け合せのマッシュポテトを仕上げ、体裁を整えるためのサラダ、パンと先ほど一生懸命かき混ぜて作ったバターを添えたものを用意。
ここで弱火で煮込んでいたソースを一口味見をする。赤ワインやトマト、タマネギといった食材がうまく掛け合わされている。短時間のわりには、いい出来だと自負できる。
――やはりこういったものは体が覚えているんだなあ
何度も経験したことや経験を積んだものは記憶としては薄くても案外思った通りにできる事を自覚した。
「ただいま」
「今、戻りました」
カーネリアとクリアさんが帰って来たようだ。でも、ただいまとか言って帰ってくるのは少し嬉しいものを感じた。
「おかえり」
キッチンから声だけ飛ばす。
「は? 何してるの?」
「どんな言いぐさだよそれ。料理だよ、料理」
「……できるの?」
「人並みって所。気が向いたからキッチンに立ってみたけれど、なかなかイケると思うよ」
「へ、へぇ。そ、そう」
なんだか顔が引きつっているカーネリア。さてはした事ないな。
「わぁ。美味しそう」
思わず笑顔が綻んだ。まずは大丈夫みたいだ。ハンバーグを受け入れてくれると信じたけれど、おそらく珍しいだろうと思ってたんだ。
「二階の部屋いくつか整えておいたから、ご自由にどうぞ」
「すみません。荷物だけ置いてきますね」
軽い足音が二つ遠ざかる。二階はあまり行く予定も無いし、洗面所等は二階にもあるからちょうどいいだろう。俺は一階の寝室と書斎とリビング意外行かないからね。
荷物を置くのも足早に、一階へと降りてくる足音が響く。何かあったかな、と勘繰るのだけれど。
「良いお部屋をありがとうございます」
そう言って降りてきたのはクリアさんだった。
「使ってくれるなら嬉しいよ。寝かせておいても悪くなるだけだからね」
「有り難く使わせて頂きますね。あの、なにか手伝う事はありませんか」
ああ、俺を手伝いに来てくれたのか。
「ううん。もう一通り終わっちゃった所だよ。悪いね」
「あら、そうですか。残念です。美味しそうな匂いが漂ってきて、お腹ペコペコですよ」
少し恥ずかしげにお腹を押さえる様子が可愛らしい。
「ハンバーグって聞いた事ある?」
「はんばーぐ? いえ、無いです」
「なら良かった。ちょっとだけ珍しい物が食べられると思うよ」
「本当ですか? 期待しちゃいますよ」
「その期待に応えてあげよう」
ハードルだけ上げてみたけど期待外したらどうしようと心配になるけど、そんな様子は体面には出さないように取り繕った。
「楽しみにしています」柔らかな表情で言い置いて、クリアさんはその場を離れていく。
間もなく料理が出来上がるといった頃、ひょっこりとタイミング良く帰って来たハーディに笑いつつ、料理を振る舞った。
ハーディだけに作るのであれば山盛りのマッシュポテトの海にハンバーグを沈めてやるだけで大喜びするのだろうけれど、体裁を気にしそうな女性が居るのでそうもいかない。
見た目だけは十分に合格レベル。色彩豊かに彩るそれは悪くなかった。
配膳する際に、見て喜ばれるのが嬉しい。やはり料理は自分に作るのではなく他人に振る舞うものでもあるんだよなあ。
「暖かいうちにどうぞ」
「よっしゃ」
その言葉と共に歓声を上げて手を付けるのはハーディ。ははっ、やっぱりか。犬が待てを指示されているように妙にもどかしげな表情を浮かべていたんだ。
それを皮切りに、俺が自分のを持って席に着く頃にはまばらに手を付け始めていた。
「……うめえ」
ハーディが唖然とした表情で俺の顔を見てくるのだけは気に入らない!
「自信無くすわ……」
「本当、美味しいです。これがハンバーグ、なんですね。初めて食べました」
ふっふっふ。三者三様形は違えどその味を認めたようで、その様子に思わず悦に入った。
「料理の腕と魔法の腕だけは認めてあげる。他はダメだけど」
「人間何か一つできれば良いと思ってたけれど、二つも認めてくれるなんて嬉しいなぁ」
「……ムカつく」
「はっはっは」
「人は見かけによらないっつーのは良くできた言葉だな」
「どういう意味だよ!?」
そのまんまだ、とあっけらかんと言うハーディ。納得できないよ!
自分も手を付ける。あ、美味しい。少し安心してほっこりした。
談笑も交えつつ、手を動かすが真っ先に皿を空にし寂しげにするのはハーディ。
「ハーディ。もう一個食うか?」
「おう」
その喜ばしげで上ずった声は俺の記憶に長く残るだろう。
料理をして良かったと思えた。
「アオイさん。是非また作ってください。でも、よければ一緒に」
「ああ、喜んで。作り方教えてあげるよ」
「やったっ。約束ですよ」
――それは、卑怯だ
はにかんで小さなガッツポーズを決める彼女は、綺麗で可愛くて愛らしかった。
「このバカ。また骨抜きにされてる」
情けないと言うように口元をゆるませて言うカーネリア
ハーディが何か思いついたように犬歯を出して笑う。
「骨の無い野郎だぜ」
「くふっ。あはは」
自分がオチにされた事とハーディに持ってかれたのだけは悔しかった!
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